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2004年5月掲載

公取委による「ブロードバンド」に関する競争政策

 公正取引委員会は去る4月27日に調査報告書「ブロードバンドサービス等に関する調査について」を公表した。公取委はこの調査の目的を、電気通信分野におけるIP化などの技術革新及び競争状況の変化が見られる中で、電気通信事業法の改正(2004年4月1日施行)により事前規制から事後規制への移行が進んでいることから、ブロードバンドサービス等の分野における競争の実態を把握し、今後の電気通信分野における競争政策の的確な運営に役立てるため、と説明している。以下に公取委がブロードバンドサービスの競争の実態をどのように認識し評価しているかを紹介し、その判断に若干の私見を述べてみたい。

■公取委の「ブロードバンドに関する競争政策の考え方」

 公取委の調査報告書「ブロードバンドサービス等に関する調査について」は、最後の第6「ブロードバンドに関する競争政策の考え方」で、ブロードバンドの競争の実態を踏まえて、当面する競争政策の考え方をまとめている。以下、その論点を要約して紹介する。

ADSL

 NTT東西がADSLを提供する上で不可欠な設備である加入者回線網を自ら保有していること等から、他のADSL事業者よりも競争上優位にあると見られるものの、ソフトバンクBB等の有力な事業者の存在、料金やサービス内容等の競争情況の実態を踏まえれば、他のブロードバンドに比べ、事業者間の競争が活発に展開されている。その理由として、不可欠設備である(銅線の)加入者回線網をオープン化すべく措置された電気通信事業法の接続規制が適切かつ有用であるためとする声が聞かれたところであり、参入規制、接続規制、料金規制等について改善すべき点があるとの声はほとんど聞かれなかったことを挙げている。ソフトバンクBBとNTT東西による寡占の傾向がみられるものの、ADSLに関しては、現在見られるような活発な競争が維持・促進されるよう、新規参入阻害行為や競争事業者の排除行為が見られる場合は、独禁法により厳しく対処していく。

FTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)

 FTTHの提供のために必要不可欠である光ファイバ設備を自ら敷設するためには、多大な費用を要する上、電柱・管路等の使用についてその所有者から許諾を得る必要があるとともに、道路、橋梁、土地等の使用許諾を国、地方公共団体、一般私人等から得る必要があるなどの様々な要因により容易ではなく、既に光ファイバ設備を設置保有している事業者以外の者が、今後、新たに自ら光ファイバ設備を敷設してFTTH事業に参入するのは困難であるといわれている。こうした点を踏まえると、FTTH分野においては、今後、光ファイバ設備保有事業者から設備を借用してサービスを提供する事業形態による参入を含め、多様な事業形態による参入を通じた競争の促進が重要である。

 NTT東西の光ファイバ設備の接続規制については、電力会社等の当該設備に対する規制(接続義務)より重い規制(開放義務)が課されている。これに関して、次のような議論がある。開放義務を課せられた下ではNTT東西による光ファイバーの敷設に係る投資インセンティブを削ぐことになり、ひいては我が国におけるFTTHの普及を遅らせることになる。これに対しては、NTT東西の光ファイバ設備は、電気通信事業を独占していた時代に蓄積した利益により敷設したものであり、開放義務を課すことは当然である。開放義務を外せば当該接続料金を値上げするおそれがあり、NTT東西から光ファイバ設備を借りる形でのFTTHへの新規参入が困難になる、とする反論がある。

 他事業者から光ファイバ設備を借りてFTTHを提供している事業者のほとんどが、コロケーション等接続の容易さや世帯カバー率の高さ等を含めた利便性の観点から、NTT東西の光ファイバ設備への依存度を高めている状況にある。さらに、多くのFTTH利用者は、他のブロードバンドの料金が低下しても、それに乗り換えることを考えないこと、FTTHのなかで乗り換えるとしても、新たな工事の必要、モデムの再設定やメールアドレスの変更の手間がかかるほか、特に集合住宅の場合には個人の一存で自由に事業者を選ぶことが困難な場合もあり得ることから、FTTH事業者が一度利用者を獲得すれば、その利用者を事実上囲い込む効果が生ずる状況にあると思われる。

