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情報通信 ニュースの正鵠
2010年3月8日掲載

なんだかイケそうな雰囲気になってきたウェアラブル・コンピューティング

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 大学で受け持っている「情報社会論」の授業の中で昨年、学生にグループ・ディスカッションをやらせてみた。テーマは「あったらいいなと思う、新サービス/新技術」。実現可能性は度外視して、自由に意見を出すように指示をした。

 「送ってしまったあとで消せるメール」「デジタル教科書」「3Dテレビ電話」など、全部で50件以上の意見が出てきた。

 しかし、それらのアイディアの大半は、普及しているかどうかは別として、既に実現しているものばかり。それは、最近の学生の想像力が貧困だというよりも、むしろ情報通信技術の進歩が目覚ましいことの証左であろう。

 そんな中「スカウターがあったら良いなと思います」という意見があった。「スカウター」とは、漫画「ドラゴンボール」に出てくる眼鏡型のガジェットで、相手の戦闘能力を表示してくれる装置。

 授業では「さすがに、それはまだ無いね」という結論になったのだが、それすらも、もうすぐ実現するかもしれない。

 昨年10月にNECは「テレスカウター(Tele Scouter)」という製品を発表した。これはブラザーが開発した網膜走査ディスプレイを搭載したヘッドマウント・ディスプレイ端末。製品名はドラゴンボールのスカウターに因んだもので、形状もなんとなく似ている。

 網膜走査とは、「光を網膜に当て、高速で動かし、その残像効果を利用して直接網膜上に映像を投影」する技術。要するに網膜をスクリーンにしたプロジェクター方式と考えれば良いだろう。小型液晶を採用した従来型のヘッドマウント・ディスプレイと比べて、いくつかの利点がある。まず、ディスプレイが半透明に表示されるため、コンピューターからの情報を表示させても視界が完全に遮断されることはない。また、焦点深度が深く、ディスプレイ上の情報と現実の風景の間の視点移動が楽。さらには小型軽量化が実現しやすいというメリットもある。

 私も先月NECとブラザーが開催した製品説明会で、実際に装着してみたのだが、従来のヘッドマウント・ディスプレイで感じられたような閉塞感がなく快適だった。これなら、日常生活の中でかけ続けても大丈夫そうだ。「網膜に光を当てる」と言うと、気になるのは安全性だが、「常時、見続けても問題ないレベルよりもはるかに低い出力を利用している」という。

 「コンピューターを身に付けて、いつでもどこでも利用できるようにする」という「ウェアラブル・コンピューティング」は、かなり前から注目を集めている概念ではあるが、実際の製品として普及するには至っていない。その理由の一つは、常時かけていても負担にならない、軽量なヘッドマウント・ディスプレイが実現していなかったことである。その障壁が、テレスカウターの登場によって解消されそうだ。

 製品説明会の中で示された利用シーンの一つに「顧客の情報を表示した販売支援」があった。これは小売店などで販売員がテレスカウターを装着し、対応中のお客様の情報をディスプレイに表示するものだ。表示される情報が「戦闘能力」でない点を除けば、これはまさに、ドラゴンボールのスカウターと同じだ。

 もちろん、このようなソリューションをスムースに利用するためには、ディスプレイ側の技術だけでは不十分だ。顧客情報データベースの整備、小型の高解像度カメラの搭載、精度の高い顔認識技術の採用、無線通信環境の整備、バッテリー問題への対処などいくつかの課題がある。しかしそれらは、近年急速に進歩を遂げている分野であり、いずれ解決できるだろう。むしろ、利用する企業が投資に見合う価値をそのシステムに見出すことができるかという点や、顧客サイドがそれを受容するのかといった点がより重要になりそうだ。

 テレスカウターの発売予定時期は2010年11月。2011年が、「ウェアラブル・コンピューティング元年」と呼ばれるようになる可能性が見えてきた。


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