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InfoComアイ
2008年8月掲載

世界的な経済の減速とテレコム産業への影響

 景気の減速が徐々に世界中に広がろうとしている。テレコム産業もその影響から逃れることはできないだろう。しかし、個々の企業レベルでみると景気減速の影響は一様ではない。世界の大手通信会社が、減速する経済の中でどのような戦略で臨み、どのような業績を上げているかを紹介する。

■好調ノキアと業績下方修正のボーダフォン

 世界第1位の携帯電話機メーカーであるノキアが、7月17日に予想を上回る2008年第2四半期(4〜6月)の決算を発表した時には、テレコム企業は元気づけられたという(注1)
ノキアの2008年第2四半期の売上高は、前年同期比4%増の132億ユーロ(2.20兆円)となる一方で、売上高営業利益率は3.6ポイント増の14.7%に向上した。携帯電話端末の出荷台数は21%増加して1.22億台となったが、ハイエンド端末の販売が振るわず、1台当たりの平均販売価格は対前年同期比11ユーロ(1,840円)、前期比5ユーロ(840円)減少して74ユーロ(1.2万円)に低下した。それでも同社の携帯電話端末の世界シェアは、前期に対して1ポイント向上して、再び昨年末の40%を回復した。同社がかねてから主張しているように、今期の決算は、同社の生産規模および地理的な広がりによって、端末の平均販売価格が下がっても、市場シェア、利益率および利益額を増加させることが可能であることを実証した。

(注1)Vodafone: A bad omen for Europe? (BusinessWeek online / July 22, 2008)

 前掲のBusinessWeek電子版(2008.7.24)は、ノキアの決算で重要なのは、2008年第2四半期における同社の成長の大きな部分は、同社とシーメンスの合弁企業であるノキア・シーメンス・ネットワークスによってもたらされたと指摘している。同社のネットワーク事業の売上高は前年同期比18%増加して、63.4億ドル(6,850億円)になった。テレコム市場は、経済的にはっきりしない状況にあるにもかかわらず、これを携帯電話端末に対する需要が依然として強く、通信会社はモバイル・ネットワークの拡張およびアップグレードに今後も投資を続ける兆候として受け止めたのだという。

 しかし、このような楽観主義は、世界最大の携帯電話会社であるボーダフォンが、7月22日に売上高予測を下方修正したことで消滅してしまった。同社は、欧州における事業、特に景気の下降によって顧客が支出を控えるスペイン(出稼ぎ労働者を主たる顧客層にしている)での不振、および競争の激化と規制の圧力によって苦しむ新興国市場での事業に問題があるとして、2008/9年度(2008年4月〜2009年3月)の売上見込みを、ガイダンスの最低である398億〜407億ポンド(8.36兆〜8.55兆円)に修正した。しかし、営業利益とキャッシュ・フローの目標はコスト削減によって達成できるという。なお、同社の2008/9年度第1四半期(4〜6月)の売上高は98.2億ポンド(2.06兆円)で、対前年同期比19%の増加だった。同社の株価はこの日14%下落した。

 世界最大の携帯電話会社による悲観的な売上げ予測は、他の通信キャリアと通信機器メーカーのエリクソンの株価を直撃した。テレフォニカ(スペイン)は6年間で最大の下落となり、ドイツテレコムも7%株価を下げた。エリクソンは、ネットワーク部門の売上げの減少、50%を出資する携帯電話端末メーカーのソニー・エリクソンの不振、およびリストラ費用の計上によって、4〜6月期における純利益が70%も減少することを明らかにした。しかし、全体の売上高はアナリストの予測よりは良いという。エリクソンの株価はこの日11%下落した。「テレコム企業の業績は、世界的に、経済の減速に対してこれまで顕著な復元力(resilience)を示してきたが、誰もこの影響を免れることはできないことをボーダフォンは思いださせ、テレコム企業の業績の季節をキックオフした。」のだという(注2)

(注2)Vodafone issues bleak outlook (The Wall Street Journal / July 23, 2008)

