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InfoComアイ
2009年1月掲載

放送新時代の幕開け

 2009年は、家庭のテレビも簡単なリモコン操作でインターネット経由の番組配信に対応できるようになる。放送と通信の融合がさらに進み、国境を超える放送事業が本格化する年になりそうだ。放送新時代が幕を開けようとしている。このような市場の変化に対応して、通信と放送を統一的に取り扱うことのできる新しい法体系の整備を急ぐ必要がある。

■テレビの差別化はソフトと接続できるコンテンツにシフト

 2009年1月8〜11日にラスベガスで開催された家電見本市(CES)について、ニューヨーク・タイムズ電子版(注1)は、CESに共通のテーマがあるとすれば、われわれが日常生活で利用するすべての機器(device)が、インターネットに接続されるコンピュータになりつつあることだろう、と書いている。ここでの機器は携帯電話端末やテレビ受信機に限らない。フォードのF150ピックアップ・トラックが、ダッシュボード内のパソコンからウェブをブラウジングしてサービス・マニュアルをチェックし車の持ち主に知らせる、などというのもある。ソニーのストリンガーCEOは、今後2年以内にソニー製品の90%がインターネットに接続されるだろうと予測している。

(注1)To connect to the Internet, just turn on your TV (The New York Times online /January 12,2009)

 優れたブランド製品を持つ企業は、主戦場が移りつつあることを知っている、と前掲のニューヨーク・タイムズ紙(2009年1月12日)は書いている。テレビの差別化要因は、ディスプレーの薄さや画像の鮮明さなどから、徐々にランさせているソフトウエアと接続できるインターネット・サービスになろうとしているという。もう一つのアプローチは、インターネット接続ができる小さくて安いコンピュータ・チップを、今までは考えてもみなかった機器に埋め込むことである。ソニーは、パソコン機能を持つディスプレーを裏側につけた、インターネットに接続するアラーム・クロックをCESで紹介している。

 パナソニックは米アマゾン・ドット・コムと提携し、「ビデオ・オン・デマンド」に対応した薄型テレビを米国で商品化し、アマゾンがパソコン向けに配信する映画など約4万作品を、外付けの接続機器なしで視聴できるようにする、とCESで明らかにした(注2)。パナソニックはすでに米グーグルと組み、動画共有サイトのユーチューブに投稿された映像を視聴できるプラズマテレビ「ビエラ」を米市場で発売している。

(注2)NHKやアクトビラの映像配信サービスでトラブルが相次ぎ、需要拡大に水を差す事態となっているという。(動画配信にトラブル続出 日本経済新聞 / 2008年12月26日)

 新機種は接続機能を内蔵し、簡単なリモコン操作でテレビ画面上に映し出したメニューからコンテンツを選択できるようにする。動画データを安定的に受信できる仕組みを作り、良質な画質を維持できるようにした。米国で発売するビエラの上位3シリーズ、9機種に新機能を搭載し、今後1年間に米国市場で販売する台数の1割強をこのVOD対応機種とする計画だという。薄型テレビ市場は販売台数の伸び率鈍化と価格低下が進んでいるため、メーカー各社はディスプレーの薄さや大型化の競争では市場の変化に対応できないとみて、ネット対応など付加価値の高い製品の実用化を進める。

■韓国サムスン電子がYahoo! Widget Engine対応テレビを発表

 ラスベガスで開催されたCESに、米ヤフーは、利用者がテレビで視聴している番組のほかに、同社とインテルが開発した、人気のウェブ・ページやツールに接続できるソフトウエアを搭載した一連のテレビおよび関連製品を発表した。ヤフーとインテルが「テレビ・ウイジェット」と呼ぶこの技術を、実際に使って最初に説明したのは2008年8月だったが、今回のCESではハードウエア・パートナー、一連のテレビ向けのサイトおよびその他のツールなどの詳細を説明した(注3)

(注3)Yahoo!ユs next frontier : Internet TV(BusinessWeek / January 11, 2009)

