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情報通信 ニュースの正鵠
2010年6月15日掲載

タブレット端末とアプリケーション・ストアの組み合わせが推進するチープ革命

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 5月28日に日本でも発売されたiPad。家の中での利用を中心に考えている私は、Wi-Fiモデル(64GB)を購入し、主にアプリケーション端末として利用している。

 以前も書いたが、iPhoneやiPod Touchと同じアプリケーションでも、iPadの画面で見ると印象はかなり異なる(参照:「画面が広いと使いやすい」という当たり前のことがiPadの大きなポテンシャル)。

 例えば、美術館のデジタル・アーカイブは、画面サイズが大きくなるだけで、全く異なる価値を提供することができる。ルーブル美術館の紹介をする「Musée du Louvre」の場合、iPhoneでは、「展示作品の解説」の域を出なかったが、iPadならば一つ一つの作品が十分に鑑賞に耐えられるものになる。

写真1:ルーブル美術館の公式アプリ「Musée du Louvre」を
iPad(奥)とiPhone(手前)で比べてみる

ルーブル美術館の公式アプリ「Musée du Louvre」をiPad(奥)とiPhone(手前)で比べてみる

 その他にも、楽器、ゲーム、画像処理など、大画面化によって恩恵を受けるアプリケーションは数多く存在する。iPhoneやiPod Touchで利用するアプリケーションは、いわば「ミニチュア」のようなものであったが、iPadで利用するアプリケーションは、実際の製品と遜色のない経験を提供できる可能性があり、それらの製品群は今後、激しい価格競争を強いられることになる。

写真2:楽器、ゲーム、画像処理アプリなども大画面化で大幅に魅力が増す
楽器、ゲーム、画像処理アプリなども大画面化で大幅に魅力が増す

 6月7日の日経ビジネスオンラインに、「iPadが呼ぶ価格破壊」という記事が掲載されていた。同記事は、雑誌、新聞、書籍、ゲームなどの業界、そして、iPadの通信需要を取り込もうとする通信サービスなどに低価格化の波が押し寄せることを指摘している。その通りだと思う。そして、価格破壊はそれらの業界だけにとどまるものではなく、アプリケーションで実現され得るすべての製品分野に及ぶ可能性があると言えるだろう。

 一つ具体例を示そう。

 ヤマハの「TENORI-ON(テノリオン)」という製品をご存じだろうか? 16×16に配列したLEDボタンを押すことで音楽を奏でる電子楽器で、2008年5月に国内で発売されると、12万1,000円という価格にも関わらず注文が殺到。抽選販売になるほど人気が出た。今でもYouTubeなどで検索すると、ユーザがアップロードした動画がいくつもヒットする。

 実はアップルのアプリケーション・ストアであるApp Storeには、このTENORI-ONによく似たアプリがいくつも安価に提供されている。そして、これらのアプリを画面の大きなiPadで使うと、実際のTENORI-ONにかなり近い経験を享受することができる(写真はBeatwaveという無料アプリ)。

写真3:音楽アプリBeatwaveをiPad(左)とiPhone(右)で比べてみる
音楽アプリBeatwaveをiPad(左)とiPhone(右)で比べてみる

 もちろん、まったく同じではない。しかし、無料のアプリで似たような体験ができるとなると、12万1,000円(その後、69,800円の廉価版も発売された)もの対価をユーザに支払ってもらうことは容易ではない。

 つまり、iPadのようなタブレット端末の普及によって、多くのアプリが現実の製品に近づくと、アプリで提供し得るすべての製品市場において「チープ革命※」が進む可能性がでてくるのだ。

※「チープ革命」とは梅田望夫さんが「ウェブ進化論」の中で引用したことで有名になった概念で、ハードウェアの値下がりやソフトウェアの無料化などに伴い、「革命的」とも言える変化が生じること。

 App Storeには数多くの無料アプリが提供されている。無料の理由はいろいろあって、「機能限定版を無料で提供し、フルバージョンを有料で購入してもらう」というビジネス・モデルの場合もある。しかし、「そもそも儲けることを考えていない開発者」も少なからず存在する。

 儲けるためではなく趣味でソフトを開発するという人たちは以前から居り、パソコンの世界では「フリーウェア」と呼ばれる無料ソフトが存在している。彼らがソフトを開発する動機は「楽しいから」。そして自分が開発したソフトを他の人が使って喜ぶこともインセンティブになる。

 パソコンのフリーウェアの場合、一般のユーザが利用するには、ややハードルが高かった。有償の製品と違って、トラブルが発生しても基本的に自己責任で解決するしかないし、そもそもどこで入手するのか、どのソフトウェアを入手すれば良いのかを判断するための情報を持っていないと手が出せない。

 しかし、無料ソフトを利用するハードルは、App Storeの登場で劇的に低下した。App Storeならアップルの提供する「公式な」場所であるし、「カスタマー評価」の欄を見れば、評判の良し悪しや不具合の情報もある程度分かる。

 App Storeはまた、開発者のインセンティブも刺激する。いくつも存在するパソコンのフリーウェア用ポータル・サイトとは異なり、iPhone、iPod Touch、iPadのユーザは、基本的にApp Storeからアプリケーションを入手する。つまりApp Storeでアプリを公開すれば、それらのiOS(旧iPhone OS)搭載端末を利用する約1億人のユーザに利用してもらうチャンスがあるのだ。そして、ユーザの評価が表示され、人気ランキングもあるので、開発者にしてみれば、常時コンテストが開催されているようなものだ。

 今後、iPadやアンドロイドOSを搭載したタブレット端末が普及していくと、「開発者の自己実現の場としてのアプリケーション・ストア(App StoreやAndroid Marketなど)」の価値はさらに高まる。そうなると、出来の良いアプリケーションが今まで以上に無料で出てくる可能性がある。ユーザにとっては朗報だが、多くの企業がビジネス・モデルの変革を迫られることになる。iPadなどのタブレット端末とアプリケーション・ストアの組み合わせは、さまざまな業界に「革命」と呼ぶに相応しいインパクトをもたらすことになるかもしれない。


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