2018.6.27 DX InfoCom T&S World Trend Report

デジタル・トランスフォーメーションがもたらす企業システム市場の構造変化~SIビジネスの限界と、影の主役「マネージドサービス」の台頭

企業のデジタル・トランスフォーメーションについて、これまで複数回、当誌上で触れてきた。デジタル・トランスフォーメーションそのものは企業戦略だが、当然ながら、それを実現するための適切なイネーブラとしての情報通信システムがあってこそ初めて機能し始めることは言うまでもない。この切迫した企業ニーズの台頭が、企業内と企業システム市場にどのような影響を与えているのかについての大きなトレンドについて解説する。

デジタル・トランスフォーメーションの進展イメージ

【図1】デジタル・トランスフォーメーションの進展イメージ
(出典:情報通信総合研究所)

ビジネスとシステムの相互作用

従来型のビジネスモデルで成長してきた企業は環境変化の激しいデジタル時代において、「スピード」、「柔軟性(アジリティ)」、「スケール」といったビジネス要件にさらされており、企業の在り方の本質的なトランスフォーメーションが求められている。それらのビジネス要件に応えるために、「クラウド」、「ビッグデータ」、「スマートフォン」といったICTの技術要素が採用され、ビジネス要件、技術要素それぞれが密接に関連し相互作用を起こしながら、デジタル・トランスフォーメーションという時代のうねりを作り出していると言える。

中核はクラウド

デジタル・トランスフォーメーションを語る上で、最も注視されるべきところはクラウドの普及だ。その中でも、特にパブリッククラウドが大きな役割を果たしており、Amazon Cloud Service(AWS)、Microsoft Azureといった「ハイパースケール(Hyper Scale)」と呼ばれる規模の大きいクラウドベンダが大手企業システムに採用されることで、IT投資のパターンに変化が起きてきている。

パブリッククラウドを選ぶ真の理由は?

特にIaaS(Infrastructure as a Service)と呼ばれるパブリッククラウドの分野は自前で設備を持つ必要性がなくなることから、企業のITインフラ関連費用において、大幅にコスト削減が可能となるという観点で当初注目を集めた。

しかし、実際に企業がパブリッククラウドを導入し始めている理由は、厳しい市場環境において、単にコスト削減という方法で消耗戦を生き延びようとしているからではない。むしろ、企業は顧客に対して、他社との差別化要因となる新たなサービスの提供をいかに早く提供できるか、また、既に提供中のサービスについて、改善するべきことや新たな付加機能について、どれだけ柔軟に提供できるかという競争力強化のために積極的に導入している。

実際にそれなりの規模のシステム導入に関わられた方には実感がおありかと思うが、これまでのオンプレミスと呼ばれる自社でシステムを保有する形態の場合、新たなシステム導入までに、自社内外で、仕様検討、設計、開発、機器調達、試験運用といった様々なフェーズを経る必要があり、少なくとも何カ月、大規模システムの場合は何年といった時間が奪われることになる。また、本来のシステムや技術に関すること以外にも契約や価格折衝等に相当の時間を奪われる。事業部門からの要望で仕様変更等を余儀なくされた場合、ベンダと要件定義をやり直し、見積りも取り直す必要がある。さらに悪いことに、仕様変更等だと通常の場合、ほぼ100%見積価格は高くなり、新たに社内決裁を取り直す必要が生じたりする。こうして、現場の苦労の末、システム導入により当初予定していた実現したいことが始まるころには、計画当初から相当の時間が経過してしまったことで、導入した機器やOS、ソフトのバージョンが既に型遅れになっている場合すらある。

そこでクラウド戦略が必然的に台頭する。

すぐ始められるクラウド

クラウドのメリットは既にあるインフラを利用できることで、先に書いたまったく本質的な解決に結びつかない不毛な時間のロスをほぼゼロにすることができる点にある。

特にネットに関連するような新規の事業領域に関する部分では、他社に先駆けてサービスを提供し、他がまねるころには、市場のフィードバックをもとに次のレベルのサービスを提供していくというスピード感が求められる。市場のスピードに対応するためのこの営みを、新サービスをリリースする毎にシステムベンダを読んで先の手順を踏んでいく必要がある企業は当然生き残ることができないのはお分かりだろう。

すぐに使える最新機能

システムには安定したシステムはあるが、何でもそろった完全なシステムというのは存在しない。

例えば、急に注目を集めるようになった人工知能など、企業トップからは「自社で人工知能の利用をすぐに検討しろ」といった業務命令が下る。オンプレミス型では、繰り返しになるが、何ができるかを検討するための試験環境をつくるだけでも同様のプロセスを踏む必要がある。一方、AWSやAzureといったパブリッククラウド事業者は、自社クラウド内にDeep Learningを始めとする様々な機能を次から次へと準備している。