 ウイジェット(部品の意味)はデスクトップ環境などで利用する小物のようなプログラムのこと、ウェブ・サイトから欲しい情報だけを取得して表示させることができる、例えば天気予報やニュースのヘッドラインなど。

 前掲のビジネスウイーク電子版(2009年1月11日)によると、テレビとウェブを融合させる過去の試みは失敗だったが、アナリストたちは今回のヤフーの努力には期待が持てると言っているという。視聴者は1台の機器で異なるメディアを楽しむことを強く望んでいる。そのことは、ウェブ・サービスを携帯電話端末に配信することに、従来の端末よりも優れているアップルの「iフォン」の人気が高いことで分かる。テレビのメーカーは、既に新しいテレビ受像機にブロードバンドのポートを組み込み始めている。そして、コンテンツの制作者は、視聴者がどこにいても利用できるようにすることに熱心だ。

 「テレビ・ウイジェット」が2009年下半期に市場に出まわる際には、ヤフーが提供する「天気予報」「株式ガイド」から一連の外部の開発者が制作したアプリケーションまで、およそ20の異なる「ウイジェット」が利用できるだろうとみられている。これらのなかには、「Twitter」や「MySpace(NewsCorp)」などのソーシャル・メディア・サイト、および「ニューヨーク・タイムズ」のようなニュース・アウトレットなどが含まれるだろうという。店頭で販売されるテレビ受像機にも、一揃いの「ウイジェット」をあらかじめダウンロードしておく一方、視聴者はオンライン「ウイジェット・ギャラリー」で気に入ったアプリケーションを選んでダウンロードできる。

 ヤフーの「テレビ・ウイジェット」(Yahoo! Widget Engine)は、サムソン電子(韓)、ソニー(日)、ビジオ(米)およびLG電子(韓)が生産する、ブロードバンド対応のハイビジョン・テレビおよびセット・トップ・ボックスにインストールされ、2009年春から出荷される予定である。しかし、技術調査会社のJupitermediaは、テレビ・メーカーはテレビとパソコンは異なることを忘れてはならない、と警告している。利用者がテレビの画面上で求めている情報は、パソコンやスマート・フォンに接続した際に得られる情報と同じタイプではない。テレビで視聴する人気のウェブ・ページやアプリケーションは、フル・サイズのウェブ・サイトではなく、簡略バージョンにした方がよいという。

 韓国のサムスン電子は、前述のCESに米ヤフーの「Yahoo! Widget Engine」(第5世代)と呼ぶソフトウエア技術に対応したテレビを出品してデモを行い、テレビ向けウイジェット・サービス、「Internet@TV」を始めると発表した。「パソコンでウェブ・サービスを扱うように、テレビでもウェブ・サービスを扱えるようにしたい。」というのがサムスン電子の狙いである。ウイジェット・サービス「Internet@TV」に対応するテレビを2009年春ごろに発売する予定である(注4)

(注4)Samsung社もネットワーク対応テレビを出展、Yahoo!社のシステムを採用 (techon.nikkeibp.co.jp / 2009年1月9日)

 「Internet@TV」を提供するためのサーバーはヤフーが管理する。また、この「ウイジェット・システム」の開発環境はオープンとしており、ヤフーはサード・パーティーに「ウイジェット開発キット(WDK)」を提供する。サムスン電子が「ウイジェット」として提供するサービスとして紹介したのは、動画共有サービス「YouTube」、ヤフーのビデオ・サービス「Flickr」、インターネット・オークション「eBay」、ニュース配信サービス「Yahoo! News」「Yahoo! Weather」「Yahoo! Finance」「USA TODAY」、ケーブル・テレビの配信サービス「Showtime Network」などだった。

 サムスン電子は「Internet@TV」を2009年内に、米国、カナダ、メキシコおよび欧州の主要国など13カ国で提供する予定である。展開予定の国には日本は入っていない。

