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国内通信業界〜この一ヶ月
2006年9月掲載

大きな意味を持つ通信産業の設備投資

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(ニュース、各社幹部発言録、数字)

 8日のソフトバンク決算説明会において、ボーダフォンが今期基地局増設に4千数約億円の設備投資を行う方針が示された。これまでボーダフォンは設備投資に消極的で「つながりにくい」という評判だったが、ソフトバンクモバイルへの改称前に、弱点の打開策を提示した形だ。また、KDDIは通信速度を1.8Mbpsに高速化する技術「EV-DO Rev.A」を活用したサービスを12月に始めるのに伴い、3年程度で新サービスの全国展開を完了するために、2千億円の設備投資を行う方針を発表した。

「つながりにくさ」や「高速化」という携帯電話に関するキーファクターに絡んでくる設備投資であるが、設備投資が絡む問題は他にもある。例えば、最近話題になっている「GyaO」等コンテンツ配信業者の「ただ乗り」問題も、通信量の急激な増加にあわせて、設備投資を行うのが困難だという心配から発生しているものである。通信産業ではブロードバンドでもモバイルでも、サービスを提供するためには大規模の設備投資が必要となる。それは新しいサービスを提供する上でも、すでに提供されているサービスの品質や機能の維持改善のためにも重要なのだ。
そこで、今回は通信産業の設備投資に注目する。通信産業の設備投資規模の大きさが理解できれば、「ただ乗り」問題等が理解しやすくなるだろう。また、視点を通信産業以外へと向けると、基地局等の機器メーカーへ影響を与えるだけでなく、様々な産業へ大きな影響を与えていることも確認できるのだ。

 まず、通信産業の設備投資規模をみてみよう。財務省のH16年度法人企業統計によれば、情報通信業の設備投資額 (注)は3兆5,044億円である。これを他産業と比較してみると、卸売・小売業の3兆6,861億円についで2番目に大きい規模であり、自動車を含む輸送機械業の2兆938億円、化学産業の1兆3,610億円等を大きく上回っている。

(注)有形固定資産増加額(土地を除く)と減価償却費を合計した値

この時点でも移動通信産業が占める割合は約4割と大きい (注)が、前述したボーダフォンの設備投資拡大や、3.5世代以降に向けた設備投資を考えると、今後も移動通信産業の設備投資は増加していくと考えられる。「移動通信市場は寡占市場であり、事業者は儲け過ぎだ」という批判に対して、必ずあがる反論として「サービス品質向上のためにきちんと設備投資をしている」というものがあるが、その根拠となっているのが、この莫大な規模の設備投資額なのである。
また、固定通信では、これだけ大きな規模の設備投資でもなお支えきれないという心配が、前述したように「ただ乗り」問題の発端となっている訳である。

(注)総務省「通信産業実態調査(平成16年調査)」によれば、電気通信事業者のH16年度設備投資計画額のうち約40%が移動系である。

 では次に、通信産業の設備投資の内容をみて、どのような産業にどの程度の影響を与えるのかを確認してみよう。

 総務省の「産業連関表」では、日本の全産業が約400部門に分類されており、通信産業の設備投資として各産業の製品・サービスがどれだけ購入されたかをみることができる。最新の「産業連関表」である「平成12年産業表」の通信産業(民間)の設備投資を見ると(注1)、通信産業の設備投資で購入額が大きいのは、順に「その他の土木建設」1兆5,449億円、「電気通信施設建設」1兆3,505億円、「有線電気通信機器」8,423億円、「無線電気通信機器」(注2)5,377億円である(注3) 。これをみると分かるように、建設業に与える影響がかなり大きい。

(注1)固定資本マトリクスの値。平成12年と現在では状況が異なるが、設備投資の内訳に大きな差はないと考えられる。これは、より変化が大きかったと考えられる平成7年と平成12年の産業連関表を比較しても上位4位の部門は変わっていないことから類推される。ただし、順位は変わっており、平成7年では「有線電気通信機器」が1位である。

(注2)携帯電話機を除く

(注3)ただし、機器の金額は工場出荷段階の価格であり、輸送マージンや卸・小売マージンを含んでいないため、購入する場合の金額ではない。

 次に影響が大きい「有線電気通信機器」「無線電気通信機器」はルータや基地局の機械等の産業であり、NECのモバイルインフラ部門等がこれに含まれる。通信産業の設備投資需要の大きさをみるために、国内の全需要合計(輸出品以外で、原材料等の中間需要と最終製品の需要の合計であり、輸入品も含まれる)に占める割合を計算してみると、「有線電気通信機器」では43%、「無線電気通信機器」では35%となっている。実に全需要の3分の1以上が通信産業の設備投資として購入されている訳だ。これより、通信産業の設備投資が、機器メーカーに与える影響の大きさが確認できるだろう。これに関連した話題として、NECのNGN向けビジネスが失敗すれば後がないという評価も耳にするが、これは誇大表現ではないのだ。

 このように、通信産業の設備投資は建設業や機器メーカーに大きな影響を与えているわけだが、その影響はこれら一部の産業に留まるかというと、そうではない。どんな製品でも、ほとんどの場合は原材料を買わなければならず、売る場合には輸送業や小売業、金融業などが活躍する(つまり、そこで付加価値が生まれる)だろう。最後に、こういった間接的な効果まで含めて考えた場合の、通信産業の設備投資がもたらす経済波及効果(GDPをどれだけ高めるか)をみてみよう。

 前述の平成12年産業連関表を用いて、直接・間接まで含めた経済波及効果を計算してみると、通信産業の設備投資の経済波及効果は4兆4409億円となった(注)。これは設備投資全産業合計の経済波及効果(78兆752億円)の約6%にあたり、「住宅」(15兆6106億円)、「物品賃貸サービス」(4兆6954億円)、「電力」(4兆5947億円)についで大きい値である。

(注)計算には競争輸入型の均衡算出高モデルを用いている。レオンティエフ逆行列の計算には、国産品比率(1−輸入額/国内需要額)を乗じた投入係数を用い、設備投資額にも国産品比率を乗じて計算している。

 また、経済波及効果を受ける側をみてみると、設備投資として直接製品・サービスが購入されない産業(「金融業」、「その他の電子部品」、「プラスチック製品」等)において生まれる付加価値も大きい。通信産業の設備投資で潤うのは、元電電ファミリーと言われる企業等のメーカーだけではないのである。さらに、通信産業の設備投資が、電子部品のように日本の国際競争力が高い産業に付加価値を生み出すという意味も大きいといえる。これらをみれば、通信産業の設備投資の問題は、もはや一部の関連産業の問題に留まらず、日本経済全体の問題なのだといえるだろう。

 このように大きな影響力を持っている通信産業の設備投資であるが、その影響の大きさを私たちが実感するのは、実は通信が途切れたときかもしれない。14日に東京を襲った大停電では、改めて都市機能の脆さと電力の重要性を実感した人も多かったのではないだろうか。これと同様、通信サービスも途切れて初めて、それを支えていた設備の重要さが分かるのではないかと思うのである。そんな日が訪れないように、通信事業者にはきちんとした設備投資を継続し続けていただきたいものである。

山本悠介
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