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2008年10月掲載

英国で超高速ブロードバンドの規制を見直す動き

  英国最大の固定通信会社BTグループは、今年の7月、光ファイバー・ベースの超高速ブロードバンド・サービスを2012年までに1,000万世帯に提供する計画を発表した。しかし、投資のリスクに見合ったリターンを規制当局が保証するまで、BTは計画の実行を見合わせていた。これに対して規制当局のオフコムは10月に諮問文書をだして考え方を明らかにし、BTもそれを基本的に歓迎する意向を表明している。この問題のキーポイントは、利害関係者によるリスク・シェアの容認と、それを卸売価格の決定メカニズムにどう反映させるかである。

■BTの超高速ブロードバンド拡充計画

 去る7月15日、英国最大の固定通信会社BTグループは、2012年までに約1.5億ポンド(3億ドル)を投じて、光ファイバー・ベースの超高速ブロードバンド・サービス(注1)を、1,000万世帯で利用できるようにする計画を発表した。この多額なインフラストラクチャーに対する投資は、高速インターネット接続の世帯普及率が50倍も高いフランスを、英国がキャッチ・アップするのに多少は役立つかもしれない。しかし、この光ファイバーの展開が、競争および消費者にとってどれだけ好ましいかは、いまだに結論の出ない問題のようだ(注2)

(注1) BTは超高速ブロードバンド(super‐fast broadband)と次世代ブロードバンド(next generation broadband)を使い分けている。前者が光ファイバー・ベースのブロードバンドを指すのに対し、後者にはこの他ADSL2+のようなadvanced copper-based ブロードバンドが含まれる。

(注) 2BT rolls out a massive fiber network(BusinessWeek online / July 15, 2008)

 リビングストン新BT社長が推進しようとしている光ファイバー・アクセス網計画は、英国の人口の40%をカバーし、顧客が複数の高速ブロードバンド・アプリケーションを利用するのに十分な速度、例えば、家族の何人かが高精細映画を観賞する一方で、他の家族はゲーム、多くの画像を含むファイルもしくはビデオを楽しむことができる、といった速度(当面40Mbps 将来60Mbps)を提供しようというものだ。

 アナリストは、衛星、CATVおよび無料の地上波TV放送と競争できるようBTのホーム・エンターテーンメントに注力する、というリビングストン社長が表明した構想を成功させたいのなら、BTはそのネットワークをアップグレードする必要があると語っている。フランス・テレコムとテレフォニカ(スペイン)は何年間もTVサービスを提供しているが、BTはやっと18ヵ月前に開始したところだ。また、フランス・テレコムとテレフォニカは自前のインターネットTVを提供しているが、「BTビジョン」と称するBTのサービスは、DSLと地上波デジタル放送の組み合わせを利用したハイブリッドである。

 BTは光ファイバー・アクセス網の展開を推進する決定をしたのは、最近表明された英国および欧州委員会の規制当局による「ネットワーク・オペレーターが、新しい超高速ネットワークに多額の投資をする場合には、その投資に対して妥当な(decent)リターンが得られるようにする必要があることに同意する」というコメントによると見られている。例えば、EU委員会のメディアおよび情報社会担当のViviane Redingコミッショナーは、「光ファイバー網に投資するオペレーターが、15%のROI(投資利益率)を期待するのはリーズナブルだ。」と語っている。

 ここ数年間、他の国々が光ファイバー・アクセス網を展開する中で、BTは英国の消費者が高速ブロードバンドを必要としているのか、そのコストを支払う用意があるのかについて疑念を抱いていた。一方、超高速ブロードバンドの展開に対する政府、規制当局からの圧力が高まっていた。競争力担当の大臣は、英国は超高速ブロードバンドを展開している他の先進産業諸国に遅れをとるリスクに曝されていると警告し、オフコムも同様な発言をしている。また、競争相手であるCATV事業者のVirgin Mediaも、同社の光ファイバー網による下り50Mbpsのブロードバンド・サービスを2009年までに1,200万世帯を対象に提供する計画を明らかにした。BTの銅線ベースのDSLの速度は現在最大8Mbpsで、将来24Mbpsまで高速化するのが限界で、このままでは高速ブロードバンド市場におけるBTの劣勢は避けられない状況だった(注3)

