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情報通信 ニュースの正鵠
2008年2月掲載

「マイクロソフトの米ヤフー買収報道」の読み方

グローバル研究グループ 清水 憲人

 2月1日にマイクロソフトが米ヤフー(Yahoo! Inc.)に対して行った買収提案は世界中で大きく報道されている。今のところマイクロソフトが一方的に買収提案を公表しただけであり、今後の展開は流動的であるが、現時点(2008年2月3日時点)で公開されている情報を整理し、注目点をまとめておこう。

1.買収の狙い―グーグルの脅威―

 買収の狙いは、「インターネット検索/広告市場でグーグルに対抗する勢力になること」と言ってよいだろう。2月1日に公表したプレスリリース及び同日行われた記者会見の中で、マイクロソフトは「この市場は一人のプレイヤーによって独占されつつある。マイクロソフトとヤフーが一緒になることで競争的な選択肢を提供し得る」とコメントしている。

 売上高でみればグーグルの企業規模(2007年度166億ドル)は、まだマイクロソフトの1/3程度であるが、インターネット広告市場において圧倒的な強さを持ち、成長を続けるグーグルに対するマイクロソフトの警戒心は非常に強い。昨年4月にグーグルがオンライン広告業界のダブルクリック社買収を発表した際に、マイクロソフトは「この買収提案(グーグル-ダブルクリック)は競争及びプライバシーについて著しい懸念を生じさせる」という主旨の声明文をわざわざ公表している。

 今回のヤフーに対する買収提案は「ビッグ・ニュースではあるが、サプライズではない」というのが業界関係者の反応である。「マイクロソフトがヤフーを買収する」という噂は過去にも何度か報道されており、実際マイクロソフトは今回の発表において「1年半前から買収交渉を行ってきた」とコメントしている。

2.期待されるシナジー効果

 マイクロソフトは記者会見の中でヤフーの統合により4つのシナジー効果が期待できると説明している。具体的には(1)R&D能力の拡大、(2)ユーザへの新サービス提供、(3)規模の経済の実現、(4)運営の効率化、である。これらにより10億ドル以上のシナジー効果があるという。

 特にマイクロソフトは「インターネット広告業界は規模がモノを言う業界だ」として、「ユーザ、広告主、パブリッシャーの3者に対してクリティカルマスを実現することが必要」だと強調している。

3.買収金額は「破格」なのか?

 買収金額は、ヤフー株1株あたり31ドル(現金またはマイクロソフト株0.9509株)で、総額446億ドル(約4兆7,500億円)に達する。これは1月31日のヤフー株価終値19.18ドルに対して62%のプレミアムに相当する。

 一見随分高いプレミアムを付けたように見えるが、実は31ドルという金額は3ヶ月前のヤフー株価と同水準である(2007年10月31日の終値は31.1ドル)。「マイクロソフトが大きなプレミアムを付けて買収提案した」というよりは、「ヤフー株価が下がってきたところで買収提案を公表して、より魅力的な提案に見せた」という方が正確だろう。

 とは言え、446億ドルという金額は決して小さくはない。マイクロソフトにとって過去最大の買収提案であるだけではなく、ITバブルの最後のあだ花となったAOL-タイムワーナーの買収(1,120億ドル)を除けば、IT業界のM&A案件の中でも過去最大規模である。インターネット検索/広告業界における立場を強化したいという、マイクロソフトの覚悟が数字に表れている。

4.実現可能性

 敵対的買収という形で公表された今回の買収提案について、ヤフーは「慎重かつ迅速に検討する」というプレスリリースを公表している。

 過去1年半の交渉の中では買収に応じなかったヤフーであるが、今回のマイクロソフトによる買収提案を拒否することは難しいかもしれない。1月29日に発表したヤフーの2007年度の年間業績は、売上の伸びがわずか8%にとどまり営業利益・当期純利益ともに減益となった。ライバルであるグーグルの2007年度業績は、56%の売上増で大幅な増益を記録しながら「期待はずれ」と報じられたが、ヤフーの場合はそもそも低かった期待値にさえ届かなかった。ヤフーは業績を発表した29日に、14,300人の従業員の7%に相当する1,000人をレイオフすると発表している。

 単独でグーグルへの有効な対抗策が講じられない中で、直近株価よりも62%も高い買収提案の拒否を、株主に納得してもらうことは難しいであろう。

 一方、規制上の問題もある。司法省などの米国規制当局に加え、欧州委員会も審査を行うと予想されている。マイクロソフトは2008年後半に買収を完了したいとコメントしているが、規制審査の行方次第では実現時期が遅れる可能性もある。

 しかしながら、これまでの報道を見ている限りでは、「最終的には認められるだろう」という観測が多い。「マイクロソフト+ヤフー」といえば、IT/インターネット業界のビッグ・ネーム2社の組み合わせであるが、インターネット検索/広告市場という単位で考えると、グーグルの支配力が圧倒的であり、対抗勢力を創り上げる組合せを阻止することはないと見られているようだ。

5.今後の注目点

 今後の注目点の一つは、マイクロソフト以外に買収提案を行う企業が現れるかどうかという点だ。実際過去にもニューズ・コープやEベイ、AOLなどとの統合が噂されたこともある。さすがにグーグルがヤフーを買収するとなると、規制上の観点から問題が大きいが、戦略として買収提案を行う可能性がゼロという訳でもない。

 一方、マイクロソフトがヤフーを買収すると決まった場合には、シナジー効果の実現性が問われることになろう。今回の買収発表の中でマイクロソフトは「インターネット広告業界は規模がモノを言う業界だ」と強調している。しかし、オンライン・ビジネスで赤字続きのマイクロソフトが、伸び悩んでいるヤフーを吸収しただけでグーグルの強力な対抗軸になるとは考えにくい。重複分野のコスト削減以上のシナジー効果が得られなければ、買収の目的は達成できない。

 2008年の世界経済は、サブプライムショックによる株価急落で波乱のスタートを切ったが、マイクロソフトのヤフー買収提案というビッグニュースで幕を開けた情報通信業界の2008年もまた波乱含みの展開が予想される。

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