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2008年9月掲載

米国でブロードバンドの定額無制限利用を見直す動き

  米国のケーブル・テレビ最大手のコムキャストがネット渋滞対策として行ったP2Pに対するネット規制について、米通信委員会(FCC)は8月1日に「ネット中立性原則」に違反したと判断して、改善を命令した。コムキャストはこれを不服として訴訟を提起する一方、来る10月1日から家庭向けブロードバンド・インターネット接続サービスの通信容量に月間最大250GB(ギガバイト)のキャップ(上限)を設けると発表した。現時点では250GBを超えて利用した場合の追加料金を設けていないが、将来の従量課金への布石との見方も出ている。大手のケーブル・テレビ会社や通信会社も、これに倣って対策を検討中だという。これらの動きは、頻繁に動画をやりとりする一部の利用者によって通信容量の大部分が占有され、一般利用者のインターネットの通信速度が遅くなる「ネットの渋滞」問題を解決しようというものだ。わが国でも、ネット関連団体が「帯域制御の運用基準に関するガイドライン」を公表して、この問題の解決に一歩前進したが、総務省は定額無制限利用の見直しには消極的なようだ。僅かなヘビー・ユーザーが起こす「ネット渋滞」の対策費を、利用者全部が負担するため値上げが避けられないとすれば、本末転倒ではないか。米国における動きに注目しつつ、「ネット渋滞」の解決のために議論を深めるべきだ。

■FCC、コムキャストのP2Pアクセスに対する介入を差別的と判定

 FCC(米国連邦通信委員会)は2008年8月1日に、コムキャストのブロードバンド・インターネット管理は、FCCが2005年に制定した「ネット中立性原則」(注1)に違反したと判断し、それを改善するための命令を、3対2の投票(賛成は共和党系の委員長と民主党系2委員、反対したのは共和党系2委員)で決定した(注2)

(注1)(1)利用者は合法的なインターネット・コンテントに、自分の選択にもとづきアクセスする権利がある。(2)利用者は法律に違反しない限り、アプリケーションとサービスを自分の選択にもとづき実行する権利がある。(3)利用者はネットワークに危害を及ばさない合法的端末を、自分の選択にもとづき接続する権利がある。(4)利用者はネットワーク・プロバイダー、アプリケーションおよびサービス・プロバイダー、およびコンテント・プロバイダーを相互に競争させる権利がある。

(注2)FCC news release (August 1,2008): Commission orders Comcast to end discriminatory network management practice

 この問題は、最初にBitTorrentなどのP2Pアプリケーションを使うことに支障があることに気づいたコムキャストのユーザーが明らかにし、それを受けて非営利団体のフリー・プレスやパブリック・ナレッジが、FCCに妨害行為の禁止を申し立てていた。当初、コムキャストは同社の顧客の問題に関する一切の責任を否定していた。しかし、Associated PressやElectronic Frontier Foundationが、P2Pアプリケーションを使ってオンライン・ファイル交換を行うコムキャストの顧客に対しテストしたところ、同社が選択的に妨害行為を行っていることを確認した。

 その後、コムキャストはこれまでの主張を変え、加入者のP2Pトラフィックを介入のターゲットにしていたことを認めた。同社は当初、ネットワークのピーク時にだけヘビー・ネットワーク・トラフィックに介入していると述べていたが、結局、介入はそのような場合だけに限定されていないことが明らかとなった。コムキャストはネットワークの混雑のレベルや1日の特定時間帯に関係なく、加入者のP2Pトラフィックに介入していたことを認めた。FCCの長期にわたる調査によれば、「コムキャストの妨害行為は、同社が最初に認めた以上に浸透しかつ広がっていることが確認された」という。また、接続ルートを調べるために、ユーザーの電子メールを開くなどの「侵害行為を犯した」とも指摘している。(前掲FCCニュース・リリース)

 FCCは、コムキャストのネットワーク管理方法が、すべてを同等に扱うのではなく、アプリケーションに応じて差別的に行っていること、また、それはオープンで利用しやすいインターネットのコンセプトに相反すると結論づけた。