 そうした中で、NTT東西の光ファイバ設備に対する事業法上の開放義務を外し、他事業者の光ファイバ設備を利用してFTTHを提供している事業者による新規参入や事業参入を困難にさせることは、多様な事業形態を取る事業者による競争の確保という観点からは、適切なものではないと思われる。以上のように、今回の調査における実態の把握に基づく限り、現段階では、NTT東西の光ファイバ設備に対する開放義務について、必ずしも見直しの必要性は認められず、今後、規制当局において、NTT東西に対する開放義務の是非について検討する際には、慎重な対応が必要である。

 電力会社の光ファイバ設備については、NTT東西の設備ほど、FTTH事業者が事業を営む上での依存度が高いとはいえず、現段階では、これに開放義務をかす必要性は高くないと考えられる。

 現在のところ、自ら光ファイバ設備を敷設してFTTH事業に参入する事業者は、NTT東西、電力会社等を除いて、ほとんど存在しておらず、FTTH分野においては、自ら設備を敷設してFTTHを提供する競争が活発であるとはいえない状況にある。このため、電柱・管路等のガイドラインを見直し、より利用しやすくしていくことが重要である。

CATVインターネット

 CATVインターネットは、過去の経緯等により、地域独占に近い形となってはいるものの、事業者はADSLやFTTHの利用料金の動向に引きずられる形で自らの利用料金を決定するなど、ADSLやFTTHからの競争圧力が相当程度働いていると思われる。また、ブロードバンド事業の母体となるCATV事業については、免許の取得が必要であるが、同一地域でのダブルライセンスも認められるようになっており、法制度上参入障害となっているものは特にないとの意見が多く、参入に際しての規制上の障壁は低いと考えられ、何らかの競争政策上の対応を行う必要は認められない。

FWA、公衆無線LAN

現在、FWA(固定無線アクセス)及び無線LANは、それぞれが独立した市場を形成しているとはいい難い面があるが、電波の利用環境が整備されれば、特に公衆無線LANについては、それ自体がADSL、FTTH、CATVインターネットに対抗しうるサービスとして発展する可能性を秘めていると考えられる。このため、電波の自由な利用を促進し、FWAや公衆無線LANを含めたブロードバンドの一層の活性化を図るためには、周波数割当の抜本的な見直しについて検討を行っていくことが必要である。

公正取引委員会の今後の対応

 ブロードバンドは、今後も技術革新や事業者間の競争が活発化し、良質・廉価なサービスの提供が期待されるところであり、競争環境の変化が極めて速く、かつ激しい分野であることから、公取委としては、その実態を把握し政策提言を行う。また、この分野で高いシェアを有する事業者により、新規参入を阻害する行為、競争事業者を排除する行為等が行われる可能性があることから、必要な監視を行うとともに、違反行為があれば厳正かつ迅速に対処していく。

■公取委「報告書」の提起する問題に対する疑問

誰がインフラ構築のリスクを取るのか

 固定電話の加入者回線は独占時代に構築され、規制によって費用の回収は保証されていて、投資のリスクはほぼゼロだった。ADSLはその電話回線を利用するブロードバンド通信であり、その開放には合理性があるように思う。それでも昨今は、eメールや携帯電話などとの競合によって、電話加入数とトラフィックの減少に直面している。

 FTTHはADSLよりも高速な通信ができるだけでなく、同じ速度での双方向通信が可能であり、電話局から遠ざかるにつれてスピードが衰えることもないなど多くの利点がある。より多くの可能性を有するFTTHの普及促進はブロードバンド化に関する現時点での最優先課題である。そのためには加入者回線に光ファイバーの敷設が不可欠で、多額の投資が必要である。

 加入者回線の光ファイバー化の促進にあたっての問題点は、光ファイバーを敷設しても、FTTHを確実に利用して貰える保証がないということにある。また、FTTHの潜在的な能力をフルに発揮させるようなコンテンツやアプリケーションが現時点では見当たらないともいわれている。従来の電話と違って、FTTH事業はリスクの高いビジネスである。

