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2006年3月掲載

3GSM世界会議2006で見えたワイヤレスの将来

 携帯電話業界の世界最大の見本市である3GSM世界会議2006が、2月13日から16日までスペインのバルセロナで開催された。カンヌで開催された3GSM2005に比べ参加者が50%も増加して5万人を超え、イベントも盛況だったという。ビジネスウイーク誌(注)によると、通信バブルが崩壊し欧州の携帯電話会社が第3世代携帯電話(3G)の免許のオークションで破産同然になってから5年が経過し、当時は誇大宣伝とされた「ワイヤレス・ウェブ」が再スタートしそうだという。そんな中で (1)3Gの本格的な導入とモバイル・ブロードバンド (2)モバイルVoIP (3)音楽の配信とモバイル放送 が3GSM2006のホット・トレンドだったようだ。

(注)In Barcelona、the future of wireless(BusinessWeek online / February 13,2006)

■3Gの本格的な導入とモバイル・ブロードバンド

 ほとんどの大規模携帯電話会社は、人口密集地域には3Gをかなり普及させるようになった。また、平均的な利用者を惹きつけるに十分なほど3G端末の価格が安くなり、魅力的になった。このことは、ダウンロード可能なモバイル・ゲーム、デジタル音楽のストリーミングとダウンロードおよびモバイル・ギャンブルやアダルト・エンタテーンメントなどのような非音声サービスに生命を吹き込んだ。また、BlackBerryとノキア、Seven NetworksやVistoなどのライバルの競争を促進し、モバイルeメールの増加を加速させることを手助けしている、と前掲のビジネスウイーク誌は指摘している。

 それでも、これまで3Gは間違いなく携帯電話業界を失望させてきた。昨年の携帯電話機の全世界における出荷台数は新記録の812百万台だったのに対し、3G端末の出荷は46百万台で、その比率は6%だった(Gartner調べ)。実際に全世界で3Gを利用している顧客の比率は3%に過ぎない(IDATE調べ)(注)。しかし、最近における端末価格の低下と魅力的なサービスの品揃えによって、顧客も態度を変え3Gに本気になるだろうという。2009年の携帯端末出荷台数11億台のうち、3G以上の高度な端末の比率は41%を占め(Gartner調べ)、2010年には、世界の携帯電話利用者の20%にあたる640百万人が3Gを利用すると予測(Informa Telecoms &Media)している。

(注)Wireless Intelligence(GSMAと英国の調査会社Ovumの合弁会社)は世界の3Gの2005年末加入数をWCDMAが5,030万、CDMA2000が2,210万、合計7,240万と推定している。

 ここでの唯一の問題点は、やたらに周波数帯域を食う3Gのサービスを円滑に処理できるほど、3Gは実際には高速でないことが分かったことだ、と前掲のビジネスウイーク誌は指摘している。そこで、設備メーカーと携帯電話会社は、3Gが本格的に離陸する前であっても、ネットワークの強化を図るため、3.5Gといわれる高速のHSDPA(High-Speed Downlink Packet Access)を、できるだけ早期に導入しようとしている。エリクソンは「2006年はHSDPAの年になるだろう」と3GSM2006で強調した。Gartnerは2006年中に出荷されるHSDPA対応端末を210万台と予測している。

 すでにHSDPAを導入しているテレコム・オーストリアは、3GSM2006でPCカードの販売が好調だと語っている。ベルギーのモビスター、スイスコム・モバイル、3イタリア、T-モバイルなどが今年上半期中にサービスを開始する意向を表明している。各社ともノートPC向けのデータ・カード(GPRS、EDGE、UMTS、HSDPAとWiFiの間をシームレスにハンド・オーバーできる)の提供からサービスを開始する予定である。しかし、BenQ-シーメンスは、世界最初のHSDPA商用端末を早期に(できればドイツで開催されるワールド・カップに間に合うように)出荷することに意欲を見せている。「3.5MbpsのHDSPAの出現で、本当のブロードバンド・インターネット・アクセスをモバイルでも初めて経験できるようになる。」と調査会社Informaのアナリストは語っている。