 FCCは、コムキャストの行為の最終的結果は、インターネット・トラフィックの阻止につながり、インターネット・ユーザの合法的なコンテントにアクセスする権利およびユーザーの選択にもとづきアプリケーションを利用する権利を、不当に侵害していると結論づけている。また、コムキャストの不当な行為により、同社のユーザーが音楽ファイルの交換、ビデオの視聴もしくはソフトのダウンロードを妨害されたという相当数の証拠をFCCは持っているとも主張している。しかし、FCCはコムキャストの違反行為に対し罰金を科さなかった。

 コムキャストの差別的行為を終了させるため、FCCは禁止計画を遵守させることにし、命令発表から30日以内に、以下を実行することを求めている。

  • 差別的なネットワーク管理方法の詳細をFCCに開示する
  • 2008年末までに、差別的管理方法をどのように中止するか説明するコンプライアンス・プランを提出する
  • 顧客とFCCに対し,現行の方法に代わるネットワーク管理を開示する

 コムキャストは、FCCの決定に対するコメントを8月1日に発表した(注3)。FCCが罰金を科すようなコムキャストによる如何なる行為も見つけ出すことができなかったこと、およびFCC決定におけるデッドラインが4か月前にコムキャストが自らこの問題解決のために設定したデッドライン(2008年末)と一致していることに満足しているとしながらも、コムキャストのネットワーク管理の選択が正当であると確信しており、FCCが同社の和解案を拒否したことは残念だ、と述べている。

(注3)Comcast statement on FCC Internet regulation decision (Comcast press releases / August 1, 2008)

 大半のインターネット利用者にとって、FCCの今回の決定は短期的にはほとんど影響がないかもしれない。大容量ファイルの交換のためにファイル共有サービスを使っている人達はほんの僅かだからだ。しかし、これは、利用者が満足しているインターネットの利用をケーブル・テレビ会社や電話会社が阻害する行為を、規制当局は許さないというシグナルを送ったのだ、とウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙は指摘している(注4)

(注4)FCC action on Comcast likely to spur battles (The Wall Street Journal / August 2, 2008)

 前掲のWSJ紙(August 2, 2008)は、FCCの決定はほぼ間違いなく法廷で争われることになるだろうと書いている。FCCは政策原則を持っているが、それはインターネットのブロッキングや差別的取扱いを禁止する公式の規則ではない。コムキャストやその他のインターネット・プロバイダーは、FCCが強制できるのは規則にもとづく場合だけであり、原則ではできない、と主張している。これに対し、FCCのマーチン委員長およびその他の委員は反対している。議会の民主党が、FCCにインターネット・プロバイダーを取り締まる特定の権限を付与する法案を後押ししているが、それもFCCの不明確な法的権限の故だという。コムキャストは9月4日に、FCC決定の取り消しを求めて、ワシントンD.C.の連邦控訴裁に提訴した(注5)

(注5)Comcast to appeal FCC’s decision on Internet blocking (The Wall Street Journal / September 5,2008)

■コムキャスト、家庭向けブロードバンド・サービスに月間250GBのキャップ制を導入

 米国ケーブル・テレビの最大手コムキャストは、8月28日に、家庭向けブロードバンド接続サービスの通信容量を、10月1日から月間最大250GBとすることを発表した(注6)
ヘビー・ユーザーの利用を制限する措置について、FCCからネットワーク利用の公平性を損なうと是正命令を受けたコムキャストは、命令の合法性について裁判で争う一方、ヘビー・ユーザーに応分の負担を求めて方向を転換した。

(注6)Announcement regarding an amendment to our acceptable use policy (Comcast.net / Network management policy / August 28,2008)

 同社の説明によれば、現在同社の家庭向け顧客が月間で利用するデータ量の中位数は、2〜3GB程度であり、月間250GBは極端に大きな容量であるという。250GBに相当するデータとして、同社は (1)電子メール送信5000万通(0.05KB / eメール) (2)62,500曲のダウンロード(4MB / 曲) (3)標準画質の映画125本のダウンロード(2GB / 映画) (4)高解像度の写真25,000枚のアップロード(10MB / 写真)の例を挙げている。また、米メディアなどの説明によると、コムキャストの家庭ユーザーは1,400万で、うち99%は今回の250GBキャップ制の影響を受けないという。

