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2012年6月6日掲載

KDDIによる新しいセグメント業績開示の意義

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携帯通信各社の2012年3月期の決算を見て注目したことが大きく2点ありました。特に、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルの大手3社を見ると、第1点は新聞各社が伝えていたとおり、スマートフォンの加速と業績が好調だったことです。3社とも契約数が伸び売上高の増加を達成しています。もちろん、会社別にはそれぞれ問題があり、例えば、NTTドコモでは契約数の増加はある一方で、MNP(モバイルナンバーポータビィリティ)による他社への顧客流出が数多くみられたこと、KDDIではiPhone発売で増勢があるものの、同時に端末の価格競争から販売コストの負担が増し営業利益が減少していること、さらに、ソフトバンクモバイルはiPhoneの効果で契約数が2ケタ増となっているが、1契約者当りの月額収入であるARPUの伸びが鈍化してきたこと、など3社とも今後の成長に課題を残した決算でした。ここまでは、マスコミでも、また証券アナリストのレポートでも指摘されていることです。

ポイントは、以下に述べる第2点にあります。実は、マスコミも証券アナリストもほとんど触れていませんが、今期の決算発表においてKDDIは事業の内訳を示すセグメント業績を新しく区分変更して発表しています。前期までのセグメント区分は、移動通信、固定通信、その他となっていて、KDDI決算では固定通信の収支改善が常にテーマとして取り上げられてきたことは記憶に新しいところです。しかし、今期からはこれを組み替えて、パーソナル、バリュー、ビジネス、グローバル、その他として、セグメント業績を公表したのです。これをみると、会社によって提供されるサービス区分でなく、顧客サイドや地域/サービスレイヤに立脚したセグメント区分に移行したことがわかります。現に、KDDIの田中社長は決算発表時の会見で「モバイルとブロードバンド、両方セットで売っていきますということで、セグメントの変更をしたい」と発言しています。即ち、セグメント区分の変更のポイントが移動通信と固定通信をセットにして顧客別に収支を把握し管理していこうとするものです。なかでも、家庭及び個人向けでは、通信サービスの「パーソナル」とコンテンツ・決済サービス等の「バリュー」とに分かれているのに対し、企業向けの「ビジネス」では通信サービスだけでなくソリューションやクラウド型サービスを含めてひとつのセグメントに区分していることに注目しています。今回のセグメント区分の変更で見えてくるのは、法人企業向けの取り組みに相当重点を置いているということでしょう。

ところで、決算報告におけるセグメント情報の取り扱いについては会計基準に規定があり、日本基準でも、米国基準でも、また、IFRS(国際基準)でも同様に、マネジメント・アプローチの方法を採用していて、企業が現に実行している会社内の経営管理区分に準拠してセグメントを区分して業績を報告することを求めています。これまでは日本国内ではほとんど注目されることはありませんでしたが、現実にNTT連結では、地域通信、長距離・国際通信、移動通信、データ通信、その他の事業のセグメント情報が開示されていますし、NTTデータでは、パブリック&フィナンシャルカンパニー、エンタープライズITカンパニー、ソリューション&テクノロジーカンパニー、その他のセグメント情報となっています。また、NTTドコモは、携帯通信事業とその他の2区分のセグメントとなっています。

海外の通信キャリアでは、AT&Tやベライゾンでは移動・固定のサービス別セグメント構成となっていますが、欧州の通信キャリアでは地域別セグメントと顧客別セグメントとが混在している実態にあります。なかでも、FTとDTは地域別とは独立して、固定通信、移動通信、SIを合わせたエンタープライズ(FT)、システムソリューション(DT)というセグメントを設定して発表しています。他方、BTでは固定通信が中心ですが、明確にリテール、ホールセール、オープンリーチ、グローバルサービスとなっていて顧客別セグメントを設けています。つまり、国際的な通信キャリアにおいては、現状、移動通信と固定通信とを合わせた地域別と企業向けのセグメント情報が開示されています。これは、マネジメント・アプローチに則り、各社の経営管理が地域別(移動+固定)と企業対象とに区分されて実行されていることの表れと理解できます。ここでも、顧客別として企業向けが抽出されていることに注目です。加えて、KDDIではビジネス領域であっても海外でのサービス提供はグローバルセグメントに含まれて区分されていますが、FTやDTではグローバルという区分はなく、企業向けには国内外の業績が織り込まれていると考えられます。当然のことですが、会計基準上は、報告対象となる量的基準や区分の定義など、詳細な規程や解釈に違いがあって厳密な数値の比較は困難なのですが、要するにマネジメント・アプローチという原則に則っている以上、経営者の意向に従っていることは十分に理解できることです。

2012年3月期決算の発表において、併せてこの時期に区分を変更してセグメント業績を開示したKDDIの経営戦略は明らかです。マネジメント・アプローチに基づき、報告セグメントを経営資源の配分/業績評価の単位をベースとした新セグメントに再編(KDDI;2012年3月期決算発表資料−2012年4月25日−より引用)、とその狙いを明確にしています。今後の競争市場を先取りした動きと言えるものです。こうなると、同じく通信業界にある競合各社においても、セグメント情報の開示について、サービス別から地域別、顧客別への経営管理の流れを、いつ、どのように取り入れていくのかを検討するべき時になっているのではないかと考えます。今年の決算発表時にKDDIが投げかけたセグメントの区分変更の波紋はこれからますます大きなものとなっていくと想定されます。マネジメント・アプローチの方向は、固定通信や移動通信といった通信サービスの区分ではなく、ソリューションやクラウド、コンテンツや決済サービスの提供などの新しいサービスの区分、さらに、ビジネスやエンタープライズといった顧客別の区分へと変化していくことでしょう。それは当該セグメントにこそ競争力の源泉を求める通信各社の姿勢が窺われるからです。

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