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2001年8月掲載

BTとAT&Tでのビジョンの挫折
−晩鐘ひびく両巨人の再起なるか?−

■相次ぐBad News

 このところ通信事業者の巨人、BTとAT&Tをめぐる芳しくないニュースが多すぎる。

 巨額の負債削減のため、なりふりかまわず手当たり次第に海外資産を処分しているBT。
 世界戦略の重要な拠点と宣言していた日本でも日本テレコムでの持分をボーダーホンに譲ったのも、つい最近のこと。株価も急落、Vallance会長は引責辞任に追い込まれた。

 AT&Tも株価急落で、成長部門の資金調達のため苦し紛れに4分割構想を打ち出し、最初にスピンアウトされたAT&T Wirelessの株式上場。Armstrong会長が打ち上げたCATVインフラを利用する“All-Distance Company”(市内/国内長距離/国際通信のすべてに対応)のビジョンの中核とすべく10兆円以上もかけてTCIやMediaOneを買収して作ったCATV部門(AT&T Broadband)が下位のCATV事業者であるComcastに3割以上も下回る格安価格で買い叩く買収提案される惨状である。もっとも、最終的にはAT&Tの取締役会は「Comcastの提案は安すぎる」と拒否したが、会長が他のCATV会社(Cox)にも売却を打診したとも報道されている。AT&TはCATV中心の野心的なビジョンを断念したと受け止める向きが多い。会長自身の引責退任さえ予測されている。

 両社のグローバル事業JVであるConcertも巨額赤字を垂れ流し、ついに手仕舞いの協議が両社トップで始まったという。

 ついこの間までは両社ともに業界に限らず、アナリストや金融機関からも「その戦略/ビジョンは素晴らしい」と囃された会社である。

 ついこの間まで、通信業界に君臨した超優良会社に何が起っているのだろうか?

■いち早くグローバル企業を目指したBT

 BTは1984年の民営化以前の公社時代から、いちはやく世界を目指した。もともと英国ではBT同様に国営企業だったCable & Wirelessが海外(香港、バーレーン等)で事業を展開し、BTは国際通信も手がけるものの国内で事業をおこなうという住み分けがなされていた。しかしBTは初めて民間からヘッドハントしたKing氏を海外事業専任の重役とし、カナダのPBXメーカーを買収したのを手始めに、米国進出を図った。最終的には米国の新興長距離通信事業者WorldComに「鳶にを油揚をさらわれた」が、米国第2位だった長距離通信事業者MCIの買収の瀬戸際までいった。日本にも早くから注目し、民営化当時ロンドンで仕事をしていた筆者にKing氏から近々初代のBT駐日代表となるBT若手のJones氏を紹介され、日本での事業展開のヒントをアドバイスしてくれと依頼されたこともある。海外の通信事業者で日本に駐在事務所や現地法人をつくったのは、DT(独)、FT(仏)、AT&TなどにくらべBTが飛びぬけて早かった。欧州ではドイツ、フランス等で携帯電話会社の買収を進め、アジアでもシンガポールでNTTコミュニケーションズと折半でStar Habという総合通信ジョイント・ヘ゛ンチャーを形成したほか、韓国、などにも積極的に足場を築いてきた。

 当時BTは電話加入者数ではNTTの約半分だったにもかかわらず、従業員数では2/3もあり生産性も極端に悪く、ロンドン生活で実際に体験した保守サービスも日本に比して格段に劣悪だったが、その積極的な海外展開にだけは感銘をうけた。

 そのBTも、相次ぐ果敢な海外進出にともなう巨額の投資に加え、昨年春の次世代携帯電話免許オークションでのVodafone等との激烈な競り合いで予想外の高値落札となり、これが直接の引き金となって、それまでほとんどゼロにちかかった借入金が5兆円を超えて急増、いっぺんに財務面の苦境が顕在化した。携帯電話事業でも子会社のCellnetが次第にライバルのVodafoneに出し抜かれ、固定電話でも新登場のCATV電話に市内の加入者を1/4ちかくまで奪われるなど、お膝元の事業にもガタがきていた。

 その結果、シンガポール、マレーシア、韓国などのアジア諸国での投資を回収したばかりでなく、それまで重要戦略地点であるので手放さないと言明してきた日本や欧州でも海外戦線を急速に撤退している。まさに、なりふり構わぬ債務削減とリストラである。

 その積極的なグローバル戦略ビジョンは、既にはかなくも音をたてて崩れ去ったといえよう。

■CATVインフラを軸に
 "All-Distance Company"を目指したAT&T

 1997年11月にAT&T史上最初に「生え抜き」でなくヒューズ社からヘッドハントされAT&T会長/CEOとなったArmstrong氏は、靴が埋まるような分厚い絨毯のAT&T本部ビルを安穏と日を送ってきたこれまでの王国AT&Tのシンボルとして、それまでのAllen会長の体制を痛烈に批判し、社風革新に乗り出した。

