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2006年10月掲載

官民連携によるブロードバンドの全国整備

 今年8月に総務省は「次世代ブロードバンド戦略2010」を発表した。2010年度末までに「ブロードバンド・ゼロ地域」の解消を図るとする政府(IT戦略本部)の目標達成のため、官民の役割分担を明確化して連携を強化しようというものだ。しかし、ここでは官の果すべき役割が明確な形で示されておらず、目標達成への道筋が見えてこない。以下に、「次世代ブロードバンド戦略2010」の問題点を考えてみたい。

■「次世代ブロードバンド戦略2010」の概要

 今年8月に総務省は「次世代ブロードバンド戦略2010―官民連携によるブロードバンドの全国整備」を発表した。これは、2004年12月に総務省が公表した「u‐Japan政策」および2006年1月にIT戦略本部で決定された「IT新改革戦略」等において示された2010年度を目標年次とするブロードバンドの全国整備の方針を受けて、総務省として2010年度に向けた取り組みの方針を明らかにしたものだ。具体的には、「ブロードバンド・ゼロ地域」の解消等の整備目標、ロードマップ作成等の整備の基本的な考え方、官民の役割分担、関係者による推進体制の在り方などを示している。

 「次世代ブロードバンド戦略2010」における整備目標は2つである。2010年度末に (1)ブロードバンド・ゼロ地域を解消する。(2)超高速ブロードバンド(上り・下りとも30Mbps級以上)の世帯カバー率を90%以上とする、というものだ。

 総務省の資料によると、2006年3月末現在、ブロードバンドが利用可能な世帯は94%(超高速ブロードバンド(FTTH)が利用可能な世帯は80%)である。一方、ブロードバンド・ゼロ地域(FTTH、ADSL、ケーブル・インターネット等のいずれのブロードバンド・サービスも全く利用できない世帯が存在する地域)は40市町村306万世帯である。事業者間の激しい競争によって、わが国のブロードバンドが高い普及率と低い料金を実現できた。しかし、地域間の情報格差(デジタル・デバイド)は見逃すことが出来ない問題である。

 「次世代ブロードバンド戦略2010」では、上記の整備目標を達成するため、今後のブロードバンド整備の在り方を示している。まず、ブロードバンド整備の原則として、民間主導原則と公正競争の確保・投資インセンティブの付与、技術中立性の確保を掲げている。

 つぎに、「条件不利地域等投資効率の悪い地域」における整備方針として、(1)関係者の連携と推進体制の構築によるロードマップに沿った整備 (2)地域のニーズ等に応じた多様な技術が利用できる環境の整備 (3)自治体光ファイバー網の開放と無線ブロードバンド技術等の導入促進などによる効率的な整備の促進策を示しているほか積極的な需要喚起・利活用を促進していくことが望ましいとしている。

 このため事業者、地方自治体および国が果すべき役割分担を以下のように示している。

  • 事業者:未整備地域における積極的整備、今後の見通し等の情報の開示など
  • 自治体:地域レベルでの推進体制整備やビジョンの作成、財政、人材の支援と情報・ノウハウ等の提供、地域公共ネットワークの開放など
  • 国:公正競争条件の整備、事業者に対する投資インセンティブの付与、自治体に対する財政支援、多様な技術の導入促進、整備状況等の情報の公表など

 さらに、ブロードバンド推進体制整備に向けて、関係者による以下のような推進体制が必要であるとしている。

  • 全国レベル:ブロードバンドの全国整備の必要性に関する認識の共有、全国版ロードマップの作成など地域の取組みに関する方向性の提示、情報提供による支援など
  • 地域レベル:地元の事業者、自治体等の参加を得た推進体制の構築および地域の実情に応じたロードマップの作成など

 上記のブロードバンド推進体制整備の方針を踏まえて、全国レベルの推進体制として(財)全国地域情報化推進協会に「情報通信インフラ委員会」が9月7日に設置され、全国版ロードマップの作成等具体的方策の検討を開始している。

■明確にならない官の役割

 「次世代ブロードバンド戦略2010」では、ブロードバンド整備は、原則民間主導の下、国において適切な競争政策、投資インセンティブの付与および技術中立性の確保をおこなうことにより促進するという原則を改めて確認している。この点には異論は少ないだろう。しかし、KDDIの固定通信事業が赤字に陥るなど、現実には厳しい競争の下で料金の低下が続き、通信事業者のブロードバンド事業は軒並み大きな赤字を出している。この状況は競争の結果だから各事業者の経営責任ということになるが(NTT東西は規制料金)、各通信事業者は携帯電話事業の黒字で補填し、配当を維持しているのが実情である。今後のモバイル事業の競争激化を視野に入れると、通信事業者が不採算地域に積極的な投資を行い、国の政策目標達成のため協力する余裕は到底ないだろう。民間主導を強調し、官民連携や役割分担の名目の下、通信事業者に多くを期待するのは誤りだ。期待するとすれば、ビジネスとして採算がとれるよう、まず条件整備を行うのが国の役割ではないか。

 問題の「条件不利地域等投資効率の悪い地域」におけるブロードバンドの整備は、民間主導原則が及びにくい領域である。2010年までにブロードバンド・ゼロ地域の解消を目指すことが国の目標であれば、この政策目標達成のために国がどう関与するのかを明確にする必要がある。この点、「次世代ブロードバンド戦略2010」が掲げる国の施策は「関係者の連携と推進体制の構築」、「地域ニーズ等に応じた多様な技術が利用できる環境の整備」といったほとんどスローガンに近い程度のものでしかない。

