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2006年2月掲載

「通信・放送の在り方」懇談会に期待する

 総務省は去る1月20日に「通信・放送の在り方に関する懇談会」(座長・松原聡東洋大学教授)を発足させた。この懇談会は竹中総務大臣の私的懇談会という位置づけながら、NHK改革やNTTの問題などを含め、融合時代を迎えた放送と通信両分野にまたがる様々な課題を、消費者の視点から幅広く論議し、半年程度で答申する予定である。答申は6月に策定を予定している小泉内閣の経済財政運営の基本方針(骨太方針2006)にも反映させる考えであり、広く注目を集めている。ここでは、放送と通信の融合がもたらす新たな政策課題は何か、また、それに対応する規制や行政組織のあり方などについて考えてみたい。

■ネット配信普及のための課題

 竹中総務大臣は、懇談会の初会合冒頭の挨拶で、「音楽では日本のメーカーがアップルのiPodに後れをとった。放送でも同じことが起きかねない。通信と放送の融合の現実を、制度が足を引っ張ることは避けなければならない」と強調し、「国民の視点で、通信と放送の在り方の議論を進めていくことが重要」と述べたという。今後月1回から2回のペースで開催される懇談会は、(1)通信と放送の融合時代における法体系や行政の在り方 (2)NHK改革 (3)NTTの組織や独占性を含めた通信の在り方 (4)民間放送を含む放送業界全体の在り方 の4つの課題にそって議論が進められる予定である。

 通信と放送は共通の技術的基盤を持ちながら、通信はプライベートな情報交換手段として、放送は不特定多数に対する公開された情報伝達手段として別々に発展してきた。しかし、インターネットとブロードバンドの出現で情況は一変した。デジタル化によって高速の情報処理が可能になり、ブロードバンド・ネットワークの出現で、大容量通信が実現したからだ。映像を含めデジタル化できるすべての情報は、ブロードバンド・ネットワークを介して伝送・交換・蓄積できる時代になり、通信と放送を区分する垣根は著しく低くなった。従来、別々の産業として扱ってきた法律や行政の枠組みでは、融合時代に対応しきれなくなることは明らかで、今回の「放送・通信の在り方」懇談会の発足は、いささか遅きに失した嫌いさえあるが、真正面から議論がなされることに期待したい。

 電波免許が不要なインターネット経由で映像が配信されるなど、放送と通信の融合が進むなかで、先ず目立つのは両者の規制の違いである。公共財である電波の使用を許され、不特定多数に情報を伝達する放送事業者は、放送内容に対する監視やマスメディアの集中排除などの兼業規制、番組の配信と制作の一体運営の原則、県域を対象とする免許の付与などの規制を受けている。しかし、電波免許が不要のケーブルテレビ事業でも放送内容の規制を受けている。

 一方、通信事業は原則として参入が自由である。市場支配力を有する通信事業者の設備を開放する義務や料金などについての規制はあるが、提供する情報の内容に関する規制は存在しない。通信事業者が不特定多数に情報を提供する事業を行う場合、放送事業に課している規制と同様の規制が必要なのか。また、ビデオ・オン・デマンドのような特定者を対象とする映像配信ビジネスでは、提供する情報の内容を事業者の判断に委ねるだけでよいのか、などの問題がある。さらに、放送と通信の融合は、放送局に番組の配信と制作の一体運営を認めたこれまでの原則を崩すことになる、という指摘もある。コンテンツの制作、番組編成、配信を夫々別の事業として見直すことの是非も課題になるだろう。

 ルパート・マードック率いるニューズ社(欧州のBskyBや米国のDirecTVなどの衛星放送事業を運営)は、インターネット・サービス・プロバイダーやポータル・サイトを次々に買収し、事業領域を放送からインターネット・ビジネスに拡大している。これはグーグルやヤフーなどのネット企業が広告収入を増加させていること、テレビの広告収入が将来減少に転ずる恐れがあること、などにより戦略を見直した結果である。放送事業者によるネット関連ビジネスへの進出をどこまで容認するかも課題になるだろう。