 1998年のAT&T年次報告書で彼は、「われわれは、AT&Tを、単なる長距離通信会社からany-distance companyに変えつつある。単に音声通話を大半の業務としている会社から、音声、データ、ビデオなど顧客が必要とする情報をいかなる形であっても充足して接続できる会社へ---米国国内の会社から真にグローバルな会社へと変革していく。」「最近、AT&Tが相次いで戦略的な企業買収、ジョイント・ヘ゛ンチャー、新テクノロジーやサービスの迅速な採択などを行っているのは、こういう狙いからである。」と謳い上げていた。

 こうした戦略ビジョンは、具体的には、CATVインフラを軸として広帯域回線を作るとともに市内の足回り回線を自前でもち、かってはAT&Tの子会社でありながらいまや巨大なライバルとなっているベル系地域電話会社の向こうをはって、市内/長距離/国際に至るすべての分野(any-distance)で自己完結のワンストップ・ショッピングを目指す形となった。これに対しライバルは別として、業界のみならず社会全体が卓越した素晴らしいビジョンだと賞賛し、「さすがは再建屋Armstrongだ、これで凋落気味のAT&Tの再興なるか」と囃したものである。

 こうしてAT&Tは、米国最大の巨大CATV会社だったTCIやMediaOneを10兆円を超す巨額で買収した。とくにMediaOneの買収時には、下位ながら着実な設備/業務改善で健全な財務状況にあるCATV会社のComcastと激しく競り合ってまで強引に買収した。しかし、CATVは本来、一方向の放送メディアであったため、その双方向化に使えるよう改良しなければならない。また、信号の減衰対策で増幅のためのブースターもほとんどマンホールごとに数百メートルごとに設けられており、これの抜本的改善も必要である。さらにTCIは歴史の古いCATV会社であっただけに、設備が光ケーブルよりも同軸ケーブル主体で改良に予想以上に手間とコストがかかった。Lucentに移行したベル研究所とは別に設けたAT&T研究所の技術力をもってしても、古いCATVインフラをインターネットや電話通信にも対応できる新しいインフラに改良するのは困難な課題であった。今日でもまだ、部分的な試験システムにとどまるパイロット・サービスが小規模に実用化されたに留まり、巨額の投資にひきあう収益がまだほとんど上がっていない状況のまま推移している。

 最近のBusiness WeekでのインタービューでArmstrong会長は、「Bundleしたサービスを顧客に提供していくというワンストップ・ショッピングのAT&Tの戦略は変わっていない。われわれは3年も前に音声長距離通信事業は衰退すると予測して、手を打ってきた。」と強弁し、「私を批判する意見は承知しているが、概ねAT&Tの成功を恐れるライバルからの批判だ」とも主張しているが、かってのビジョンが思うように具体化していないことは否定しようがあるまい。

■ビジョン崩壊の背景

 一旦は喝采を浴びた両社のビジョンがなぜスムーズに実現されなかったのか。次のようないろいろな背景が考えられる。
  1. 情報通信産業全体の流れが変わり、ついこの間、経済成長の原動力ともてはやされたのが、海底光ケーブルに象徴されるような過剰設備などが顕在化し、また、WinStar、360networks、Teligent、Iridium、ICO等の新興事業者が相次いで破産手続に移行した。金融機関もITブームで通信部門に多額の設備資金を融通したが、債務不履行が多発し、通信分野での不良債権問題が大きく浮上して米国でも金融不安の引き金として懸念されるような事態となってきた。
  2. 通信事業者の株価が大幅に下落し、社債格付も格下げされたため、新株発行や社債による資金調達に大きな支障がでてきた。
  3. BTの場合は英、独での3G携帯電話免許が法外な高額で落札せざるをえなかった。また、海外資本参加等でも、「広く薄く」というマイノリティ持分がほとんどであったため、機動的に経営の主導権を握れなかった。
  4. AT&Tの場合は、ビジョン実現の核となる大金で買収したCATVの改良に手間取ったうえ、技術的な問題もなかなか解決できなかった。買収の大半は、現金ではなくCATV会社の株式をAT&T株式と交換する方式であったが、なかなか収益に寄与しない資産の取得で、AT&T株全体の収益率が大幅に薄められ、AT&Tは史上最初の減配を行わざるをえなかった。また、買収にあたり旧株主に魅力のあるようにするため時価に上乗せしたプレミアム価格で買収したため、買収価額と実体価額の差、いわゆる「ノレン代」の償却という重荷を背負った。さらに、買収されたCATV会社の負債の肩代わり引受もあり、これは直ちにキャッシュ・フローを圧迫することとなった。
  5. 両社ともに従来の通信網(電話交換網)にしばられ、一時はインターネットを電話事業のライバル視したこともあり、インターネットへの対応が遅れた。

