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情報通信 ニュースの正鵠
2010年3月2日掲載

仮想と現実の融合
―ビル・ゲイツとポール・オッテリーニの未来ビジョンを実現するのは、グーグルなのか?―

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 今から約2年前、2008年CES(国際家電ショー)で行われたマイクロソフトのビル・ゲイツ会長(当時)の基調講演が、大きな注目を集めた。同年7月にビジネスの一線を退く予定が公表され、最後のCES講演になることが判っていたからだ。ゲイツ氏といえば、それまで、8年連続で基調講演に登壇していたいわば「CESの顔」。最後の基調講演では何を話すのか? 多くの業界関係者が注目した。

 ゲイツ会長は、インターネットが普及し始めた1990年代半ば以降の「デジタル世界の最初の10年」は「非常にうまくいった」と語り、「今後の10年は人々をつなぐことに、より重点が置かれるだろう」と付け加えた。そして、将来提供されるであろうサービス・イメージとして、「携帯電話を建物や人物にかざすと、関連情報が表示される機能」のデモンストレーションを行った。

 さらにその翌日、同じくCESの基調講演に登壇したインテルのポール・オッテリーニ社長も、それと非常によく似たサービス・ビジョンを示した。その年に、北京オリンピック開催を控えていたこともあり、中国を舞台にした寸劇を披露したオッテリーニ氏は、「携帯端末をレストランの看板にかざすと、店の情報や評判が表示される」サービスを紹介したのだ。

2008年CESにおけるオッテリーニ社長の基調講演模様
写真1:2008年CESにおけるオッテリーニ社長の基調講演模様

 ICT業界を代表する二人が、揃って同じようなサービス・コンセプトを示したことを受けて、参加者の多くは、「いずれこのようなサービスが実現するのだろう」という印象を強く持った。

 そして、その「いずれ」は予想以上に早く訪れた。

 そう、携帯端末を利用したモバイルAR(拡張現実:Augmented Reality)と呼ばれる一連のサービスの登場である。

 日本のベンチャー企業、頓知・(トンチドット)が提供するiPhone向けアプリ「セカイカメラ」、オランダの企業がアンドロイド向けに開発しその後iPhone向けにも公開(※)した「Layar」、auの携帯電話向けβ版サービス「実空間透視ケータイ」、ドコモがアンドロイド端末向けに実験的に提供した「直感ナビ」。昨年から今年にかけて、数多くのARサービスが発表され注目を集めているところだ。

 現在提供されているARサービスは、大きく3つに分類できるであろう。

 一つ目はナビ/情報系アプリである。携帯端末をかざすと、目的地の方向や情報が表示されるというコンセプトは、メリットとして判りやすい。コンビニやATM、郵便局、地下鉄の出口など、目的地を検索し、端末に表示されている方向に歩いて行けば良い、というのは地図を読むのが苦手な人にとってはありがたい。

「ご近所ナビ」で最寄りの郵便局を検索
写真2:「ご近所ナビ」で最寄りの郵便局を検索

 しかし問題は位置情報の精度である。現在のARアプリは、携帯端末に搭載しているGPS機能で位置情報を把握している。そのため、見晴らしの良い広 場のような場所であれば問題ないのだが、屋根のある場所やビルの林立する都市部では、数十メートルの誤差が生じることがある。都市部でそれだけずれると、路地1・2本分の違いがでてくる。実際、AR系ナビアプリを使っていると、目の前にある建物が画面に表示されないこともある。

 二つ目がソーシャル・メディアだ。セカイカメラに代表されるARアプリの多くは、コメントや写真を現実世界の特定の場所に紐付けて、共有する機能を提供している。Twitterで火がついたマイクロ・ブログという分野が、位置情報との組み合わせで新たな展開を見せる可能性がある。課題はやはり、情報の見せ方であろう。人が多く集まる場所でこの種のサービスを利用すると、膨大なコメントや写真が折り重なるように表示されて圧倒される。

新宿駅構内で「セカイカメラ」を立ち上げたところ
写真3:新宿駅構内で「セカイカメラ」を立ち上げたところ

 現在地からの距離や、投稿してからの経過時間、情報の種類など、いくつかの切り口でのフィルタリングが提供されてはいるが、有益な情報を絞り込むのはなかなか難しい。セカイカメラは、利用者の嗜好やインターネットの閲覧履歴、行動パターンなども考慮した新たなフィルタリング機能を開発すると報道されており、今後が注目される。

 三つ目がゲームだ。実際の風景を背景に表示される架空のエイリアンや幽霊を退治するシューティングゲーム、現実の街を舞台にした宝探しや鬼ごっこ、カメラに映る実在の人物を攻撃するワル乗り系ジョークソフトなど、さまざまなバリエーションがある。


写真4:ARシューティング・ゲーム「Ghost Hunt AR」

 このように、「ネットの情報を現実に重ね合わせる」ARサービスが相次いで提供されており、「ビル・ゲイツ氏やポール・オッテリーニ氏が描いた未 来ビジョンが、わずか2年で実現した」と言えないこともない。しかしながら、厳密には違う。

 数十メートルの誤差が生じることがあるGPSの位置情報に依存する現在のARでは、店や建物にピンポイントで情報を紐付けることは難しい。また、場所が決まっていないモノや人に情報を付けることは、そもそも不可能だ。

 それらを実現するには、画像認識などの技術を用いて、その建物やモノが何なのか、その人が誰なのかを特定する必要がある。その前提として、世界中の建物、世界中のモノ、世界中の人々の情報に関する、膨大なデータベースが必要になる。

「そういえば、そんなことをやっている企業があったなあ」と感じる人も多いだろう。

 オンライン記事へのリンクを張りまくってメディアに叩かれたり、プライバシー問題で住民から非難を浴びながらも街中の写真を撮りまくって「ストリートビュー」というサービスを提供したり、著作権問題で権利者を敵に回しても書籍のデジタル化にこだわったり。情報のデータベース化ということに関してグーグルは、時に一般人の理解を超えるような執着を見せてきた。

 昨年12月グーグルは、「Google goggles」というアンドロイド携帯向けの画像検索アプリを発表している。これは、携帯のカメラで捉えた場所やモノの情報を表示するARサービスである。グーグル自身が「パーフェクトには程遠い」と認める通り、現段階のサービスは、実用性の点ではまだまだだ。

 しかし、このサービスの延長線上には、2年前のCESで示された未来ビジョンの実現が見えている。世界中の情報を網羅した膨大なデータベースが整備され、その膨大なデータベースの中から瞬時に一致する情報を探し出すような高速検索技術が開発され、その情報を端末に即座に伝えることができるような高速通信インフラが整えば、というかなりハードな前提条件付きではあるが。。。

 「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」というグーグルの企業理念。数年前に聞いた時には、あまりピンとこなかったのだが、モバイルARサービスが立ちあがり始めた今、あらためてそれを眺めてみると、その先見性に驚かされる。

「あらゆるモノの情報が瞬時に表示される」サービスが実用レベルに達するのがいつになるのかはよく判らないが、2009年〜2010年という時期は、インターネットという仮想世界と現実が融合し始めた時期として記憶されることになりそうだ

※その後、不具合が発生しLayarのiPhone向けアプリは提供停止中


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