■携帯電話事業の堅調でAT&Tは好決算

 AT&Tが7月23日に発表した第2四半期の決算は、売上高は前年同期比4.7%増の308.7億ドル(3.33兆円)、純利益は30%増の37.7億ドル(4,070億円)という内容だった。同社の財務部門の責任者によると、「マクロの(経済)環境は間違いなく厳しいが、われわれのビジネスは他のほとんどのビジネスよりも、より回復力がある(resilient)。」と語っている(注3)。AT&Tの株価は、同社の業績が悪化することを織り込んで6月に10%下落していたが、第2四半期の好決算に反応してこの日4%上昇した。

(注3)AT&T net rises 30% despite weaknesses (The Wall Street Journal / July 24, 2008)

 前掲のThe Wall Street Journal紙(2008.7.24)によると、いくつかのAT&Tの強さはコスト削減からきている、また、経済の減速はブロードバンド接続を含むいくつかのサービスの需要を減少させたという。しかし、AT&Tはその弱みを、携帯電話のような増加しつつある分野の需要増で相殺できた。携帯電話事業では、第2四半期にアナリストの予想を上回る150万(純増)の利用者を獲得し、期末加入数は7,290万となった。また、平均月間解約率は、これまでで一番低い1.1%を達成した。モバイルの通信料も前年同期比16%の増加となった。特に、モバイル・データの売上高が第2四半期に対前年同期比52%増加して25億ドル(2,700億円)になった。AT&Tによると、同社の携帯電話利用者のうち、ウェブにアクセスできる端末を持っている比率は18%に過ぎず、モバイル・データの利用増加は始まったばかりだ。7月11日からは「iPhone3G」の販売が始まった。販売開始後12日間の販売状況は、1年前に発売した「iPhone」の約2倍だったという(注4)

(注4)AT&T earnings give hope to telecos (BusinessWeeK online / July 24, 2008)

 しかし、このような安堵のため息の一方で、ウオール街からは多くの懸念が提起されている。AT&Tによると、第2四半期に固定電話回線は前年同期比8.1%減少して5,890万となった。第1四半期における減少率7.7%を上回り、顧客離れが加速している。これは、経済情勢の悪化(AT&Tの営業区域には住宅産業が深刻化している南東部および中西部が含まれる)にともない、AT&Tの固定電話顧客が携帯電話もしくはより料金の安いケーブル・テレビへの移行を早めているからだ。

 AT&Tは将来の成長をU-verse (光ファイバーによる音声、ブロードバンドおよびテレビの統合サービス)サービスに託している。U-verse TVの利用者は第2四半期に17万増加して期末の加入数は54.9万になった。同社は2008年末までに100万加入の達成を目標にしているが、現状では目標達成は厳しい状況にある。一方、 ブロードバンド接続の利用者数は1,470万であるが、2008年第2四半期における純増数は4.6万にとどまった。前年同期には40万の増加だったことを考慮すると、急ブレーキが掛かった感がある。

■好決算のベライゾンにウオール街から懸念の表明

 米国におけるもう一つの巨大通信会社のベライゾン・コミュニケーションズも、7月28日に2008年第2四半期の決算を公表した。売上高は前年同期比4%増加の242億ドル(2.61兆円)で、市場の予想に僅かに達しなかったが、純利益が12%増加して18.8億ドル(2,030億円)となった。合併関連の費用を除く1株当たり純利益は、市場の平均予想を2セント上回る67セントとなった。ベライゾンのCOO(経営執行責任者)は「経済に種々の懸念があったものの、われわれのビジネス・プランに満足している。」と語っている。しかし、同社の株価はこの日2.3%下がって(当日のDow Jones産業株平均の値下がり率は2.1%)33.7ドルになった。ベライゾンの幹部にとってこの市場の反応は意外だったようだ(注5)

(注5)Verizon suffers from Wall Street's woes(BusinessWeek online / July 28, 2008)

