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2003年12月掲載

米国で携帯電話の番号ポータビリティ始まる

 米国の100大都市で11月24日から、契約する携帯電話会社を変更しても、同じ電話番号をそのまま使うことができる「番号ポータビリティ」が開始された。米国でも、電話番号を変えたくないのでやむなく契約を続けている利用者は少なくない。しかし、競争激化に不安を抱く電話会社側が強く反対し、FCCは実施期日を3回も延期するなど難航の末にようやく実施に漕ぎつけた。すでに、英国、ドイツ、オーストラリアなどが導入しており、わが国でも11月10日に総務省が研究会を発足させ、来年2月には導入の是非を含む報告書を取りまとめる予定だ。多額の費用がかかることから一部に慎重論も根強く、その帰趨に関心が集まっている。米国における番号ポータビリティの実施にあたって何が問題点だったのか、市場にどんな変化が予想されるのかを考えてみたい。

■業界の反対を押し切ってLNP導入に漕ぎつけたFCC

 FCCが1996年6月に、初めて携帯電話の番号ポータビリティ(LNP: Local Number Portability)の実施を決定した時の導入期限は1999年6月だった。しかしその後携帯電話会社側の準備不足などを理由に導入期限が3回にわたって延期され、2002年6月のFCCの決定で、最終期限は2003年11月24日とされていた。これに対し業界団体のCTIAとべライゾン・ワイヤレスがLNPの導入命令の取り消しを求める裁判を提起していたが、今年の6月にワシントンD.C.連邦巡回控訴裁がFCCを支持する判決を下したことと、携帯電話会社最大手のベライゾン・ワイヤレスが態度を変えLNP支持に回ったことで、ようやく通信業界が11月24日の主要100都市(人口比率69%)への導入期限遵守に向けて動き出した。残りの地域は6ヵ月後の来年5月24日までに導入される。この間、1999年1月に英国、2001年9月にオーストラリア、2002年11月にドイツで番号ポータビリティが導入されるなど、現在では12カ国で開始されている。

 FCCがLNPを推進する理由は、携帯電話会社を変えても現在利用している携帯電話の番号を継続できるほか、メール機能も継続されるので、サービスや料金に不満を持つ利用者が契約先の携帯電話会社を変えやすくなり、携帯電話会社相互の競争が促進されることにある。さらにFCCは、米国では固定電話と携帯電話が同じ番号体系を使用しているため、自宅の固定電話番号もその地域でサービスを提供している携帯電話会社への移行であれば、携帯電話の番号として継続して利用できるようにした。固定から移動へのLNPよって、固定通信と移動通信間の競争促進が期待される。

 もちろん、電話番号を継続利用できるからといって現在利用している携帯電話機をそのまま利用することはできないから、移動した先の会社のシステムに適合した機種を購入する必要があり、利用者にも負担が生じる。また、割引料金プランは1年契約が一般的で、途中で解約すれば違約金の支払いが必要(通常150ドル程度)になる。ある投資会社のアナリストは、LNPの導入によって、携帯電話会社を変更する利用者数は、2003年の3,400万から2004年には4,400万に増加すると予測している(注1)。より魅力的な料金プランへの移行だけでなく、国土が広いため携帯電話がつながりにくい、途中で切れるといったサービス上の不満からの携帯電話会社変更も少なくないだろうという(注2)。

(注1)Few hitches as cellphone users take numbers along (Financial Times online / November 25 2003)

(注2)J.D.Power社の調査によると、顧客満足度最高位の携帯電話会社の顧客が今後12ヶ月以内に会社を変えたいと答えたのは7%だったのに対し、最低位の携帯電話会社の顧客は21%が会社を変えたいと回答した。(The Keys to keeping cell customers:BusinessWeek online / November 11,2003)

■負担増に直面する携帯電話会社

 1996年にFCCがLNP導入を決定してから、携帯電話会社は設備構築のための費用負担や競争激化にともなう収益悪化を嫌い、業界あげて強く抵抗し3回にわたり延期されてきた。しかし、裁判所の判断と自社に有利とみたべライゾン・ワイヤレスが支持に回ったことでLNPの流れは決まった。LNPの導入に要する費用は10億ドル(1,100億円)の初期投資と、年間運用費5億ドル(550億円)と試算されているが、携帯電話会社が現加入者の引き止めと他社からの変更を含む顧客獲得に要する費用を含めると、2004年の支出増は30億ドル(3,300億円)に達するとみられている。

 さらに、LNP導入後の携帯電話業界では、通話品質やネットワークのカバー率などサービスの質が勝負の分かれ目になるとの見方が強く、スプリントPSCは2003年に21億ドル(2,300億円)を投じて通話品質の改善に努めている。LNPに要する直接費用をどう回収するかは、各携帯電話会社に委ねられているが、例えばスプリントPCSは去る7月から毎月の請求書に月額1.1ドル(120円)を加算している。シンギュラーは地域によって月額25セント〜1.32ドルを加算している。

