2015年9月4日掲載 法制度 InfoCom Law Report

「忘れられる権利」に基づく削除の地理的範囲について



1. はじめに

2014年5月13日、EU司法裁判所がグーグルに対して、氏名の検索に続いて表示される検索結果からリンクを削除することを命ずる判決を下し、はじめて「忘れられる権利」を認めたものとして注目を集めたグーグルの検索サービスと忘れられる権利~最新のEU司法裁判所判決(スペインの事例)を題材に~。同判決ののち、欧州委員会がガイドラインを策定したほか、グーグルが、同判決を受けて立ち上げた諮問会議の報告書を公表している。欧州委員会のガイドライン及びグーグル諮問会議の報告書はいずれも、EU司法裁判所判決に関わる論点を網羅的に検討する内容となっている。「忘れられる権利」に基づく検索結果の削除の地理的範囲の問題(※1)は、こうした複数の論点のうちの一つであるが、当該問題について欧州委員会とグーグル諮問会議は異なる見解を示しているため、本レポートでは、検索結果の削除の地理的範囲に焦点を絞って、議論の動向を紹介することとする。

2. 欧州委員会のガイドライン(※2)

2014年11月26日、欧州委員会のEUデータ保護指令第29条作業部会が「Google Spain and Google Inc. v. Agencia Española De Protección de Datos (AEPD) and Mario Costeja González事件EU司法裁判所判決の実施にかかるガイドライン」を策定した。本ガイドランのエグゼクティブ・サマリ部分を抄訳したので、参照されたい(別紙1)

エグゼクティブ・サマリの目次を訳出すれば、以下のとおりである。

  1. 検索エンジンの(EUデータ保護指令における)データ・コントローラ適格性
  2. (プライバシー及びデータ保護に対する)基本的権利と利益(検索エンジンの経済的利益、及び、検索エンジンを通じて個人情報にアクセスするインターネットユーザの利益)との間の適正なバランス
  3. 情報のアクセスに対して検索結果の削除(de-listing)が及ぼすインパクトの限定性
  4. 情報はオリジナル・ソースからは削除されないこと
  5. データ主体は元のウェブサイトにコンタクトする義務はないこと
  6. 検索結果の削除を要請するデータ主体の資格
  7. 検索結果の削除を命ずる決定の属地的効力(territorial effect)
  8. 特定のリンクの削除について公衆に知らせること
  9. 特定のリンクの削除についてウェブ編集者に通知すること

本ガイドラインで注目すべきは、検索結果の削除がなされる「属地的効力」(territorial effect)(グーグル有識者会議の報告書は「地理的範囲」と述べている)である。エグゼクティブ・サマリの該当箇所を訳出すると、以下のとおりである。

「EU司法裁判所判決において定義されたデータ主体の権利に十全の効力を保持させるためには、データ主体の権利の効果的かつ全面的保護を保障し、かつ、EU法が尻抜けされることがないような方法で、検索結果の削除(de-listing)の決定が実施されるのでなければならない。その意味で、ユーザはその国内のドメインを経由して検索エンジンにアクセスするのが一般であるということを根拠に、検索結果の削除をEUドメインに限定することは、(EU司法裁判所)判決に沿ってデータ主体の権利を十全に保障するのに十分な方法であると考えることはできない。このことは、実践的には、いかなるケースにおいても検索結果の削除(の決定)は『.com』を含む、すべての関連ドメインに効力を及ぼすべきである、という結論を導く。」

3. グーグル諮問会議の報告書(※3)

2015年2月6日、グーグルが、EU司法裁判所判決を受けて立ち上げた「忘れられる権利に関するグーグル諮問会議」(the Advisory Council to Google on the Rogjt to be Forgotten)による報告書を公表している。この諮問会議は、哲学・情報倫理学を専門とするオックスフォード大学教授、仏紙ルモンドの論説委員、ドイツの元法務大臣、ウィキペディアの創設者などの外部有識者8名とグーグル幹部2名から構成される有識者会議という位置付けである。

グーグル有識者会議の報告書の目次を訳出すると、以下のとおりである。

  1. はじめに
  2. 判決の概要
  3. 判決で争点となった権利の性質
  4. 削除要請を評価するための基準
     4.1. データ主体が公生活において果たす役割
     4.2. 情報の性質
       4.2.1. 個人の私的利益に強く傾くタイプの情報
       4.2.2. 公益性に傾くタイプの情報
     4.3. オリジナル・ソース
     4.4. 時の経過
  5. 手続にかかる要素(elements)
     5.1. 情報の削除を要請すること
     5.2. ウェブマスターに削除を通知すること
     5.3. 削除を命ずる決定に対して異議申立てをすること
     5.4. 削除の地理的範囲(Geographic Scope for Delisting)
     5.5. 透明性

同報告書は、削除がなされるべき地理的範囲(Geographic Scope for Delisting)について、欧州委員会ガイドラインが「属地的効力(territorial effect)」として述べた結論とは真っ向から対立する結論を採用している。同報告書における該当箇所を訳出すれば、以下のとおりである。

「会合を通じてもち上がった困難な問題の一つは、削除の処理を行う際の適切な地理的範囲に関わるものであった。多くの検索エンジンは、例えばドイツのユーザのためには『google.de』、フランスのユーザのためには『google.fr』というように特定の国のユーザをターゲットとした異なる検索サイト(バージョン)を運営している。EU司法裁判所の判決は、削除が適用されるべき検索サイト(バージョン)を明確にしていない。グーグルは、削除のガイダンスとして、EU司法裁判所が欧州全域にわたって行使する権限を援用して、欧州市民向けの検索サービスから削除を実施することを選択した。

