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ハイパーアジア
2001年1月掲載

2000年のアジア

 今月号の「Hyper Asia」は、Communications International(以下、CI。12月号)の特集「Asia's New Dragon」を中心に、アジアにおける2000年の電気通信の動きを振り返る。

■「Asia's New Dragon」サマリー

  • 競争導入により最も成長しているのは携帯電話の分野
    • 過去1年間に、香港、韓国、シンガポール、台湾および日本では、携帯電話加入者数が固定網加入者数を上回る
    • 競争を導入したものの、既存事業者との相互接続、課金方法の問題から、加入者数が伸び悩んでいるのはインド
  • アジア地域の上位ISPはキャリア系
    • 「モバイル・キャリア系」ISPが多いのも特徴
  • 既存の固定網事業者の市場シェアは急落
    • 規模と人的な数から、応戦は十分可能
    • IP網の構築、事業分野の見直しを急ぐと共に、「顧客ケアの重要性」をようやく認識

 電気通信事業にとって、1997年のアジア経済危機は、悪夢としか言いようのないものだった。しかし今振り返って見ると、最悪の打撃を受けた国にとって、経済危機は、窮地を脱するだけではなく、力強い回復の段階に向うための重要なカタリスト(触媒)であったと言える。

 電気通信事業は、核となるインフラとして、また不況を乗り切る体力を備えた業界である。各国政府は、電気通信インフラの整備、IT拡大を積極的に進めるため、同分野の自由化を図ってきた(図表1参照)。ただしCIは、「問題はそれほど簡単ではない。東アジアおよび東南アジアでは、電気通信事業は国家主権および安全保証の観点から重視されており、様々な危機に対応する1つの方法として、既存の固定網事業者を保護してきた。そのため政府は、伝統的な基本サービスに競争を導入する場合、十分な検討を行わねばならない」としている。

 例えばシンガポールでは、規制機関のIDA(Infocomm Development Authority)が固定サービスの複占体制を2002年まで維持すると一旦は決定していたが、その決定を翻し、2000年4月から完全自由化した(Hyper Asia 「シンガポールの通信市場、自由化」2000.4参照。インドでも、国際通信キャリアVSNLの排他的独占権の終了を計画よりも2年前倒しし、2002年4月にすると発表した(同 2000.8参照)。政府は前倒しの見返りとして、シンガポール・テレコムに対して、1997年5月までに15億シンガポール・ドル(約1,300億円)を支払い、VSNLには国内長距離市場に有利な条件で進出する権利を与えている。

■拡大を続けるアジアの携帯電話市場

 競争導入が市場拡大に明らかに役立っている分野は携帯電話である。CIによれば、「携帯電話は1997年通貨危機から唯一恩恵を受けた分野である。アジア太平洋地域の携帯電話の加入者数は2000年半ばまでに1億5,000万に達し、サービス、端末などを含めた市場全体の規模は、2億ドル超と予想される。携帯電話の成長率は、通貨危機を経験した東南アジア諸国ですら、1999年の間に、通貨危機前の2桁台の水準に回復した」。

 CIは「競争免許の付与により、多くのユニークな事業者が誕生した」と指摘する。さらに、「図表2に示すように、携帯電話事業者の上位20社のうち13社が新規参入者であり、そのうちの多くは携帯電話専業で、新たなビリングのプラットフォームを使用した、非常に安価なサービス料金で、急成長している。一方、携帯電話資産を持つ固定網事業者は、自社の固定資産との共食いから守るために、バンドルや料金改定に非常に保守的になっている。ITUは、『欧州よりもアジアで携帯電話の将来が形成される幾つかの理由がある』として、『単一の標準の採用は規模の経済を生み出すと想定されるが、アジア、特に香港は、標準化の実験場となっており、研究開発のプラットフォームの役割を果たしている。アジアは、世界第2位のGSM市場であるだけでなく、韓国を中心に、最大のCDMA加入者を持つ市場である。』」としている。

