2019.11.29 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

働き方改革支援としてのプロセスマイニングツールの海外動向と国内の状況 ~ハートコア社へのインタビュー

Cognitive Technology社CEO Massimiliano Delsante氏とハートコア社代表取締役社長/CEO神野純孝氏

日本企業の働き方改革の動向

「働き方改革関連法」施行(2019年4月)など現在、法整備も進展しており、「働き方改革」を官民が一体となって取り組んでいる。

全国労働組合総連合がOECD(経済協力開発機構)のデータを基に作成し、公表した「実質賃金指数の推移の国際比較」では、1997年の実質賃金指数を100とし、2016年と比較した場合、日本は89.7と低下しており、先進国の中でのマイナス成長は珍しい(図1)。実質賃金の低下は労働生産性の低さが原因の一つである。

実質賃金指数の推移の国際比較(1997年=100)

【図1】実質賃金指数の推移の国際比較(1997年=100)
(出典:全国労働組合総連合(2019年5月23日1))

NTTデータ経営研究所とNTTコム オンライン・マーケティング・ソリューションの「NTTコム リサーチ」登録モニターを対象にした「働き方に関する調査」(2019年5月に実施、有効回答数1,110人。2015年から毎年実施)によると、働き方改革に取り組む企業は、昨年度比で10ポイント以上増加し、全体の49.3%となった。従業員100人未満の規模の企業では、昨年度と比べて12.8ポイント増加し、30%の企業が働き方改革に取り組んでいる。働き方改革に取り組んでいる企業の従業員は、2018年度の調査結果と比較し、「休暇のとりやすさ」や「プライベートとの両立の容易さ」、「セクハラやパワハラ等の減少」をプラスの変化として挙げる割合が増加している一方、「労働時間の減少」をはじめとして、多くの項目でプラスの変化として挙げる割合が減少している。特に、「生産性向上」をプラスの変化として挙げる割合は、昨年度18.5%に対して11%と7.5ポイント減少している(図2)。

働き方改革に取り組んでいる企業のプラスの変化

【図2】働き方改革に取り組んでいる企業のプラスの変化(N=547)
(出典:NTTデータ経営研究所「働き方改革2019」(2019年7月5日2))

現在の「働き方改革」は、取り組んでいる企業は増加しているものの、その効果として「生産性向上」を評価する人は多くはない。業務のやり方の変革を伴わない「働き方改革」は生産性向上につながらず、従業員の残業時間の削減など、給与の低下をもたらすのみとなってしまい、従業員の「働くこと」に対する満足度向上にはつながらない。本稿ではこれらの課題を解決する有力な手段の一つとなる、プロセスマイニングツールについて紹介するとともに、大手プロセスマイニングベンダーへ行ったインタビューを掲載し、国内への導入における今後の課題について検討する。

プロセスマイニングツール

「プロセスマイニング」への注目度が高まっている。「プロセスマイニング」とは、「業務プロセスの処理パターンをイベントログデータの蓄積により可視化し、改善ポイントを具体的に特定することで業務効率化を支援する手法」である。

プロセスマイニングは業務プロセスの可視化を行うが、これは業務改善におけるPDCAサイクルの「CHECK」に相当する。業務プロセス可視化の手法としてこれまで採られてきた担当者へのヒアリングは、労力、時間が多大にかかることや、ヒアリング対象者の業務理解度やリスク感度によりばらつきがあることが課題となっている。これに対し、プロセスマイニングツールは、正確かつ客観的に、迅速に業務を見直すことができる。

図3のとおり、PDCAサイクルの「CHECK」でプロセス可視化を行うことで、プロセスの改善(「ACTION」)につなげることができる。可視化の手段として、具体的には、RPAツールの導入等を行う。

PDCAサイクルにおけるプロセスマイニングの領域

【図3】PDCAサイクルにおけるプロセスマイニングの領域

 

欧州プロセスマイニングベンダーによる日本国内事業の展開

欧州プロセスマイニングベンダーによる日本国内における事業が活発化している(表1)。

プロセスマイニングサービス事業者の国内市場への主な参入動向

【表1】プロセスマイニングサービス事業者の国内市場への主な参入動向
(出典:各種公表情報より、筆者作成)


