2012年9月、世界のイスラム教徒らが中東をはじめとする国々で、アメリカで制作されたイスラムの預言者ムハンマドを冒涜する映像が公開されたことに抗議する反米デモを行っている。中東だけでなくインドネシア(世界一のイスラム教徒が多い国)やマレーシアなどアジア諸国にも飛び火している。パキスタンでは死者も多数出ている。世界各地の反米デモとムハンマドを冒涜する映像はソーシャルメディアや携帯電話などを通じて瞬く間に全世界のムスリムらに伝播していき各地でデモに発展していった。
今回はサイバースペースにおけるソフトパワーの観点から考察していきたい。
サイバースペースにおけるソフトパワーの脆弱性
サイバースペースにおけるハードパワーとソフトパワーは以下の要素で構成され、それぞれに脆弱性を抱えている。
(表1)サイバースペースにおけるハードパワーとソフトパワー
(筆者作成)
サイバースペースにおけるソフトパワーとは、サイバースペースを構成するハードウェアを活用した人間の営み、活動で構成されるパワーである。
ジョセフ・ナイは国家のソフトパワーは3つの基本的な資源から構成されると述べている(Nye 2012)。
- その国の文化
- 政治的価値観
- 外交政策
基本的にはこれらの要素がサイバースペース上に移行したものであり、現代の国際社会はあらゆる活動がサイバースペースに依存しているから、それは必然である。
2000年代半ばから携帯電話の急速な普及やブログやソーシャルネットワークサービスという新たなメディアの発展によって国家、企業だけでなく個人も簡単に情報発信、受信をすることが可能になった。インターネットの発展は情報革命ともよばれ、階層型の組織を動かさなくても、緩やかに結びつく自由な市民団体を通じて抗議活動を起こすことも可能になった(Nye 2004)。
2011年初頭にチュニジア、エジプトを中心に起きた「アラブの春」でもFacebookやTwitterといったソーシャルメディアという「ツール」によって個人からの情報発信が政変に一役買ったと考えられている。
サイバースペースでの情報の伝播は物凄く速くなっている。また一度ネット上にアップされてしまったコンテンツを完全に削除することや検閲などで閲覧できないようにすることは容易ではない。Googleマレーシアは、問題の映像を見ることができないようブロックすること発表したが、あらゆるところに流出しているコンテンツは何かしらの手段で閲覧することができてしまう。
アメリカや民主主義国家にとってサイバースペースにおけるソフトパワーとして強みであるはずの言論の自由は扱い方を間違えるとそれはサイバースペースにおける脆弱性として攻撃(デモ)の標的となり、脅威となって自国に返ってくる結果となってしまう。
このような問題は中世のころから既に多く存在していた。しかしインターネットや携帯電話の急速な普及に伴い、実際に人々が問題の映像を直接目にすることができるようになり、それに対する怒りを、インターネットを通じて情報発信、共有することが容易にできるようになった。また反米デモの情報もリアルタイムにインターネット上で世界中に発信、共有されるようになった。インターネットや携帯電話だけで社会は変わらない。情報と信念は世界を変える力を持っている。インターネットはそれら情報を伝達するためのプラットフォームであり、あくまでもコミュニケーションツールの1つである。社会を変えるのは、声を上げる人々のパワーと、それらに共鳴する人々である。
サイバースペースはリアルな日常生活の延長線上である。ソフトパワーが強みだと考えている国は、そのソフトパワーとしてのコンテンツを見た違う文化の人たちから反感を買うことがないか、情報発信する前に熟考する必要がある。
世界各地でのムスリムによる反米デモは、ハードパワーの脆弱性を突いたサイバー攻撃よりも外交、政治、社会的な観点から収束に向けた対応が困難である。
サイバースペースでのソフトパワーにおける強みである「自由な言論」と「誰もが情報発信できること」は一歩間違えると「脆弱性」になりかねないことを改めて認識する必要がある。
【参考動画】世界各地のムスリムらによる反米デモに関する報道(2012)
(参考)
- Joseph.S.Nye ,Jr., “Soft Power : The Means to Success in World Politics” (2004)
- Joseph.S.Nye ,Jr., ”The Future of Power” (2012)
*本情報は2012年9月22日時点のものである。