■今後の見通し

 BTはリストラで本年第2四半期で約5兆円あった負債のうち約1/3を削減したが、なりふり構わぬ負債削減でかっての世界戦略はどこかに吹っ飛び、再び振り出しに戻り、英国国内に閉じこもらざるをえなくなった。財産処分も損切りでの緊急避難的なものが多かったため、今後しばらくはその償却負担が重くのしかかることとなろう。「緊急処分ののちBTに残される資産の75%は競争のきわめて激しい英国とドイツに限定され、これら資産による今後の事業の成長見込みはどうみても多くは望めない」とするアナリストの意見が多い。5月に発表された固定網部門と携帯電話部門への二分割構想も、成長部門である後者の設備投資資金獲得のための苦肉の策であり、将来を見据えたビジョンなどといえる代物ではない。今後、高額な免許で取得した3G携帯電話の建設のために、DTと設備共用などの協定を結んだというが、まだまだ多額の資金も必要である。

 AT&Tについても、昨年10月に発表した「消費者部門」「事業所部門」「携帯電話部門」「CATV部門(AT&T Broadband)」の分割構想も、携帯電話部門などの成長部門の必要とする資金手当てが主眼とされており、しかも最近のComcastによるAT&T Broadbandの買収騒ぎで、このキー部門さえAT&Tは手放すのかという衝撃が走った。4分割構想は、「事業所部門」がいわば親会社的な機能をもち、AT&Tというブランドを管理し、4部門が協調して一体的な運営をしていくという触込みではあるが、最近の事態の進展から見て、にわかには信じられない。一部の米国有力紙が「AT&Tはdismantle(崩壊)が始まったのではないか」と報じているのもこうした疑念からであろう。

 また、AT&Tの強力なライバルであるベル系地域電話会社が、これまで厳しく禁じられていた長距離通信(LATA間通信)を認可されるようになったのも、AT&Tの先行きに黒い陰を投げかけている。1996年電気通信法は、ベル系地域電話会社が市内設備/サービスをライバルの新規参入市内事業者に十分に開放したと州およびFCCが認定した地域に限り、ベル系地域電話会社が自己の営業区域発信の長距離通信事業へ進出できる仕組みを作った。これまでに9件の認可申請がFCCに出され、当初は市内開放不充分としてほとんどが却下されていたが、昨年から、SBC(テキサス州等南西部担当のベル系地域電話会社。太平洋岸のPactelおよびシカゴ地域のAmeritechの同僚2社を吸収合併)がイリノイ州とテキサス州で認可され、Verizon(大西洋岸南部担当だったBell Atlanticがニューヨーク・ボストン地域の同僚だったNynexを買収。さらに最大の非ベル系電話会社だったGTEをも買収)も、ニューヨーク州とマサチューセッツ州で同様認可をFCCから取得し、サービスを開始している。Verizonは7月にコネチカット州でも認可を得ている。SBCもVerizonも、ともに管内の他の州についても続々認可申請手続を取り始めている。これらのベル系地域電話会社は、DSL事業でも活発に活動し、財務状況もしっかりしている。なによりも従来からの地域の加入者をしっかり押さえており、市内・長距離通信のワンストップ・ショッピングができるようになれば、長距離通信専業だった事業者の強敵になりつつある。ベル系地域電話会社が長距離通信を認可された地域では、既に相当数の長距離通信顧客がこれまでの長距離通信事業者(AT&TやWorldCom/MCI、Sprint等)からベル系地域電話会社に鞍替えし始めている。

 2002年から米国での「ノレン代」償却の会計手続が改正され、これまで認められてきた数十年という長期での償却がきびしく短縮されることとなっており、これもまたAT&Tにさらなる重荷となろう。

 ライバルのベル系地域電話会社への機器売りこみのため1996年にAT&Tからスピンアウトされた機器製造部門のLucent Technologiesも、財務が行き詰まり、社債はjunk(紙屑)に格下げされた。結局は破談にはなったが仏のメーカーであるAlcatelに丸ごと買収される騒ぎがあったのもついこの間である。ルーセントは、そのホープ事業部門である光通信機器製造部門を最近、古河電工に売却する合意をした。成長部門から売りに出しているルーセントの将来も明るいものとはいえまい。

 AT&T、BT両社の再起をめざした苦闘はしばらく続こう。しかし、両社ともに通信事業者の横綱であり、通信産業全体のため、いや通信不況が引き金となっている全産業での暗い景気の立ち直りのためにも、晩鐘はともかく、弔鐘とはならないよう両社の土俵際での再起を祈りたい。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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