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研究の眼
2010年12月24日掲載

モバイル事業指標のアップデートの必要性

グローバル研究グループ 小川 敦
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 先日、KDDIは「Skype au」を発表した。同社はこれを「禁断のアプリ」と呼んでいたが、VoIPではなく回線交換方式で通話を行うというもので、「禁断」と表現するには多少大げさなのではないかと思っている。もっとも、モバイルVoIPが通信事業者にとってリスクであるというのは確かだろう。IPベースの世界になるにつれてMOU(monthly Minutes Of Use)は存在意義を失いつつあるからだ。特にオールIPベースのLTEの導入により、こうした流れは強まるだろう。

 しかしながら、通信事業者が決算発表時などに開示する事業指標はここ10年ほどでほとんど変わっていない。MOU、ARPU(Average monthly Revenue Per Unit)、契約数など周知の項目である。MOUはデータ通信が音声通話に取って代わり、今後VoIPになっていく流れの中で意味をなさなくなってくる。ARPUや契約数についても、複数のSIM(Subscriber Identity Module)を持つユーザの増加に加え、Internet of Things、M2Mなどが増えてくる中で、合理的な事業指標ではなくなってくる。

 試しにNTTドコモKDDI(au)が公開している事業指標を見てみたい。契約数については、内訳として通信モジュールが記載されているが、成長分野であるはずのスマートフォンやドングルの契約数は記載されていない。また、MOUは公開されている一方で1ユーザあたりの月間平均データ利用量は公開されていない。こうした状況は海外の通信事業者にも同じことが言える。

 スマートフォン契約数や月間平均データ利用量は時折、通信事業者の単発的な発表によって知ることができる場合もある。例えば、2009年12月に世界初の商用LTEを開始した北欧のTeliaSoneraは2010年11月に開催されたLTE Forumでのプレゼンテーションの席上、LTEユーザの月間平均データ利用量は14〜15GBだと発表している。通信事業者はおそらく基本的に、スマートフォン契約数や月間平均データ利用量はいわゆるセンシティブ情報と捉え、開示を控えているのだろう。しかしながら、こうした事業指標を定量化して開示することには意味があると思われる。何より、通信事業者の事業の透明性を確保・向上することに繋がる。過去においては通信事業者の収益源はアクセス(回線の利用権)と利用(通話秒/分数)の大きく2つのみだった(だからこそ、基本使用料と無料バンドルという仕組みがある)ため、MOU、ARPU、契約数といった従来の事業指標だけで良かったかもしれないが、これらの事業指標だけでデータ・セントリックな現況を的確に分析することはできない。

 冒頭のVoIPに関連して言えば、SkypeやViberといったVoIPサービスはいくつかあるものの、これらは少なくともモバイルの世界ではまだ市場を席巻するほどの規模になっているとは言えない。この背景としてはいくつか考えられるが、まず1つに、通信事業者が静観するアプローチを取っていることが挙げられる。中にはVoIPアプリの利用を禁じるというかなり保守的なケースもある。「Skype au」についても回線交換方式で提供している以上は、VoIPの情勢を様子見していると言ってもいいかもしれない。背景としてもう1つ、音声料金が下落の一途を辿っているということがある。欧州を中心に通信事業者間の接続料が特に下落している。最近ではドイツで12月、欧州委員会が掲げる目標値を念頭に置いた接続料改定が行われた。ユーザ料金でも、例えば米国などでは音声通話が無制限に利用できる料金プランはかなり一般的だ。こうしたこともVoIPサービスの魅力度を相対的に小さくしている。

 このような状況の中で通信事業者はMOUの維持に努めると思われるが、いずれにしても事業指標としてのMOUの意味は徐々に小さくなっていく(MOU以外の従来の事業指標も)。まもなく2010年が終わり、1か月後の1月下旬あたりが海外通信事業者の第4四半期決算発表のピークとなる。今すぐ事業指標が追加あるいは変更になるのを期待するのは難しいかもしれないが、事業の本質が変化し続けている中で事業の透明性を確保することにおいては、通信事業者としてだけではなく一般論でも企業としての姿勢が問われる。
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