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情報通信 ニュースの正鵠
2008年1月掲載

CESで占う米国通信/放送業界の2008年

グローバル研究グループ 清水 憲人

 1月5日から10日にかけて米国ラスベガスでCES(Consumer Electronics Show)が開催された。世界最大の家電見本市である同イベントについては、薄型TVの展示や次世代DVDの動向、「これで最後」と噂されるマイクロソフトのビル・ゲイツ会長の講演模様などを中心に、日本でも多くのメディアが報じた。一方、さほど大きく報じられてはいないが、連邦通信委員会(FCC)のケビン・マーチン委員長と家電協会(CEA)のゲイリー・シャピーロ会長が対談を行ったり、通信事業者やケーブルTV事業者の幹部がパネル・ディスカッションでブロードバンド普及について議論を行うなど、実は、通信/放送業界関係者にとっても見逃せないイベントであった。本稿では、今年のCES模様を振り返りつつ、2008年の米国通信/放送業界の注目トピックスを概観してみたい。

1.ブロードバンドの普及促進

 OECDやITUのレポートに掲載されているブロードバンド普及率や料金の国際比較において、米国はアジアや北欧諸国に遅れをとっている(例えば2007年版OECDレポートでは普及率がOECD加盟30カ国の中で13番目)。この点を捉え、CESで開催された複数のカンファレンスにおいて、「ブロードバンドを普及させるためにはどうすれば良いのか」議論が行われた。この問題に対するマーチンFCC委員長や通信業界幹部を含む多くの業界関係者の反応は共通している。「国土の狭い韓国・日本や北欧諸国と米国を単純に比べるのはフェアではない」というものだ。

 しかし、言い訳はともかくとして、デジタル格差を解消するために何らかの対処策が必要であることは否定できない。この点についてマーチンFCC委員長の政策方針は明確である。規制緩和によりブロードバンド・インフラ構築を促進することと、ワイヤレス・ブロードバンドへの期待の2点である。規制緩和については既に(少なくともFCCが対処できる範囲での大きな取り組みは)ほぼ完了しており、残るのはワイヤレス・ブロードバンドである。FCCは2008年1月に700MHz帯の周波数オークションを予定している。グーグルなども入札に参加する同オークションの行方が、2008年の米国通信業界における最初の注目イベントと言えるだろう。

2.ネットワークの中立性に関する規制

 昨年のCESでは「通信法改正とネットワークの中立性」と題したパネル・ディスカッションが催され、連邦取引委員会(FTC)のマジョラス委員長、通信事業者Verizonとeコマース事業者Amazonの幹部が、それぞれの見解を戦わせ注目を集めた。しかし、今年のCESにおいては、ネットワークの中立性規制問題はあまり大きな議論にならなかった。

 これは同問題への注目度が低くなったというよりは、既に議会の公聴会を含む多くの場で議論し尽くされ、各陣営の立場が明確になっているためであろう。現時点で、一般論としてディスカッションを行っても、平行線を辿るだけであまり有意義ではない。今後は、個別の問題に対するFCC/FTCの対処、議会における関連規制の立法化、大統領選の行方とその後のFCC体制変更が注目ポイントになる。

3.iPhoneの影響

 昨年のCESは、同時期にサンフランシスコで開催された「マックワールド」において、アップルが「iPhone」と「Apple TV」の発表を行ったことで、メディアの注目を奪われてしまった感があった。一方今年のCESでは、多くの携帯端末ベンダーがiPhoneに対抗する、あるいはiPhone/iPodに影響を受けたと思われる製品を展示していた。今回のCESは、iPhoneの登場が、そのセールス台数をはるかに上回るインパクトを米国携帯電話業界に与えたことを改めて認識させられる場であったと言って良いであろう。

 1〜2年前までの米国の携帯電話端末はシンプルなものが多く、技術の粋を結集した日本の携帯電話と比べると一時代前の端末のような印象があった。しかし、iPhone後の新しい携帯端末の登場は、サムソン、LGなど韓国ベンダーの台頭と相俟って、米国の携帯端末市場の様相を大きく変えそうだ。2008年は、ワイドスクリーンやタッチパネルを搭載し、音楽も聴けるオシャレで多機能な携帯電話が、米国市場で本格的に人気を獲得する年になるかもしれない。

4.地上波TVのデジタル化

 米国では2009年2月17日をもってアナログ停波を行う予定である。「既に50%以上の世帯がデジタルで視聴している」とはいうものの、あと1年少々で移行を完了させることは容易ではない。今回のCESでも、「デジタルコンバーター購入に対する政府の助成クーポン制度」についてのカンファレンスが開催されるなど、「デジタルTVへの移行」は注目トピックスの一つであった。デジタル化は、それに伴い実施される700MHzの周波数オークションにも影響を与えるため、スケジュール通りの遂行は重要な政策課題である。

 そしてそれは、ケーブルTV、衛星TV、IPTVなど、他のTV配信プラットフォームにとってはビジネス・チャンスを意味する。ケーブルTV業界最大手コムキャストのブライアン・ロバーツ会長は、今回のCESにおいて講演を行い、ケーブルTV端末(セットトップボックス)を開放することを宣言し、ベンダーに協力を呼びかけた。端末開放は政府/規制当局からのはたらきかけに応じたという側面もあるが、TV配信プラットフォーム市場における競争を勝ち抜いていくために、ベンダーとのコラボレーションを通じて魅力的なサービス/機能を提供していく必要性に迫られた結果でもある。

5.競争政策

 昨年のCESと今年のCESにおいてマーチンFCC委員長は同じような発言を行っている。それは「(FCCが監督している)ほぼすべての通信サービス料金は値下がりしているのに、ケーブルTVだけは値上がりを続けており、何とかする必要がある」というものだ。具体的には、?ケーブルTVの免許手続を簡素化して競争を促進する、?セットトップボックスを開放して競争を促進する、?アラカルト料金制度を導入して消費者が視聴番組を個別に選択できるようにする、という3点を掲げている。「ケーブルとの戦い(war on cable)」と揶揄されることもあるマーチン委員長の姿勢は、今年も変わっていないようだ。

 数年前まで規制当局FCCの最大の関心事の一つは、固定通信事業者のネットワークの開放義務見直しであった。しかし同見直しは既に概ね決着済みであり、最近では固定通信業界の競争政策が話題になることはあまりない。通信事業者とケーブルTV事業者がそれぞれのインフラ上で同じようなサービス提供を行う融合化時代を迎えた現在、FCCの競争政策の関心は、これまで放任されてきたケーブルTV市場に向かっている。

6.M&A

 TV配信事業者としては衛星TV事業者のDIRECTVとDISH NETWORKが展示を行い、HD(高精細)チャンネルの豊富さやユーザ・インターフェースの改善などを強調していた。しかし両展示は同時に、双方向機能に弱い衛星TVの弱点も露呈していた。ケーブルTV事業者に加え通信事業者のTVサービスとも競争しなければならない衛星TV事業者は、単独での生き残りは難しいとの指摘もある。通信事業者とケーブルTV事業者の競争の主戦場がTV/ビデオ市場にシフトする中で、衛星TV事業者のM&Aの可能性が引続き注目されることになりそうだ。

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