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マンスリーフォーカス
No.80 March 2006

世界の通信企業の戦略提携図(2006年3月8日現在)

237. 情報通信市場競争激化と産業構造変化(概要)

 不均衡のまま同時好況が続く世界経済は活発な企業活動に支えられ、将来への成長期待も高く、世界の株式市場の米ドル換算時価総額は2005年末に$40兆を突破した。世界の約4割が米国、約1割が日本である。従来日本・西欧諸国本拠の企業は米国預託証券(ADRs)の発行により流通性を確保してきたが、ビベンディ・ユニバーサル(VU)のように競争激化に伴うコスト節減のためADR廃止を検討する向きも出てきた。世界の流動性減少が懸念される微妙な国際金融情勢下、2006年2月末から3月初頭にかけて米国の情報通信産業界では二つの大きな出来事があった。第一は検索サービス企業最大手グーグルのジョージ・レイエス最高財務責任者(CFO)発言を受けたニューヨーク株式の急落2006.2.28)で、第二はSBC によるAT&Tの吸収合併で誕生したばかりの新AT&T)のベルサウス(BLS)$670億買収(2006.3.5合意)である。

情報通信サービス企業業績評価の変転

 技術革新競争が激しさを増す米国情報通信産業ではリスクをとって先陣を切るための投資が必要で、一年がかりの大手通信企業合併が一旦落着しオールド・メディア再編成が続き大小様々なM&Aが検討中のところ、関係企業の株価収益利率(P/EPS)に対し投資家は敏感になっている。

 問題のレイエスCFO発言は、2月28日朝のメリル・リンチ証券主催投資家向け説明会で「・・・入札式検索広告サービスを最適化する開発チームの努力でシステムは最高に効率的になっており、あとは有機的成長つまり顧客トラフィックの伸び次第だ。事業の金銭的側面については別の道を見つけなければならない・・」と説明した下りがアナリストに「急成長してきた業績の伸びが鈍化する」ととられ、直ちにグーグル株価が13%下落し余波がハイテク株全般に広がったものである。反響を見てグーグル社は同日午後声明を出しグーグル株価終値は7%下落に収まり、3月2日終値は3%上昇した。

 これは株価収益利率=株価/一株当たり収益がS&P500社平均18ハイテク企業平均22で、アマゾン44ヤフー51に対しグーグル73のところで起きた出来事である。米国経済の陰りに対する株式市場の苛立ちが背景にあるのだが、永らくインターネット事業はカネのかからぬビジネスと見られてきたのに転機がきて、伝統的な小売店が競争力を保つための投資が必要なように、ネット・オンライン競争に生き残るためにも継続投資が必要との新哲学が登場したとも思われる。グーグル社声明は「・・・カネづくりの改善は将来の売上増を促す重要な要因。我々はカネづくりを改善する機会はまだあると見ており努力を傾注する所存」としている。ウェブサイト企業の経費・投資増大は事実であり、グーグルの場合研究開発投資は2005年に倍増し販売・マーケティング費用は第3四半期から第4四半期に47%増えている。一般に上場企業は業績予想を含む投資指針(guidance)を公表するがグーグルは2004年夏のIPO時から一貫して拒否してきた。今回の株価下落はその反発ではないようだが今後は方針転換を迫られることもあろう。

 今回の出来事はたまたま2005年業績に対するフォーチュン誌表彰もあって新AT&T株価が上がった日だったので、次表の通り、先月紹介した世界の情報通信サービスプロバイダーTOP30社番付の順位が変動し、新AT&TNo.2、グーグルNo.3となった。

世界の情報通信サービスプロバイダーTOP30社(2006.2.28現在)

 トップの携帯電話会社ボーダフォン(Vodafone Group plc: VOD)は、2005年秋から市場シェア順位の上がらない市場から成長性あるセグメントにシフトする戦略検討に入り、2000年以来の「巨大化指向(big is beatiful)」も改める気配がある。No.4中国移動(CHL)は2006年半ばの3Gサービス開始の準備に余念がない。No.5以下は通信企業もメディアもこの一ヶ月新AT&Tのベルサウス買収を別にして大きな動きはない。