プロセスマイニングツールの大手グローバルシェア1位の独Celonis社(ミュンヘンで2011年設立)は、日本法人を2019年10月に設立し、その活動を本格化させている。同社の2018年度のグローバル売上高は1億ドル以上である。Uber社、BMW社など700社を超えるユーザーを持ち、特に業務変革において大きな障害となりやすい部門やシステムの分断を乗り越えられることが評価されている。

Celonis社はグローバル市場では直販による拡販を推進しているが、日本市場ではパートナーによる販売を行う。同社はSAPジャパンや、三菱総合研究所、アビームコンサルティングなどの大手コンサル企業計10社とパートナーシップを結んでいる。中でも注目はSAPジャパンとの取り組みで、同社はSAPのERP製品にCelonis社のツールをあらかじめ組み込んだパッケージを提供していく方針だ。

RPA大手の米UiPath社はCelonis社と2017年12月に提携し、顧客開拓や、ツール同士の連携等の協業を開始した(ただし、2019年10月15日に、オランダ発のプロセスマイニングツール、Process Goldの買収を発表しており、Celonis社との提携関係には変化が生じると思われる)。通信事業者ではKDDIがCelonis社製品を自社導入し、業務改善を進めている。

グローバルシェア2位のイタリアのCognitive Technology社は、プロセスマイニングソリューション「myInvenio」の日本における3年間の独占販売代理店契約を2019年1月にハートコア社と締結し、日本での事業展開を開始した。「myInvenio」は、業務プロセスを自動的に可視化し、無駄な業務やボトルネック、RPAに適したプロセスを発見、プロセス改善につなげることで、収益向上、業務コスト削減を可能にする。ユーザー企業はイタリアの大手銀行、大手自動車メーカー等、世界で600社を超える。ハートコア社は、「myInvenio」と、PC操作ログを収集するツール「CICERO」、RPAソリューション「HeartCore Robo」も併せて提案し、働き方改革のさらなる推進の支援に取り組んでいる。

NTTグループでも事業に乗り出している。NTTデータイントラマートは、ドイツのプロセスマイニングサービス事業者Signavio社とパートナー契約を結んだ。注力分野のBPMソリューションの一環として同社サービスを提供し、従来の製品ラインアップを補完する。NTTデータイントラマートはSignavio社と共同でマーケティングを行い、今後3年間で20件のBPMプロジェクト受注を目指している。

この他、日本のRegrit Partners(コンサルティング会社)が、独Lana Labs社の「LANA Process Mining」を活用したオペレーションアセスメントサービスを提供していることを2019年2月に発表している。

Cognitive Technology社CEO Massimiliano Delsante氏とハートコア社代表取締役社長/CEO神野純孝氏へのインタビュー

大手プロセスマイニングベンダーのCognitive Technology社CEO Massimiliano Delsante氏、同VP Sales and Marketing Stefano Pedrazzi氏とハートコア社の代表取締役社長/CEO神野純孝氏、同コンサルタント松尾氏に、プロセスマイニングの変遷や国内の動向についてインタビューを行う機会を2019年10月に得たので、以下にその模様を紹介する。

(左)Cognitive Technology社CEO Massimiliano Delsante氏 (中)同VP Sales and Marketing Stefano Pedrazzi氏 (右)ハートコア社CEO神野純孝氏

(左)Cognitive Technology社CEO
Massimiliano Delsante氏
(中)同VP Sales and Marketing
Stefano Pedrazzi氏
(右)ハートコア社CEO神野純孝氏

欧州でのプロセスマイニングの成り立ちから現在までの変遷

Q:プロセスマイニングはいつ頃から始まったのですか。どのように発展、普及したのでしょうか。

A(Massimiliano Delsante CEO):1990年代後半、オランダのEindhoven工科大学のWil van der Aalst教授(現在は独RWTH Aachen University教授[1])がプロセスマイニングの概念を科学的に証明した。これには統計学が使われている。彼は、プロセスマイニングの理論の成り立ちを発表し、イベントログ分析によってプロセスマイニングができることを証明した。彼は、プロセス可視化を着想し、研究を開始した。その教授を中心にプロセスマイニングの研究が進展した。

その後、同大学のAnne Rozinat氏が2009年にFluxion社を設立し、プロセスマイニングツール「Disco」を開発した。彼女は、エバンジェリストとして、オランダで、プロセスマイニングツールの普及に注力した。オランダでのツールの普及は目覚ましいものとなり、中小企業も含めたオランダの企業の普及率は6割となった。年間300万円程度の安価なサービスであったことも普及に寄与した。

