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情報通信 ニュースの正鵠
2010年2月1日掲載

iPadの登場で見えてきた、家庭用情報端末の未来形

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 先週アップルが発表した、新しいタブレット端末「iPad」が大きな注目を集めている。

 キビキビした操作感を興奮気味に伝える記事や、「499ドル〜」という料金設定を歓迎する声。同時に発表された電子書籍サービス「iBooks」の料金の仕組みが出版業界から好意的に受け止められているとか、すでに偽モノ業者がiPadモドキの製造に向けて動き始めているなどの周辺情報も聞こえてくる。そうかと思えば「米国内で3G携帯ネットワークを提供するのがAT&Tで大丈夫だと思うか?」というアンケートを実施しているメディアもある。

 一方で、「マルチタスク対応でないのは残念」「フラッシュ非対応なのはけしからん」「どうしてカメラを搭載しないのか?」など、実際の発売はまだ2カ月ほど先にも関わらず、早くも不満の声がオンライン・コミュニティを賑わせている。

 これほどまでに世界中から注目を集める新製品の発表というのも珍しい。

 注目度が高い理由の一つは、もちろん「アップル」だからだ。業界関係者の方には改めて説明するまでもないが、アップルはこれまでに数々の革新的な製品を世に出している。

 GUI(グラフィカル・ユーザ・インタ−フェース)を採用したマッキントッシュは、その後のパソコンのトレンドを決定付けた。商業的には、マイクロソフトのウンドウズPCに圧倒されたが、「パソコンを誰でも直観的な操作で利用できるようにした」という名誉はアップルのものとして記憶されている。音楽プレイヤーiPodでは、配信サービスiTunesとの組み合わせで、デジタル配信という新たな音楽流通の仕組みを創り上げた。そして、スマートフォンのiPhoneでは、App Storeを通じて多様なアプリケーションを供給し、携帯電話業界のビジネス・モデルを変貌させつつある。

 そのアップルが満を持して発表したのがiPadなのだ。同社を率いるスティーブ・ジョブズCEOが、「これまでに行ってきた中でもっとも重要なものになるだろう」と公言していた今回の製品発表は、かつてないほど注目を集めることとなった。

 私は、iPadの発表をインターネットの動画で観ただけで、実機には触れていないが、プレゼンテーションを見る限り、非常に魅力的な端末に思えた。そして「これがあれば多くの一般家庭のデスクトップやラップトップ・パソコンは必要なくなるかもしれない」という印象を持った。

 「iPadは単に画面の大きなiPhone/iPod Touchに過ぎない」という指摘もある。しかし、それこそがまさにiPadの存在理由だと思う。

 一般の消費者が自宅のパソコンに求めている機能はそれほど複雑なものではない。ネットで情報を検索したり、メールのやり取りをしたり、写真を共有したり、書籍やチケットを購入したり、といった利用が中心であろう。コンサートのチケットを座席指定で予約するとか、旅行先の宿の雰囲気を写真で調べたいとか、評判になっているネット動画を観てみる、というような場合にも、携帯の小さな画面では無理があるが、9.7インチのスクリーンを持つiPadであれば問題ないであろう。

 つまり、自宅のパソコンを仕事で使うプロフェッショナル・ユーザは別として、パーソナルユースであれば「画面の大きなiPhone/iPod Touch」というのは、必要にして十分なスペックであるのかもしれないのだ。そして、部屋を移動して利用したり、ソファに寝転んで操作したりといった自由度の高さは、デスクトップやラップトップよりも遥かに上である。このような端末が手ごろな価格で提供されれば、売れない理由を見つける方が難しい。

 ところで、キーボードの無い「タブレット端末」という考え方は目新しいものではない。例えばウィンドウズXPでは、2002年にタブレットPCエディションが提供され、同OSを搭載した製品も複数発売された。しかし普及はしていない。

 タブレットPCが普及しなかったのに、iPadが成功する可能性があると考える理由は大きく二つある

 一つ目の理由は、ユーザ・インターフェースである。かつてのタブレットPCでは主にペンタッチ入力を採用していた。PDAを利用した経験がある人はよくわかると思うが、液晶画面をペンタッチで操作するのは結構難しい。「ペンで文字を書くという自然なインターフェースで操作できます」というのが、セールストークであったが、紙の上に文字を書くのとはまったく勝手が違う。ペンタッチに慣れた一部の達人は別として、大半のユーザにとっては「本当はキーボードとマウスの方が使いやすい」というのが実態であった。一方iPadはタッチパネル操作である。iPhoneやiPod Touchによって市民権を得たこの入力方法は、ウェッブ・ブラウジングをしたり、写真や音楽を楽しむといった用途であれば、キーボードやマウスの操作よりもわかりやすく快適である。

 もう一つの理由は価格である。これまでのパソコン業界の常識では、同じ性能の製品でくらべると、デスクトップ、ラップトップ、タブレットの順に価格が上がるというのが普通であった。一般論として、端末の小型化/薄型化にはコストがかかるものであり、また手に持って利用することを前提にするタブレット端末は、落とした時の対策も考えなければならない。さらにユーザー・インターフェースを従来とは異なる仕組みにするとなると、それもコストに反映される。そのため、「どうしてもタブレット型が必要なユーザ」以外は、より安い価格で購入できるデスクトップやラップトップを選んできた。そして「どうしてもタブレット型でなければならない」というニーズはこれまで、ほとんどなかったのだ。

 ところがiPadは「499ドル〜」という手ごろな価格を設定している。この低価格戦略の背景には、iPhoneやiPod Touchの成功により、部品メーカーに対してアップルがバーゲニング・パワーを発揮できるようになったという事情もあると思う。しかし、もう一つの事情の方が大きい気がする。それはiTunesやApp Sotre(そして今後はiBooks)という仕組みを通じ、コンテンツやアプリケーションの流通で儲けるビジネス・モデルを確立しつつあるアップルにとって、必ずしも端末で儲ける必要性はないということだ。この価格帯であれば、iPadに関心を持った消費者が価格を理由にデスクトップやラップトップを選ぶという可能性は低い。

 ジョブズCEOは「スマートフォンとラップトップの中間」的製品として今回のiPadを紹介したが、そこに新たな市場が存在するとは限らない。大きめの電子ブックリーダーと同じ程度のサイズは、外出時に常に持ち歩くには大きいため、スマートフォンとは棲み分けはなされると思う。しかし、現在デスクトップやラップトップが担っている消費者向けパソコン市場のニーズの多くは、iPadによって代替され得るのではないか。

 今から数年後に、iPadのようなタブレット端末が、家庭用情報端末のスタンダードになっていても不思議はないであろう。


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