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InfoComアイ
2004年11月掲載

規制強化で問題は解決しない
〜「巨大独占−NTTの宿罪−」を読む〜

 最近話題になっている「巨大独占−NTTの宿罪− 町田徹著(新潮社刊)」を読んだ。著者は元日本経済新聞の記者で、情報通信分野のキャップを務めていたというだけに、現場での取材を通じてしか得られない生の情報が豊富に盛り込まれていて飽きさせない。しかし、小生のような民営化当時NTTに勤務し、その後NTTの関連会社に転じた以後も、この本で取り上げられた時代を経験した者にとって、現実は別にあるという思いを禁じえなかった。この「違和感」は何に由来するのか、以下思い当たる点について書いてみたい。

■日本の通信市場はNTTの「独占」か

 この本の執筆に駆り立てた危機感について著者は次のように書いている。「NTTはもはや単に巨大なだけでなく、さまざまな顔を持つヤマタノオロチのような存在だ。このオロチは巨大独占事業であるがゆえに経済合理性に疎く、発生させた非効率を利用者に転嫁する術に長けている。また、オロチは巨大なばかりでなく、どこにでも存在する。知らぬ間にあなたの生活の隅々に入り込み、あなたやこの国の未来まで食い潰しかねない力を持ち始めた。」また、「NTTの独占が、IT時代の今日、日本の国際競争力を内側から蝕んでいることも見逃せない。」(序章)とも書いている。NTTの力の源泉ともいうべき「独占」の実態はどうなっているのだろうか。

 連結売上高が11兆円に達するNTT(グループ)が「巨大」であることは事実だが、1985年に民営化と競争を導入して以来20年近く経った現在でも、NTTは依然として「独占」事業体なのだろうか。固定通信事業の売上げの3分の2を占める電話事業のシェアについて検証してみよう。総務省が発表している2002年度の通話交流状況調査(これが最新のデータである)によると、NTTの市場シェア(通信時間による)は、いずれも1位であるが、市内通信で80.3%、県内市外通話で61.6%、県間通信で45.9%となっている。一方、国際通信のトップ・シェアはKDDIの38.4%である。

 NTTのシェアは県間通信で既に50%を割り込み、後発の国際通信ではトップ・シェアをKDDIが握っている。この二つは競争市場といってもよいだろう。市内通信と県内市外通話市場ではNTTが現状では過半のシェアを握っているが、「相互接続」の義務化と「マイライン」(優先接続制度)の実施によって、NTTと競争他社との競争条件の平準化(ボトルネック設備の開放)が進み、NTTは毎年シェアを低下させている。NTTが今後も過半の市場シェアを維持できる保証はない。

 基本料金や付加サービスの市場も、従来はNTTの独占的な市場と見られていたが、去る10月にソフトバンク・グループが「おとくライン」、KDDIが「メタル・プラス」を発表し、これらの市場への参入を表明したことで状況は大きく変わった。これらのサービスは、NTTの「ドライ・カッパ−」(銅の加入者回線)を賃借して、自前の交換網(KDDIの場合はIP電話用ソフト・スイッチ)に直接接続して効率的なネットワークを構築し、コストを削減しようというものだ。基本料金は各社が決定でき、自前網に発着する呼数が同じならNTTに相互接続料を支払わなくてよいので、各社の経営努力によっては、基本料金や通話料をかなり引き下げることができる。このようなことが可能になったのは、NTTが総務省の指導に応じ、昨年10月に「ドライ・カッパ−」料金を引き下げたことによる。NTTグループも競争他社に追随し、基本料、通話料及び付加サービス料金を競争2社とほぼ同水準にする意向を明らかにしている。

 NTTが民営化した1985年当時、東京・大阪間の市外通話料金は3分400円だった。この12月からは、一定の条件はあるものの、3分15円になる(企業用ではもっと安い料金が適用される場合がある)。20年間に26分の1に値下りした計算になる。急激に進展したADSLなどのサービスのトップ・シェアはソフトバンクが握っている。料金設定の主導権も事実上同社にあり、単位帯域当り(例えば100kビット/秒)の料金では世界中で最も安い。独占市場においては、このような劇的な料金の値下がりは起こり得ない。

 携帯電話事業は固定通信事業と異なり、ボトルネック設備は存在しない。各事業者は加入者回線(基地局から携帯電話機までの無線回線)を含め、自ら設備を設置する。NTTドコモのシェアは1996年3月末には48.4%だった。その後、iモードの導入などによりシェアを高め、04年9月末には56.2%となっている。NTTドコモの高いシェアは、競争の結果であり、独占によるものではない。

