2019.4.15 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

中国の電子商取引(EC)法の施行と越境ECへの影響に関する考察

本誌3月号拙稿「春節(旧正月)における中国人の海外旅行ビッグデータ分析とその周辺」では、春節時期に中国から日本を含めて世界各国を訪れるアウトバウンド旅行者の行き先について中国側が発表するビッグデータからの分析とともに、旅行先でのキャッシュレス決済への嗜好変化などを紹介した。これらは、「人」「モノ」「カネ」の移動のうちのいわば「人」の動きと、その人が消費する「カネ」の動きであった。今号では、前号の最後で触れている、今年1月1日から中国で新たに施行された「電子商取引法」(EC法。中国語では「電子商務法」)について、その導入の背景と影響や、それを取り巻く市場や制度上の課題などに絡めて紹介したい。前号の「人」「カネ」に対して、今回は「モノ」「カネ」を中心としたテーマである。中国のEC市場は、既に国を跨ぐ「越境EC」も活発に行われ、中国国内のみの問題ではなく、日本のインバウンド市場にも影響を及ぼす分野になっている。本稿でも周囲の様々な動きにも敷衍しつつその考察を進めてみたい。

中国のEC市場概観

中国電子商務協会(EC協会)が発表した「中国EC発展報告2017~2018」によると、中国のEC市場は、2017年の総取引額29兆1,600億元(約467兆円)[1]、そのうちネット上の小売ECは7兆1,800億元(約115兆円)であった(図1)。リアルな小売商品では社会で売買されるうちの15%がネット経由であるという巨大な規模に成長した。

中国の小売EC取引額(億元)・伸び率推移

【図1】中国の小売EC取引額(億元)・伸び率推移
(出典:「中国EC発展報告2017~2018」)

越境EC概観

国を跨ぐEC、「越境EC」は中国のECが世界に及ぼす影響の大きさを見ていく点で重要な要素である。同「報告」によれば、越境ECの総額(輸出入合計)は902億元(約1.4兆円)で、中国への輸入(中国が海外からECで購入する物品の金額)が566億元(約9,000億円)であり、2016年から2017年への成長率は120%と2倍以上の伸びを示している(ただし、おそらくこの数字の中には後述する一部の小規模事業者のECは含まれていない)。

中国の越境EC相手先国トップ10

【表1】中国の越境EC相手先国トップ10
(出典:「中国EC発展報告2017~2018」)

この海外から中国へ向かう越境ECの大きさと急速な伸びが示すように、十分な管理体制が整備されていなかった状態に対して、後述するEC法の施行によって正常な市場管理体制を構築していこうとする話につながるというわけだ。

ちなみに表1のように、越境ECでの輸出入相手先国ランキングで、輸入元としては日本が第1位になっている。数年前には頻繁に報道されていた、中国からのインバウンド客が大量に日本で買い物をしていく姿を伝えるニュースが、現在ではインバウンド客増加にもかかわらずそれほど耳にすることがなくなったのも、越境ECによりネット上で取引されることが多くなったことがその背景のひとつだと言えよう。

「EC法」施行

そのような背景の中、今年1月1日に施行された「電子商取引(EC)法」は、約5年前から検討が始まり、3回のパブリックコメント募集を経て、ようやく昨年8月の全人代常務会議で採択されたものだ。その主眼は、

  1. 消費者保護
  2. 不正競争
  3.  知的財産権侵害・粗悪品
  4. 紛争解決システム
  5.  政府の監督管理

という顕在化している各問題への具体的な法的対応であり、既存の分散・断片化した状態の関連法・政令等を包括的に整理し、これに違反した場合は高額な罰金や業務停止などを含めた行政処分をしようとするものである。2017年に施行された「サイバーセキュリティ法(網絡安全法)」もネット上のセキュリティや個人情報保護を含めた包括的なものであったが、最近の中国では、過去揶揄された「上に政策あれば、下に対策あり」という状況がなくなったわけではないものの、様相は変化し、ガバナンス強化の流れが顕著である。

「プラットフォーマー」の定義

今回施行されたEC法にはいくつかの注目点がある。ここでは特に「ECプラットフォーマー」「EC内事業者」(いわゆるショップに相当)の定義を明確化したことに特に注目したい。後述する海外での「代購」(「代理購入」の意)分野はこれまで野放し状態で、そこに起因する問題も少なくなかったが、EC法ではそれらの代理購入者もEC内事業者として登録が必要になってくる。

EC法では、曖昧だったECの定義とあわせ、Alibaba(阿里巴巴)やJD.com(京東)といったB2B、B2C、C2C各プラットフォームを提供する大手事業者から、そのプラットフォームの上で個別に出店する小規模EC内事業者まで、ECに関わる全事業者について、それぞれのビジネスモデルには関係なく、その義務・責任範囲を明確化している。例えば、Alibaba傘下のTmall(天猫)、Taobao(淘宝)やJD.comなど主要なECプラットフォームだけでなく、最近日本でも人気のショートビデオ・アプリTikTok(中国では「抖音」)やTencent(騰訊)が提供するWeChat(微信)などのSNSプラットフォームも含めてプラットフォーマーとして同じ規制を受ける根拠になる。大手プラットフォーマーに課される特有の義務のうち主なものを表2に示す。