 巨大通信会社であるNTTの放送市場参入についても議論になるだろう。現在、東西NTTは、業務範囲を原則として県内の通信に限定されており、インターネット・プロバイダー事業(ISP)への参入が認められず、放送事業への出資も3%以下に制限されている。一方、NTTの光アクセス回線は開放義務を課されたうえで、提供地域の拡大を期待されている。米国の例でも明らかなように、通信事業者の光ファイバー普及の原動力は放送事業参入にある。光アクセス回線の採算はトリプル・プレー(音声、ブロードバンド、放送の一体サービス)の提供が実現しない限り達成できないからだ。

(注)ドイツでは完全な光アクセス回線(FTTH)はドイツテレコム(DT)を含めすべての事業者に開放義務を課さない制度改正が昨年行なわれた。DTは2005年秋に発表した、30億ユーロ(4,280億円)を投じ50都市に及ぶ光回線を含むブロードバンド通信網を2008年までに整備する計画を推進するにあたって、競争者への回線開放義務を課さないよう政府に保証を求めていた。ドイツ政府は超高速回線に対する規制を先送りする通信法改正案を議会に提出する準備を進めているが、EU委員会はこの法案はEUの反トラスト法に抵触すると警告している。一方、DTは、通信法改正案に将来も超高速回線(光アクセス回線プラスVDSL)に対する規制を行わないことを明記することがこの計画実現の前提だと主張している。
(D Telelekom criticizes reform proposals:Financial Times online / February 3 2006)

 著作権管理の問題も重要である。現状では、放送番組に関する出演者などの権利許諾は放送に限定されており、インターネットで配信する(通信にあたる)場合は、改めて許諾を得る必要があり、煩雑なだけでなく時間とコストがかかりコンテンツ流通の支障となっている。これに対して政府の知的財産戦略本部(本部長・小泉首相)は、2月2日にまとめた提言に、テレビ番組をネットで配信するために著作権処理の手続きを簡素化(ケーブルテレビと同じ扱い)する法整備が必要とする内容を盛り込んだ。実現すれば、ブロードバンド経由で映像番組を配信するネット放送サービスの普及に拍車が掛るだろう。しかし、著作権法の改正を担当する文化庁は「許諾権は放送の事前差し止めもできる強い権利。手放してもらうには十分な調整と理解が必要になる」と慎重な構えだという(注)

(注)番組ネット配信 普及促す(日本経済新聞 2006年2月3日)

 また、ネット放送をケーブルテレビと同じ扱いにする法改正は、在京キー局番組の全国一斉配信にも道を開くことになり、現行の地域別(原則県域)放送免許制度の形骸化につながりかねないため、地方テレビ局が反発する可能性があるという。これまで、多チャンネル放送を担ってきたケーブルテレビやCS放送も、厳しい競争に直面するだろう。

■通信・放送の融合時代における行政の在り方

 竹中総務大臣は、総務省、経済産業省、文化庁(著作権)に分かれた現在のIT行政組織の見直しも課題にあげており、省庁再々編成に発展する可能性もある。諸外国の例では、情報通信行政の組織は大別すると2つのケースがある。第1のケースは欧米諸国で、振興と監督・規制を分離した行政組織を設置している。振興は産業省の内部部局が、規制は独立した組織が通信と放送の両方を担当している国が多い。米国は委員会制で、決定は委員(5人)の多数決による。第2のケースは、振興と監督・規制の機能を分離せず、情報(通信)産業省(部)などの組織を置いている韓国や中国のケースである。

 わが国の通信・放送行政は、総務省が振興も監督・規制も一体で担当している。新規参入が相次ぎ、新しいサービスも次々に誕生する分野であり、電波の割当ても担当する。それ故、ともすれば規制の合理性、客観性、透明性に疑問が生じかねない。また、特定の省庁が振興と監督・規制の両方の機能を併せ持つ組織の構造では、規制が政策的配慮で歪められる恐れがある。監督・規制業務を分離して独立した機関に移し、振興と監督・規制機関の間に適度の緊張と相互牽制が働く仕組みを作るべきではないか。そのうえで、競争が進展した市場の監視については公正取引委員会に委ね、重複行政を避けるべきだ。