 このような状況の中で、特定の通信事業者(NTT東西)に光加入者回線の開放義務を課せばどうなるか。新規参入事業者は投資のリスクを回避するため、自らはインフラを構築しようとせず、他事業者から光ファイバー設備を借りてFTTH事業に参入しようとするだろう。NTT東西は、多額の投資をしても規制価格によって開放を強制されるのであれば、投資に見合った収益確保に確信が持てないから、加入者回線の光ファイバー化投資に慎重にならざるを得ない。NTTの株主とユーザーに、他事業者のためのインフラ構築にともなうリスクを負担させかねないからだ。NTTに光加入者回線の開放義務を課すことは、NTTだけでなく競争相手の投資インセンティブも削ぐことになる。投資のリスクを誰も取らなくなれば、光加入者回線の整備が停滞することは明らかだ。

 米国の高名なメディア問題の専門家のジョージ・ギルダー氏は、「ローカル・ループが技術革新を競い合う闘技場であると考えず、退屈な公益事業とみて回線開放や設備共用を強制してきた時代遅れの政策が、今日の米国におけるブロードバンドの立ち遅れの原因である。」と主張している(注)。日本が同じ轍を踏むことのないようにして欲しいものだ。

(注)Stop the Broadbandits by George Gilder(The Wall Street Journal / March 4,2004)

コマーシャル・ベースによる回線供給を

 NTT東西に課している光加入者回線の開放義務を外せば、他事業者はNTTの回線を利用できなくなりFTTH事業者の参入を困難にさせる、と公取委の報告書は書いている。
しかし、FTTHを含めてブロードバンド市場の独占が不可能なことは誰でも知っている。NTTは卸売市場(他事業者への回線や接続の提供)におけるビジネスチャンスを逃すことはしないはずだ。料金を含む提供条件を、コマーシャル・ベースで決められるようにしたいと期待してのだろう。リスクの高い市場でNTTだけがリスクを押付けられるのが問題で、設備を借りる他事業者にもリスクをシェアして貰いたいと考えているのではないか。

 FTTH事業におけるNTT東西のシェアは73.2%(2003年末公取委調査)と高いが、ブロードバンド市場におけるFTTH事業のシェアは7.7%、利用者数は114万(2004年3月末)に過ぎない。FTTHは将来の可能性を期待できるとしても市場はまだ揺籃期にある。揺籃期の市場は極力規制を緩和すべきだ。FTTHの能力をフルに発揮できるコンテンツやアプリケーションも未だ登場していない。NTT東西が提供する1芯の光ファイバを32分岐させて提供するサービスなどでは、FTTHの料金もADSLやCATVインターネットの料金を意識しないわけにはいかない。将来は無線LANやWi Maxなどの無線ブロードバンドや電力線利用のブロードバンドも競争に参加するだろう。市場価格はこういった諸要素を勘案して決まることになるだろう。

公取委の報告書では利用者による事業者間の乗り換えについて、パソコンやモデムの再設定、メールアドレスの変更等の手間や工事費がかかることから、FTTH事業者が一度契約を獲得すると、ある程度の期間にわたって契約を維持できる傾向にあることを指摘している。しかし、ブロードバンドは単なるインターネットの高速接続サービスではなく、事業者が提供するコンテンツやアプリケーションによって利用者が事業者を乗り換える時代がいずれ来るだろう。事業者のインフラによる囲い込みには限界があると考えるべきだ。

設備ベースでの競争促進が必要

 現時点でブロードバンド・サービスの75%を占めるADSLは、電話のインフラである銅線ケーブルの加入者回線を共用しているが、いずれ銅線の老朽化は避けられない。これを同じ銅ケーブルで更改することはコスト・パーフォマンス上合理的ではないから、光ファイバーで置き換えていくことになるのではないか。NTTは既に電子交換機の新規購入を打ち切っており、現在の電話サービスを徐々にIP電話(インターネットの音声アプリケーション)に移行する道筋が見えてきた。

 公取委の報告書が指摘しているが、光ファイバ設備を借りてFTTHを提供している事業者のほとんどが、コロケーション等接続の容易さや世帯カバー率の高さを含めた利便性の観点から、NTT東西の光ファイバ設備への依存度を高めているという。将来、銅線ケーブルが老朽化すれば、ADSLはFTTH等に移行することになるだろうが、その受け皿である光ファイバ設備のほとんどをNTTに依存するというのであれば、健全な競争は期待できないのではないか。電気通信分野の競争は、設備ベースでの競争が促進されることを基本に考えるべきで、今がチャンスだと思う。他事業者のインフラ設備に多くを依存する競争とならないよう、適切な政策が選択されるべきではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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