人工知能(AI)の発展と情報通信(ICT)の変化―インテリジェントICTの未来―
最近、人工知能(AI)を巡る議論が盛んになっています。政府や企業レベルの取り組みも活発で、マスコミでも人工知能が取り上げられることが多くなり、人工知能研究が加速しているとの記事が頻繁に掲載されています。政府の成長戦略『日本再興戦略』改訂2015―未来への投資・生産性革命―(2015.6.30閣議決定)の中でも、未来投資による生産性革命=第四次産業革命として“IoT・ビッグデータ・人工知能による産業構造・就業構造変革の検討”が取り上げられています。現在の人工知能(AI)ブームの引き金となったのは、特徴表現学習のひとつであるディープラーニング(深層学習)を用いて、2012年のILSVRC(Imagenet Large Scale Visual Recognition Challenge―世界的な画像認識のコンペティション)でカナダのトロント大学が初参加で圧倒的な勝利を飾ったことです。ディープラーニングは人工知能研究の分野では50年来のブレークスルーであり、データをもとに「特徴量」「特徴表現」が自動的に獲得されます。この結果、世界中で新しく人工知能の産業化が進められるようになりました。
人工知能研究分野をリードしている東京大学の松尾豊准教授によると、人工知能の発展段階は次の4つに整理できるとのことです。(同氏の著書「人工知能は人間を超えるか―ディープラーニングの先にあるもの」(角川EPUB選書)から抜すい)
- レベル1;単純な制御プログラムを「人工知能」と称している。
- レベル2;古典的な人工知能、振る舞いのパターンがきわめて多彩なもの。将棋のプログラムや掃除ロボットなど。
- レベル3;機械学習を取り入れた人工知能、検索エンジンに内蔵されていたり、ビッグデータをもとに自動的に判断する。
- レベル4;ディープラーニングを取り入れた人工知能、機械学習する際のデータを表すために使われる変数(特徴量)自体を学習する。
現在はレベル4の段階にあるものの、それでもこの特徴表現学習には限界があって、比較的進んでいるのは画像認識と音声認識の分野であり翻訳技術をはじめ他の認識技術ではまたまだこれからのレベルとのことです。しかし、人間が教えなくてもコンピュータが自分で概念構成して認識するという人の知能を超え得る可能性を示していますので、人の認知や判断の支援をなし得るものと期待を集めています。このように人工知能は近年確実に進歩していると言えます。特に人工知能がビッグデータをベースにして自律的に学習するということ、そのビッグデータがIoTを通じて収集されるものであることから、政府の成長戦略に見られるように“IoT・ビッグデータ・人工知能”とセットになって語られることに注目しています。産業構造や就業構造の変革を考えると、ICTの分野において人工知能をどのように取り入れていくのか、いかに産業化・サービス化していくのかが課題になります。これまでIoT・ビッグデータとICTとの関係は数多く議論されてきましたが、人工知能まで取り込んだ想定は十分ではなかったと思います。米国や中国のICT先進企業を中心に人工知能の商業的開発が加速している現状に較べて、我が国のICT分野での取り組みが進んでいるのか懸念を抱いています。
こうした中、総務省情報通信研究所の下に「インテリジェント化が加速するICTの未来像に関する研究会(座長;村井純慶応義塾大学環境情報学部学部長・教授)」が設けられて、6月に報告書が公表されました。そこでは昨今、急速にその本質が表面化している人間の思考・判断を支援しうる機械の誕生(人間の脳の機能拡張)を捉えて、産業革命に続く情報革命とし変革に関連する技術やシステムの総体を「インテリジェントICT」と定義づけています。ICT領域の未来像であり、この報告書ではIoTやビッグデータに比較して人工知能のICTへのインパクトが必ずしも十分に解説されていませんが、ICTのインテリジェント化を方向づけている姿勢は評価できます。
ICT分野では情報処理技術の発展とコスト低下の進展の結果、IoTやビッグデータ・クラウドが事業の中心となり商品・サービス開発が進められてきました。さらに、ここに来て人工知能研究の加速化に合わせてデバイスとクラウドの知能化、すなわち通信ネットワークの両端にあるデータセンターとIoT端末とに人工知能アプリケーションを装備する次世代クラウドの方向が明らかになってきています。具体的にICTに踏み込んだ分野としては、(1) IoT端末(センサーを含む)に組み込んで分散処理する―広義にはエッジコンピューティングと、(2) 通信ネットワーク全体の効率化=自律的なネットワークコントロールという2つの面が人工知能を活用する領域と考えます。これまでの通信需要をみると増大するトラフィックは、主たる発生源となってきたモバイル、すなわち無線アクセス系の伝送能力の拡大とCPUの処理能力の向上によりカバーされてきましたが、何よりもバックボーンを支える光ファイバーの伝送能力の拡大の方が早く大きかったため、光ファイバー網の増大がデータトラフィックの増加を支えてきました。また、こうしたバックボーンネットワークのコストダウンのお陰でモバイル通信網の普及とスマホやタブレットの機能向上が円滑に進められてきたのです。大局的にみると、バックボーンネットワークがボトルネックとなってトラフィックが疎通できないという事態は生じてきませんでした。無線アクセス技術とCPU開発と光ファイバー伝送技術の発展方向と進展速度とがバランスのとれた姿で今日を迎えていますが、今後は無線アクセス技術が5Gになって光ファイバーの伝送速度に迫り、またセンサーへのCPU搭載により大量の接続(ネットワーク容量)が求められることを想定すると、現在のネットワーク構造にバックボーン回線のコスト負担という新たな問題が生じてくると思われます。5Gの商用化が現実のものとなる2020年頃にはIoT端末も世界で500億個、デジタルデータ量は2011年の約20倍に増加すると予測されていて、光ファイバー網の増設だけでは乗り切れない懸念があります。
ここにこそ人工知能を通信ネットワークに活用する必要性があると考えます。クラウドの両端、データセンターとIoT端末だけでなく、通信ネットワークのトラフィックの変動(量だけでなく優先度などの質と時間的変動を含めて)を自律的に学習して、SDN/NFV技術を最大限に活かすトラフィックコントロール手法を確立してこそ、安定的で信頼性の高いコストを押えた通信ネットワークとなります。現在では通信トラフィックの監視や制御方法が大きく向上し、バックボーン回線とノードの能力向上(冗長度を含めて)によって通信ネットワークの疎通は保たれていますが、トラフィックの変動に対する予測能力を高めて効率的・自律的なネットワークコントロールが図られるよう、特徴表現学習に基づく人工知能(AI)が活用できるものと思います。 2020年には、まだ人工知能だけで人手を介さない完全に自律的な通信トラフィックコントロールは無理と思いますが、その先5年~10年の後にはネットワーク機能の自律的なコントロールも可能となると信じています。こうした基盤が今後のインテリジェントICTを普及させていくと期待しています。
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