 民営化して20年、規制改革も進んで参入障壁は低くなり、常に競争事業者が出現する可能性が存在している。現時点での最大の挑戦者はソフトバンク・グループで、まずADSL市場に進出してトップ・シェアを獲得した。次いで、買収した日本テレコムの資産を活用して固定電話と企業通信市場に、また、NTTの光ファイバーを活用してファイバー・ツー・ザ・ホーム(FTTH)市場に、さらに、買収を決めたC&W IDCで国際通信市場に参入を表明したほか、携帯電話市場への参入にも意欲的に取り組んでいる。成否は別として、いずれも参入は可能とみられている。リスクを取って参入する意欲を持った人達にとって、日本の通信市場は常に開かれており、チャンスを生かせるかどうかは健全な競争のプロセスによって決まる。このような市場を通常「独占」とは言わない。

■相互接続のルール化は何故先送りされたのか

 NTT発足以前の日本の通信事業は、国内市場は「日本電信電話公社」、国際市場は「国際電信電話株式会社」による独占だった。それ以前の国営時代を含め、政府保証債、加入者引き受け債券、設備設置負担金などで資金を集め、洞道や管路、電柱、電話局を作り全国各地に通信網を整備してきた。通信事業に参入するにはこれらのインフラ設備の整備が欠かせない。そのためには、多額の資金と時間が必要である。それでは競争がいつまでも実現しない。そこで公社時代のインフラを引き継いだNTTの設備を利用(相互接続)して、新規参入する方法がとられることになった。しかし、本来であれば競争導入にあたって最優先に整備すべき「相互接続のルール」が未整備のまま競争がスタートしたため、以後NTTと新電電はこの問題をめぐって対立を深めることになった。「巨大独占」の著者には、このことがNTTによる競争妨害のように写ったようだ。

 当時、NTTと新電電の相互接続は原則として1県1ヶ所(県庁所在地)で行い、そこから先はNTTの一般ユーザー向け電話料金(小売料金)が適用された。新電電の利用者は、新電電の県庁所在地間の料金に、そこまで及びそこからのNTTの料金(通常発信と着信)を加算した額を支払う(ぶつ切り料金と呼んでいた)ことになり、分かりにくかっただけでなく、場合によってはNTT料金より割高になるケースもあった。理由は当時のNTTのアナログ交換機では対応できないということだったと記憶しているが、これが現在のような「エンド・エンド」料金の事業者接続料金制に整備されたのは1994年になってからだ。それ以降の相互接続料金の問題は、もっぱら料金額の問題に絞られた。新電電の費用に占める相互接続料金の割合が大きく、その多寡が企業の収益を左右したからである。

 しかし、NTT側にも主張があった。独占時代の料金は、使用総資本に適正報酬率を掛けて算定される「総括原価」の範囲であれば、サービス別の収益と費用にミスマッチがあっても、問題にされることはなかった。そのため、住宅用の基本料を事務用よりも安くし、小都市の基本料を大都市の基本料より安くし、市外通話の利益で市内通話の赤字を補填し、全国一律のサービスを維持してきた。ここに競争が導入されれば、競争者は利益率の高い市場を狙って参入するのは当然で、NTTもコストを反映した料金に変えていく必要があった。これは通信に競争を導入した各国に共通の課題で、市外通話料と市内通話料、通話料と基本料の「リバランシング」を、競争導入の前提として実施している。さらに米国では、過疎的地域における電話サービスの維持、生活困窮者に対する電話サービスの支援が、競争になっても維持できる枠組みが「ユニバーサル・サービス」として確立し、その基金を相互接続料から拠出する仕組みを作った。

 日本の規制当局が先送りしたのは「相互接続のルール」化だけではなかった。競争導入にあたって整備すべき重要な課題であった料金の「リバランシング」も、「ユニバーサル・サービス基金」の設置も先送りしてしまった。確かに、電電民営化や競争導入の法案を審議する過程に、料金の「リバランシング」が加われば、荷が重くなるのは理解できるが、これらは避けて通れない課題だったはずだ。確証はないが料金の「リバランシング」の先送りと「相互接続のルール化」の先送りはセットだったのではないか。料金の「リバランシング」が、基本料の17%の値上げでようやく実現したのは1994年のことである。

 当時を振り返ってみると、NTT民営化にあたって最大の問題はNTTの分割問題だった。その衝にあたった人達は、この問題の処理で疲労困憊し、競争導入にあたって解決すべき課題にまで手が回らなかったのかもしれない。結局、分割問題はNTT民営化の5年後に改めて検討することで決着したが、相互接続を巡る問題はNTTの独占的体質を象徴する問題ではなく、料金リバランシング、ユニバーサル・サービス基金などと同様、分割問題の政治決着のはざまで先送りされたということだったのではないか。

