2017.10.26 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

人口動態分析により見えてくる社会~ドコモのモバイル空間統計を通して

2016年3月、日本政府は観光先進国への新たな国づくりに向け「明日の日本を支える観光ビジョン」を策定した[1]。とりわけ注目を集めたのは、訪日外国人旅行者数の政府目標を大幅に引き上げたことである。ここで設定された2020年目標4,000万人(当初は2,000万人)、2030年目標6,000万人(当初は3,000万人)という目標値は、昨今の日本各地を訪れる外国客の多さを肌で感じている方からすれば、妥当な目標と捉えられるかもしれない。

こうした訪日外国人旅行者の観光満足度向上のためには、いつでもどこでもつながりやすいネットワークの環境整備の他、現地での消費行動を促進するための場所に応じた情報提供技術や、現地でのコミュニケーションを円滑化するための翻訳技術など、様々なICT技術の活用が行われつつある。昨今では訪日外国人旅行者の旅行動態や関心事等の把握や特定箇所の混雑の緩和のための動態分析技術も次第に活用され、2017年3月には「ICTを活用した訪日外国人観光動態調査に関する手引き」を観光庁が公開した[2]。

現在では様々な企業でも活用されつつある観光ビッグデータ分析ではあるが、代表的なサービスの一つに「モバイル空間統計®」[3]がある。このサービスの提供元である株式会社ドコモ・インサイトマーケティグ社(以下、「DIM社」)の鈴木俊博(すずきとしひろ)副部長、小田原亨(おだわらとおる)社員に聞いてみた。

鈴木副部長、小田原社員、筆者

左から鈴木副部長、小田原社員、筆者
(出典:本文中の写真はすべて弊社社員による撮影)

―「モバイル空間統計」について教えてください。

小田原:モバイル空間統計はNTTドコモの携帯電話ネットワークの仕組みを使用して作成される人口の統計情報です。24時間365日、日本全国の人口を推計し把握することができます[3]。現在お客様の分析目的や推計対象者や対象地域にあわせ、4つのサービスラインナップを設けています。

1つめは「人口分布統計」です。これは2013年10月のサービス開始当初より提供しているサービスです。時間帯毎の人口の増減を、性別、年代別、居住地別に把握することができるもので、対象としたい期間や地域の設定を柔軟に行うことができます。例として秋葉原と原宿の人口分布を見てください(図1)。原宿では20代女性が多め、秋葉原では30代男性が多め、といった年代や性別の偏りに街の特徴を重ねあわせることができます。

2つめは「人口流動統計」です。これは2015年10月より提供を開始したサービスで、地点A近辺から地点B近辺へ何人位の人が移動したかが分かるデータです。 

人口分布統計例: 原宿と秋葉原の平日の世代人口分布

【図1】人口分布統計例:
原宿と秋葉原の平日の世代人口分布
(出典:DIM社Webサイトより引用)

人口流動統計例:世田谷区から新宿区・千代田区および新宿区から千代田区への人口流動

【図2】人口流動統計例:
世田谷区から新宿区・千代田区および新宿区から千代田区への人口流動について
(出典:ドコモR&D magazine[2]より引用)

 

株式会社ドコモ・インサイトマーケティグ社 小田原氏

【写真2】小田原さん

図2のようにある地点近辺に滞在する人口と、地点間を流動する人口を区別して推計することができます。

3つめは「訪日外国人分布統計」です。これは2014年11月分より提供しているサービスです。日本を訪れる外国人の方々の国・地域別人口を推計することができます。図3では例示として福岡を訪れる年間の国・地域別人口の割合と冬に北海道を訪れる国・地域別人口の割合をイメージで示しています。特に北海道の事例では豪州からの人口が多いことが見てとれると思います。御存知の方も多いと思いますが、これは北海道の倶知安町は豪州の人たちにとって有名なスキーリゾート地であり、こうした特徴を定量的に捉えることができています。

 

訪日外国人分布統計: 福岡と北海道を訪れる国別人口の違い

【図3】訪日外国人分布統計:
福岡と北海道を訪れる国別人口の違い
(出典:DIM社Webサイトより引用)


最後は「訪日外国人動態統計」です。これも2014年11月分より提供しているサービスです。先ほどの訪日外国人分布統計だけですと、捉えきれない情報があります。例えば金沢にいる外国人を捉えたとしても、その方が羽田から入国して最終日に金沢を訪れているのか? それとも関西空港から入って初日に訪れているのか? ということは分かりません。このサービスではさらに入出国空港別、前後滞在場所別、滞在日数別、経過日数別等に分計することができ、これにより移動人口を推計することができるようになります。

訪日外国人動態統計: 入出国空港別等の多面的分析例

【図4】訪日外国人動態統計:
入出国空港別等の多面的分析例
(出典:ドコモR&Dmagazineより引用)

―全体の動態を捉えていると言えますか?

