ホーム > レポート > Hyper Asia >
ハイパーアジア
2001年12月掲載

タイの外資規制、後退

 2001年10月、タイのタクシン政権で、新電気通信法案が国会を通過した。民間の電気通信事業者への外国資本の出資比率の上限を、現行の49%から25%へ引下げる内容で、早くも批判や見直し検討発言が出ている。新通信法通過の背景と影響を概観する。

■新通信法通過の背景

 タイではこれまで、電気通信自由化のためのマスタープランが閣議承認されては、政権交代でふりだしに戻るという紆余曲折の状況が続いた。1995年5月にチュアン内閣案、同年11月にバンハーン内閣案、97年11月にチャワリット内閣案が出されており、今回成立した新通信法案は、チャワリット内閣の第3次マスタープランを元に、前チュアン内閣が草案を作成し、現タクシン内閣に引継がれたものであった。

 タイは、97年2月のWTO基本電気通信交渉合意で、2006年までに外資を含む完全自由化を約束している。さらに、98年のアジア通貨・経済危機の際に、国営の独占事業者であるタイ電話公社(TOT)とタイ通信公社(CAT)の民営化を行うことでIMFと合意していた。こうした経緯の延長上で、新通信法案が国会で採決されるに至った。

■新通信法

 新通信法により、これまでTOT、CATの委託を受ける形で通信事業に携わっていた民間事業者は、独立した免許制で直接事業を手がけられるようになる。その条件として、上限を49%と定めていた各社の外資出資比率を25%に引下げることが義務付けられている。(日本経済2001.10.29)

 現在、民間事業者は、TOTまたはCATから、BTO(Build-Transfer-Operate)方式により事業権(concession)を与えられ、電気通信設備の建設・サービス運営を行い、収入の一定割合を収入分配(revenue sharing)として支払っている。Financial Times(2001.11.2)は、「BTO方式により建設されたネットワークの所有権は、建設後、各公社に引き渡されていたが、規制緩和後、両公社からBTO事業者に返還される(revert ownership to the operators)」とあるが、今後の事業権の扱い等については曖昧なままである。

 49%の上限は、1934年電気通信法の下、別の法律で規定されている。今般の25%条項は、下院に回る前の上院で編成された結果である。タクシン政権の母体である愛国党は現地資本を重視しているはずであり、同政権が法案成立を最優先して議会に歩み寄ったとも取られるが、その理由について明確な報道はなされていないようである。(KDD総研R&A、2001年11月号)

■新通信法の影響

 外資規制の後退による影響が最も少ないのは、Advanced Information Service(AIS)と見られている。AISの株主であるShin Corp.は、タクシン首相が創業オーナーである(タクシン首相は「テレコム・タイクーン(大君、実力者)」と呼ばれている)。AISの戦略的パートナーであるシンガポール・テレコム(SingTel)の出資比率は20%以下であり、新通信法の影響をほとんど受けない。ただし、株式市場を通じて外国企業が取得した株主を含めると、AISも外国企業の保有限度に抵触すると指摘する業界アナリストもいる。

 TT&Tは、現在の外資比率は合計で20%程度だが、「戦略的観点から提携内容(外資比率を高める)を見直すこととしており、同法律が施行されると、外資パートナーとの提携が難しくなる」として、緩和するよう、正式に政府に要請している。

図表1:主要通信事業者の出資比率

(KDD総研R&A 2001年11月号)

事業者名

主な現地資本(%)

外国資本(%)

Advanced Information Service Shin Corp(40.51)

Singapore Telecom(約20)

Total Access Communication UCOM(41.64)

Telnor>(29.94)

CP Orange TelecomAsia CP Group>(51)

Orange(49)

TelecomAsia> CP Group(23.73)

Verizon(18.19)

Thai Telephone and Telecomunications>(TT&T) Jasmine(35)

NTT西日本(12)

UCOM Boonchai Bencharongkul(12.37)

Telenor(24.9)

Samart Vilailuck Family(34)

Telkom Malaysia(20)

Shin Corp. Shinawatra Family(42.64)

Singapore Telecom(5.18)

Shin Satellite Shin Corp.(37.09)

多数

 タイでは、近年、ベライゾン(旧ナイネックス)、NTT、シンガポール・テレコム(SingTel)が進出するとともに、ノルウェーTelenorが移動体通信事業者TACに30%出資している。また、OrangeがCPグループとの合弁企業に49%出資して、2002年までに6億ドルを投下して新たに移動体通信網を建設する計画がある。しかし、タイの通信事情は依然として、周辺国よりも著しく遅れている(図表2)。

 タイ電気通信協会は「電気通信はタイ経済の発展にとって極めて重要であり、そのために多大な資金を必要とする。国内資金では不十分で、外国資金が必要である」として、外資の投資意欲を阻害するような新通信法を批判している。

図表2:東南アジア主要国の電話普及率(2000年末)

(TeleGeography 2002)

固定電話回線数 人口100人当り
普及率
シンガポール 194.7万回線 48.4%
マレーシア 463.7万 〃 19.9%
タ  イ 525.2万 〃 8.6%
フィリピン 300.0万 〃 4.0%
インドネシア 666.3万 〃 3.2%

 政府は、既存の外国取引や株式保有には、新通信法は適用されないと説明している。しかし業界関係者、特に外国キャリアは、事業権免許から、独立免許に切り換ることを懸念している。独立免許の下で現在の水準を維持できなくなる恐れがあるためである。

 TOT、CATの民営化に関しては、99年4月に成立した公企業会社化法(Corporatization Act)の下で実施される。両公社は2002年には上場させる予定であり(日経産業2001.4.19)、外資の上限は20%まで認められる予定である。

 競争を監視するため、独立規制機関として国家通信委員会(NTC)が2000年末に設立される予定となっていた。しかし、政権交代にからんで設立が遅れており、設立は2002年となる見込みである。新通信法では、NTCが、透明性を確保した運営を行うことが明記されておらず、またその決定が客観的かつ合法であることを確保するためのアピール・メカニズムを欠いている。(Financial Times 2001.11.2)

 タイ外国商工会議所連合は、「外国投資を歓迎するという一方で、保護主義的な動きを見せており、ただでさえ低迷する外国企業の投資に悪影響を与える恐れがある」と訴えており、10月25日には、ソムキット副首相が「反対意見を聞きながら、法律を改正する用意がある」と答えている(日本経済2001.10.29)。非社会主義国の発展途上国で25%という水準は、国際的に見ても低すぎだろう。ASEANの中での信用を維持するためにも、早晩、法律改正が予想される。

<寄稿> 武川 恵美
編集室宛 nl@icr.co.jp
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。