プラットフォーマー特有の主な義務

【表2】プラットフォーマー特有の主な義務
(出典:各種資料より情総研作成)

また、中国のECの実態として、「微商」(マイクロビジネス)といわれる大量の小規模事業者あるいは個人の存在が見逃せない。特にWeChat上の「朋友圏」(「友人グループ」機能で、日本語版アプリでは「モーメンツ」と呼ばれる)を使って多くの「微商」が商品の宣伝を行ったり、そこで売買取引連絡を行ったりすることが大量に行われていた(図2にそのやりとりの例)。ECの入り口として、通常の専用サイト上のやりとりだけでなく、SNSサイト上のある機能もECに使われているということだ。今後EC法の施行でそのような純粋なECプラットフォームでないものの上で取引を行う場合でも、「EC事業者」としての登録が必要となり、納税も義務となってくるし、そのプラットフォームを運営するEC以外のSNSも、表2に挙げたようなプラットフォーマーとしての様々な義務を負うことになったということになる。

WeChat「朋友圏」上でのEC取引の例

【図2】WeChat「朋友圏」上でのEC取引の例
(出典:Sina)

 海外代理購入の問題

Alibabaなどの大手のEC事業者は、自社のサイト上で越境EC取引ができる仕組みを以前より構築しており、毎年11月11日の「独身の日」のEC大規模キャンペーン(2018年同日の取扱額は2,135億元(約3.4兆円))には既に日本の多くの事業者もそこをターゲットにした越境ECマーケティングを行っていることは周知の事実だ。その越境ECには、前述したように多数の小規模な事業者やWeChatの「朋友圏」を活用した「微商」や個人事業者なども関わっており、彼らは中国国内からの注文に応じて海外で調達した品物を中国へEMS等を使って郵送する以外に、直接旅行者に混じって「運搬」することも少なくない。例えば日本に常駐するバイヤーの組織が存在し、そこが日本で海外代理購入(中国で「代購」という)を行い、日本から越境EC購入物品を中国にハンドキャリーで大量に持ち込むという組織的なパターンも普通にある。

中国の税関の規定によれば、入国する居住者旅客は国外から合計価値5,000元(約8万円)以上の個人用物品を取得した場合、税関で自発的に申告しなければならない。しかし、この数カ月の旅客入国時の携帯物品が限度を超えて税関で検査されるニュースがしばしば中国国内で報道されており、これら旅客の中には少なからず海外個人代理購入に従事する者がいた。

本来、代理購入の問題はEC法の実施と必然的な関係はなく、関税など貨物の国際貿易管理に関する問題である。しかし、海外代理購入という業界では数百万元を販売する大型代理購入バイヤーもいれば、随意に行うマイクロバイヤーもいる。消費者がECを通じ越境して国外で直接購入するというモデルが現れて以来、個人代理購入を含む大量の消費物品が流入することは、伝統的な国際貿易を主とする管理体制への巨大な挑戦をもたらす結果となった。これに対してもEC法はその対応方法を提起し、国家輸出入管理部門は越境ECの税関申告、納税、検査検疫等の管理体制構築について推進しなければならないという幅の広い流れにつながっている。 

EC法施行前後の状況
~日本の免税販売額にも影響

越境ECの発展に伴い、代理購入業界モデルがますます巨大化し、多くの混乱、脱税、偽物の氾濫、個人情報漏洩、販売後流通上の責任などの問題が続出していた。その主たる原因は、多くの「微商」が「朋友圏」経由のみで実体店舗がなく、営業許可もなく、信用担保もない一方で、参入ハードルが低いことだった。

昨年10月の国慶節のときに、ネット上に「税関が代理購入検査厳格化」という映像が流れ、その中で上海浦東空港であらゆる旅行者の荷物を開き検査に行列ができている光景が映し出された。あるフライトでは100名以上の代理購入者がおり、納税待ちの列を作っていたという。ちなみに、罰金対象物品には、スキンケア、リップクリーム、ファンデーションなどコスメ系が多かったそうだ。このニュースはネット上で高速に広がり、多くのネット利用者は上海空港でのこの状況を、EC法実施に備えた予行演習ではないかとみた。その後上海税関は、個人の携帯入国物品政策が間もなく変更されるとし、貴重品を購入して帰国する際は注意を呼びかけ、法律で規定する免税額を超える商品は相応の納税をする必要があるとの周知も行っている。

中国のECデータベースを持つ電子商務研究中心が2018年9月に出した「2018年上期中国越境EC市場データ観測報告」によると、2018年上半期のEC輸入取引規模は1兆300億元(約16.5兆円)、前年同期比19.4%増、2018年年間の予測では1.9兆元(約30兆円)。6月までの中国の越境EC購入ユーザーはのべ7,500万人と大幅成長中であり、2018年末には8,800万人になると推計されている。