 これに対して総務省の関係者は、「ブロードバンドも規制があったからこそ、ここまで普及した」と振興と規制の分離論の問題点を挙げているという(注)。わが国の透明性の高い相互接続制度がソフトバンクなどの新規参入の誘因となり、ブロードバンドの普及が進んだことは確かだが、相互接続制度それ自体は公正競争の確保を目的としており、ブロードバンドの普及のために規制が手段として活用されたわけではないだろう。

(注)放送と通信 脱・縦割り(読売新聞 2006年1月11日)

 しかし、振興と監督・規制の機能分離の問題は通信・放送分野にとどまらず、金融、エネルギー、運輸などを所管する各省庁に共通の課題である。とくに、最近起きたライブドア事件については、「証券市場に公正な審判役が不在だったことが、不正を放置する結果につながった」のであり、現在の金融行政の仕組みに基本的問題があるという見方がある。金融庁のもとに証券取引等監視委員会を置くのは、コーチ(業者行政)のもとに審判(市場監視)を置くようなものである。これでは、とても公正なゲームは望めない。証券監視委の増員などでお茶を濁すのではなく、金融庁から切り離し、米国の証券取引委員会(SEC)並に独立した組織に改革するしかない。そのうえで、厳正なルールにもとづく公正な監視体制の強化が必要だと日本経済新聞は書いている(注)。通信・放送分野でも同様な市場監視の仕組みが必要ではないか。

(注)公正な市場の審判役を 日本経済新聞論説主幹 岡部直明(日本経済新聞2006年2月6日)
「証券取引法の主務大臣である内閣総理大臣や金融担当大臣が先頭に立ってもてはやす人物を、金融庁の外局である証券取引等監視委員会が独自に摘発することは困難である。株価の上昇を常に待望し、国債の消化を望み、NTT株の高値売却を望む政府は、証券市場の最大の利害関係人であり、政治家が金融・証券市場規制部門のトップにいる体制自体を見直す必要がある。」経済教室 早稲田大学教授 上村達男
(日本経済新聞 2006年1月26日)

■通信インフラ構築の競争促進が課題

 竹中総務大臣は「NTT改革は進んできたが、依然として非常に大きな市場支配力を持っている」と指摘しているという。NTTグループは1999年に、持株会社のもとで東西2つの地域通信会社と長距離通信会社(100%子会社)に再編成した。競争促進が狙いだったが、加入電話や光アクセス回線、携帯電話などの市場で依然として過半のシェアを占めている。最近、以前は国有電話会社だった英国のBTグループが、規制緩和の促進と引き換えに、加入者回線部門を独立性の高い社内事業部(オープンリーチ)とする組織改革を実施して、競争相手がBTと同じ条件でアクセス回線を利用できることを保証する担保としたが、こうした海外の事例も参考に、NTTの改革論議が進められる見通しだという(注)

(注)通信放送懇初会合(読売新聞 2006年1月21日)

 しかし、ボトルネック設備と目されるNTTのメタリック市内アクセス回線の開放が進んだだけでなく、共用回線の使用料は諸外国に較べても非常に安い。この結果、ブロードバンド(ADSL)の競争は大きく進展して、現在の最大のADSLプロバイダーはソフトバンクBBである。透明性の高い相互接続制度がうまく機能したからだ。この点が英国の状況とは基本的に異なっている。

 携帯電話市場にボトルネック設備は存在しないが、NTTドコモの市場シェアは55.9%(2005年末)である。1996年3月末におけるドコモのシェアは48.4%だった。iモードなどの革新的なサービスの導入でシェアを高め今日に至っている。現在のシェアは競争の結果であり、NTTグループの市場支配力によるものではない。しかし、最近では純増のシェアでKDDIのauにトップを奪われている。着ウタ・フルやデータ通信ダブル定額などの魅力的なサービスで顧客を獲得しているからだ。11月にも実施予定の番号ポータビリティのアンケート調査でも、携帯電話会社の変更を検討している利用者が、移行先として最も多く希望しているのはauである。魅力的な端末、サービスと料金プランでシェアは変化する。携帯電話市場は競争市場とみるべきでだろう。