鈴木:私たちが対象としているのは7,500万台の運用データです。これは日本の人口の1億2,000万のうち半分以上を捉えていると言えるため、データ総数としては十分と言えるのではないでしょうか。携帯電話をもっていない方、あるいは他の通信会社をご利用の方についての考え方として、拡大推計処理を行って人口推計をしています。ある地域の500m×500mの正方形で区切られるエリアに30代・男性のNTTドコモユーザーが5,000人いたとすると(★その地域の弊社シェアが50%だった場合★)拡大推計処理により人口10,000人としています(実際はもっと複雑な計算式ですが)。

 ―他社の提供する同種のサービスとはどのような違いがありますか?

株式会社ドコモ・インサイトマーケティグ社 鈴木副部長

【写真3】鈴木副部長

鈴木:データ母数に対する信頼性が挙げられるのではないかと考えています。ある分析レポート等では「アプリから取得できるWi-FiやGPSの情報を総合的に収集して判断(母数n=□)」等記載されていますが、□には少なくて5,000、多くて数万~数十万程度のものをよく見かけます。

単位時間当たりの分析、地域を限定した状態での分析という観点では統計学的に足りていると判断できるものもあるかもしれませんが、私たちは長期的な観点での分析や日本全国を視野に入れた分析という観点で約7,500万のデータを基盤として推計できる仕組みを提供しています。

先ほど小田原より説明申し上げた4つのサービスラインナップですが、1と2がNTTドコモ契約の約7,500万台の携帯電話・スマートフォンの運用データから推計される国内居住者の人口となります。一方3と4は日本国内のNTTドコモの基地局における、年間500万台のローミング情報をもとに推計される訪日外国人の人口です。後者のローミングデータは前者の契約者情報とは異なり、取得できるデータは国・地域のみとなり性別、年代、居住地等は取得できませんが、国内、海外ともにこの規模のデータを提供することで、推計の信頼度を維持向上できるのではないかと考えています。

株式会社ドコモ・インサイトマーケティグ社 小田原氏

【写真4】小田原さん

小田原:携帯電話の運用データって何? と聞かれることがよくありますが、皆さんが電話やメールをいつでも着信できるようにドコモでは周期的に皆さんの携帯電話の位置を把握しています。この運用データとご契約者様の情報をもとに統計するのですが、統計する際には個人が特定されないような工夫をしています。具体的に申し上げますと、ご契約者様個人が特定される情報等を統計前に省く“非識別化処理”を行うことや、統計後に母数が少ない地域の場合は外の情報と組み合わせて個人が特定される恐れがあるため“分析不可能”として統計情報を棄却する“秘匿処理”を行う等の工夫を行い、個人が特定できない情報にしています。

鈴木:また個人情報の取り扱いについては2008年度より、国の関係機関の方々や大学の先生方とともにサービス運用の観点から適切かどうかについて議論を重ね、お客様のプライバシーを保護できるよう、モバイル空間統計を作成・提供する際に遵守する基本事項をまとめたガイドラインを公表してきました。

―「モバイル空間統計」を開発するに至った経緯をお聞かせください。

鈴木:2008年、私はドコモの研究所にいたのですが、そのころドコモの経営幹部より、社会を大きく変える構想を実現させる先進技術4~5つに関する「お題」プロジェクトが研究所に託されました。その一つがモバイル空間統計を生み出す先進技術研究のきっかけとなりました。当時は「携帯電話の位置情報等を社会経済活動の高度化へ活用するにはどうしたらよいだろうか」をテーマに研究所内でも闊達な議論が行われましたが、取り扱うデータの多さと実際に処理を行う具体的手順や手法について試行錯誤を繰り返したことを覚えています。また大学の先生等のお力も借りつつ、大学との共同研究や地方自治体等との社会課題解決に向けての取り組みを加速化させました。2011年3月の東日本大震災の際に問題になった帰宅困難者についても、事前にその分布状況を予測し可視化することができ、まちづくりや防災計画に役立つ情報として有用性を検証することができました。

―今までに苦労した点を教えてください。

株式会社ドコモ・インサイトマーケティグ社 鈴木副部長

【写真5】鈴木副部長

鈴木:そうですね。たくさんありますよ(笑)。やはり先ほども述べましたが、取り扱うデータは研究所が直接取得できるものではなく、様々な社内部門から収集し加工する必要があり、そこが一番労力を使ったところでしょうか。次に挙げるならば、学ぶべきことがたくさんあったことでしょうか。私自身、筑波大学で工学の博士号を取得しているのですが、研究者として基本的なネットワークの仕組みや無線技術を理解したうえで、統計情報活用の知識やデータ解析を行う大規模な分散システムに関する知識をプロジェクトを進めながら習得していくのは大変でした。楽しかったですが。

鈴木:さらに言うならば、社会的な合意形成を得るための努力でしょうか。こうした類の研究を企業で行うには、研究自体に没頭するだけではなく、研究の成果が社会的にどのような意味をもたらすのか、企業価値を下げさせないためにはどのような配慮が必要なのかということを熟考する必要がありました。契約者様の情報を扱う企業として、法律を守るのは当然のこととして、お客様から「何だかよく分からない、気持ち悪い取り組みだね」と思われないように、私たちがどのようなアプローチでどのようなデータの取り扱いを行っているかについて、丁寧に一つずつ理解を得ていく必要がありました。

―国が提供する地域経済分析システム (RESAS)とはどのような違いがありますか?