(注3) BT gambles on speedy fiber download times (Financial Times online / July 15, 2008)

 この光ファイバー網展開計画について、BTはニュース・リリース(2008年7月15日)で次のよう基本姿勢を明らかにしている。「この投資が実行されるかどうかは、これを支持する永続性のある規制環境が存在するかどうかにかかっている。BTは、この計画を前進させるために必要な諸条件について規制当局のオフコムと議論することにしている。この諸条件には、現在存在する投資に対する障害の除去、および光ファイバーに投資することを選択した者は誰であっても、株主に対する公正な報酬率が得られことを明確にすることを含んでいる。」(注4)

(注4) BT plans UK's largest ever investment in Super-Fast Broadband(BT News / July 15, 2008)

上記のニュース・リリースに付随するQ&Aでも次のように述べている。「問 この投資は、オフコムが新しい規制の枠組みを創設するか否かにかかっているということか。」「答 その通り。投資しようとする人にとって、正しい規制環境がどうしても必要だ。必要な資金は極めて巨額で、リスク・テーキングが適正に報われることを企業が確信する必要がある。」

■オフコムのブロードバンド規制の見直し提案

 オフコムは9月23日に諮問文書(注5)を発出して、超高速ブロードバンド(光ファイバーによるアクセス)の規制についてのオフコムの考え方を明らかにした。諮問文書は決定ではないが、ブロードバンド規制の在り方に関する合意形成に大きな影響力を持っている。この文書は、2007年9月に公表された諮問文書「Future Broadband−Policy Approach to Next Generation Access」をアップデートしたもので、この新ネットワークにおける投資の勧奨と競争の促進を、如何にして両立させるかに焦点を合わせている。

(注5) Delivering super-fast broadband in the UK (Ofcom News summary / September 23, 2008)

 オフコムの諮問文書は次のように指摘している。「投資を確保し競争を促進する際のキーポイントは、料金の規制である。オフコムは以前から、リスキーな投資には、投資が行われる時点におけるリスクのレベルを反映して、リターンを得ることを許容すべきであると確信しており、そのことを表明してきた。オフコムは、次世代アクセス網に対する投資のリスクは、現在のアクセス網に関連するリスクよりも、当初は高いだろうと認識している。超高速ブロードバンド・サービスに対する需要およびその配信に利用される技術の両方に、かなり大きな不確実性が存在するからだ。この不確実性は、需要がより明確になり、技術がより良く理解されるようになるにつれて、少しずつ減少するだろう。しかし、リスクが残存する限り不確実性も残る。投資する企業に、新サービスと価格の組み合わせを実験しトライする自由を許容する一方、価格決定メカニズムにこのリスクのレベルを反映させる必要がある。同時にオフテルは、消費者を儲け過ぎの料金から確実に守らねばならない。」

 オフコムは、新ネットワークにおける卸売(接続)サービスがどんな形態をとるべきかを検討し、2つのタイプに区分している。一つは、物理的なネットワーク要素へのアクセスに依存する「パッシブ(受動的)」なサービスであり、銅線、光ファイバー、もしくは管路(duct)などが該当する。もう一つは、物理的なインフラストラクチャーに接続される電子的設備へのアクセスに依存する「アクティブ(能動的)」サービスであり、BTの「Generic Ethernet Access」などがこれに該当する。

 オフコムは、以下のような料金のオプションを示し、利害関係者の意見を求めている。

  • 「アクティブ」サービスに対しては、ネットワーク・オペレーターに価格設定の自由を認める。これは、間接的に小売価格を抑制する仕組みが存在する場合には適切なアプローチである。このようなアプローチは、市場にこれらのサービスに関する正しい価格を発見するのを可能にする。

  • 卸売の「パッシブ」サービスに対しては、コストに基づくより伝統的なアプローチを適用する。しかし、投資によって生ずるリスク対してはそれに見合った配慮をする。このアプローチには、投資に関連するリスクを反映するとともにこれらのサービスの効率的利用を促進する利点がある。

■BTは超高速ブロードバンド拡充計画を推進へ

 BTは7月に、15億ポンドを投じて、アクセス網に光ファイバーを利用する超高速ブロードバンド・サービスを1,000万世帯に提供できるようにする計画を策定し公表したが、そのリスクに見合ったリターンを保証することを規制当局のオフコムに求めて、計画の実行を保留していた。