実際、EC法が施行されて、日本のインバウンド業界には何らかの影響があったのだろうか。日経中文網の報道によると、2019年1月に入ってから、大阪市内の百貨店の免税品販売が急激に減少、ある店舗では1月の販売額が前年同期比で2~3割減少したという。日本百貨店協会が1月23日に公表したデータでは、2018年年間の免税販売額は前年比26%増の3,396億円で過去最高となった一方で、免税顧客の1回あたり消費額は、EC法施行直前の2018年12月の1回あたり消費額が前年から2.3%減少、1月に入ってからはさらに減少しているといわれ、日本のインバウンド市場にも影響を及ぼしているようだ。

EC法施行後にも残る課題と今後の注目点

2019年1月10日、Alibabaは自社のECプラットフォーム上での不適切な行動の摘発状況をまとめた「打假年報」を発表、2018年1年間で司法機関へ送致して5万元超の罰金となった虚偽案件は1,634件、犯罪幇助で検挙した容疑者は1,953人、被害総額は79億元(約1,260億円)であったという。Alibabaの本件責任者は、同社は成熟したプラットフォーム監視メカニズムを構築、EC法施行以降も継続的にプラットフォーム上の中小の事業者に注目しつつ、関連部門との情報共有を行い、業界全体の穏健な持続的発展を促進しているとし、「プラットフォーム事業者としてAlibabaは新たな法律の要求を順守する」と述べている。

小規模なEC事業者はどうか。今後、零細なEC事業者は規模の大小にかかわらず、企業登記を行わなければならないため、実体的な経営場所を持たない事業者は排除されていくことになるかもしれない。だが、EC法では「少額取引の活動」については事業者としての登録を免除する条項があり、「少額」が具体的にいくらかといった定義がない。これは個人や小規模事業者のEC市場参入を容易にし、将来のECの発展への余地を残す観点から立法過程で最後まで議論された部分とされるが、結果としてこの部分が拡大解釈される可能性について指摘する識者もいる。

EC分野は今後の中国の、ICTを成長ドライバーとして最大限活用するという政策の中でも、柱のひとつとなる重要な分野であることは間違いないが、広義には金融分野の改革、ひいてはマクロ経済の安定化政策とも密接につながってくる分野でもある。

一方、国際的には、2019年1月25日、ダボス会議と並行して開催されたWTOフォーラムで、中国を含む76カ国・地域が電子商取引のグローバルルールについて今後交渉を始めることが合意された。当初中国はこの合意に参加しないとみられていたが、最後の最後で合意に加わるなど紆余曲折が見られた。今後WTOでの議論は3月より開始され、関心のあるその他のWTOメンバーにもオープンとなる。過去20年間で、各国国内および越境ECは幾何級数的に成長したものの、この種の取引に関する具体的な多国間ルールがなく、企業や消費者はその代わりに二国間あるいは特定地域の貿易ルールのパッチワーク的ルールに依存するしかない。今回の合意を受けてWTOでは、次のようなテーマが議論されていくとされている。

  • 消費者のオンライン環境への信頼改善とスパム対策
  • 越境販売を妨げる以下の障壁への対応
  •  電子契約・電子署名の有効性保証
  •  電子伝送への関税の永久的禁止
  • 強制的なデータローカリゼーション、強制的なソースコード開示

これらの方向性には、中国が施行したEC法の目的に合致するものもある一方で、「強制的なデータローカリゼーション、ソースコード開示」は中国を標的にした内容でもあり、今後簡単に議論が進むとは思えないものも含まれている。

中国は金融分野、特にFinTech分野で言えば、昨年焦げ付きで大規模デモが一部都市で発生したこともあった小口融資(P2Pレンディング)を規制・閉鎖したり、仮想通貨やその発行による資金調達(ICO)を禁止したりする一方で、既存の秩序に左右されないブロックチェーンには積極的に投資をしていくなど、ブレーキとアクセルの両方を交互に踏みながら経済や社会の引き締めや安定化を図っている状況だ。EC法の施行もそれと同じ文脈の中にあると言ってもよい。

デジタルプラットフォーマーのあり方に関しては、米国GAFAに対して現在欧州だけでなく、日本でも今後のデジタルデータ流通の観点から政府で議論が行われるようになった。ただし、中国におけるプラットフォーマーへの議論は、中国のEC市場の規範化という観点からのもので、中国のプラットフォーマーに対する制約という議論ではないように見える。しかし、その一方で、市場が健全化されていくことは、データを重視する中国の国策とのさらなる一体化が進んでいるようにさえ見える。この原稿を書いている時点では、中国では全人代が開催されており、米国との貿易摩擦問題も依然として予断を許さない状況にある。今後、相互に矛盾をはらんだ複雑な問題がどのように整理されていくか、またそれが日本のICT分野やその周辺のどのような部分に影響をもたらす可能性があるかをマクロとミクロの両面から慎重に見ていくことが必要だ。

[1] 1元=16円で換算(以下同じ)

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