2017.2.13 ITトレンド全般 風見鶏 “オールド”リサーチャーの耳目

「固定電話網の円滑な移行の在り方」-情報通信審議会電気通信事業政策部会が意見募集-

今年の年頭に私は“電話網(PSTN)のマイグレーションとユニバーサルサービスのあり方に方向性”と書いて、今年の話題のひとつとして取り上げました(InfoCom T&S World Trend Report 1月号 巻頭“論”)。この問題は、NTTが2010年11月に「PSTNのマイグレーションについて~概括的展望~」を公表して以降、2015年11月のNTTによる公衆交換電話網(PSTN)のIP網への移行構想発表まで続く長い道のりを経てきたものです。この間に、NTT東西からも2011年6月と11月に同様にIP網へのマイグレーションに関して発表がなされて来ました。ICTの世界のスピード感覚からすると既に6年も経過する古くて新しい話題であり、正直のところ今更何が起こるのかという印象を持たざるを得ません。

ただ、総務省としては昨年2月に本件について情報通信審議会に諮問して本格的な議論を開始し、約1年かけて一次答申(案)をようやく取りまとめて、今回の意見募集の段階となっています。意見募集の期間は2月23日(木)までなので、今のところどのような意見が寄せられるのかは不明ですが、長い間課題とされたが故に、大きな方向感とIPを始めとする情報通信技術の進展を取り入れることに異論はほとんどなくなりつつあるように見受けられます。また、固定通信を取り巻く環境も大きく変化してきていて、ピーク時の1997年11月に約6300万あった固定電話(加入電話とINSネット)は、2016年3月末には2250万と約3分の1近くにまで減少していますし、同じ固定電話でも0AB~JIP電話は既に加入電話を上回る3075万契約に達しています。もちろん、モバイル系の電話は1億6千万超になっていて、日常生活面では圧倒的にモバイル通信に依存するところが大きくなっています。この傾向は今後より一層変化を強めていくと想定される上、さらに技術開発面でもIP化、無線化、IT(データ)化の傾向は強くなる一方だと思います。そうした中での今回の固定電話の移行のあり方の検討なので、NTTが既に表明しているとおり、アクセス回線についてはメタル回線を維持し加入者交換機をメタル収容装置として利用することを踏まえて、基本的な考え方を主に次の6項目に絞り込んでいます。まず利用者対応として、(1)IP網への移行の意義、(2)固定電話サービスの信頼性・品質、提供エリア、料金水準の確保、(3)移行に伴い終了するサービス等に関する利用者利益の保護、次に事業者対応として、(4)NGNの接続ルールの整備、(5)IP網への移行に伴う電話の競争ルールの見直し、(6)アクセス回線におけるサービスの競争環境整備、以上の6点ですが、これを区分してみると、IP網や光回線への移行とブロードバンド化といったイノベーションに基いた取り組みがある一方で、従来の加入電話と同等水準での提供やサービス終了に伴う利用者保護への対応、IP網における接続ルールや競争ルールの整備・見直しといった現状維持又は利害調整的な側面に分けられます。

IP網への移行によるイノベーションの果実を大きく取り込むためには、特に関係者の利害調整面では予想される技術の方向と進展、市場動向やコスト構造の変化を想定した方策を打ち出さなければ、これまで時間をかけて方向感を探ってきた意味はなくなってしまいます。さらに、実際にIP網に移行するのは2020年後半頃から2025年頃にかけてのことなので技術予測や市場競争のあり方など事業やサービスへの取り組み方(使命感)と政策の方向感こそが何より大切なことです。この点に関しては、NTT東西のIP網への相互接続点(POI)を東京と大阪に設けることは現在までの全国的なIPネットワークを巡る競争動向を踏まえると当り前のことです。また、これまで目に触れにくいが故に見過されてきた固定電話の双方向番号ポータビリティの実現と固定電話発・携帯電話着の料金設定を固定電話側とすることはもはや市場原理、利用者利益の確保からは早期の実現が望まれます。特に後者についてはIP網への移行と切り離して早急の実施が必要ではないかと考えます。また、マイライン機能や中継選択機能といった公衆交換電話網(PSTN)時代に準拠した競争促進政策は将来のIP網時代の競争政策からすると新たな追加的コストの色合いが強いので、一度ここで整理しておくことが通信ネットワーク全体の効率性と将来のイノベーションのためになるはずです。

残った課題、すなわち現在の加入電話と同等水準を維持したメタルIP電話の実現については技術の進展に応じて可能と感じていますが、むしろ信頼性や品質面で極端に厳密な技術基準となってしまわないか危惧します。ここではむしろ新しい問題としてIP電話一般の課題であるメタル回線から光回線への移行に伴って電話局からの給電がなくなるという停電時の通信機器利用の電源確保の問題をどうするのか、そろそろ解答を用意しておかなければいけない時期です。これはメタルIP電話だけでなくIP電話やIT機器(パソコン、タブレット、スマホを含めて)全体に及ぶことなので、結局のところ電源としては蓄電池の常備・配備しか方法はないと思います。国民全体の安心・安全施策として国の政策、例えば技術の標準化や経費の補助、一定期間毎の点検・取替方策などを検討すべき時期でしょう。

IP網への移行によって終了するサービスに関する利用者利益の確保(保護ではなく)については、実施までに要する長い時間経過を勘案して、技術変化に伴うサービスの変遷と捉えてまずは自助努力を第一とし、やむを得ないケースとして何らかの負担への対応を考慮することで解決すべきものです。1985年に電気通信市場に競争が導入され自由化されて30年以上が経過した今日、通信サービスといえどもサービスが終了する、つまりサービスの契約期間が終了することがある旨の約款等のルール化を進めておく時期を迎えています。類似の事例として、電力自由化に応じて新しく参入した事業者の電気供給約款にはサービス契約期間の定め(通常は1年で自動更新)があり、サービスが終了(廃止)される場合の取り扱いがあらかじめ定められているのが参考になります。自由化・競争化ということは参入・開始と同時に退出・終了も伴うことを忘れてはなりません。

最後にIP網への全面的な移行に伴って、ユニバーサルサービス制度をどうするのか、当面加入電話等が移行するメタルIP電話をその対象とするのはスムーズな移行を図る上で保守的にみてやむを得ない選択ですが、原点に帰って光回線や無線による固定電話の提供をユニバーサルサービスと位置づけるのかどうか、またその場合の料金規制をどうするのか、利用者負担・国民負担のあり方の議論を避けることは許されません。私は固定無線の活用と無線基地局のユニバーサル化による共同利用を進めて、メタルIP電話が残存することによる高コスト化を軽減して、ブロードバンドのユニバーサルサービス化による国全体のイノベーション基盤整備を図ることを提案したいと思います。光回線と5G固定無線の組み合せによって、もちろん地域によっては公的補助が必要になりますが、IT戦略全体を社会的に促進できますし、サービスイノベーションのスピードアップを図ることができるはずです。

 

(今回は取り扱う内容を考慮して、3月1日の予定を前倒しして「風見鶏」を掲載しました。)
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