 「条件不利地域等投資効率の悪い地域」におけるブロードバンド整備のため、選択する技術と所要投資額、予測需要、見込める収入額、運営費用などを把握しない限り、この政策目標達成に必要なコストの把握ができないはずだ。また、そのコストが把握されなければ政策目標の妥当性も検証できない。さらに、そのコストを誰がどういう形で負担するかも問題である。パブリック・コメントに意見を寄せた地方自治体の多くは、厳しい地方財政の現状ではブロードバンド整備のための費用負担は困難であるだけでなく、人材が不足していることを訴えている。

 「次世代ブロードバンド戦略2010」によると、ブロードバンド・ゼロ地域が抱える課題は、(1)需要規模の著しい不足 (2)相対的に高い整備コスト (3)中継系光ファイバーの不足 (4)収容局からの距離による減衰(ADSLの場合)(5)事業者・地方公共団体における人材の不足 (6)多様な目的に対し効率的な投資により対応する必要性――の概ね6つに集約されるという。ブロードバンド・ゼロ地域の解消は、地域の実情に通じた市町村の積極的なコミットと国や県による資金や人材の支援がなければ解決は困難である。

しかも、「次世代ブロードバンド戦略2010」は総務省の考え方を示したものに過ぎない。
政府全体として取組むべき課題とその解決策を具体的に示すべきだった。IT戦略を官邸主導で策定するのは結構だが、具体的な実施のレベルで縦割り行政になるのは如何なものか。同じ総務省の所管である、地上デジタル放送の難視聴対策や携帯電話の不感対策との相乗りですら触れられていない。総務省は今後、「電気通信基盤充実臨時措置法」の検討や各種支援策の充実をはかる予定(注)だという。「ブロードバンド・ゼロ地域」の解消の目標は2010年であり、時間的余裕は余り残されていない。政策目標実現のための基本法制定や具体的支援策が、未だ検討段階というのは心もとない限りだ。

(注)ブロードバンドの全国整備に向けた取り組みについて(情報通信ジャーナル / 2006年10月号)

 「ブロードバンド・ゼロ地域」の解消に向けて規制の見直しも必要だ。2010年度末超高速ブロードバンドの世帯普及率90%の目標達成には、光インフラの最大のプロバイダーであるNTTの貢献が欠かせないが、それを担うNTT東西は厳しい業務範囲規制のため、放送事業やNTTドコモとネットワークを共用することすらできない。この規制を緩和すれば「ブロードバンド・ゼロ地域」解消の問題点である「需要規模の著しい不足」は解決され、効率的なネットワークの構築が可能になるかもしれない。デジタル・デバイドの解消にはデジタル時代の発想で対処すべきで、まず官がその役割をしっかり果すことが必要である。

■「電波政策イニシャティブ」の必要性

 「条件不利地域等投資効率の悪い地域」におけるブロードバンドの整備にあたって最も効果的な技術は無線だと思われる。「次世代ブロードバンド戦略2010」においても、国の役割として、「広帯域無線システム等における技術基準の策定や周波数の確保」を挙げている。
近年、広帯域無線システムWiMAX(IEEE802.16‐2004、802.16e‐2005)のスペックが固まり、2008年の本格的な商用化に向けた動きが高まっている。WiMAXは、都市地域においても効果的な技術であるが、「条件不利地域等投資効率の悪い地域」におけるブロードバンドの整備においても大きな役割が期待できる。しかし、ここでの最大の課題は必要な周波数の確保とその割当てである。

 米国ではブッシュ大統領が2003年6月に、電波の重要性が一層増すことを踏まえて、21世紀における周波数政策の開発とその実施を推進するために「周波数政策イニシャティブ(Spectrum Policy Initiative)」を設置した。この「イニシャティブ」の目的は、経済成長の促進、国家および国土安全の保障、通信の技術開発における米国のグローバル・リーダーとしての役割の維持など米国における重要分野の需要に応えることにある。このためには、全米規模での包括的な周波数管理政策の在り方が課題になる。また、ブッシュ大統領が2004年3月に、2007年までに全米でブロードバンドを利用できるようにすることを表明したが、その実現に無線技術が大きな役割を果たすことから、周波数需要の増大が見込まれ、「周波数政策イニシャティブ」の重要性も高まっているという(注)

(注)欧米及び日本における危機管理・情報システムの現状と課題(海外電気通信 2006年10月号)

 技術進歩の可能性に対応するための電波政策を実現するため、大統領は商務省に対し周波数政策の見直しに関する政策提言を求め、その議論の場として「連邦周波数政策タスクフォース」の設置や周波数利用を巡る制度改善に向けた官民・中央地方の公開協議の実施を指示した。「タスクフォース」は2004年6月に「21世紀の周波数政策」と題する報告書を大統領に提出している。提案は多岐にわたっているが、メーン・テーマの一つは「既存周波数利用者の予見可能性と確実性を高める政策および周波数の一層の有効かつ有益な利用のインセンティブの創出」だった。大統領はこれらの提案を実行に移すため、同11月に大統領決定を発出している。

 ブロードバンド・ゼロ地域の解消に最も効果的な技術は無線である。技術開発の促進だけでなく周波数の確保、事業の運営を誰が担うかなど課題も多い。この成否が2010年度末「ゼロ地域解消」の目標達成に大きく影響するのは間違いない。わが国でも、縦割り行政に埋没しないためにも首相府に「周波数政策イニシャティブ」の設置が必要ではないか。

特別研究員 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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