開発者はクラウド上で実装された、それら新機能をリリースされると同時に実際に利用することで、次のサービス開発に向けたスタートダッシュを切ることができる。

一例ではあるが、これらの事実から、企業が生き残るためのサービス開発について、パブリッククラウドの利用がもはや必然と言えることがご理解いただけたかと思う。

レガシーは死なない

クラウドの導入が進む一方で、企業内に存在するすべてのシステムがクラウドに移行するという訳ではない。

例えば、サプライチェーン・マネジメントのような「バックオフィス系システム」や、勘定元帳を扱うような「基幹系システム」は安定運用できるまで何年もかけて作り込みされており、ミッションクリティカルであるために、クラウド移行の対象としては最も後回しとなる。

バイモーダル化とマルチクラウド化

結果的に企業システムにおいては、実際にはレガシー系とクラウド系の2つの違ったモードが共存するバイモーダル(Bimodal)と呼ばれる状況になっている(図2)。

クラウド移行のイメージ

【図2】クラウド移行のイメージ(出典:情報通信総合研究所)

マルチクラウド化が進む

さらに、各企業において、利用しているパブリッククラウドの数は1つとは限らない。むしろ、求めている機能に応じて複数のクラウドを利用しているというのが現状である。

RightScale社の調査によると米国では企業が利用するクラウドの数は4以上となっており、複数のクラウドが存在する「マルチクラウド化」と呼ばれる状態となっている(図3)。

1企業あたりのクラウドの数

【図3】1企業あたりのクラウドの数
(出典:RightScale “2018 State of the Cloud Report”)

新たな課題

企業の情報システム部門は、デジタル・トランスフォーメーションの進行に伴い、これまでのオンプレミスに加え、急速に複数のクラウドを導入したことで、通常期においても、それらのすべての維持メンテが必要となった。

その結果、社内リソースの面から、これら併存する資質の違うシステムの運営維持についてノウハウの欠如が新たな課題として台頭した(図4)。

オンプレミス&マルチクラウド化により表面化した課題

【図4】オンプレミス&マルチクラウド化により表面化した課題
(出典:RightScale “State of the Cloud Report 2016”より情報通信総合研究所作成)

マネージドサービスの役割の変化

保守運用の領域には、従来もマネージドサービスと呼ばれる、アウトソーシングが存在している。ところが、クラウド化によって、マネージドサービスも役割が変化している。これまでのマネージドサービスは運用のみであったが、クラウドの登場によって、クラウド導入に関するコンサルティングから既存アプリケーションのクラウドへの移行といった部分も含め、一連の工程を顧客に提供し、運用までトータルでサービスを提供できる能力が求められている(図5)。

マネージドサービスの役割

【図5】マネージドサービスの役割
(出典:情報通信総合研究所)

従来はシステムの保守運営アウトソーシングはそれを構築したSIerがそのまま顧客に代わり実施していたケースがほとんどであった。しかしながら、旧来の大手SIerはOracleデータベース、Windowsサーバといった領域では豊富な過去の経験からスペシャリストを有するが、その一方で、パブリッククラウドの分野では、当初は敵対する関係ということもあったため、十分な経験と技術者のリソースを有しているとはいえず、必ずしも顧客の課題に応えきれるとは限らなくなった。

クラウド専業マネージドサービス会社の台頭

大企業がクラウド導入に躊躇している間に、中堅企業やベンチャーを中心に積極的にパブリッククラウド利用についての一連の工程を提供してきたマネージドサービスは多数存在している。それらサービス提供会社は、概して小規模ではあるが、黎明期より、複数の企業に対してパブリッククラウドをベースとしたシステム構築の実績を積んできており、実際にはクラウドに特化した技術者のリソースとしては大手SIerに引けを取らない状況となっている。

さらに、先述したように、クライアントが自社の新たなサービス開発のため、人工知能モジュールといったパブリッククラウドの新機能を活用したいときなどは、当然ながら、こうしたマネージドサービス提供会社が真っ先に相談される相手となり、最も早くクライアントのニーズを入手することができる。また、パブリッククラウドにおいては実験的な開発環境を持つことが容易であるため、これまでの知見・技術を活かし、クライアントに先立って新機能の目利きを行うことも可能であり、クライアントにとっては、さらに頼れる存在となる。

大手SI企業のジレンマと今後のエコシステム

これまでの大手SIerのビジネスモデルにおける差別化や強みの一つは、大規模システム構築時のハード・ソフトの調達力や、それら様々なベンダの商品・サービスをシステムに実装する技術力にあった。

デジタル・トランスフォーメーションの進展により、クライアント企業のパブリッククラウドへの移行が進むことで、大手SIerはそれら元来の強みが活かせなくなっていることにお気づきいただけたかと思う。

一方で小規模ながら着実にパブリッククラウドで力を蓄えるマネージドサービス事業者は筆者が参加したAWSのカンファレンスにも、何十人単位でエンジニアを送り込み、一際存在感を示していた。

今後、デジタル・トランスフォーメーションの進展とともに、大手企業を取り巻く企業システム市場のエコシステムがどのように変遷していくのかに目が離せない。

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