 現時点における相互接続料の問題は、その基礎となっている「長期増分費用モデル」が合理性を欠いていることに原因がある。このモデルは最新の設備で相互接続に必要な設備を作り直した場合のコストを算定し、NTT東西の非効率性を排除しようというものだが、前提となる電話の通信量が急激に減少しているため、相互接続料の算定値が値上がりするという皮肉な結果になったからだ。通話量が減少する中で最新設備を整備することはありえず、架空のコストを前提にしたモデルでは説得力に乏しい。第2の問題は、NTT東西別に異なる接続料を適用することで、両社の提供するサービスに料金格差がつくことである。この点については、ユニバーサル・サービス基金の発動基準が先に議論されるべきだ。

 しかし、ソフトバンク・グループが先鞭をつけKDDIが追随するNTT東西の「ドライ・カッパー」を利用する「直収サービス」である「おとくライン」や「メタルプラス」によって、従来の相互接続問題は解消するのではないか。日本テレコムもKDDIも自社のネットワークに発着する通話が同数であれば原則として相互接続料の支払いは不要になるからだ。今後関心は「ドライ・カッパー」料金(NTT東の場合税別1,385円)や「ダーク・ファイバー」料金(5,000円程度)に移るのではないか。

■NTT分割を阻んだのは真藤恒氏の変心か

 「巨大独占」の著者によれば、電電民営化に二つの失敗があったという。一つは、NTT株の売り出しで、射幸心を煽り過ぎた結果高過ぎる株価になり、日本経済のバブル化の端緒になったことだ。しかも、当時NTTは「分離、分割」問題を抱えていながら、そのリスクを投資家に開示しなかった。そのため、NTT改革が議論になる度に、今後の企業としての展望が定まらないことを懸念されて売り圧力が高まることになった、と指摘している。もう一つの失敗は、NTTの民営化が巨大な独占企業を生み出す魁となってしまったことだという。日本だけが「独占企業は危険だ」という問題意識を持たず、国営の電電公社がNTTという独占企業に生まれ変わることを容認してしまったと著者は指摘し、この背景にあった駆け引き、秘密、ドラマに迫っている。

 当初は分割に積極的だった真藤電電公社総裁は、第2臨調の加藤寛部会長に、「いずれ分割は必ず実現します。しかし、今、口にすると、労働組合の反発を招くだけなので、まず民営化だけで実現することを認めて欲しい」と頼み、第2臨調内部の意見も民営化優先でまとまり、分割は後回しになった。民営化後にNTT社長に横滑りした真藤氏は、分割を言い出すことはなく、同氏の失脚(リクルート事件に関与)後も分割論議は90年、95年と先送りされ、ようやく実現した99年のNTT再編成も、競争政策という観点からは、まったく不十分な形で終わってしまった、というのが著者の見方である。(第5章)

 筆者は民営化直前に電電公社の地方の責任者をしていたが、真藤総裁が「電電民営化の実現を最優先に考えよ」と何回も指示されていたことを記憶している。真藤総裁は電電公社改革としての民営化には熱心だったが、「分離、分割」が不可欠と考えていたとは思えない。分割が電電民営化推進にプラスであれば受け入れ、マイナスであれば受け入れない、いずれにしても改革の成果は民営化後の実績で証明してみせる、というのが同氏のスタンスだったのではないか。

 同氏に「変心」があったとすれば、分割問題が障害になって民営化が進まなくなる(特に国会と労働組合)ことを危惧したからではないか。筆者は、その後当研究所の社長を務めた際、真藤氏に顧問をお願いして親しくご教示をいただいた。その際、分割問題について質問したことがあるが、ネットワークを分断するような分割は避けるべきだ、というのが答えだった。新規参入が進み競争が激しくなるような環境作りにNTTも積極的役割を果すことで、分割の必要はなくなると確信していたのかもしれない。

■日米逆転は何故起きたか

 「巨大独占」の著者は米国の通信自由化に1章を割いて、その競争政策(「独占」との闘い)を高く評価し紹介している。しかし、皮肉なことに、その米国はブロードバンドや携帯電話などの先端サービス分野で、日本や韓国に大きく水を開けられてしまった。ブッシュ大統領は選挙キャンペーンで、2007年までに「ユビキタス・ブロードバンド」を米国民に提供することを改めて公約している。分割して発足したAT&Tにしても、家庭向けのアナログ電話事業からの撤退を表明し、企業向け通信サービスに集中することを余儀なくされたが、料金は下げ止まらず、すべての州で長距離通信に進出を認められたベル電話会社に、早晩合併されるのではないかとみられている。(もはや合併する魅力はないとの説もある)