 米インテルと欧州の携帯電話の業界団体であるGSMAは共同で、ノートPCで3G網に接続できるように取り組んでいくことに合意した。双方の合意によると、ノートPCは将来、GSMファミリー(GPRS、EDGE、UMTS、HSDPA)とWiFiに(PCカードなしで)接続できるようにする。このためインテルとGSMAは、3G用モデムとSIM(加入者識別カード)をノートPCに搭載するための指針を策定する。GSMAはGSMファミリーとの接続機能をノートPCに組み込むことで、GSMファミリーが世界で拡大することが期待できる。インテルは、WiFiへの接続機能をノートPCに組み込む「セントリーノ」で成功したが、さらにGSMファミリーの接続機能を組み込むことで、利便性が向上することが期待できる。この構想を、米国のシンギュラー・ワイヤレス、仏のオレンジ、英国のボーダフォン、独のT-モバイルなどが支持を表明している(注)

(注)ノートPCを3G通信網につなぐ (電波新聞 2006年2月20日)

 HSDPAの競争相手はモバイルWiMaxになるのではないかと前掲のビジネスウイーク誌は指摘している。インテルが推進しノキアがバックアップする現行のWiMaxは、高速で信号到達距離が比較的長いワイヤレスDSLとも言うべき技術だが、新バージョンのモバイルWiMaxは、屋外における高速移動時にも対応できる。モバイルWiMaxの初期バージョンが3GSM2006に出展されたが、市場に本格的にでて来るのは2〜3年後になるだろうという。その段階では、モビリティを手中にした固定通信会社とブロードバンド網を整備した携帯電話会社の競争が、ユビキタス市場を巡って熾烈になるだろう。その中で優位を占めるのは、「一つの融合されたネットワーク」を持った総合通信事業者である可能性が高い。

■見えてきたモバイルVoIPの将来

 携帯電話を使ったインターネット電話(モバイルVoIP)が3GSM2006の主役の地位を占めた、とフィナンシャル・タイムズ(注)が報じている。同紙によると、会場における2つの発表が、この潜在的に破壊的な技術が持っている本来の能力を発揮するよう、携帯電話会社を覚醒させるシグナルを送ったのだという。

(注)Internet telephony set to go mobile(Financial Times online / February 19 2006)

Nokia6136 (c)Nokia 一つは、ノキアのオリラ社長のスピーチだった。彼は、モバイルVoIPをサポートする最初のマス市場向けモデル、ノキア 6136を発表して、「インターネット・ボイスは移動通信の方に動いている」と強調した。 6136はGSM網とWiFiの両方で動く携帯電話機で、本来ビジネスでの利用を狙っており、事業所内無線LAN上では低コストのワイヤレスVoIPが利用できる。また、家庭や公衆ホットスポットにおけるWiFiでもVoIPが利用できる。
今年の第2四半期発売予定で価格は328ドルである。世界最大の携帯電話機メーカーであるノキアが、モバイルVoIP電話機の発売に踏切ったことがインパクトになった。

MotorolaA910 (c)Motorola 世界第2位の携帯電話機メーカー、モトローラも同社最初のUMA(Unlicensed Mobile Access)対応の携帯電話機、モトローラ A910を発表した。A910は、セルラーとWiFiのネットワーク間をシームレスにハンド・オーバーできるスマートな折り畳み型携帯電話機で、ブルートゥース、カメラ、MP3プレーヤーなどの機能を持っている。今年第1四半期の発売予定(価格は未定)で、第3四半期にはBTの固定/移動融合サービス「フュージョン」の端末として採用される予定である。

HP iPAQ HW6900 (C)HP ヒューレット・パッカードのiPAQシリーズの新製品、HP iPAQ hw 6900も注目された。モバイルVoIPをサポートしているWindows Mobile 5.0で動作するPDAで、QWERTYキーボードを持ち、電話としては4つのGSMバンドに対応する。WiFiおよびブルートゥースが利用でき、スカイプのVoIPソフトウエアを内蔵している。その他、カメラ、ミニSDカードのスロット、Windows Media PlayerおよびPhotosmartのソフト、GPS機能を搭載している。今年の夏に発売予定で、価格は800ドルである。

 前掲のフィナンシャル・タイムズが指摘する、デジタル時代におけるテレコム産業の急速な変貌を実証するもう一つの動きは、スカイプ・テクノロジーズがハチソン・ワンポア(香港)のモバイル事業の「3」との提携を発表したことだという。スカイプのPC向けVoIPソフトの全世界での利用者7,500万人は、ブロードバンド接続の契約をしていれば、相互の通話を無料でできる。スカイプ利用者から固定電話への通話も、現在の電話会社の料金に比べ極めて安い。