 米国第2位の電話会社として、ベライゾンの規模と多様性が、強まる経済の嵐を乗り切るのに寄与した、と前掲のBusinessWeek online (2008.7.28)は指摘している。同社の携帯電話事業の好業績、企業向けビジネスの安定性、および光ファイバー・インターネットとテレビ接続のような新サービス分野における成長によって、過去の遺産である固定電話の減少が相殺された。コスト削減も同社のボトム・ラインを引き上げた。「ベライゾンは驚くべきレベルの回復力(resilience)を見せた。」とBank of Americaのアナリストは評価している。

 ベライゾンで進行している事態のうち、特にウオール街が懸念しているのは、伝統的な固定電話ビジネスの顧客離れが加速していることである。第2四半期に解約された同社の固定アクセス回線数は92万で、前年同期比9%増加した。特に、2008年第2四半期末の住宅用加入者は、前年同期比11.4%減少して2,245万となった。この減少率は2007年の10.6%、2008年の第1四半期の10.9%より高い。テレコム市場に弱気な見通し持つSanford Bernsteinのアナリストは、「ベライゾンは、驚くべき高い率で固定電話顧客を失い続けている。しかも、その率はAT&Tよりもかなり悪く、ベライゾンの歴史上最悪である。」と調査レポートに書いている。

 さらに、このアナリストは、ベライゾンの光ファイバーを利用するFiOS TVとインターネット・サービス(注6)の成長率が、第2四半期に減速したことを指摘している。ベライゾンは第2四半期にDSL利用者を13.3万減らしている。「DSLは同社の3分の2の営業区域で唯一のブロードバンド・サービスであり、それがこのように減少する事実は、著しく事態が変化していることを意味している。」と彼は書いている。ベライゾンの幹部は、顧客の減少が予想していた数よりも多かったことを認め、ケーブルTVからの厳しい競争、顧客による固定電話の解約と携帯電話への移行がその理由であり、今後さらに回線の減少が急増することはないだろうと説明している。

(注6)ベライゾンのニュース・リリースによると、第2四半期(末)におけるFiOS TV(100チャンネ超のHDTVプラスVOD)の純増数は17.6万、顧客数は140万、FiOSインターネット(下り50/上り20Mbps)の純増数は18.7万、顧客数は200万、 DSLの純減数は13.3万、顧客数は630万である。

 ベライゾンは顧客流出の潮流を食い止めるため、顧客に電話、ビデオおよび、ブロードバンド・インターネットなどのサービスを、ワン・ストップ・ショップで提供したいと考えている。また、同社は7月28日に、ニューヨーク市で待望のFiOS TVサービスを提供すると発表した。ここでは300万世帯以上をカバーする。これまでカバーしていた700万世帯とあわせて、サービス提供可能世帯数がようやく1,000万を超えるが、ニューヨークに進出すればチャンスもこれまでと比較できないほど大きくなるという。

 しかし、現状ではベライゾンのエンジンは依然として携帯電話事業である。移動通信部門の2008年第2四半期の売上高は前年同期比11.8%増の121億ドル(1.31兆円)となり、売上高営業利益率も過去最高の28.6%となった。第2四半期には同社は150万の顧客を増やした。これは、米国の携帯電話事業における最高記録である。解約率でも1.1%に下げる

 携帯電話のエンジンを好調に保つため、ベライゾンは投資とM&Aの組み合わせに期待しようとしている。去る6月5日、ベライゾンは米国第5位の携帯電話会社 オールテル(Alltel)を、債務の継続を含め281億ドル(3.03兆円)で買収することに同意した。買収に成功すれば、ベライゾンはAT&Tを抜いて米国最大の携帯電話会社になる。同社が望んでいるように、今年末までに規制当局の承認が得られれば、収入の増加とコスト削減に関する大きな機会をベライゾンに与えてくれるだろう。さらに、2010年には、ベライゾンが今年初めに政府のオークションで購入した周波数で第4世代携帯電話網(LTE)を構築し、引き続き業界をリードしたいと望んでいる。