 アジアは、携帯電話の世界最大の潜在市場であるが、固定電話の普及率がそれほど高くない。1999年末の普及率(人口100人当りの固定電話回線数)で見ても、中国、インド、インドネシア、フィリピン、タイは10%未満である。そのため、CIは「携帯電話事業者は、携帯電話を2回線目、あるいは代替サービスとして販売することが可能である。アジアは、新しく未知のものを積極的に取り入れようとする若い消費者の比率が増加している上に、ほとんどの大都市で交通渋滞が激しく、通勤・通学に時間がかかることが、携帯電話の利用に拍車をかけている」として、携帯電話が固定電話に代わる通信手段として、アジアで導入が進んでいることを指摘する。

 過去1年間に、香港、韓国、シンガポール、台湾および日本の携帯電話加入者数は固定電話加入者数を超えた。これらの国はどこも、固定電話の普及率が高い市場である。台湾と韓国は、携帯電話市場を1997年に競争に開放しており、競争が加入者数の増加に直接結びつくことを、これらの国が示している。

 ただし競争導入の課題は、「事業者免許をいくつ付与するかよりも、どのように競争をコントロールするかである」とCIは指摘する。「中国は、チャイナ・モバイルと聯合通信の2社しかないが、インドでは30以上の事業者がいる。理論的には、多数の事業者によりインド市場は活気づくはずだが、実際はそうなっていない。ITUは、『インドの地域免許が分割状態であるため、事業者が規模の経済を達成することができず、収益性の高い都市部からルーラル・エリアへの内部補助ができないのが、その理由である。一方、中国は、全国免許を付与しており、携帯電話事業者は地方にも子会社を保有している。中国の利点は、各事業者が全国規模の免許から規模の経済の恩恵を受けるだけではなく、子会社を通じて地域市場にも注力できることである。』」

 CIはさらに、「インドでは、高い輸入関税、事業者に課された高額な免許料および法的・規制上の問題により、携帯電話が高い料金で提供されているため、状況は悪化している。またアジアの大部分が『発信者課金』を採用しているにもかかわらず、インドが『着信者課金』を採用していることも大きな問題の1つである。その結果、インドが1年かけて獲得した携帯電話の新規加入者数を、中国は2週間で達成している」としている。

■インターネット−アジアの上位ISPはキャリア系

 2000年12月に香港で開催された「アジア・テレコム2000」で発表されたITUの報告によると、「携帯端末が、インターネットのゲートウェイとなりつつある」。特に固定網が未整備の発展途上国では特にそう言える。CIによれば、「モバイル・インターネットはアジア全域に普及すると予想されるが、『アジアの不況は、移動体利用に拍車をかける一方、主にPCやネットワーキング・機器の販売がかなり落ち込んでおり、経済不況の結果として、簡易なインターネット・アクセスにユーザが流れている』と指摘するアナリストもいる。さらに、『インターネットにアクセスする方法として、インターネット・テレビや手のひらサイズのコンピュータおよび携帯電話が、今後、アジアのインターネット市場を急速に拡大させる』と予想している。」

 ヤンキー・グループは、アジア地域のインターネット利用者は1999年には3,500万であったが、2003年末までに1億5,000万に達すると予測する。2000年12月に発表された日本ガートナー・グループの予測では、日本を含むアジア地域のインターネット加入者は、1999年の4,300万から、2004年には1億8,800万に成長するとしている(日経BizTech 2000.12.18)。

 アジア地域は、携帯電話と同様に、インターネット利用の世界最大の潜在市場でもある。ITU報告によれば、アジアの先進国では、現在、成人の5分の1以上がオンライン接続している一方、途上国で使用しているのは1%以下しかない。ニュージーランドの国際回線の容量は、バングラディシュの300倍である(バングラディシュの人口はニュージーランドの30倍)。