鈴木:確か2015年に経済産業省が内閣官房(まち・ひと・しごと創生本部事務局)と連携し、地域経済分析システム「RESAS」を提供し始めたのだと思います。私たちはモバイル空間統計の用途の開拓や社会課題解決のための利用可能性の探究を進めるべく、2008年当初より大学との共同研究や全国の自治体等への活用相談を行っていましたが、その頃になるとRESASについてご担当者様から聞こえてきたのは、RESASのデータ母数の少なさと分析結果の扱いづらさに関する声でした。そうした声もあってか、2015年末に経済産業省の方からもご相談をいただき、ドコモ本社ならびに弊社にてモバイル空間統計の一部を活用した技術支援とデータ提供を行うようになりました。

―これまでに実際に利益最大化や新たな価値創造につながった取り組みはありますか?

小田原:挙げるときりがないのですが、2つほどご紹介したいと思います。

最初にご紹介するのは鉄道会社様の例です。人の動きを集団で把握することで割引チケットの総量を変動させる仕組みに活用し、単位あたりの収益を最大化するお手伝いをさせていただくことができました。鉄道の乗降客数は沿線のスポーツやコンサートといったイベントにより変動します。イベント参加者の性別や年代、居住地のデータと割引切符の販売データを突き合わせることで、供給量と価格をコントロールすることができます。

次にご紹介するのは自治体の防災計画策定の例です。「防災計画は全方位的にとりこぼれがないように実施」とは言われても、限られた人数でどこから手をつけていくべきか判断が難しいところです。そんなときにモバイル空間統計でその地域の人口の年齢分布や昼夜での人口流動に関するデータを提示することで、自治体担当者がまず取り掛かるべきものを、優先度をもって示すことができました。

ヒアリングを終えて

社会経済活動の高度化へ貢献する研究技術の検討から始まった「モバイル空間統計」だが、現在では訪日外国人の観光動態調査に限らず、災害シミュレーション、イベント分析、商圏分析、まちづくりなど様々な領域で活用され始めている。

大型施設の開業や駅やバス停の新設等により都市の構造が微妙に変化することで、人の流れがどのように変わっていくかを定量化して示していくことは、先手を打って次のまちづくり等の施策検討につなげていくための重要な要素の一つとなるだろう。

西口エリアと南口エリアの昼間時間帯における都道府県別人口

【図5】西口エリアと南口エリアの昼間時間帯における都道府県別人口
(出典:株式会社ドコモ・インサイトマーケティングWebサイト
「モバイル空間統計」活用事例、エリアマーケティング部
https://www.dcm-im.com/service/area_marketing/mobile_spatial_statistics/service/katsuyo/)

 

今回のインタビューで取り上げられなかった事例もあわせて紹介したい。2016年4月に新宿南口に開業した大型の高速バスターミナル「バスタ新宿」でもモバイル空間統計が使われていた。

この取り組みでは、バス利用者の多くなるゴールデンウイークに着目し、南口および西口エリアでの前年度との人口の比較を行っている。図5では居住地別の都道府県毎に、開業前の2015年を濃い色、開業後の2016年を薄い色の棒グラフで示している。開業前と比較し、全体的に西口は減少、南口は増加していることが分かる。さらに南口では一部の地方県からの人口が大きく増えていることも把握できる。

このような分析を経年変化でつぶさに見ていけば、エリア毎に最適な都市計画や交通計画を策定することができるだろう。海外ではオーストリアやスペイン等を中心に同様の取り組みに関する研究がなされ、2014年頃からは都市間の社会経済活動の可視化等にも利用されつつあるようだ[5]。今回はモバイル空間統計を一例にとり人口動態分析の活用可能性を紹介したが、国内でもこうしたサービスは既にいくつか出てきている。将来的には気象情報や温度や湿度等を測る環境センサー等から取得できる情報等との組み合わせにより、さらに進歩したサービスが出てくることを期待したい。

[1] 観光庁Webサイト「明日の日本を支える観光ビジョン」、観光戦略課、2016年3月
https://www.mlit.go.jp/kankocho/topics01_000205.html

[2] 観光庁Webサイト「ICTを活用した訪日外国人観光動態調査に関する手引き」、観光地域振興課、2017年3月
https://www.mlit.go.jp/kankocho/topics04_000085.html

[3] 株式会社ドコモ・インサイトマーケティングWebサイト「モバイル空間統計」、エリアマーケティング部
https://www.dcm-im.com/service/area_marketing/mobile_spatial_statistics/

[4] 株式会社NTTドコモ R&D magazine、DOCOMO R&D Open House 2016、2017年6月
https://style20.jp/rd/article/article_31/

[5] Urban API Project Webサイト
https://www.urbanapi.eu/

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