2008年にはGartner社もプロセスマイニングを「ABPD(Automated Business Process Discovery)」として紹介を開始している。

さらに、2011年には、米IEEEが「プロセスマイニングマニフェスト」を発行した。欧州を中心に商用プロセスマイニングツールが登場し、ビジネスでの活用が進展した。Cognitive Technology社は2016年にGartnerの「Process Mining Vendor」として選出された。2018年にはGartnerが「Market Guide for Process Mining」を発行し、ここで15のツールが紹介され、2019年発行の同書では17のツールが紹介された。「myInvenio」はどちらにも紹介されており、Cognitive Technology社は、代表的なツールベンダーである。

国内参入動向、「myInvenio」の強み

Q:プロセスマイニングベンダーで日本に参入してきているのはどこですか?

A(神野CEO):日本に入ってきているのは、Celonis社、Lana社、Fluxion社、Signavio社である。操作画面だけでなく、マニュアルを含めて日本語版があるのは、ハートコア社のmyInvenioのみである。

Q:プロセスマイニングサービスごとの特徴の差異は?

A(Delsante CEO):プロセスマイニングベンダーについては、参入したばかりのスタートアップ企業や、デスクトップ特化など、初歩的なことしかできない事業者が多い。我々の主な競合事業者はCelonis社、Process Gold社だ。「myInvenio」には大きくは以下の3つの特徴がある。

  1. Discovery機能:データを投入するだけで、自動的に業務フローをモデル化できる。現状の社内業務を業務フロー化できる。
  2. 適合性チェック機能:As is、To be(あるべき姿と本来の姿)の適合性をチェックできる。
  3. シミュレーション機能:シミュレーション機能を使うと、将来のオペレーションでの効果を事前に計ることができる。改善による6カ月後、1年後の効果を事前に把握できる。

A(神野CEO):他社のプロセスマイニングでは、アラートは出るが、どう改善したら良いのかについてはわからない。シミュレーション機能を使うと、このプロセスをこう改善するとどれくらいコスト、時間が削減できるのかが、わかる。他社のシミューレション機能は、パラメーターを入れて計算しており、改善後の状況は予想に過ぎない。「myInvenio」では改善して本当に効果が出るのかが、明らかになる。単にパラメーターを入れて計算するのではなく、仮想的なケースを実際に生成してシミュレートし、検証して、プロセス改善後の効果を出しているため、より正確な予測が可能になる。

「myInvenio」のターゲット層、ユーザー層

Q:ターゲットユーザー層は?

A(Delsante CEO):我々のターゲット層は年商2.5億ユーロ(約300億円)以上の企業である。それ以下だと、費用対効果が少ないということだ。

Q:ユーザー数は?

A(Delsante CEO):顧客数は1,000契約程度。重要顧客数は300組織。金融(銀行、例えばイタリア銀行)、FCA(Fiat Chrysler Automobiles)、アルファロメオ等の自動車企業等製造業など、あらゆる業種で利用されている。

社内で、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進を担当する部署があり、そのような部署に提案している。

「myInvenio」のサポートサービスと中小企業の利用動向

Q:ソフトウェア製品に加えて、サポートやコンサルティングサービスをしているのでしょうか。

A(Delsante CEO):我々は大企業に対して、サポート、コンサルティングサービスも併せて提供している。大企業ユーザーは、自社のグループ企業に対して、独自にサポートしている。

Q:中小企業は利用しているのでしょうか。

A(Delsante CEO):大企業のサプライチェーン傘下の企業が利用している。大企業が自社グループ企業に対して導入を促しており、ユーザー企業が自社でサポート機能も提供している。

国内のプライマリーユーザー

Q:日本国内のユーザー動向は?

A(ハートコア社コンサルタント松尾氏):業務改革担当、CDO(Chief Digital Officer)等が、DX推進の有力な武器として、プロセスマイニングを使えると評価している。本社機能ではなく、自社のグループ企業すべてに展開しようとする動きが出てきており、本社主導で子会社に進めていく動きがある。彼らは自分達で自立してプロセスマイニングを使い、グループ会社向けにサポート機能を提供しようとしている。我々のプライマリーユーザーになるだろう。

国内の中小企業の導入動向の見通しと課題

Q:日本国内の中小企業への導入の見通しは?

