2016.11.1 ITトレンド全般 風見鶏 “オールド”リサーチャーの耳目

モバイル接続料、適正化の方向

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総務省は「モバイルサービスの提供条件・端末に関するフォローアップ会合」の一環として、10月6日に「モバイル接続料の自己資本利益率の算定に関するワーキングチーム」を開催し、以前からモバイル通信事業者間の格差などの問題が指摘されてきた料率算定時の自己資本利益率に使うβ(ベータ)値について検討を始めています。

検討事項は2点で、(1)βに関し、移動電気通信事業に係るリスク及び財務状況に係るリスクをどう勘案するのか、(2)βの計測期間をどう設定するのか、があげられています。ワーキングチームは山内弘隆 一橋大学大学院商学研究科教授を座長に5名で構成され、11月上旬までに取りまとめを行うべく、既に10月6日と10月20日の2回開催し、事業者からのヒアリングのほか現状と課題の洗い出し及び論点整理を終えています。

今月中には報告がまとまると思いますが、実際のところ何が問題なのか、改めて私なりに整理してみます。今回のワーキングチームの検討項目では“モバイル接続料”と一言で表記されていますが、これまでのモバイル事業の経過からは、先ず、複数(現在は事実上3社に集約)の携帯電話事業者が接続料を支払い合うケース - つまり、モバイルの相互接続料(inter-connection charge)から始まり、最近のMNOとMVNOとの接続に係る接続料(access charge)とに2分できます。加えて、前者の相互接続の場合は実際上3社間に固定されているので、通信事業及び電波利用の公共性からみて3社による算定上の裁量の幅を排除することが必要とされています。(「モバイル接続料算定に係る研究会」報告書-2013年6月-)。しかし、現実は音声接続料とデータ接続料とも両方で3社の間には大きな格差が続いていて、最少のNTTドコモと最大のソフトバンクとでは、音声で約1.3倍、データで約1.5倍の格差となっています。こうした料率が3社間の相互接続で適用されていますので、結局、一方から他方への支払い超過が継続する実態となっているようです。これは公正な競争環境が損なわれ、公共の利益が阻害されるおそれが生じているのではないかと思います。

もちろん、MNO3社間の相互接続料とMVNOとの接続料とは算定方法は同じですから料率が同じになることは当然です。従って、前述のMVNOとの接続では、接続料金の最も低いNTTドコモに集中していることは当然の帰結なのです。3社間の相互接続で支払い合う関係とは違い、MVNOがMNOに一方的に支払う関係である点が異なっているからです。換言すると、理論的には自己資本利益率の算定に用いられるβ値(注)をどうするのか、事業と財務状況に係るリスクをどう見るのか、その計測期間をどう設定するのかという極めて専門的分野の議論なのですが、簡単には結局のところ、MNO3社間の格差是正をどうするのか、どうしたら適正となるのか、また最近のモバイル通信事業の変化を取り込むためには計測期間をどの程度短くしたらよいのか、に絞り込むことができます。

(注)βの定義
主要企業の実績自己資本利益率の変動に対する事業者の実績自己資本利益率の変動により計測された数値を基礎とし、移動電気通信事業に係るリスク及び当該事業者の財務状況に係るリスクを勘案した合理的な値とする(二種接続料規則第9条第4項)。

モバイル通信事業では、これまで新規参入事業者に新たに電波免許を与えてきた歴史があるものの、時間の経過とともに吸収合併や集約が進んで事実上MNO3社体制となって今日に至っています。競争促進の立場から新規事業者の参入育成を求める声(例えば、2016年10月23日の日本経済新聞社説“「0円端末」が映す通信のゆがみ”)もありますが、世界のモバイル先進国の実情を見る限り各国とも3~4社に収斂減少していますので、将来、よほど大きなイノベーションがない限り、現状のMNO3社体制が続くことを受け入れた上で、競争促進、消費者利益の保護などに向け具体的な方策を実現すべきだと考えます。そのことが今回並行して議論が行われているフォローアップ会合で取り上げられている4項目、すなわち、

  1. スマートフォン料金
  2. SIMロック解除に関するガイドライン
  3. スマートフォンの端末購入補助の適正化に関するガイドライン
  4. MVNOの競争環境

に見てとれます。MNO3社体制固定化への挑戦として、スマホ通信料金水準の低廉化とMVNOとの競争促進が現下の課題なのです。

ただ、ワーキングチームが取り上げているモバイル接続料の問題は、自己資本利益率算定時のβ値の取り扱いを含めて、原則的に3社間の相互接続料では公平性を第一とし、MVNOとの接続料では低廉化を追求するという2兎を追う形となっていますので、そこが難しいところです。

この両者を同時に成立するには、私は第一に、MNO3社間の相互接続では接続料の精算を行わず、それぞれのMNOがユーザーからの収入を取り切りにして完全な公平性を担保すること、第二に、そうすると接続料はMNOとMVNOとの接続だけの問題となるので、原則的には同一水準で統一すべきだとしても、現実的な処理としてモバイル通信事業だけの専業事業者は既に存在せず、多角化・多様化・グローバル化が大きな潮流となっているなか、一定幅の格差を認めた上で、最終的にはMVNOに接続先MNOを自由に選択できるようにその他の条件設備を行うことを当面目指すべきだと思います。

こうすることで、MNO3社間の公平性の確保、ひいては公共性の阻害要因を排除できますし、他方、MVNOは事業の幅が拡がり単純な料金競争だけでない幅広いサービス競争へと顧客利益の向上が図られるものと考えます。最後にモバイル通信事業から、たとえ多角化やグローバル化、またIT投資戦略などへの進展が世界的なビジネスの流れであるとしても、それが故の事業リスクや財務リスクを自己資本利益率算定時のβ値にストレートに反映させることは好ましいことではありません。モバイル通信事業として共通の制度(事業と電波免許など)と規制(サービス、料金、設備など)に基づいてビジネスを展開し、もっぱら国内の利用者から収入を得ていることから、自己資本利益率算定にあたってのβ値の適用も一定の制約の下にあると考えます。

特に、モバイル通信事業者3社間でのモバイル接続料の格差は長い間の懸案でしたので、今回のワーキングチームにおいて納得性の高い取りまとめが行われることを願ってやみません。

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