 9月に公表されたオフコムの諮問文書は、超高速ブロードバンドの卸売アクセス・サービスを「アクティブ」と「パッシブ」とに分け、前者には価格設定の自由を認め、後者にはリスクに応じたリターンを認める考え方を示した。BTの主張は基本的に認められたといってよい。これを受けてBTは、欧州諸国の中でも遅れていた光ファイバーによるアクセス網の構築を本格的に推進することになった。

 「オフコムは、BTが競争相手に販売する特定の光ファイバー・ベースの卸売サービスについては、料金コントロールを科さないケースを考慮しており、今度はBTがブロードバンド・サービスを消費者に提供する番だ。オフコムが諮問文書で明らかにした考え方は、多くの卸売ブロードバンド・サービスについて、BTに初めて価格設定の自由を与えるというものだ。BTは価格設定の自由を持つべきだ、とするオフコムの提案をBTは歓迎している。諮問文書は表面的には正しい方向に一歩踏み出したように思われる、とBTは付け加えた。」とフィナンシャル・タイムズ電子版は書いている(注6)

(注6) Boost for BT superfast broadband plan(Financial Times online / September 24, 2008)

 BTは2012年までに1,000万世帯に対し、超高速ブロードバンドを提供できるようにする計画を策定しているが、このうち900万世帯が居住しているビルディングには光ファイバーは敷設されていない。そのため、光ファイバーをBTの交換局から街角に設置されるキャビネットまで敷設し、そこから加入者宅内までの「final broadband link」には既存の銅線を活用する。これらの「fiber to the cabinet(FTTC)」方式は、当初は40Mbps のダウンロード速度であるが、将来60Mbpsまで高速化が可能である。

 残りの100万世帯が居住しているビルディングは光ファイバーが引き込まれており、「final broadband link」も光ファイバーで構成できる。ここで適用される、「fiber to the premises(FTTP)」方式(注7)は、100Mbpsもしくはそれ以上のダウンロード速度が得られる(注7)

(注7) premisesは構内の意味。既にBTは、ビジネス顧客向けに12万超のFTTP方式による超高速ブロードバンド・サービスを提供しており、1,000万km超の光ファイバー網を展開している。

 BTの計画によれば、超高速ブロードバンドの展開は2009年度(2009年4月〜2010年3月)から開始される。多数の需要に対応できるようになるのは、2011年度か2012年度になるとみられている。しかし、計画通りに1,000万世帯に超高速ブロードバンドが提供されたとしても、英国における世帯カバー率は40%に過ぎない。

 一方、欧州委員会は、投資に対するリターンを保証するテレコム・オペレーターからの申し立てが出されているにもかかわらず、次世代アクセス網(NGA)を展開するにあたって、規制面での優遇措置はないだろう、と繰り返し語っている。また、通信網における新技術の導入は、これらの通信網に競争相手がアクセスするのを認めなければならないとする、市場支配的なプレィヤーに対す規制要件を消滅させない。NGAの展開は規制上の休日(regulatory holidays)を意味しない。市場支配的な企業が必ずしも既存の通信会社であるとは限らないが、市場支配力のある企業は競争相手にそのNGAにアクセスさせなければならない、と主張している(注8)

(注8) No regulatory holiday for fiber investors−European Commission (Total Telecom online / 30 September, 2008)

 オフコムの諮問文書に示された英国の考え方(例えば、「アクティブ」サービスの価格をBTが自由に決められるなど)が、欧州員会の考え方に抵触しないのか、といった問題が残されている。オフコムの指摘するように、光ファイバーによるアクセス網の構築は、需要と技術の面でかなり大きい不確実性が存在することは確かである。したがって、そのリスクを何らかの形で利害関係者がシェアする仕組みを、アクセス料金の決定のメカニズムに反映させるべきだ、リスクを保証しなくてよいサービスは自由な価格設定を認めるべきだ、とする方には合理性があるのではないか。規制当局が従来の規制の枠組みに固執すれば、NGAへの投資の先送りは今後も続くだろう。

特別研究員 本間 雅雄
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