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情報通信 ニュースの正鵠
2008年4月掲載

「フラッグ・キャリアの買収」という微妙な問題

グローバル研究グループ 清水 憲人

  4月16日に経済産業省と財務省は、英投資ファンド、ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)に対し、電源開発(Jパワー)株の追加取得を中止するよう求めた。外為法に基づく外資規制で実施された日本初の中止勧告は、大きな議論を巻き起こしている。

 TCIのジョン・ホー代表は「日本への長期投資を呼び込む能力が損なわれたことを残念に思う」と語ったが、日本政府側は「電力の安定供給・原子力政策に影響を与えるおそれが十分に払拭できない」ことなどを指摘した。電力という国民生活に密接なサービスに関わる問題であり、また原子力という国家安全保障上の重要政策にも影響を及ぼすため、完全に市場原理に委ねて良いのかどうかという意識が働くことは理解できる。

 ちょうど同じ頃、欧州では「フランス・テレコムがテリア・ソネラの買収を検討している」というニュースが報道され注目を集めていた。テリア・ソネラはその名の通り、テリア(スウェーデン)とソネラ(フィンランド)が合併した通信事業者。いずれも旧国営通信事業者だったため、現在でもスウェーデン政府が37.3%、フィンランド政府が13.7%のテリア・ソネラ株式を保有している。

 1990年代以降、多くの国で通信市場が自由化されて以降、通信事業者のM&Aは珍しくなくなった。特に、2000年のテレコム・バブル崩壊後は、多くの事業者が吸収合併によって姿を消した。しかしながら、その国を代表する旧国営の通信事業者、いわゆる「フラッグ・キャリア」の買収となると話は少し変わってくる。

 「外資の出資は○%まで」という明文化された外資規制は減ってきているが、現実に買収提案が行われる段階でさまざまな力学が働いてM&Aを妨げる事例は珍しくない。

 例えば、今からちょうど一年ほど前、AT&T(米国)とAmerica Movil(メキシコ)は、テレコム・イタリアの持株会社オリンピアを共同で買収しようとしていた。しかし、両社の出資比率をあわせるとオリンピア社の2/3に達するこの計画は、イタリア政府の反対に会い実現しなかった。オリンピア社はその後、テレフォニカ(スペイン)とイタリアの機関投資家によるコンソーシアムが買収したが、その際、テレフォニカの出資比率が過半数を超えないように調整された。

 またテリアは、ソネラと合併する前に、テレノール(ノルウェイの旧国営通信事業者)と合併しようとしたことがある。1999年1月に合意した同合併提案は、両国政府の承認とともに、欧州委員会の審査も得ていたのだが、最終段階で破談となった。もめた理由は「携帯電話子会社の本社をどこにおくのか」であったと報じられている。

 通信設備という重要な社会インフラを外資にコントロールされることに対する安全保障上の懸念、国民生活に密接なサービスが安価に継続的に提供されるかどうかに対する不安、フラッグ・キャリアとしてのプライドの衝突。さまざまな要因が買収阻止の動機になり得る。

 多くの先進国の通信業界は既に市場が成熟しており、事業者は成長戦略を描けずにいる。となると必然的に海外市場の成長の途を模索することになる。2008年は、おりからの株安も手伝って、各国のフラッグ・キャリアが買収対象になるケースが、いままで以上に増えてきそうだ。そうなった時にどうするのか? その答えを用意している国は意外と少ないような気がする。

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