 インターネット加入者数で見た上位10位のISPは日本企業と韓国企業で占められる。上位10社のうち、4社が「モバイル」ISPであることは興味深い。最大のISPはiモード・サービスを提供するドコモであり、2位の@ニフィティを2倍以上上回る。

 この状況は、上位5位のうち、4位を既存事業者が占める欧州と似ていると言える。米国では、AOLが一人勝ちの状態であり、キャリア系ISPは苦戦している。上位ISPが既存事業者というだけでなく、既存事業者が、各国のインターネット市場の4分の1から半分以上のシェアをコントロールしている地域もある。

 携帯電話と同様、ISP数の増加によるISP間の競争が、結果的にインターネット市場の爆発的な拡大につながったことは明らかである。しかしCIは「すべての国がそういうわけではない。タイでは、18社以上のISPがいるが、すべてのISPに対して、国営の国際通信事業者であるCATが一部出資している。これが業界の成長を妨げ、料金を高くする原因となっている」としている。

■既存事業者の戦い

 携帯電話やインターネット・サービスとは対照的に、基本電気通信サービスの変化は緩やかである。図表3で示すように、収入ベースで見れば、市場は依然として既存事業者により支配されており、新規プレーヤーは市場に影響を与え始めたばかりである。

 CIは、「図表3で見る限り、多くの既存事業者の経営状況は厳しい」としている。「広帯域および新技術への大規模な資本投資を行いつつ、伝統的な国際通信トラヒック収入は、予想ほど伸びていない。さらに、競争導入と国際清算料金の低下による打撃を初めて経験している。VoIP、国際単純再販売(International Simple Resale:ISR)およびモバイルが、伝統的な回線交換サービスに与える影響は劇的である。その良い例が香港で、1999年始めにISRが自由化されてすぐに、ケーブル・アンド・ワイヤレスHKTの国際通信トラヒックが減少し、現地のサービス提供業者との間の激しい料金戦争に突入した。」としている。

 顧客の立場から見れば、これは料金値下げを意味する。「主要国向けの国際ダイヤル通話(IDD)料金は、1999年の最初の8ヶ月間で少なくとも30%値下がりした。新規参入事業者は、市内ループのサービス提供で、既存事業者に直接挑戦する様相を呈している。オーストラリアPowertelや香港New T&T、ニュージーランドSaturn Communications等の新規参入者は、ワイヤレス・ローカル・ループ、ADSLおよびCATVと、新サービスやプラットフォームを組合せた事業機会を狙っている。ヤンキー・グループは、『参入当初のシェアよりも、料金値下げや新サービス等の競争的な反応をせざるを得ないよう、既存事業者に与えるインパクトの方が重要である』としている。」

 さらに「既存事業者の市場シェアは著しく低下し、テルストラおよび香港テレコムのシェアは50%以下になっている。しかし、既存事業者には応戦する体力がある。依然として規模の力と人的な数の力にものを言わせることができる。また、欧州の事業者のように、地域内で、他の既存事業者のシェアを奪うというよりはむしろ、アジアの大部分の事業者は事業の再構築を行い、インターネットやモバイル事業への出資を行っている。」として、シンガポール・テレコムの例を挙げている。

 シンガポール・テレコムは、アジア地域の主要な事業者に直接投資するのではなく、代わりにワイヤレス「ソリューション」ディベロッパーやB2Bの電子商取引のポータルを買収している。また同社は、アジア市場で現地バージョンの検索エンジンを提供しているライコスとのジョイント・ベンチャーも組んでいる。

 CIの結論は、既存事業者には耳の痛いものである。CIは、「既存事業者の最大の変化は、その『態度』であろう。グローバルな競争相手が成長し、非常に競争的な料金やサービス品質保証を提供するにしたがって、アジアの既存事業者は、顧客ケアや企業カルチャーに対して多額の投資を行う必要性があることを、ようやく認識し始めたようである」と締め括っている。

<寄稿> 武川 恵美
編集室宛 nl@icr.co.jp
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