 同社のネットワーク管理方針によると、月間利用が250GBを超えるユーザー(コムキャストはトップ・ユーザーと呼んでいる)には、同社がコンタクトして月間のデータ利用の詳細を正確に知らせ、超過分の利用を減らすよう要請する。同社の経験によれば、利用の削減を要請されたユーザーの大部分は、自発的に利用を減らすという。しかし、超過利用で警告を受けたユーザーは、その後6か月以内に再び超過すれば、1年間のサービス停止措置を受ける、とWSJ紙は報じている(注7)

(注7)Comcast limits download volume (The Wall Street Journal / August 30, 2008)

 インターネットのトラフィックが急増し続けるにつれて、米国の多くの大キャリアもまた、ネットワーク上の急増するトラフィックを管理する手段として、利用量のキャップ制導入を模索している。米国第2位のケーブル・テレビ会社タイムワーナー・ケーブルは、5〜40GBのキャップ別料金とキャップを超えて利用した分に対して従量課金するシステムのテストを、今年の6月からテキサス州Beaumontで開始した。米国最大のブロードバンド・プロバイダーのAT&Tは、ブロードバンドが従量課金に向かうのは不可避であると言っている。(前掲WSJ紙 / August 30, 2008)

 しかし、インターネット上の利用者の行動は常に進化する。シスコの幹部が言うように、今日の“bandwidth hog (帯域を大食いするやつ)”は明日の平均的ユーザーである。何人かのコメンテーターは、早くもコムキャストによるキャップ制の導入は、ブロードバンド熱を冷ます効果があるとみている。その中の一人は、キャップ制導入を、われわれの知っているインターネットの終わりと呼んでいる。もう一人は、米国のブロードバンド市場における元に戻ることのない重要な転換を示している、と言っている(注8)

(注8)Comcast to place a cap on Internet downloads (The New York Times / August 30, 2008)

 コムキャストなどは、すべての利用者がネットワークに公平にアクセスすることを保証するため、最もアクティブな加入者を取り締まることを考えた。現時点ではコムキャストのキャップ制導入が従量課金となることはないが、将来同社の方針変更によってブロードバンドの従量課金に踏み出す可能性は否定できない、と前掲のニューヨーク・タイムズ紙は(August 30, 2008)書いている。定額料金で利用無制限のインターネットの時代は終わりに近づいているようだ。従量料金のインターネットは定額料金で利用無制限のインターネットとは別物かもしれない。

 ビジネスウイーク電子版は以下のように述べている(注9)。近い将来、HD映画を大量にダウンロードし、多量のウェブ・ビデオを視聴するようになれば、コムキャストの現在のキャップ(現時点では十分な余裕がある)は、そんなに高いレベルだと思われなくなるだろう。オンラインの活動を抑制しなければならなくなるユーザーの比率は次第に高くなる。これは、YouTube、NetflixおよびJoostなどの大量に情報量を消費するウェブ・ビジネスにとって悪いニュースである。消費者活動グループは、コムキャストおよびその他のプロバイダーがキャップのレベルを上方修正しなければ、キャップ制は結局インターネットのイノベーションを抑制するかもしれないと示唆している。コムキャスなどのインターネット・プロバイダーは合理的に行動し、将来キャップのレベルを引き上げるだろう。それは善意などによるものではなく、Clearwireなどの無線ブロードバンド・キャリアの台頭により、競争が次第に激しくなるからだ。

(注9)Comcast’s usage cap : What does it mean? (BusinessWeek online / August 29、2008)

■「帯域制御の運用基準に関するガイドライン」の公表

わが国でも大手プロバイダーがインターネット・トラフィックの渋滞の原因となるヘビ
ー・ユーザーに、利用を減らすようメールで警告する措置が取られるようになった。さらに、今年5月に、ネット関連4団体(注10)が、総務省支援のもと、「帯域制御の運用基準に関するガイドライン」を策定し公表している。

