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研究の眼
2013年4月12日掲載

ベライゾン、AT&Tによるボーダフォン買収報道の財務的側面

(株)情報通信総合研究所
経営研究グループ
松村 広志
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米国でAT&Tと並ぶ大手通信事業者の1つであるベライゾン・コミュニケーションズ(以下、VZCと表記)は、Vodafoneと共同出資するベライゾン・ワイヤレス(以下、VZWと表記)により移動通信事業を展開している。VZWの持分はVZCが55%、Vodafoneが45%であり、VZWはVZCの連結子会社という位置づけである。そして報道によれば、VZWの発足した2000年以降、VZCとVodafoneの間ではVZWによる配当支払や互いの持分を巡って、繰り返し交渉がなされてきたとされている。最近では2013年4月2日に、AT&TとVZCが共同でVodafoneを買収し、VZCがVZWの未保有分を引き継ぐ一方、AT&Tがその他地域の事業を取得するとの報道がなされた。VZCはこの報道を当日内に否定したが、 VZCは今年初めに、VZWの完全子会社化を永らく望んできたとのCEOコメントを明らかにしている。VZWの事業は好調で今やVZCの利益の大半を生み出しており、これを完全に掌握したいというのは当然のことである。だが更に、財務における資本の健全化という面からもVZWを完全子会社化したい動機があるように思われる。

非支配持分に偏る当期純利益

まずVZCの当期純利益(最終的な利益)を見るならば(図表1参照)、過去4年間、当期純利益は比較的安定して推移している。ところが、その内訳を見ると、VZC株主に帰属する利益が減少して、Vodafone等の非支配持分に帰属する利益が増加している。直近の2012年度では実に当期純利益の9割以上が非支配持分に帰属するという状況である。

図表1:VZCの当期純利益

当期純利益にこのような偏りが生じるのは、VZCの営む2つの事業(移動通信と固定通信)に採算性の大きな格差があるからである。ここ数年の営業利益(本業から得られる利益)を見ると、移動通信の営業利益が相対的に大きく、かつ増加しているのに対し、固定通信の利益は減少が続いて殆ど無くなりつつある。このうち移動通信はVZWが担っており、その利益の55%しかVZCには帰属しない(残りの45%はVodafoneに帰属)。その一方で、VZCではM&Aに伴うリストラ関連費用や退職給付債務の穴埋め等の費用も多額にのぼる。したがって、VZCは移動通信で稼ぐ利益の55%でもってこうした費用を賄わなければならない。連結当期純利益のうちVZCに帰属する部分が非常に小さくなっていることには、このような背景がある。

(注)VZCの営業利益内訳は下表のとおり。

純資産の構造に及ぶ影響

当期純利益の帰属先が変化すれば、当然のこととして純資産の持分も影響を受ける。VZC株主の持分が減少する一方、非支配持分(Vodafone持分を含む)が増加することになる。図表2に示すように、連結純資産における両者の持分は2009年には殆ど半々であったが、2012年にはVZC株主持分が4割を切っている。

実はVZC株主持分が減少したことには、大きな理由がもう1つある。それはVZCが当期純利益を上回る配当を支払い続けてきたことである。その様子は配当性向(配当÷当期純利益)の値に如実に表れている。2009年度には1.09倍であったが、その後上昇を続けて2012年度には6.61倍に跳ね上がっている。こうした過大な配当の結果、VZCの利益剰余金(これまでに稼いだ利益の蓄積分)はマイナスに転じてしまった。仮に2012年度のような利益と配当が続けば、計算上はあと数年で純資産のVZC株主持分が底をついてしまう。

図表2:VZCの純資産

ではなぜVZCはこのような無理な配当を続けるのか。端的に言えば株価維持のためと考えられる。通信市場のみならず株式市場においても、VZCにとってのライバルはAT&Tに他ならず、VZCはAT&Tと同等かそれ以上の株主還元を目指さざるをえない。株主還元の状況を見るために、両社の総還元利回りを図表3に示す。ここで総還元利回りとは、よく知られた指標である配当利回り(株式投資の利回りを示す指標で、「1株当たり配当金÷株価」で算出される)をアレンジしたもので、自社株取得額を加味したものである。すなわち、(1株当たり配当金+1株当たり自社株取得額)÷株価で計算される。

これを見ると、AT&Tが4年連続でVZCを上回っており、2012年度は自社株取得の実施により値が倍増している。VZCは前述したように無理な配当を実施しているにも関わらず、株主還元においてAT&Tに及ばない。こうした株主還元競争があるために、VZCは配当を減らすわけにはいかない。

図表3:VCZとAT&Tの総還元利回り

(注)上記4年間の自社株取得:AT&Tは2012年度のみ実施で、VZCは実施なし。

VZWの完全子会社化による純資産の健全化

では、仮にVZWを始めとする連結子会社をすべて完全子会社化して、非支配持分をすべてVZC株主持分に取り込んだ場合に、配当性向はどうなるか。試算してみると、2011〜12年は1を超えて(つまり配当が当期純利益を超過して)いるが、現状のVZC株主に係る配当性向(2012年度で6.61倍)に比して、遥かに健全な値となる。見方を変えれば、現状においても株主全体(VZC株主及び非支配持分の株主)を視野に入れて配当性向を考えれば特段大きな問題はない。VZC株主持分のみを考えると配当が過大になっている点に問題があるのであって、VZWの完全子会社化は事業戦略上の観点に加え、こうした財務上のVZC株主に係る資本構造の問題を解決する手段として見ることもできるのである。今後、VZWを巡るVZCとVodafoneの動きを見守るうえで、こうした視点を持っておくことは有益であると思われる。

(注)もちろんVZCがVZWの未保有分45%を買収して完全子会社化するためには、負債による資金調達を行う可能性もあり(VZC自らが認めている)、どのような取引スキームであれ、その買収自体が財務構造に大きな影響を及ばす。そのためVZW完全子会社化後のVZCの配当性向は上記の試算どおりにはならない。
 しかしながら、前述のように純資産のVZC株主持分が著しく減少している状況は見過ごすわけにいかず、数年以内に資本構造の抜本的な見直しを要することに変わりはない。

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