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情報通信 ニュースの正鵠
2010年5月6日掲載

GUI(グーイー)とNUI(ニューイー)
―近未来のリビング・ルームを連想させるマイクロソフトの「プロジェクトナタル」―

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 情報通信白書によれば、日本におけるパソコンの世帯普及率は2008年末時点で85.9%。今や多くの家庭であたりまえのように利用されている。しかし、パソコンの普及率が2割を超えたのは1996年であり、わずか14年前のことだ。

 CPUパワーの向上や記憶容量の増加といったハードウェアの性能アップ、アプリケーションの充実、価格の低廉化など、パソコンの普及に貢献した要因はいろいろあるが、一般家庭での利用を促す最大のきっかけとなったのは、何といってもGUI(グラフィカル・ユーザー・インタフェース;通称「グーイー」)の採用であろう。

 かつてのパソコンはプログラムを走らせたり、ファイルをコピーしたりといった操作をするために、いちいちコマンドを入力する必要があった。そのため、「コンピューターを使える」ことは一部の人の特殊技能であり、1990年代前半まで、一般家庭はもちろんのこと、オフィスにおいてもパソコンは貴重な存在であった。

 その状況を一変させたのがGUIである。アプリケーション・プログラムや文書ファイルを「アイコン」として表示させ、使いたいファイルを「カチカチッ」とダブルクリックすれば良いという操作性は、パソコン利用のハードルを劇的に低下させた。そして各アプリケーションのGUI仕様に統一性をもたらしたマックOSの登場によって、どんなソフトでも基本的な操作については直感的に理解できるようになった。1995年秋にはマックOSとよく似た操作性のウィンドウズ95が発売され大ヒット。この頃から一般家庭への普及が加速していった。

 パソコンは、「ユーザー・インタフェースの改善」を契機に、市場が拡大した典型的な製品と言えるであろう。

 ところで、数年ほど前からICT業界では、GUIの代わりに「NUI(通称「ニューイー」)」という言葉がよく聞かれるようになってきた。NUIとは「ナチュラル・ユーザー・インタフェース」の頭文字。キーボードなどの入力デバイスではなく、音声やジェスチャーなど「人の自然な動作」で入力を行うユーザー・インタフェースのことを指す。

 実際の製品へのNUI導入事例としてよく知られているのは家庭用ゲーム機の分野。ソニー・コンピュータエンタテインメントは2004年にプレイステーション用周辺機器としてウェブカメラを使ったモーション認識操作を実現するEyeToyを発売。そして2006年に任天堂が発売したゲーム機Wiiのコントローラーには加速度センサーが搭載され、従来のようなボタン操作ではなく、動作によってゲームを操作することが可能になった。

 任天堂のWiiは世界中で大ヒットとなったが、その要因の一つは、家族皆で楽しめるファミリー・エンターテイメントになり得たことと指摘されている。「動作で操作する」という新たなユーザー・インタフェースを採用したことで、高齢者や女性など、従来、どちらかというとゲームに縁遠かった層にも訴求できる製品になったのだ。

 Wiiの成功を受けて、ゲーム業界以外の企業もその後、NUI導入の可能性を模索してきた。特に、カメラで手の動きを検知して家電を操作する試みは多くの企業が取り組んでいる。

 テレビについて言えば、2007年のCEATECにおいて日本ビクターが「拍手音&ジェスチャー認識テレビ」、翌2008年のCEATECでは日立製作所が「ジェスチャー操作テレビ」、パナソニックが「空間ハンドジェスチャーUI(ユーザー・インタフェース)」、2009年のCESでは東芝が「Spatial Motion Interface(空間モーションインタフェース)」を展示している。そしてパソコンの分野では既に、東芝がノートパソコン「Qosmio(コスミオ)」シリーズの中で「ハンドジェスチャリモコン機能」を搭載した機種を2008年夏から発売しているし、ウェブカメラを使ってパソコン操作を可能にするソフトウェアも提供されている。

2009CESに出展された東芝の空間モーションインタフェース
2009CESに出展された東芝の空間モーションインタフェース

 しかし「テレビのチャンネルをジェスチャーで変えられる」とか、「パソコンでマウスを使わずに動画や音楽を再生できる」というのは、確かに技術的にはすごいと思うのだが、正直なところそれだけではあまり必要性を感じない。「GUIの採用でパソコンが誰でも使えるようになった」、あるいは、「Wiiリモコンの採用でゲームが皆で楽しめる娯楽になった」というような、新たな可能性を拓くものに見えないのだ。

 そんな中、今最も注目されているNUIへの取り組みの一つが、マイクロソフトの「プロジェクト ナタル(Project Natal)」だ。これは昨年6月に米ロサンゼルスで開催されたゲームショー「E3(エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポ)」で発表された、ゲーム機Xbox 360用の新たなユーザー・インタフェース。カメラ、深度センサー、マイクを用いることで、モーションや音声での操作を可能にするものである。

 マイクロソフトのプロジェクトナタル(実際の製品名は未定)の紹介ページには、興味深い利用例が動画で数多く紹介されている。例えば全身の動きをモーションキャプチャーすることで、サッカーや格闘技ゲームなどでは、ユーザーの動きがそのままテレビ画面内に再現される。深度センサーで把握する奥行き情報により、映像認識の可能性を拡大しているようだ。また顔認識技術でユーザーを特定してログインしたり、画像取り込み技術を使って愛用のグッズをゲーム内に持ち込むこともできる。さらに、テレビ電話をかけてテレビ画面上で友人とファッションの相談をしたり、操作者の音声に現れる気分を検知したりすることも想定されている。

【参考】プロジェクトナタルの紹介ページ
http://www.xbox.com/en-us/live/projectnatal/

 マイクロソフトはプロジェクトナタルについて、日本語版プレスリリースの中で「コントローラーを使わずにゲームを楽しむ」ものと説明している。しかし、同社がホームページ上で公開している動画や、メディアで伝えられる関係者のコメントなどを見ると、その可能性はゲーム用途だけに限定されるものではない。むしろ、消費者がテレビで利用するすべてのエンターテイメントや通信機能(インターネット接続、動画のダウンロード、IP電話、SNSなどのコミュニケーション・ツール)、場合によってはその他の家電のユーザー・インタフェースをも含めて、マイクロソフトが担おうとする壮大な戦略の一部のように見える。

 そうだとすると、プロジェクト ナタルは大化けする可能性がある。テレビ、DVR、オーディオ・プレイヤー、エアコン、照明。リビング・ルームに散らばっている多くのリモコンの代わりにジェスチャーや音声で多種多様な電機製品を操作できるようなれば便利だろう。そして、個人を特定して、そのユーザーの嗜好に合った情報を提供するパーソナライズ機能は、大量のコンテンツが溢れる時代のメディア視聴において重要な役割を果たす可能性がある。また、現時点でのニーズははっきりしないが、操作者の感情を検知して、それに合わせてコンテンツを変えるというアイディアに魅力を感じる人もいるだろう。

 Xboxというゲーム機の周辺機器として家庭に入り込もうとしているプロジェクトナタルだが、いずれ近未来のリビング・ルームにおけるキー・プロダクトになる可能性を秘めている。

プロジェクトナタルの実際の製品投入予定時期は今年のクリスマス・シーズン。来月開催されるE3において具体的な情報が発表されると見られている。NUIの導入がどのような未来を実現することになるのか。注目されるところだ。


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