2016.4.1 ITトレンド全般 風見鶏 “オールド”リサーチャーの耳目

2016年度、価格体系と市場構造の変革・破壊が進む自由化の流れ

4月です。新年度2016年度が始まります。そこで情報通信を巡る大きな流れについて考えてみたいと思います。今は、新技術の開発や新製品の発売よりむしろ、サービスや制度面でのイノベーション、即ち、価格体系や市場構造の変革・破壊が本格化することを予想しています。このことは当然、昨年度以前から起こってきたことですが、今年度に特に本格的な動きとなり、新しい事業構造や業界関係が生まれるのではないかと思っています。1999年にNTTが持株会社と事業会社3社とに分社してNTTグループが形成され、他方、多数(15グループ31社)存在した通信会社は合併統合して、事実上3グループに集約されて今日に至っています。市場競争と当局の規制の下で生まれてきた価格体系や市場構造が変革され、さらに新規参入者を加えた産業構造が創造されると予想しています。もちろん、この流れの中では既存の3グループ各社も対応を迫られ変身を遂げる必要があります。

昨年からの大きな変化としては、固定通信サービスで光回線卸の実現があり、モバイル通信サービスで格安スマホやSIMフリーの流通をもたらしたMVNOの隆盛や行き過ぎたキャッシュバック不公平感の是正、端末販売競争から料金サービス競争へのシフトなど多くの変化が見られるところです。

光回線卸ではスタート時の興奮がようやく収まり、特定のプロバイダーがマンション等大規模集合住宅で強力に市場開拓、設備構築を展開しています。月額料金では文字どおり価格破壊となっていて既存プロバイダーに脅威を与えています。光回線(ダークファイバー)を提供するNTT東西にとっては市場拡大となる一方で、既存プロバイダー側の対応がどうなるのか、本格的な市場構造の変革となりそうです。光回線サービスの普及にとってはプラスの流れですが、事業当事者にとっては、より一層のコスト低減が求められ大変な事態です。

他方、モバイル回線では、さらに大きなうねりが見られます。MVNOは単純な価格低下をもたらすだけでなく、スマホの多様化やSIMフリー端末の一般化、格安SIMの普及などモバイルオペレーター3社が市場競争の中で作り上げてきた販売代理店網や顧客対応体制などの業界秩序に大きな影響をもたらしつつあります。モバイルサービス面での端末販売を巡る不公平感は大きな国民の声とすらなっており、モバイル通信3社はキャッシュバックや2年縛りといった業界慣行からの脱却が急務となっていることは周知のとおりです。

こうした価格体系や市場構造の変化は監督当局の制度面の改革によるところが大きいものの、市場サイドからはさらに別の要因が見られます。例えば、携帯電話番号はMNPの導入によってモバイル通信各社間で同一番号の移行が可能となって以来、電話番号変更という障壁はなくなりました。さらに、スマホによってLINEの利用が特に若い世代を中心に普及した結果、そもそも電話番号が接続の起点にすらならなくなっています。加えて、スマホの拡大はパソコンの世界で一般化していたOTT事業者のフリーメールアドレスをモバイル通信の世界にもたらして、スマホ利用者とサービスプロバイダーの結び付きを希薄化しています。つまり、いまや電話番号もメールアドレスもモバイル回線選択の要素ではなくなり、またSIMフリー化によってスマホはモバイル回線から分離した存在となっています。

そうです。回線設備・端末とサービスとは切り離されて顧客が自由に選べる市場構造が出来上りつつあります。この点、固定通信では回線設備提供がNTT東西に大きく依存していますので、光回線卸の形でサービスが提供されていますが、モバイル通信では無線回線提供が3グループによって設備競争の形で行われています。さらにモバイル通信ではMVNOによって市場競争が重畳して展開されるに至っています。顧客サイドではサービスを自由に選べる好ましい状況となりつつあるので、より一層価格体系と市場構造の破壊が進行することになると予想しています。ただ、市場の自由には弊害もまた伴いがちで、行き過ぎたキャッシュバックの横行もその一例です。健全で成熟した市場秩序が形成されることを願っています。

市場構造の変革の先には何が見えるのか、自由化の先はどうなるのかを最後に考えてみたいと思います。回線設備とサービス提供が切り離されて自由となる仕組みが整い、多数の参入者による市場競争で価格体系が破壊されるとどうなるのか、結局は新規参入者の多くは淘汰され少数が生き残り、既存の通信事業者も効率化・合理化に直面して新しい事業領域の開拓が求められることになるでしょう。新規事業領域を情報通信分野から眺めると、近いところでは固定通信とモバイル通信の融合から始まって、CATV、インターネット(サービスプロバイダー)などが、少し遠いところではデータ流通、エネルギー(電力・ガス小売り)、ヘルスケア、農業支援などが想定されます。つまり、新しい形のM&Aや業務提携と規制緩和が必要となります。既に通信各社では3者3様で取り組みの途上にあり、いわゆる「金のなる木」から「スター」領域への人材・資金などの資源シフトが始まっています。もちろん、こうした市場自由化の流れの中では失敗や撤退も起こり得ます。日本国内のM&A市場は大きくないので選択肢は多くないかも知れません。海外への進出も重要な方策となります。

時間は待ってくれません。「金のなる木」である情報通信事業本業には、いまや自由化・オープン化という制度上の流れとOTTを始めとするネット企業のイノベーションが押し寄せています。これは不可逆の流れです。急いで価格体系と市場構造の変革を図りつつ、新しい「スター」分野を作り上げる最大のチャンスです。

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