新AT&Tのベルサウス買収

 AT&T分割で生まれた7地方持株社(RHC)の1社サウスウェスタン・ベルは1995年にSBCコミュニケーションズ(SBC)と改称、パシフィック・テレシス買収(1997年)アメリテック買収(1999年)で拡大し米国通信企業No.2に成長した。SBCは4RHCの1社ベルサウス(BLS)と合弁事業移動通信有限会社シンギュラー・ワイヤレスを発足(2001年1月)AT&Tワイアレスを買収(2004年2月)の後、ついに旧親会社AT&Tを$160億で買収し(2005.1.31)FCC・司法省等の承認を得て合併手続結了日(2005.11.18)にAT&Tに改称した。今回この新AT&T(T)がベルサウスを買収する(2006.3.5合意・発表)。T1.325株を1BLS株と交換する合併で、BLS3月3日終値$31.46に17.9%上乗せし1株当たり$37.09支払う買収総額は約$670億と見込まれる。AT&T+BLS合併によりシンギュラー・ワイヤレスは新AT&Tの100%子会社としてAT&Tワイヤレスになる。FCC・司法省等規制機関の承認を得て合併後も移行完了まで新会社の経営体制は3社並立のままとし、T取締役会にBLS取締役3名を加え、E.E.ウィテカー(Edward E, Whitacre Jr.)新AT&T会長兼CEOが新会社会長兼CEOに就く。

 2005年売上高$439億・2006年1月現在従業員数19万名の新AT&Tと売上高$205億・従業員数6.3万名のベルサウス、売上高$344億・従業員数6.3万名のシンギュラー・ワイヤレスが一体になり、2005年末固定電話7000万・携帯電話5414万・ブロードバンド1000万の延長線上、2006-2008年頃に年商$1200億・時価総額$1700億・従業員数28万名という米国最大の通信企業の誕生である。
合併効果の第一は、シンギュラー・ワイヤレス出資者間の緊張関係が融け、西欧に遅れた携帯電普及率(70%程度)を引上げる努力が市内電話減収の影響を挽回し売上高に占めるセルラー収入比率が上がる。
第二は通信網統合効果で、BLS長距離トラフィックの他社からAT&T網への切替による設備コスト節減、BLS・シンギュラー商品のAT&Tブランド切替えによる広告費用節減などシナジー効果は$180億と推定される。
合併効果の第三はパーッケージ売りの容易さ、顧客の好みに応じた固定電話/携帯電話/ブロードバンド・インターネット・アクセス/TVのパッケージサービス・料金が提供し易くなることである、

 問題は大型合併はAT&T独占の復活、合併は競争を弱め料金を上げると叫ぶ反対論だが、通信企業とケーブルTV企業がブロードバンド・インターネット・アクセスを激しく争いVoIP電話サービス事業が急成長している現状はかつての独占に程遠く、関係者や有識者は楽観的である。ただ政治的判断は別で、だからこそ2005年大型合併(SBC+AT&T/ベライズン+MCI2)審査過程で折衝が始まり2006年秋中間選挙前に目鼻がつくよう急遽大型通信企業合併が再登場したと思われる。

238. オンライン化旋風を克服したレコード産業に規制の眼が光る(概要)

IFIP

 国際レコード産業連盟(IFIP)の「2006年ディジタル音楽報告書(2006.1.19発表、24p)」によれば、世界の2005年インターネット・携帯電話経由楽曲販売は2004年の$3.8億の2.9倍=$11億に達した。2005年にインターネットからダウンロードされた楽曲数(シングル曲)は4.2億曲と2年前の20倍を超えた。適法ダウンロード・サイトは2年前50箇所の6,7倍=335箇所に増えレコード会社からの許諾は200万曲だった。2005年にディジタル音楽市場が開花し、レコード会社売上高の6%までになった。2005年はまたアジアを中心に携帯電話機の音楽機能(動画圧縮技術MP3及び音楽管理ソフト)が急速に発達した年であり、ディジタル音楽売上高$11億の半分はモバイル・ミュージック、モバイル・フォンが占める。
日本レコード協会によれば、インターネット経由国内有料音楽配信の2005年売上高は 342.8億円で、その94.3%は携帯電話向け有料配信だった(2006.2.25日経新聞)。IFIPは日本のモバイル・ミュージック売上高は2005年1-9月$2.11億、ディジタル音楽総売上高の96%と報告している。
J.ケネディ国際レコード産業連盟会長兼CEOは「2年前今日のディジタル音楽ビジネスの盛況を予測した者はほとんどなかった。ディジタル音楽市場の形成に伴い2006年にも相当な成長をとげることになろう。世界有数のディジタル音楽市場の英国・ドイツではiTMS・ミュージックロード・MSNなど適法サイトからの音楽購入が不法ファイル交換を凌駕した。違法コピー対策は世界17カ国に広がり不法ファイル交換提供者の法的訴追約2万件を2005年に行い、チャイルドネット/若者音楽教育/ディジタル・ファイル・チェックなどの不法コピー追放キャンペーンを展開した。・・根が深い問題の大きさから2006年にも努力を続ける必要があり、音楽流通関係者やサービスプロバイダーの皆様に協力を要請する」と述べている。