 LNPの導入を控えて、各携帯電話会社は競って顧客の引き止め/獲得策を打ち出している。例えば、業界第6位のT-モバイル USAは「週末無料プラン」に金曜日を含める(期間限定)ことにした。第4位のスプリントPCSは「夜間無料プラン」の開始時間を2時間早めて午後7時からに変更(月額5ドル)した。全国事業者のこのような動きに危機意識を持った小規模の地域事業者、SureWest Communications(カリフォルニア州)は月額29ドルの「無制限利用通話プラン」をスタートさせた(注)。その他、2年契約による割引率の割増、LNP導入後1年超の契約継続を確約すれば新携帯端末の無料もしくは割引価格での提供や最長1年間の無料通話時間の上乗せなどを各社が実施している。

(注)Will phone uses cut their cords?(BusinessWeek online / November 21,2003)

 米国のマスコミの多くはLNPの導入で有利になるのは、業界1位のべライゾン・ワイヤレスだと指摘している。同社のネットワークは同業他社よりも安定していて通話品質が良く、ネットワークのカバー率も広いと受け取られているからだ。べライゾン・ワイヤレスも通話品質の良さを広告で訴求している。不利になるのは、多分サービスに不安を抱えるスプリントPCS、第2位のシンギュラー、第6位のT-モバイルUSAなどではないか。番号の変更を嫌う大手の法人顧客を多く持つ第3位のAT&Tワイヤレスも、LNPの導入で競争他社の攻勢に遭うだろうという。

 未だに赤字経営から脱却できないスプリントPCSやT-モバイルUSAは、LNPの導入で黒字達成はさらに先に延びるかもしれない。ようやく黒字化を達成した第5位のネクステルやAT&Tワイヤレスが赤字に逆戻りする可能性も否定できない。従来から値下げ競争に悩まされてきた米国の携帯電話業界が、ようやく経営の安定が視野に入ってきたこの時期に、さらに競争を促進するLNPを導入することは適切だったのか。LNPによる消耗戦を強いられ、3Gなど高速ワイヤレス・データに対する投資に消極的になるのではないか。また、携帯電話会社の統合、合併が避けられないかも知れない。

■LNPによる最大の敗者はベル電話会社か

 米国では固定電話と携帯電話が共通の番号体系が使われており、固定電話から携帯電話へ番号をポートすることが可能である。業界団体のCTIAが2003年1月に、LNPの導入目的が競争促進にある以上、この問題を先に解決すべきだとしてFCCに固定から移動への番号ポータビリティー規制の確定を求める請願書を提出していた。FCCは11月10日に「固定および移動通信事業者間の番号ポータビィティに関するガイドライン」を制定してこの問題に決着をつけた。

 「ガイドライン」は、「固定通信事業者から移動通信事業者への番号のポートは、請求する移動通信事業者のサービス提供地域が、固定通信の番号が提供されている地域と地理的ローケーションをオーバーラップする場合は、これに応じなければならない。」ことを明確にした。一部のベル電話会社が、このガイドラインの無効を求めて訴訟を起こしたが棄却され、これで固定電話から携帯電話へのLNPの実施が確定した。FCCはニュース・リリースの中で、FCCは地域ベル電話会社のような伝統的電話会社と携帯電話会社が直接競争することを促進したい、と述べている。

 「固定および移動通信事業者間の番号ポータビィティ」と銘打っているが、事実上移動から固定へのLNPのニーズはないだろうから、番号のポートは固定から移動への片方向の流れになる。一方、ベル電話会社は毎年1,000万の加入者を減らしている。ADSL、CATVなどのブロードバンド利用のため2台目の電話の契約解除、携帯電話や競争相手の固定電話会社への移行によるものだ(注1)。さらに、電話利用者の3〜7%(450万〜1,050万)は携帯電話しか持っていないという。さらに、ヤンキー・グループの調査によると、携帯電話の利用者の15%は将来固定電話の解約を考えているという(注2)。

(注1)Much ado about porting(Economist.com / November 27,2003)

(注2)FCC backs phone number portability(The New York Times online / November 11,2003)

 このような状況の中でLNPが導入されれば、移動通信業界は有利に事業の展開ができる。固定通信事業、とくに地域電話会社は契約数の減少が加速し、生き残りのためにブロードバンドなど新たな収益源を開拓する必要に迫られる。地域電話会社は傘下に携帯電話会社を保有しており、固定電話が減少しても携帯電話の増加で損失の一部を相殺することが可能だが、独立系の携帯電話会社が心置きなく固定電話加入者のハンティングに精を出せば、今まで比較的安定していた地域電話会社の経営基盤が、一挙に悪化する可能性がある。しかし、携帯電話会社がLNPで有利な立場を占めたとしても、ブロードバンドを含むフルレンジのサービスを提供することは困難だ。長期的には固定、移動、放送などを融合させ、顧客の要望に柔軟に対応できるビジネスモデルを構築できる企業が勝者になるだろう。