■国内市場に攻勢を強める外資系メディア大手

 国内の放送市場はどう動くのか。NHKが2008年12月に、直前1週間の「見逃し視聴」を売り物に、有料の番組配信サービス「NHKオンデマンド」を開始した。外資系メディアも放送やネット配信に相次いで参入し、娯楽コンテンツの供給拡大に一斉に動き出している(注5)。日本経済新聞(2009年1月1日)によると、2009年上半期の焦点は、2011年7月以降に始まる新たなBSデジタル放送の免許申請の受付だという。アナログ・テレビ放送が2011年7月に終了した後に、総務省は周波数の空きを利用してBSのチャンネルを増やす計画だが、同省が希望を募ったところ、参入希望が50社を超えたようだ。特に外資系メディア大手が注目を集めている。その中で最も積極的なのが米ニューズ・コーポレーションで、同社の日本法人が新BS事業の受け皿となる全額出資の子会社、ピーエスFOXを設立して準備を本格化させている。NBCユニバーサル、ウォルト・ディズニーも参入を検討している。これらの外資系メディアは、日本市場を開拓するうえで、受信機が広く普及している新BSを有望視しているという。

(注5)日本経済新聞 元旦第2部 IT・デジタル特集(2009年1月1日)

 インターネット経由でパソコンやテレビ向けにコンテンツを供給するビジネスでも外資系メディア大手が攻勢を強めている。有料放送「FOXチャンネル」などを展開する米ニューズ・コーポレーションは、2008年10月からUSENと提携してテレビ向け番組配信「FOXオンデマンド」を開始した。2008年4月に有料放送「SiFiチャンネル」を開始した米NBCユニバーサルは、2008年10月から携帯電話向けにテレビドラマなどの関連コンテンツの有料配信を始めた。有料放送「ディズニーチャンネル」などを展開する米ウォルト・ディズニーは、携帯電話向けにアニメキャラクターなどを配信している。有料放送「BBCワールドニュース」を展開する英BBCは、ビデックスと組んで2008年12月からパソコン向け番組配信を開始したが、テレビ向け配信も検討している模様だ。

 前掲の日本経済新聞(2009年1月1日)によると、欧米勢がこうしたデジタル・メディアの強化に力をいれているのは、日本で海外コンテンツを放送するのに限界があるからだという。新BSにしても外国メディア(の日本法人)が免許を取得できないリスクがあり、ネットを含む多様なコンテンツ供給手段を整えることで、世界第2位といわれる日本の娯楽市場を効果的に開拓したいということだろう。

 民間放送を含む日本勢もインターネット配信を重視しているが、放送番組の配信を本格化させるには、著作権処理の問題をクリアする必要があり、先行するNHKの取組を見守っている状況にある。ソニーやパナソニックなどのテレビ・メーカーが設立したアクトビラは、薄型テレビ向けの映像配信サービスを始めている(注6)

(注6)NHKやアクトビラの映像配信サービスでトラブルが相次ぎ、需要拡大に水を差す事態となっているという。(動画配信にトラブル続出 日本経済新聞 / 2008年12月26日)

 以上に述べたように、通信と放送、それにコンピュータが融合して放送の新時代を迎えようとしている。今や、放送は無線で配信されるとは限らず、周波数の制約を受けないIPTVのウェイトが次第に高まっている。広告収入によって維持される無料放送だけでなく、有料放送も多くなった。しかし、これは同時に通信サイドでも新時代を迎えようとしていることに他ならない。通信会社が提供する光ブロードバンド・サービスのキラー・アプリケーションは、恐らく放送を含む動画配信だろうからだ。放送は市場内の競争だけでなく、通信産業との競争にも直面することになる。通信と放送を異なる産業として扱ってきた現在の制度では、通信と放送が融合する現実の変化に対応できなくなっている。融合が進む通信と放送を統一的に扱うことができる新しい法体系の整備を急ぐ必要がある。

特別研究員 本間 雅雄
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