アップルと大手レコード会社の確執

 アップル社(AAPL)は2001年に携帯音楽プレーヤーIPodを発売し、2003年4月音楽配信サービスITMSを開始したオンライン・ミュージックの創始者である。現在世界21カ国でITMSを展開中のアップルは2006年2月22日楽曲販売数が10億曲を超えたと発表した。米国サイトで提供する楽曲数は200万曲以上で有料配信サービスシェア80%を占め、大容量フラッシュメモリを備え動画像を再生できるiPod NANO(2005年10月発売)やiTMS経由TV配信(2005年12月NBC番組開始)を始めた。ディジタル音楽ビジネスの先頭に立つアップルは、2005年携帯音楽プレーヤー販売で米国市場シェア67%を占め、ディジタル音楽配信サービスで世界市場シェア64%を占めた。

 ところがiTMS経由iPodへのダウンロードは音楽ならばオーディオでも音楽ビデオでもシングル1曲99セント、iPod NANOへの動画ならば1作品$1.99で新旧を問わないというアップル料金戦略は大手レコード会社と衝突する。伝統的商法は売出し中の楽曲よりも旧くなった曲を安くする、換言すれば旧曲より新曲を高くする変動料金戦略できたのに対し、アップルは新曲の価格を低くすることがオンライン音楽市場の成長を促進するとフラット料金を信じる。S.ジョブスCEOは伝統的商法を貪欲と呼んだことがある。

 ユニバーサル(UMG)、ソニー/BMG 合弁、ワーナー・ミュージック( WMG)、EMI(EMI)の四大レコード会社は、端的に言って、シングル1曲99セント、アルバム$9.99というアップル料金設定を止めてもらいたい。iTMS開始時のアップルに対するレコード会社の楽曲許諾契約は今3月末更新のタイミングを迎えている。レコード会社は1曲65-75セントトイウ現行手数料の値上げを求めアップルの利用料金を引上げさせるものと予想される。

 エコノミスト最新号(2006.3.14刊)記事「買収はそちらか私か(Your fix, or mine?)」によれば、映画産業や出版業その他のメディア産業に比べ、これまで音楽ビジネスはいつもタレントの逮捕とかヒット・チャートの不正とかいかがわしいことの多い業界で最近も敏腕のニューヨーク州検事総長E.スピッツァーがラジオ局の買収事件を立件したところである。
ラジオ局買収は、新人歌手発掘・レコード売り上げ増に効果的なラジオショーの担当者に賄賂(ペイヨーラ)を贈り(電器製品。航空券・ホテル利用券・楽器など渡す)出演やコンテストで有利に計らって貰う叉女のこ子を雇い聴衆者よそおいリクェストさせるもので、1950年代に始まり今も続いている。ニューヨーク事件ではソニー/BMGが謝罪し罰金$1000万の支払いで決着した。

2006年3月初頭米連邦司法省は音楽配信サービス産業の反競争業務慣行について調査を開始したようである。未公表のため調査対象企業が判明せず業界筋ではアップルの示唆による四大レコード会社召喚と見る向きが多い。オンライン・ミュージック発展のためにはこの辺で利用者行動を含む実態調査を音楽産業側から希望すべきだろう。

239. 躍進するインドの電気通信(概要)

