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研究の眼
2012年7月19日掲載

モバイル・エコシステムの解釈で際立った違いをみせる日韓のモバイル事業者−Kakao(カカオ)ショックに揺れる韓国、LINE(ライン)との提携が話題の日本

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1.日韓の主要モバイル事業者が秋田で業界の未来を議論

6月下旬、肌寒さの残る秋田に日本、韓国の主要なモバイル事業者(以下、MNO:
Mobile Network Operator)の幹部が一堂に会して、モバイル・ビジネスの未来を議論するシンポジウムが開催された。

会場が首都圏から離れていたこともあり、マスコミで大きく報道されることはなかった。しかし、日韓のそれぞれ上位3社のMNOの上級役員級のキーパーソンが勢ぞろいし、業界展望を語りあったのは恐らく初めてのことであり、内容的にも両国のモバイル・エコシステムに対する見方の違いが鮮明になるなど、大変に興味深いイベントであった。筆者は、同シンポジウムのモデレーター(司会者)としてその場に立ち会うことが出来たので、簡単ではあるが、当日の様子を紹介しながら解説を試みたい。

シンポジウムの概要は下記の通りであるが、登壇者の氏名、肩書などの詳細(注)は、リンク先の情報通信学会のホームページを参照されたい。また、当日のプレゼンテーション、発言、議論などの様子は、今後、情報通信学会誌に議事録が掲載される予定である。

(注)登壇者の肩書はシンポジウム告知時点(6月上旬)のものである。

【シンポジウム概要】
・年日:2012年6月23日(土)
・場所:公立大学法人 国際教養大学(秋田)
・主催:情報通信学会(日本)と情報通信政策学会(韓国)の共催
・テーマ:「モバイル・ビジネスの未来」
・出席企業:
(日本)NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル
(韓国)SKテレコム、KT、LG U+

会場の国際教養大学(秋田県秋田市)

会場の国際教養大学(秋田県秋田市)

2.共有されたトラヒック爆発とネットワーク投資増大の危機感

このシンポジウムでは、各社のプレゼンに引き続き、「モバイル・エコシステムの確立に向けたコーオペレーション」というサブテーマのもと、会場からの質問も交えて、活発なパネル・ディスカッションが行われた。

両国のMNOの主張は、「モバイル・トラヒックの爆発」が危機的であり、それに対処するネットワーク高度化投資が待ったなしである、という点で共通していた。数値に多少のばらつきはあるものの、各社とも2010年(もしくは2011年)を起点とした5年間で、モバイル・トラヒックは10倍以上に激増するという予測を提示していた。そのようなトラヒック激増の理由は、ひとつにはスマートフォン、タブレット端末の普及拡大であり、さらには、それらを通じたOTT(Over-the-Top)と呼ばれるネット企業が提供する高容量サービスの利用増大であるとする点でも、日韓の見方は一致していた。(ある韓国MNOのプレゼン資料では、2015年のスマートフォン・ユーザ比率(推計)を、世界(13.5%)、日本(51.0%)、韓国(79.2%)とする資料を引用していた)

3.モバイル・エコシステムの解釈には日韓で大きな差

上述の課題に対する日韓の危機感は共通していたものの、筆者の「MNOとOTTプレイヤーが協業しなければ、モバイル・エコシステムは維持できないのではないか?」という問いかけに対する答えは、日韓で大きな温度差があった。一言でいえば、日本は両者の関係は友好的であり、今後もその拡大を目指すという立場だったのに対して、韓国は両者の関係は緊張状態にあり、現存する課題を解決しなければ協業は成立しないという姿勢を取っていた。

最近、ICTの世界でエコシステム(生態系)という用語を随所で目にするようになったが、「モバイル・エコシステム」の厳密な定義が確立しているわけではないため、「共存共栄の相互補完空間」とみるか、「食物連鎖に依存した生存競争空間」とみるのか、置かれた環境や立場によって解釈が大きく違っている(ちなみに、元来の生物学の「生態系」の解釈は後者である)。欧州の大手MNOであるオレンジ(フランステレコム傘下)は、2012年2月のモバイル・ワールド・コングレス(バルセロナ)において、MNOとOTTの関係を「Frenemy(味方でもあり敵でもある)」と表現したが、モバイル・エコシステム内の構成者は、時にFriendであり、時にEnemy ともなりえるのだ。