(注10)(社)日本インターネットプロバイダー協会、(社)電気通信事業者協会、(社)テレコムサービス協会及び(社)日本ケーブルテレビ連盟

 この「ガイドライン」は、ヘビー・ユーザーの利用が他のユーザーの通信に悪影響を与えている場合に、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)などが、そのヘビー・ユーザー、またはそのユーザーが使っているP2Pファイル交換ソフトなどのアプリケーションの通信に割り当てられた帯域を制限することによって、一般ユーザーの通信品質を高める「帯域制御」について、法的な整理やユーザーに対する情報開示など必要最小限のルール化を行ったものだ。

 わが国では、上り/下りとも最大100Mbpsで通信可能なFTTHなどが急速に普及しており、インターネット上に流れるトラフィック(データ)量も3年で約2.5倍に急増している。また、全体の約1%のヘビー・ユーザーが一般ユーザーの190倍のデータ量の通信を行うことで、ISPのバックボーン帯域の約50%を消費しているとする調査結果もあるという。わが国では、一般利用者の通信品質確保のため2003年頃から、一部のISPが帯域制御の導入を開始していた(注11)

(注11)「帯域制御の運用基準に関するガイドライン」について(情報通信ジャーナル2008年7月号)

 「ガイドライン」は、まず「帯域制御」を例外的に認められる措置と規定している。特定のヘビー・ユーザー、またはそれが利用しているアプリケーションが帯域を占有しているため、その通信を制御する必要性があるという客観的状況が存在する場合に限って認められ措置であることを明確にしている。

 次に、通信の秘密の保護について、たとえ装置が自動的に行うにしても、帯域制御のために発信者や通信に使われたアプリケーションを検知すること、もしくは制御することは通信の秘密の侵害に該当するとしている。ただし、個々の利用者が契約の段階で帯域制御に明確に合意している場合であって、当該目的のために帯域制御の必要性があり、かつその方法が目的を達成するために相当であれば、正当業務であり違法にはならない。

 第3は、通信利用の公平性である。電気通信事業法は電気通信事業者がサービスを提供するにあたって「不当な差別的取扱い」を禁じている。しかし、如何なるユーザーでも同じ帯域を占有すれば帯域制御の対象になるなど、制御対象の基準を一律に定めていれば「不当な差別的取扱い」には該当しない。

 第4は、帯域制御は正当業務であっても、利用者にとってサービスの変更が生じることになるため、その旨の周知徹底が必要である。帯域制御が発動される条件、制御の具体的内容などを、約款やウェブ上で明らかにすることを求めている。

 「ガイドライン」の制定は当面の問題解決に一定の役割を果たすことがと期待できる。しかし、その前提として総務省は帯域制御については例外的に認められる措置であって、インターネットのトラフィックの増大に対しては、ISPは基本的にはバックボーン回線等のネットワーク機器を増強によって対処すべきだと期待している。今日のインターネットの隆盛が、利用無制限の定額料金によって牽引されてきたことも事実である。現在のようなインターネット・トラフィックの増加が続けば、早晩インターネット料金を引き上げざるを得なくなるだろう。そういう状況の下でも、インターネットの「誰でも同じ額での負担」という原則が、これからもベストの選択なのか疑問が残る。

 先に紹介した米国では、(1)キャップ制の導入のほか、(2)複数のキャップ別料金 (3)キャップを超えて利用した分に対する従量課金 (4)完全な従量課金 などについての動きがある。まず料金で需要をコントロールすれば、「帯域制御」も文字通り例外的措置になるかもしれない。総務省はインターネットの従量課金について「選択肢の一つだが時期尚早」との立場(注12)のようだが、僅かなヘビー・ユーザーが引き起こすネット渋滞への対策費用を、全利用者が等しく負担すれば、値上げは避けられず不公平感は広がる。利用者負担を抑えながら、渋滞解消を如何に実現するか、利用者、プロバイダーおよび規制当局がさらに知恵を絞るべきではないか。

(注12)ネット渋滞解消へ対策(日本経済新聞 2008年9月8日)

特別研究員 本間 雅雄
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