 総務省は2月1日に、通信業界の競争政策を研究する有識者懇談会を開き、通信関連各社のヒヤリングを実施した。懇談会はIP技術を使った次世代通信網の相互接続や料金の課題を探るのが本来の狙いだが、各トップからNTT批判が続出し、事業分離などNTTの経営形態見直し論議に及んだという(注)。議論が集中したのは市内アクセス回線部分で、NTTは2010年までに3,000万世帯・事業所に光回線を張り巡らす計画で、昨秋にはグループ一体経営を強める方針を打ち出している。これに対しKDDIの小野寺社長は「(公正競争のためには)NTTの加入者回線部分を分離すべきだ。そこに当社が出資してもよい。」と発言し、ソフトバンクの孫社長も「光の加入者回線を敷設する共同出資会社を通信・放送など民間各社で設立してはどうか。」と提言している。

(注)NTT光回線 分社し共同会社を (日本経済新聞 2006年2月2日)

 孫社長の試算は、共同方式ならば投資額6兆円で全国6,000万回線を、5年間で光に置き換えることができ、利用料金は月額690円まで下げられる、資金は年利2%で政府保証債を発行、保守費を含め20年で完済できるというものだ。これに対し、NTTの和田社長は「光は1回線1.3万円程度のコストがかかっており(これを5,000円程度の接続料で提供しているのは)原価割れ。光(アクセス)回線では電力系通信会社と競争しており、独占とはいえない。他社への回線貸し出し義務を撤廃して欲しい。」と反論したという。

 以上の議論は「通信・放送の在り方」懇談会でも取り上げられるだろう。しかし、新電電から提起された議論の最大の問題点は、光アクセス回線という次世代通信インフラの構築を、競争のない日の丸独占会社に委ねてよいのかということだ。インフラの1社独占は公平かもしれないが、競争の不在は緊張感を欠き、共同出資という無責任体制もあって、いずれ技術革新に後れをとることは明らかだ。通信インフラの整備にあたって設備ベースの競争は不可欠であり(注)、わが国ではその条件が存在している。NTTの回線貸し出し義務のもとに、光アクセス回線を原価以下の料金で利用できるという現状では、新電電が自らリスクを冒して投資するインセンティブは働かない。しかし、最近KDDIが東京電力の子会社を買収し、光回線を一体的に運営することを検討しているが、これはNTTの光回線依存には限界(開放義務の撤廃や値上げなど)があることを認識し、首都圏では自前のインフラ構築を推進すべく方向転換したということではないか。

(注)1. 市内ブロードバンドには光回線の他にADSL、ケーブルモデム、衛星通信、無線LAN、WiMAX、PLC(電力線搬送)、HSDPAやスーパー3Gなどがあり、必ずしも光回線が絶対的優位を占める保証はない。
2. 欧州委員会の情報社会及びメディア担当のViviane Reding委員は、1月26日ウイーンで行なわれたFiber-To-The-Home Councilの講演で「強力で持続可能な競争、特に設備ベースでの競争を促進するためにとりうる規制の手順は存在するか」と問題を提起している。
3. 米国は、設備ベースでの競争を促進のため、旧ベル電話会社の銅線による回線共用、光回線のアンバンドル義務を廃止(03年8月)した。また、ブロードバンド・サービスの規制上の分類を、通信サービスから情報サービスに変更し、ケーブルモデムと同様の扱いとして規制を撤廃(05年9月)した。

 孫社長の提案にしても、NTTの光回線事業に相乗りするとか、政府保証債をあてこむとか、リスク忌避の意図がうかがえる。新電電側も光アクセス回線の構築に相応のリスクを負担すべきだ。その意思があるなら、NTTを除く通信・放送各社で光加入者回線を敷設する共同出資会社を設立して、インフラ構築でNTTと競争することによって、自らの主張の正当性(光アクセス回線月額690円)を証明して欲しいものだ。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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