当諮問会議は次のように理解している。欧州のユーザが『www.google.com」とブラウザに入力しても、(当該ユーザがアクセスする地域または国に応じて)ローカライズされたグーグルの検索サイト(バージョン)へ自動的に転送される。グーグルによると、欧州で入力されたすべての検索語(クエリ)のうち95%以上がローカル検索サイト(バージョン)上で行われている。そうしたことを踏まえると、一般的には、欧州域内の検索サイト(バージョン)に適用される検索結果の削除は、現状における技術水準に照らして、データ主体の権利を十分に保護するものとなるだろう。

欧州域外のユーザをターゲットとした検索サイト(バージョン)にも削除を適用するべきかどうかを、全地球的に削除を実施すること(の可能性)を含めて考えるとき、そうすれば、データ主体の権利によりいっそう絶対的な保護を付与できることを、我々は認める。しかしながら、データ主体にいっそうの保護を付与するのに勝るとも劣らない、競合する利益がある、というのが多数意見である。欧州域外のユーザにとっては、自国の法に遵った氏名検索(name-based search)を介して情報にアクセスするという、競合する利益があるのであるが、それは、EU司法裁判所判決がもたらす検索結果の削除と衝突する場合を生じうる。欧州法の適用にあたっては、こうした利益考量が、比例性と域外適用の法原理によって検証されることになる。

欧州域内のユーザにとっても同様に、欧州域外の検索サイト(バージョン)にアクセスする、競合する利益がある。当諮問会議は聴聞において、欧州にいるインターネットユーザが欧州法の下では削除されている検索結果にアクセスできなくすることが技術的に可能であるという証言を得た。当諮問会議は、そうした措置を採用することが先例とならないかを懸念する。特に、もし抑圧的な政府が、過度に(heavily)検閲を行った検索サイト(バージョン)の結果にそのユーザを『閉じ込め』ようと試みる中でそうした先例(があること)に目をつけたならば、どうするのか。そうしたブロック(域外アクセスの遮断措置)を迂回するツールが(インタネット上で)広く出回っているという現状にかんがみるならば、そのような措置を採用することが、グーグル(検索)の現行モデルに比して意味があると言えるほどに有効であるかどうかもまた、明らかではない。

当諮問会議は、データ主体の権利を保護するため効果的な手段を採用することを支持する。(欧州法の適用における)均衡性と実効性を勘案すれば、当諮問会議は、EU域内のグーグル検索サービスの、国別の検索サイト(バージョン)からの削除が、現時点において、EU司法裁判所判決を実施するのに適切な方策であると結論する。」

4. 若干の検討

検索結果から削除がなされる地理的範囲(欧州委員会ガイドラインは「属地的効力(territorial effect)」と述べている)について、欧州委員会ガイドラインは全世界のドメインから削除すべきであるとする一方、グーグル有識者会議の報告書はEU域内のみで削除を実施することが妥当であるとしており、両者の見解は異なる結論に至っている(※4)。検索サービスは、国境を越えて提供されるグローバルなサービスである。そのようなサービスにおいて、ある国の市民にプライバシー侵害等を生じ、そして、その人が国外でも活動し、あるいは、国際的に知名度があるような場合、その国の法律に基づいて国外の法域に及ぶ範囲での削除を命じることができるかどうかは、国家の主権にも関わる問題である。ことに表現の自由を重要視する米国と、プライバシーの保護により重きを置くEUとの間には理念的な対立が存在する。そのはざまで、EU加盟諸国のみならず、世界各国ならびにその検索サービス事業者は、難しい舵取りを迫られていると言える。

【参考文献等】

  1. 国立国会図書館 調査及び立法考査局行政法務課 今岡直子「『忘れられる権利』の適用範囲-EUとGoogleの見解」2015年2月19日
    http://current.ndl.go.jp/e1655
  2. 筑波大学図書館情報メディア系准教授 石井夏生利「『忘れられる権利』をめぐる論議の意義」情報管理、2015年7月1日
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/58/4/58_271/_pdf

※1 いわゆる「忘れられる権利」判決に関する検索結果の削除の地理的範囲の問題について、欧州委員会のガイドラインは「削除決定の属地的効力(Territorial effect of a de-listing decision)」、グーグル有識者会議の報告書は「削除の地理的範囲」(Geographic Scope for Delisting)と述べている。

※2 http://ec.europa.eu/justice/data-protection/article-29/documentation/opinion-recommendation/files/2014/wp225_en.pdf

※3 https://drive.google.com/file/d/0B1UgZshetMd4cEI3SjlvV0hNbDA/view

※4 最近では、2015年6月12日、仏国のデータ保護当局であるクニール(CNIL)がグーグルに対して、検索結果からの削除をすべてのドメインネームについて適用するよう命じたのに対して、グーグルが異議を申し立てており、欧州の規制当局とグーグルの間で、なお見解が対立している状況にある。http://www.cnil.fr/english/news-and-events/news/article/cnil-orders-google-to-apply-delisting-on-all-domain-names-of-the-search-engine/
http://googlepolicyeurope.blogspot.co.uk/2015/07/implementing-european-not-global-right.html

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