 インドは亜大陸(欧大陸に準ずる広がり)とも呼ばれ、2005年推定人口10億9500万、宗教構成はヒンドゥ教徒82.7%、イスラム教徒11.2%、キリスト教徒2.6%、シク教徒1.9%、仏教徒0.7%、ジャイナ教徒0.5%から成り、ヒンドゥ教が圧倒的だがインドネシア以外でイスラム教徒が最も多い国である。宗教の違いで亜大陸の東西にまたがるブリッジ国家パキスタンはとは建国以来未解決のカシミール帰属問題もあり対緊張関係にある。P.ムシャラフ元帥・パキスタン大統領印度訪問(2005年4月)でM.シン印度首相と国境・停戦ラインを超えた双方住民の交流拡大や印パ貿易振興で一致してから新しい二国関係が始まった。M.シン印度首相は同じ4月に来訪した中国の温家宝首相と本格的国境交渉を前提とした「政治指針原則」に署名して国境紛争の解決へ踏み出した。温家宝首相は印度来訪前にパキスタンを訪問しシャウカット・アジズ首相と会談し21項目からなる中パ友好協定を結び、経済・安全保障・外交・教育など幅広い分野で協力関係を拡大すること並びに自由貿易協定(FTA)交渉開始で合意した。インドはロシアともIT・エネルギー開発などでの協力に合意したが、ロシアが核兵器保有国増大を防ぐための核拡散防止条約(NPT)で認める核兵器保有国(米露英仏中)に含まれ、インドが印パ紛争のためパキスタンとともに核兵器保有国になってるのにNPT未加盟なので微妙な外交関係にある。NPTは核兵器保有国を5カ国に限定し、それ以外の国には核の民生利用の権利を認める一方で、秘密裏の核兵器製造をさせないよう査察受け入れを義務づけている。印パのほか核兵器保有が濃厚視されているイスラエルは未加盟で、核問題が今浮上しているイラン・北朝鮮はNPT加盟国でありながら条約違反を非難されている。
米国はインドを「多民族・多宗教が共存する法治主義国家」と規定し「あと20年で世界の5大国の仲間入りするインド」「価値観を共有できる友好国インド」に肩入れした協力強化のため、NPT非加盟インドにあえて原子力技術で協力することに踏み切った。

 インド政府電気通信規制局(TRAI)によれば、2005年末現在インドの携帯電話加入数は7592万、固定電話加入数は4893万で総電話加入数1億2485万の対人口普及率11.4%に達し、1999年策定新電気通信政策の普及率目標7%を超えた。しかし固定電話頭打ち・減少傾向に鑑み改訂された2003-2008年計画の携帯電話中心に普及を図る目標9.11%には実績6.93%で及ばなかった。
携帯電話の料金値下げを指導する新政策の効果は、2006年1月TRAI報告に掲載された表「2003-2005年月別携帯電話増加状況」の通りである。

表 223-2005年月別携帯電話増加状況
(出所) TRAI Press Release No.3/2006

 シンガポール・テレコム(SingTel)が株式30.8%保有するインド最大の携帯電話事業者バルティー・テレベンチャーは2005年末現在GSM加入数1630万とブロードバンド/固定電話加入者120万から2005年第3四半期売上高対前年同期比42%増の302.6億ルヒー($133,9億)、純利益対前年同期比25%増の54.5億ルピー($1.23億)を稼いだ。バルティー幹部は「成長投資負担が重い現段階では利益よりも営業収益が重要だ。外為の差損も厳しい」とする。ボーダフォンはインド市場進出の手がかりとして2005年10月バルティーに10%出資したようである。

 1956年分離独立した国際通信事業OCSをVSNLが継承(1986.4.1設立、株式全額政府所有)し、1999年の通信自由化・株式民間開放・従業員持株制開始に伴い、2002年大手財閥タタが株式45%を取得してVSNLはタタ・グループ入りした。市場開放・インフラ整備・外資導入を促進するインド政府は現在国有企業の政府持株売却を検討中であり、VSNL持株26%も含まれている。

 タタ・グループにはムンバイ・マハラシュトラ・ゴアでCDMAセルラー772万加入提供中の100%子会社Tata Teleservicesもあるが、最近カナダの国際通信持株会社テレグローブの取得手続完了を発表した(2006.2.14)。テレグローブは年商$100億程度、国際ビジネス比率80%の小規模国際通信企業で2000年頃ベルカナダ・エンタプライズグループ(BCE)が買収対象にしたこともあったが、そのまま赤字傾向できたもの。VSNLはテレグローブ1株当たり$4.50支払いと債務を引き受けにより総額約$2.39億で買収の上、テレグローブとVSNLを合わせた新会社VSNL インタナショナルを発足し卸売・企業情報通信はVSNL ブランドで、国際通話・モバイル・IP接続はテレグローブブランドで販売する。新会社は35カ国に拠点を構え、卸売顧客1,400社・ビジネス顧客650社以上を共有資産とし、地上/海底光伝送路20万km・衛星5基・30地上局を始めとするグローバル網・国際通信事業者415社との対応や240地域との接続など音声ビジネス・データ・モバイルビジネスを展開する。VSNLが世界に乗り出す時がきた。

<寄稿> 高橋 洋文(元関西大学教授)
編集室宛 nl@icr.co.jp
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