■「減収大幅増益」のNTTドコモの決算

 NTTドコモは、7月30日に2008年度第1四半期(4〜6月)の連結決算を発表した。売上高は前年同期比1%減の1兆1,702億円にとどまったが、営業利益は45%増の2,965億円となった。減収傾向が続く中で大幅増益をどうして実現できたのか。

 4〜6月期のNTTドコモの決算で注目すべきは、携帯電話端末の販売に関連する収支が大きく様変わりしたことだ。販売台数が前年同期比21%減の495万台だったにもかかわらず、割賦販売の浸透によって1台当たりの平均販売価格が2.1倍の3.9万円に増加したため、「端末販売」収入は60%増の1,928億円(前年同期の収入に対し722億円の増収)となった。

 次に、「端末機器原価」の減少である。端末機器原価は前年同期比23%減少し、2,420億円(前年同期の端末機器原価に対し737億円の減少)となった。端末販売台数が前年同期比21%減少したこと、および平均端末価格が3%減の4.9万円となったことによる。

 次に注目すべきは「販売および一般管理費」である。前年同期の「販売および一般管理費」に対し2008年4〜6月期のそれは14%減の2,596億円を計上しているが、減少額417億円の大部分は、販売台数の21%減少にともなう販売代理店手数料の減少額と思われる。NTTドコモの決算説明資料には2008年4〜6月期の販売代理店手数料の減少額は381億円と記載さている。

 2008年4〜6月期における端末の販売に関連する収支の改善は、端末販売収入の増加額722億円、端末機器原価の減少額737億円、および販売代理店手数料の減少額381億円の合計1,840億円(前年同期比)であった。

 一方、同社の4〜6月期の無線通信サービス収入は、前年同期比8%減の9,775億円だった。携帯電話契約数が1.5%増加する一方、ARPU(1加入当たり平均月間収入)は10%減少した。パケットARPUが10%増加したが、「ファミ割MAX50」や「バリュープラン」などの導入による音声ARPUの20%減少を相殺できなかった。端末の販売に関連する収支の改善額1,840億円から、この無線通信サービスの減収額848億円を差し引いたおよそ1,000億円がNTTドコモの営業利益を押し上げたことになる。

 NTTドコモが2008年4〜6月期に計上した実際の営業利益は2,965億円で、前年同期の営業利益に対し926億円(45%)の増益だった。NTTドコモの「減収大幅増益」は端末販売に関する料金のプランの変更(改善)にともなうもので、通信トラフィックの収入の減少に歯止めが掛からない状況が依然として続いていることに注意が必要だ。

 もちろん、端末機器の代金を割賦などで支払うバリューコースの選択率が2008年4〜6月期に97%と高くなったこと、「ファミ割」などの2年単位の継続利用を条件とする割引サービス数が順調に増加していることや、解約率が着実に下がり最近では0.5%を切るようになったことなどはNTTドコモの努力として評価されてよい。

 端末販売数の21%減少や無線通信サービス収入の8%減少は、経済の減速の影響というよりは、販売プランの変更や競争の激化による要素が大きい。販売を抑制すれば増益になるという従来の仕組みの改善は歓迎するとしても、プランの変更によってこのような大きな増益が実現することに、戸惑いを感ずるのは筆者だけだろうか。NTTドコモには、競争力を強化し、顧客満足度をさらに高めるために、この増益の原資を活用することを検討し                                            て欲しいものだ。

(追記)8月6日にNTTグループは、2008年度第1四半期(4〜6月)の連結決算を発表した。それによると、NTTグループの売上高に占めるNTTドコモの割合は45%であるが、グループの営業利益に占めるNTTドコモの営業利益の比率は80%まで高まっている。東西NTT地域会社の大幅減益(両社を合計した売上高営業利益率は僅か0.7%)が影響しているが、これも景気減速の影響というよりは、構造的な問題である。ドコモ頼みの収益構造から如何に脱却するか、もNTTグループの課題とすべきだ。

特別研究員 本間 雅雄
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