 しかし、スカイプ利用者から携帯電話への通話は、固定電話への通話ほど安くない。昨年11月にEプルス(オランダKPNのドイツにおける携帯電話子会社)とスカイプが提携して、この課題に取り組んでいる。スカイプ・ソフトを取り込んだノートPCから定額制のブロードバンド3G網に接続して、無料もしくは低額料金で顧客がモバイルVoIPを利用できるようにする、というのが両社の狙いである。今年中にはモバイルVoIPが利用できる携帯電話機が登場すると見られている。多くの携帯電話会社にとって、モバイル・ブロードバンドで接続される無料もしくは低料金通話は、伝統的な音声収入をカニバライズ(共食い)する可能性が高く、頭の痛い問題である。しかし、ドイツ市場で下位にあるEプルスは、利用無制限の音声および高速インターネット接続を、月額50ユーロ(7,000円)で提供し、中小企業を含むマス市場におけるシェア拡大を狙っている(注)。3イタリアとスカイプの提携も、ほぼ同様の戦略に基づいていると考えられる。

(注)E-Plus says i-mode no longer priority in Germany(Dow Jones Newswires / 17 February 2006)

 携帯電話専業の企業として、ボーダフォンは他の競争相手よりも、強い価格圧力に曝されることは避けられないと見られている。しかし、同社のサリン社長は3GSM2006で、「携帯電話会社は現在、音声とテキストの料金を別々にバンドルしたサービスを提供しているが、より高速のデータ伝送が可能なHSPDAがボーダフォンの3G網に埋め込まれれば、一括した無線データのバンドル提供が可能になる。このことを、ボーダフォンは今後2〜3年以内に実現するだろう。」と語っている(注)。VoIPやデータ・サービスを利用する顧客は、ブロードバンド・アクセスの料金を支払う必要があり、安定した収入の確保は可能だとみているのではないか。

(注)Vodafone to confront VoIP threat with data bundles(Dow Jones Newswires / 14 Febrary 2006)

 HSDPAを含むより高い効率と大きな容量を約束する3G網へのアップグレードによって、固定通信のブロードバンド・モデルと同様、ネットワークにアクセスするための料金は、徐々に定額制料金に移行していくだろうと前掲のフィナンシャル・タイムズ紙は指摘している。そうなれば、携帯電話会社の音声とデータ・トラフィックの間の違いはなくなり、音声トラフィックは徐々にVoIPで伝送されることになるだろう。

■音楽の配信とモバイル・テレビ

 3GSM2006に出展した各社の携帯電話機の中で、前掲のビジネス・ウイーク誌が注目して紹介しているのは次のような製品である。ノキア N91 ミュージック・フォン(今年第1四半期に発売予定)は4GバイトのHDDを内蔵しており、最大3,000曲を蓄積できる。
モトローラはアップルの iTunesソフトを組み込んだ最初の携帯電話機 ROKR(ロッカー)フォンが力不足(蓄積できる曲数が少ない)で不評判だったのを反省し、好評だったRAZR(レーザー)の外見とよく似たスリムなSLVR(シルバー) L7を発売する。第5位の携帯電話機メーカーのソニー・エリクソンは、サテン・ブラックのW810を含むウオークマン・ブランドのミュージック・フォンがヒットして会社の収益改善に寄与したという。

 新携帯電話端末は、多くの音楽サービスを受けることができる。規模の大きい携帯電話会社のほとんどは、楽曲のダウンロード・サービスを提供しているが、これまでアップルのビジネスの勢いを弱めたところはない。3Gおよびより高速な無線接続は、利用者が自分達の端末をポータブル・ラジオのように使うことができるストリーミング・サービスを可能にした。モバイル音楽の台頭はコンテンツのビッグネームを混乱の中に惹きつけている。
例えば、MTVネットワークス(米国の音楽専門チャンネル)は、3GSM2006の会場で3つの新しいモバイル・ミュージック・チャンネルを試験提供していたという。