 11月24日にLNPが実施されたことについて感想を求められた前FCC委員長のリード・ハント氏は、FCCは“too much,too late”だったとし「LNPは長い間待たされた変化を実行するための手段だが規制が強過ぎる。議会は1996年に制定した新通信法でLNPを求めたが実現できなかった。FCCはこんなに長い間LNPを延期すべきでなかった。現時点でFCCがやるべきことは固定、移動両通信産業の規制撤廃に集中することだ。」と語った。eメールを送るのと同じ方法(番号でなく人に送る)で人々に電話をかける能力を我々に与えることを市場に認めるため、彼はインターネット電話(Voice over Internet)の規制撤廃を特に強く支持している。「FCCは規制撤廃を推進する代わりに、間違った時期、場所、方法で規制強化を推進している。」と批判している。(注)

(注)Cell phone stores report mixed signals on portability(The Wall Street Journal online / November 24,2003)

 ところで、LNPの導入によってどれだけの加入者が契約先を変更したのか。ワシントン・ポスト紙によると(注)、初日の11月24日は8万件だったという。これは地域電話会社からLNPの業務処理の8割を請負っているTSIテレコミュニケーションス・サービシーズの発表によるもので、初日100万の予想を大きく下回った。途中解約すれば違約金の支払いが必要になること、しばらく様子を見てからという顧客心理などから、利用者が慎重な態度を取っているためと考えられる。

(注) Only 80,000 switched telephone numbers(washingtonpost.com / November 26,2003)

■総務省に「番号ポータビリティ」研究会が発足

 総務省は11月10日に第1回の「携帯電話の番号ポータビリティの在り方に関する研究会」を開催して、2004年2月をめどに結論を出す予定だ。対象は携帯電話会社相互の電話の「番号ポータビリティ」(MNP:Mobile Number Portability)に限られ、米国のような固定電話から携帯電話への番号ポータビリティやメールアドレスは含まれない。米国で導入に7年も要したことから考えると、余りにも性急な動きのように見えるが、総務省には世界の主要国が導入済みで、そのメリットは既に常識となりつつあるという思いがあるようだ。日本における携帯電話市場はは参入企業が実質3社で、寡占市場だと見られないこともない。だから総務省は、競争促進に寄与するMNPの早期導入が必要と認識しているのだろう。

 他社の料金プラン、サービスや端末に魅力を感じても、番号変更の煩わしさを思うと躊躇する場合が少なくない.。MNPが実現すれば、自分の欲しいものを選択でき、利用者の利便性が高まる。顧客獲得競争が激しくなれば、魅力的なサービスや端末の登場も期待できる。これに対し、携帯電話会社側はおおむね慎重な態度をとっている。一部には、導入に積極的なKDDIとボーダフォン、慎重論を崩さないNTTドコモという構図を予想する向きもあったが(注)、第2回の研究会(11月25日)ではボーダフォン以外の携帯電話会社は消極論を述べたと報じられている。MNPの導入がが自社の顧客ベースにどのように影響するか(一般論ではネットワークの外部性によって規模の大きいところほど有利といわれるが実際はそれほど単純ではない)が読めないということもあるが、投資の効果を判断しかねているというこではないか。米国の例では、顧客の移動率が高まることによって直接投資に要する費用の何倍かの費用が、顧客獲得と囲い込みのために新たに発生しそうだという。

(注)誰が使う? 携帯の番号ポータビリティ(日経コミュニケーションズ 2003.11.24).

 携帯電話会社が実施したアンケート調査によると、携帯電話利用者の37%がMNPの導入を希望しているが、費用を負担しても利用したいと答えたのは9.7%だった。さらに、利用者がMNPに払ってもいいという金額は一時金で1,500円程度という回答だった。一方、総務省のMNPに関する勉強会における試算では、携帯電話利用者の10%がMNPを利用すると想定した場合、915〜1,404億円の網改造費用と年間13〜47億円の運用費用が必要だという。利用者1人当たり1万数千円で、コストと利用意向の間に大きなギャップがあり、これを利用者と携帯電話会社でどう負担するか、それが不可能ならどんな代替手段が考えられるかなどが課題である。

 携帯電話会社が、ユーザーニーズや費用対効果を踏まえて慎重に検討していく必要性を主張したのは理解できる。KDDIの試算では、MNPの利用料収入のみでコストを賄うのは困難という結果が出たからだ。それならば利便性向上策として低コストで早期に実現できる代案はあるのか。同社では今年11月から、他事業者を解約してauに加入した顧客に対し、旧端末のアドレス帳から顧客が指定した相手先に、電話番号やメールアドレスをメールで通知するサービス「お知らせメール」を開始している。また、移転先番号案内ガイダンスも2004年に提供する予定という。この2つの変更通知サービスの効果を検証しつつ、それでもMNPの導入が必要か検討を重ねていきたいと意見を述べている(注)。今回のMNPにはメールアドレスのポータビリティは含まれていないが、日本における携帯メールの利用率の高さを考えると、KDDIの提案にはメールアドレスの案内も含まれており、説得力がある。NTTドコモやツーカーの主張もこれとほぼ同様だった。いずれにしてもこのような状況のもとで、MNP導入の結論を3ヶ月で出そうというのは乱暴な話ではないか。

(注)番号ポータビリティの研究会、キャリアの消極姿勢が目立つ (ケータイWatchホームページ03.11.25)

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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