 この逆転は何故起きたのか。依田高典京都大学助教授によると、日本のブロードバンドの普及は、第1に情報通信政策の意図せざる成功と意図通りの成功にあるという。前者は、NTTグループを温存したことである。旧郵政省は90年代にNTTの分離分割を求めたが、持株会社方式という政治決着になった。持株会社制でグループの求心力を維持したことは、結果的にブロードバンドの継続投資に寄与した。後者は、規制当局による徹底したNTT通信網の開放であるという。日本の接続制度は世界でも透明性が高く、新規参入と競争を促した。(特にADSLの回線利用料金の安さは特筆すべきだ−筆者)第2は、タイミングよく多様な個性を持った挑戦者に恵まれ、NTTも不承不承ながらも経営努力を進めたことから、安定性と効率性を兼ね備えた競争が実現した、と指摘している(注)。携帯電話では携帯電話機を利用した革新的なパケット・データサービスである「iモード」をNTTドコモ(著者による巨大独占の一翼)が先行して開発提供したことが需要拡大に寄与した。

(注)やさしい経済学 情報通信と競争政策 依田高典 京都大学助教授(日本経済新聞 04.7.1)

 今や、米国における通信サービスの主流は、市内、州内市外、長距離、ブロードバンド、放送及び携帯電話を一律料金でバンドルし、ワンストップ(請求書の統合など)で提供するサービスだ。利用者が選ぶのは、自分の欲しいサービスを便利に安く提供してくれる企業である。米国における通信事業の競争政策は、通信会社相互の競争促進から、固定通信、移動通信、インターネット・プロバイダー、CATV、衛星及び電力(電力線利用のブロードバンド)などの異業種間(intermodal)の競争促進に重点が移ったのではないか。米国に学ぶところがあるとすれば、顧客が真に求めているサービスを提供できるよう、不必要な規制を止めることだろう。

■規制強化で問題は解決しない

 著者はこの本の最後に、NTTの独占問題の解決策を提案している。第1の案は、持ち株会社を廃止して、NTT東西を他のグループ各社から資本、経営、人材面で完全に切り離すことだ。第2の案は独占部分を持った東西地域会社を再国有化し、公共財としてどこの会社にも平等に通信網や営業網を開放できる体制にすることだ。第3の案は、構造分離をしない代わり、徹底した独占網の開放ルールを整備することだ。この場合は、総務省や公正取引委員会のパワーアップが不可欠となる、というものだ。

 まず第2の案が実現性に乏しい。ローカル・ループ会社を国営化すれば、競争がなくなりインフラ整備が遅れるだけでなく、現在より効率性が悪化することは明らかだ。また、エンド・ユーザーから切り離されれば、研究開発に対する意欲の低下も避けられない。それに、民で出来るものは民に委ねるという原則に反している。公平だけでは未来は拓けない。

 次に第1の案も現実的でない。完全分離したNTT東西の業務を、従来同様県内通信に限定するのであれば、この会社に未来はない。利用者はいつでも、誰とでも、自分が選択した通信手段で相手と繋がることを求めているのだ。逆に、分離したNTT東西の業務範囲を完全に自由にすれば、逆に公平性を疑われることになりかねない。

 第3の案は規制強化によって独占網の開放を促進しようというものだ。規制を強化することで現在保有する通信網の開放は徹底するかもしれない。しかし、コストを下げサービスの品質を向上させるという目標は規制強化によっては達成できない。自らエンド・ユーザーを保有し、競争環境に身をおいて始めて可能になる。まして、これから益々重要度を増す光ファイバーは、規制が強化されれば通信会社は投資を控えるだろう。米国の通信会社は、ファイバー・ツー・ザ・ホーム(FTTH)に対する規制撤廃を受けて積極的な投資に転じている。規制強化ではなく投資のインセンティブを高めることが課題ではないか。

 このように考えると上記の3案は、いずれも解決策とはいえない。去る10月にソフトバンク・グループとKDDIが発表したNTT東西の「ドライ・カッパ−」と自前の交換設備を直結して提供する電話サービスによって、「独占問題」のほとんどは解決するのではないか。いずれ、この「ドライ・カッパ−」や「ダーク・ファイバー」を利用したブロードバンド・サービスが提供されれば、音声はブロードバンドのアプリケーションの一つになるだろう。そうなれば、インターネットと同様、音声も定額料金で全世界無制限の利用が可能になる。そんな時代が目前に迫っていても、なおNTT東西会社に県内通信しか出来ない規制を強いる合理性は何処にあるのだろうか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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