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When the Music is over the Internet
2009年12月24日掲載

ついに音楽供給に第4のメディアが登場
―アーチスト全曲集をUSBメモリで販売するという手法―

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 音楽を供給する媒体は、アセテートやビニール素材によるEP盤やLP盤から、1980年代にはCDへ、そして2000年代にはネット配信へと主役が移行してきました。光ファイバ以降の固定ブロードバンドの最終形が想像できない発想の貧困な筆者にとって、ネット配信は音楽供給の最終フォーマットだと思っていました。しかし、行きつけのCDショップで最近目にしたチラシには、その次(?)のフォーマットが掲載されており、正直に言って相当に驚きました。それは、ザ・ビートルズのオリジナル・アルバム全14作品を、USBメモリに格納して販売するという手法です。

 1970年に解散したザ・ビートルズのアルバムは、1987年に初CD化が行われましたが、当時のCD録音技術が貧弱であったため、最新技術による再CD化(リマスター)の作業が行われ、2009年9月9日に全世界で同時に一斉発売されました。当日は世界中の大手CDショップに開店前から長蛇の列が出来て、まるでファイナル・ファンタジー最新作の販売風景を彷彿とさせるものでした。事実、それらの作品は40-45年前に発売された「歴史的遺産」にも関わらず、各国のレコード売上ランキングのトップに並び、日本でも9月9日からの約3ヵ月間で累計250万枚を売り上げるという驚異的な人気を示しました。

 さて、リマスターとは、アーチストがスタジオで録音を行った際のマスターテープから作成されたCDに関して、その後のCD録音技術の飛躍的な進歩を反映して、マスターテープに立ち戻ってノイズ除去や音の分離の徹底を行う作業です。これにより、ザ・ビートルズのCDも1987年盤に比べて天と地ほどの音質の向上が図られています。以前は、こもった音塊の向こうでモコモコ聞こえていた楽器や歌詞が、明瞭に分離して聞き取れるようになったのです。

 クラシックやジャズの世界でも、2000年以前の古い技術で録音されたCDについて、同様のリマスター作業を施した再発盤が頻繁に新譜扱いで販売されています。また、ザ・ビートルズの中期までの作品や、ジョン・コルトレーンやフルトヴェングラーのような録音時期の古い作品は、そもそも当時のスタジオ録音機材がモノラル対応しかなかったため、EPやLPはモノラル盤として愛聴されてきました。しかし、それらの多くは最初のCD化にあたって、擬似的なステレオ・ミックスが施され、あたかも最初からステレオであったかのような音に加工されていました。しかし、やはり、CDでも昔聞いたオリジナルのモノラルの音を聞きたいというファンは多く、最近ではモノラル・テープをそのまま最新のCD化技術で作成しなおす作業が広く受け入れられています。

 今回のザ・ビートルズに関しても、14作品の全てをステレオでリマスターしたものと、もともとモノラルで録音された10作目までを、別にモノラルでリマスターしたものの2種類が作成されました。ステレオ・リマスターは1枚(国内盤2,600円)ごとのバラ売りに加えて、14作品をワンセットにしたBOXセットが同3,5800円で販売されています。また、モノラル・リマスターは初回完全限定生産のBOXセットのみの販売であり、マニア心をくすぐる(せかす?)マーケティング戦略が取られました。(しかし、後に余りの売れ行きに、追加増産が行われました)

 以上、かなり前置きが長くなってしまいましたが、上述のステレオ・リマスターBOXセットと全く同じコンテンツが、12月16日に16GBのUSBメモリに格納される形で販売されたのです(価格は国内販売で3,8740円)。しかし、USBスティックだけでは余りに味気ないため、ザ・ビートルズのレコード会社のシンボルであるアップル(スティーブ・ジョブスの会社とは無関係です)にちなんで、卓上に置けるリンゴ型のオブジェの頂上部にUSBを差し込んで保存する形状で出荷されています。

ザ・ビートルズ全作品を格納したUSBメモリの仕様
USB仕様 USB2.0準拠(USB1.1互換)
容量 16GB
対応OS ・Windows2000以降
・MacOS X 10.4以降
ファイル圧縮方式 ・FLAC(24 bit, 44.1kHz)
・MP3(320kbp)
収録作品 ・全14アルバム(213曲、217テイク)
・ミニ・ドキュメンタリー映像(約40分)
・デジタル・ブックレット
(全アルバムのジャケット写真と英語ブックレット)
価格 38,740円

 このUSB自体に再生機能はないため、いったんパソコンにコンテンツ(楽曲)をインポートした上で、携帯プレイヤーにエクスポートして聞くことになります。ここまで読んで来た方々にとって、今回のUSB販売は、単にCDと比べて「場所を取らない」というメリットしかなく、今ひとつ魅力が感じられないかもしれません。しかし、USBに収録されたファイルは、リマスターCDよりも高品質のFLAC(24bit, 44.1kHz)という方式で圧縮されており、両方を視聴した音楽専門家の間では、リマスターCDよりもUSBの音質がより優れているという意見が多数を占めています。問題は、FLAC対応の携帯プレイヤーが少なく、iPodやソニー・ウォークマンなどの多数派端末では聞くことが出来ないことです。ただし、このUSBは同時にMP3(320kbps)もサポートしているので、そちらを使えば、ほぼ全ての端末で聴取が可能です。しかし、FLACはMP3よりも間違いなく音が優れており、さらには、MP3はリマスターCDと比べて音の優位性はないので、MP3で聞くためにUSB製品を買う理由は見当たりません。勿論、このUSBも全世界3万本だけの完全限定生産のため、熱心なファンはそれだけでも大枚を支払うのでしょう。

 今後は、J.S.バッハ、マイルス・デイビス、サザン・オールスターズなど、大物の全曲集がUSBメモリで販売される日も遠くないと感じています。デジタル映像が高精細(HD)になると同様に、音楽ファイルも日々、今回のリマスター(そしてFLAC)化のような高音質化が進んでいます。それは、映画、音楽愛好家にとっては大変に歓迎すべきことですが、同時に、それらの伝送にはより広帯域のネットワークを必要とするので、光ファイバのような次世代アクセスにとっても、キラー・アプリケーションへと進化していく可能性を秘めた、魅力的なコンテンツと考えて間違いないでしょう。なお、ザ・ビートルズのUSB製品にはネットワーク流通にプロテクトがかかっていると思われますが、いずれ、iTunesなどを通じて正式なネット配信が始まるとも噂されています。

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