4.秋田にも持ち込まれた韓国の「Kakaoショック」

現在の韓国では、新興ネット企業のKakao社が、モバイル向けのインスタント・メッセンジャー(MIM)サービスの開始から2年間で4,000万ユーザ(全モバイル顧客の70%以上)を獲得し、次なるキラーアプリとしてモバイルVoIPサービスの試験提供を開始したところである。それに対して、MNO各社が「収益基盤が破壊され、投資財源が枯渇する」として反発する事態が生じている。最近になり、LG U+社はモバイルVoIPへの対応を「全面禁止」から「全面受け入れ」に180度転換したようだが、読者の中には、今後のLTEの拡大などにより、音声通話がオールIPサービスの1メニューになる流れの中で、モバイルVoIP自体を禁止(ブロック)することは非現実的だと思う人もいるだろう。事実、韓国のMNOもモバイルVoIP事業者は同国に20〜40社近く存在し、また、MNO顧客の70%はそれらを利用可能な定額制料金(比較的高額なプラン)に加入していると説明していた。そのような状況下で、Kakaoの参入だけが大きな波紋を呼んでいるのは、他の事業者と比べて、ケタ違いにモバイル加入者への既存サービス(MIMなど)の普及度が高いためである。

秋田の場でも、業界首位のSKテレコムはプレゼン資料の中で、KakaoのMIMのために2年間で自社のSMSサービス利用が約三分の二にまで激減し、その売上高も大きく減少した事実を具体的に説明していた。このような、「Kakaoショック」とでも言うべき業界環境を背景に、韓国のMNOはエコシステムは生存競争空間であり、OTTをEnemyとみなす姿勢が、日本よりも相対的に強かった。実際、韓国側のプレゼンでは、最近の日本では滅多に使用されない「network free ride」 という用語も、一度ならず使用されていた。

5.韓国は垂直統合されたサブ・エコシステムの激突を強調

また、エコシステムの範囲(競争法でいえば「市場画定」)をどこで区分するのかによっても、MNOとOTTの協業可能性の解釈は異なってくる。モバイル産業全体が単一のエコシステムを形成するのではなく、その中で、MNOに加えてGoogle、Apple、Nokiaなどが、各々の垂直統合されたエコシステム(いわば、サブ・エコシステム)構築を志向している様子は、韓国のみならず日本のMNOのプレゼンでも指摘されていた。しかし、Kakao問題に揺れる韓国は、サブ・エコシステム同士の激突により、MNOのネットワーク高度化投資などが困難化しているという訴えを、より鮮明に打ち出していた。さらには、韓国のICTエコシステム内でパワーシフトが生じていると主張し、韓国最大のネット企業のNHN(注:検索サイトNAVERの親会社。モバイルVoIPのLINEなどを提供)やサムスンが、MNOと比較して相対的に高い利益率をあげている事も指摘していた。

垂直統合されたサブ・エコシステムが並立しているとしても、その全てにとって物理的な伝送ネットワークは不可欠である。そして、現時点でアクセスからコアまでの大規模ネットワークを保有しているのはMNOのみである。そのようなMNOのモバイル・ネットワークは、OTTサービスを通過させるだけの単なる「一般道」となるのか、それとも、両端にゲートがあり、サービスエリアのような中間地点での付加価値を提供可能な「高速道路」のような存在になるのだろうか。数年前まで、世界の主要MNOの間には、前者に立脚した「ダムパイプ」ペシミズムが優勢であったが、ここ1〜2年は「ダムパイプのスマートパイプ化」というオプティミズムが広がっている。

日韓のMNOについて見ると、LTEを中心とする新技術やOTTライクなサービスの取り込みにより、一方ではネットワーク混雑を解消し、他方ではネットワーク(パイプ)をスマート化する戦略を取る点では一致していた。しかし、ここでも、置かれた環境の違いから、外部のOTTとの協業に楽観的な日本と、悲観的な韓国で立場が分かれていた。

6.日韓のMNOとKakao、LINEの関係が示唆すること

韓国では、Kakao への対応を巡って、MNOの姿勢に反対するグループが「ネットワーク中立性違反」というスローガンを掲げてデモ、集会、陳情などを行っている。モバイル・エコシステムとネットワーク中立性の問題が、根幹で繋がっていることを物語る展開である。「エコシステム」、「中立性」という言葉は、往々にして理想論に棚上げされ、現実のビジネスの舞台では「総論賛成、各論反対」の堂々巡りに陥りがちである。今まで述べて来たように、秋田の議論でも、その点が垣間見られた次第である。

奇しくも秋田のシンポジウムから約10日後、KDDIはau版の「LINE」をリリースすることで、NHN Japanと提携すると発表した。上述の通り、LINEは韓国系企業が開発したKakao類似のサービスであるが、全世界のユーザ(4,500万)の半数近く(2,000万)が日本のユーザであり、母国の韓国を大きく上回る人気を誇っている。そのLINEとKDDIが提携したことは、韓国のKakaoへの反発(LG U+は除く)と対照的であるが、日本でも、下記のようにKDDIの動きを「禁断」と論評する業界報道もある。

「捨て身? au、“禁断”無料通話の賭け LINE提携でデータ通信量増狙う」(IT Mediaニュース:2012年7月12日

今後、韓国がKakaoという各論をどうクリアしていくのか、また、日本が総論を各論に成功裏に具体化して行くことが出来るのか、大いに興味を持たせてくれるシンポジウムであった。

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