 同時に、3GSM2006における最大のトピックの一つはモバイル・テレビだった。モバイル・テレビは数種の競合技術と娯楽ビジネスを変えてしまうかもしれないビジネス・モデルに関するキャッチフレーズである、と前掲のビジネス・ウイークは書いている。携帯電話会社が提供するモバイル・テレビは、3G網経由で提供されてきた。例えば、米ベライゾン・ワイヤレスは2005年2月からEV-DO端末向けにオンデマンド配信の「V CAST」を開始している。米スプリント・ネクステルは2005年9月からEV-DO端末向けに、オンデマンド配信のほか、「スプリントTV Live」と呼ばれるテレビ番組のストリーミングよる配信を行なっている。英国ではオレンジUKが、3G網を利用したモバイル・テレビ・サービス「オレンジ TV」を2005年5月から開始している。ニュース、アニメ、スポーツなどの16チャンネルが視聴できる。月額10ポンドで1Gバイト(約20時間)の視聴が可能である。

 しかし、テレビ映像を個々の視聴者に3G網経由で伝送するのは非効率で、モバイル・テレビ市場が離陸する時期を迎えれば(注)、トラフィックの限界に突き当たり、これを続けることが困難になるのは明らかだ。そこで、デジタル・テレビの信号を3Gとは異なる周波数で、3Gの端末に配信する専用のモバイル・テレビ放送網の構築に関心が集まった。

(注)ロンドンのVisiongain Ltdのアナリストの予測によれば、2009年までにテレビ受信機能の付いた携帯電話機を保有する加入者数は1.0〜2.7億である。(Look at that / The Wall Street Journal online /February 13、2006)

 携帯端末向け放送網の構築には現在3つの技術が検討されている。ノキアなどが支持するDVB-H(Digital Video Broadcast for Handhelds)は、多くの西欧諸国において現在使われているデジタル・テレビ信号方式をモディファイしたバージョンである。この方式に使用することを想定している周波数は現在アナログ・テレビで使っている。例えば英国では、アナログ・テレビのデジタルへの切替えは2008年から開始され4年かかる。現状ではDVB-Hの導入は2012年以降になってしまうという問題がある。

 2番目の技術はT-DMB(Terrestrial-Digital Mobile Broadcast)である。欧州ではデジタル・オーディオ放送用に調整済みの周波数を利用するので周波数の問題はないが、利用できるチャンネル数が少ないのが難点である。衛星を利用するS-DMBもある。Gartnerのアナリストによれば、戦略的にはまずDMBで参入し、DVB-Hが利用できるようになった段階でそれに移行するのが良いとしている。韓国は昨年夏にS-DMB、12月にT-DMBを導入してリードしている。

(注)わが国で今年4月から始まる携帯電話機向けテレビ放送「ワンセグ」は、日本の独自規格(ISDV-T)である。これは地上デジタル放送の補完としての位置づけで無料放送が基本であり、各国が目指す有料多チャンネルのモバイル・テレビとは基本的に異なる。全国を放送エリアとする携帯端末向け多チャンネル有料放送は、韓国と共同で運営する衛星を利用した「モバHO!」(S-DMB)で実現しているが、日本では韓国と異なり携帯電話が主要な受信端末となっていない。

 3番目の技術はクアルコムが推進するMediaFLOである。MediaFLOはOFDMをベースとする独自技術で、クアルコムは2002年のFCCによる周波数のオークションで700MHz帯の6MHz幅を獲得し、ネットワークの構築を進めている。また、同社はヴェライゾン・ワイヤレスと提携し、早ければ2006年中に商用サービスを提供する見通しである。

 一方、携帯電話会社の3G網を経由してモバイル・テレビを効率的に伝送する技術にMBMS(Multimedia Broadcast Multicast Service)がある。この技術は1つのビデオ・ストリームを多くの視聴者に配信するマルチキャスト方式をベースにしている。視聴者個々にテレビ信号を伝送する現在のやり方に比べれば、はるかに効率的である。エリクソンは今年の第2四半期にMBMSの試行を実施し、2007年には製品を出荷したい意向である。

 3G網に依存しない放送網を構築すれば、モバイル・テレビのバリュー・チェーンの多くを放送会社に握られてしまう。一方、3G網上でモバイル・テレビの配信を続ければキャパシティの問題に突き当たる。モバイル・テレビ市場は有望であるとしても、携帯電話会社がどのような技術をいつ頃導入し、どのようなコンテンツ・プロバイダーと提携するかなど、従来にはない戦略的判断を迫られそうだ。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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