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2009年11月4日掲載

IFRSの津波が来る
―ルールの変更は経営管理に及ぶ―

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 国際財務報告基準(IFRS)の取り扱いについて、金融庁企業会計審議会企画調整部会は、本年6月16日「我が国における国際会計基準の取り扱いについて(中間報告)」を公表しました。そのポイントは、次の2点です。

(1) 任意適用
2010年3月期(年度)から、国際的な財務・事業活動を行っている上場企業の連結財務諸表に、任意適用を認めることが適当。

(2) 将来的な強制適用の是非
強制適用の判断時期は、2012年を目途(2012年に判断の場合、2015年又は2016年に適用開始。)。

 それまで、企業会計の世界での理論的議論であり、主として欧米における主導権争い的に受け止められていた、IFRSの我が国への適用問題が現実の企業経営上の課題として、本格的に浮上して来ています。

 IFRSは、ロンドンに所在する、国際的な会計基準団体であるIASBが設定した基準とその解釈指針から構成されたものの総称であり、その特徴として、

  1. 財務諸表の役割は、現在及び将来の株主・債権者の意思決定のための情報提供
  2. ルールベースではなく、原則主義
  3. 法的形式ではなく、経済実体重視
  4. 純利益ではなく、包括利益
  5. 収益費用アプローチではなく、資産負債アプローチ(B/S重視、即ち、P/LはB/Sの連結環)

などが上げられています。

 また、EUを始め、既に、世界110ヶ国以上で採用(予定)となっており、アジアでも、香港、シンガポール、韓国では採用や義務付けが既に決定され、中国でも、IFRSとほぼ整合的な新基準が公表されるに到っています。さらに、米国においても、外国企業に対し既に容認され、自国企業に対しても適用を認めるか否かに関する計画案が公表されています。これまで、SEC登録やNYSE上場などで、米国企業のみならず、外国企業に対しても、米国会計基準(US GAAP)を義務付けて来た米国が、IFRSの適用を認めて、これを導入する方向に動き出しています。これまでなら、ロンドンなど欧州の証券取引所は、米国基準に準拠した財務諸表を受け入れて来た歴史があるだけに、世界の会計基準の潮流が大きく変化していると言ってよいでしょう。

 これも、新しい形の国際標準化争いと考えるべきです。我が国も、決して避けて通るべきでなく、むしろ、この標準化争いに積極的に加わり、私達が長期に渉り培って来た経営判断基準、経営モラル、投資家行動、市場慣行などを、IFRSの中に反映させる途を追及すべき段階であると考えます。

 会計問題、特に、会計基準となると、専門性が強く、会社内では、会計・財務担当や公認会計士の役割と割り切ってしまい、経営トップは、ともすると避ける傾向があったと思います。これまでは、それでも、各論的な取り扱いの議論だったので済んで来ましたが、今回のIFRSは、いわば総論から各論までの全面的な変更なので、会社の経営管理や株主・債権者などのステークホールダーとの関係に大きな影響が生ずることになります。企業実態が変わらないのに、表し方が変わるだけで経営が影響を受けるのは、一見、理不尽な感じがしますが、そもそも、基準やルールとは、そういうものです。また、スポーツの例でも見られるように、時として、特定者に有利(または、不利)に働くルール変更が起こっていることは御承知のとおりです。

 今後、IFRSの適用をどのタイミングで判断し、実行していくかは、各社の取り組みになりますが、全体として、経営管理面では、B/S重視、時価主義、短期指向という市場からの圧力がより一層強まると予想されます。特に市場主義傾向の強い米国がIFRSを採用し、基準作りに影響力を強めて来るので、注意が必要です。さらに、事業の結果報告として財務諸表を重視し、株主・債権者への情報提供に加えて、社内外関係者のコンセンサス作りに利用して来た日本企業にとっては、営業利益でも、純利益でもない、包括利益の意味するところを十分理解した上で、IR活動など市場との対話を行わないと、誤解が拡がってしまいます。

 従って、IFRSには、前述のとおり、時価主義、短期指向が内在していますので、時価のない(または、はっきりしない)ものや短期的には計数把握が困難な価値の扱いが十分でないことを承知した上で、それぞれの会社で、財務諸表に基づく経営管理を改めて構築しておく必要があります。最も懸念されることは、自らの経営管理の方法が確立しないまま、IFRSの津波に呑み込まれてしまうことです。

 IFRSは原則主義で、個々の産業や業界に見合ったルールは定められていませんので、グローバルな視点での業界コンセンサス作りや、アジア重視の立場からアジア地域でのコンセンサス作りに積極的に行動していくことが、今、日本企業に求められています。日本は、IFRSを適用、導入することを、既に表明した訳ですから、今が発言できる絶好の機会と考えるべきです。最後に、通信業界においては、特に、アジア各国の発展・成長が著しいので、アジアの通信事業者が協力して欧米勢に対抗して、IFRSに対して発言していくことを望みたいと思います。

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