A(神野CEO):価格と機能の問題がある。低価格なオープンソースでのプロセスマイニングのプロダクトは操作が難しく、大学で統計学の勉強をしている人が相当数必要だ。日本国内には統計学部が少ない。知識のない方が使える状況ではなく、ユーザー企業が安価なツールを活用できるような土壌がない。オープンソースは、十分な統計学の知識を有しないと、使うのは難しい。

Q:中小企業での導入の近道は?

A(神野CEO):大企業で使ってもらうことが重要だ。大企業で導入し、子会社の企業がこれを使い、学んでいく必要がある。導入企業で働いたユーザーが転職し、転職先で他の企業に勧めていくと良い。SAP等の既存ソフトウェアの普及動向を見ても、大企業から、中小企業に拡散していくことが重要となる。

国内企業の導入における課題

Q:日本企業の導入に向けての課題は?

A(神野CEO):日本のプロセスマイニングの問題点はもう一つある。ドイツではSAPが標準だ。ほぼすべてのプロセスが可視化できる。日本では業務の中心がMicrosoft Excelだ。Excelはログが出ず、Excelの作業を可視化できない。ERP、CRMの可視化はできるが、社員が行っている業務は可視化できず、分断が生じている。これがプロセスマイニングの普及が遅れている理由だ。加えて、SAPのログにしても3カ月、1週間で捨ててしまう企業が多い。日本企業は、ログの取得ができていないことが導入の課題となっている。

A(神野CEO):ハートコア社では、米「Cicelo」を提供している。PC操作のログを可視化するツールだ。日本国内の大手ベンダーのアプリはエラーログは出すが、業務ログは出さない。そのため、「Cicelo」を導入すれば、日本の顧客はログ情報を取得し、業務の見える化ができる環境になる。

A(神野CEO):日本ではプロセスマイニングの啓蒙活動から始めないといけない。プロセスマイニングは可視化ツールではない。業務改善ツールだ。改善することにより、ソフトウェア投資以上の利益を出すようにしていく。日本の国内市場はまだこれからの段階。他社と一緒に市場を開拓していきたい。1社ではできないからだが、残念ながら、日本市場にはエバンジェリストがいない。ハートコア社では、エバンジェリスト的な動きも行うようにしている。

Q:啓蒙活動の具体的な取り組みは?

A(神野CEO):セミナーを実施している。プロセスマイニングのセミナーは申込受付開始から2時間すぎると満席になり、他のサービスに比べ、注目度は高まっている。

Q:プロセスマイニングツールについて反応のある業種は?

A(神野CEO):銀行、製造業、自動車、製薬会社等だ。

A(Delsante CEO):日本国内ではメーカー、製薬、保険会社などだ。

諸外国と比べた国内企業の導入動向

Q:日本と比べた、プロセスマイニングツールの諸外国の動向は?

A(神野CEO):オランダはGDP、人口が少ないのに、プロセスマイイングツール市場が大きい。プロセスマイニングツールはオランダで生まれ、育ったツールだ。

A(Delsante CEO):米国も導入し始めたばかりである。米国は今後のプロセスマイニング市場において重要な市場だ。

A(神野CEO):米国も日本も現在、開始したばかりの段階で、同じだ。少し米国の方が進んでいる。これから日本市場拡大に向けて、市場への啓蒙活動を推進していく。

まとめ

日本国内でのプロセスマイニングツールの導入は始まったばかりであり、これから市場拡大が見込める分野である。国内企業が、業務遂行のやり方の改善を伴う「働き方改革」を行い、生産性向上につながるように、プロセスマイニングが支援ツールとして、認知度を向上させ、普及が進展していくことが期待される。

日本企業の情報化投資の課題として「業務改革・組織改革を伴わない情報化投資」により、その結果として「生産性や付加価値の向上」が諸外国に比べ十分ではない点が指摘されている。

プロセスマイニングの導入により、業務を可視化し、改善できれば、国内企業の情報化投資の導入効果は変わってくる可能性があり、今後の動向が注目される。

[1] Wil van der Aalst『プロセスマイニングData Science in Action』インプレス(2019年9月)

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