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2009年12月3日掲載

「ネットワーク中立性」議論の本質
―日米市場構造の違い―

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 米国FCCは、去る10月22日、ネットワーク中立性に関する規制提案を公表しました。これは、これまでの四原則(マーチン前FCC委員長の時、2005年8月5日に採択された「ポリシー・ステートメント」)に、2つの原則を加えるとともに、FCC規則として、違反者に対して課徴金の支払いを命ずることができることを提案しているものです。対象として、“ブロードバンド・インターネット・アクセス・サービスを提供する事業者”(いわゆる、ISP事業者)に義務を課しています。

 米国のネットワーク中立性議論は、経済学や規制論の立場から学説及び競争事業者間で行われて来たものですが、「中立性」という用語に拘らず、結局のところ、1)ネットワーク事業者=ISP事業者によるアプリケーション/コンテンツ市場の垂直統合競争者(ASP/CP)の排除、2)ASP/CPに対する課金方法(アクセス・ティアリング)の問題、の2点に整理されます。簡単に言うと、ASP/CP対ネットワーク(ISP)事業者・端末事業者、との対立構造に尽きます。従って、1)については、反トラスト法では不十分なので事前規制を要するか、否か、2)については、アクセス・ティアリング−サービス提供者への従量制課金の可否、の問題に集約されます。

 現在のところ、パブリック・コメントの募集中であり、これから、双方からの大量の意見が予想され、マスコミを通じての言論合戦に発展して行くことでしょう。こうなると、日本のICT政策議論に波及することが想定されます。

 ところが、日本の市場構造は米国とは大きく異なっていることを、先ず、理解しておく必要があります。政策評価は分かれるところですが、日本には、ブロードバンドを含めてネットワーク事業者に対するアンバンドル規制があって、その結果、競争的なISP市場が成立しています。即ち、米国のように、ネットワーク事業者=ISP事業者という単純な構図にはなっていません。従って、前述の、2)アクセス・ティアリングは規制の問題ではなく、ASP/CPとISPとの間の市場当事者間の協議に委ねるのが適当(2007年9月、「ネットワーク中立性に関する懇談会報告書」)とされて、議論の対象となることはありません。また、1)についても、ネットワーク事業者に対して接続に関する事前規制(接続ルール・義務、接続料算定など)が存在し、ネットワーク事業者には、約款上、公平・公正な接続義務が課されているものの、ASP/CPとISP事業者の間には特定の法制はなく、ISP側に自主規制が行われているだけです。

 以上のとおり、米国FCCのネットワーク中立性規則が扱うポイントは、日本では市場構造の違いから対象となることはないと思われますが、むしろ別の側面、即ち、ネットワークのコスト負担の公平性と利用の公平性の問題として捉えられています。つまり、「中立性」と言う、政治的色彩を帯びた価値観を強く意識した用語は適当でなく、コスト負担と利用の公平性という現実的課題が問題なのであって、米国流の「中立性」議論と一線を画しておく方が誤解や混乱を招かず望ましいということです。

 それでは、日本における「公平性」の議論は、どうあるべきなのでしょうか。新しい論点として、NGNとモバイルがあります。これまでの日本における経験から、垂直統合と水平分離が混合した市場構造が、技術・サービス・顧客満足などのイノベーションにおいて望ましい形態であると考えます。ASP/CPとISPとネットワーク事業者、端末事業者が、それぞれ、

  1. 競争的であると同時に、WinWin関係の構築が可能であること
  2. 接続ルールの下、垂直統合型も水平分離型も容認される選択肢があること
  3. 設備投資コストの回収が可能となる(設備競争を阻害しない)範囲での市場規制であること

が、バランスのとれたイノベーションが促進される市場形成につながります。日米間の市場構造の違いから、グーグルやアマゾンのような巨大なASP/CPに特に注目が集まりがちですが、一方で、日本には、多数の競争的なISP事業者が存在しています。これは、ネットワークに対するオープン規制と同時に、著作権などの法的保護の扱いの違いに拠るところが大きいためと考えるべきです。

 いわゆるICT全般の国際競争力で言うと、端末や機器の製造・保守サイドでみると、水平的な分離で多数の市場を獲得する方がよいが(ノキア、エリクソンの例)、他方、技術やサービス開発サイドでみると、垂直的な統合により設備投資の促進や顧客獲得を図る方がよい(アップル−アップストア、日本の携帯ISPサービスの例)と言えます。結局、この両者を混合した政策、戦略が必要です。つまり、技術経営論で言う、モジュール化とインテグラル化の組み合わせが重要ということです。特に、モバイルの場合、LTEから4Gへと向かう技術のイノベーションと周波数の効率的利用が期待されるので、垂直統合モデルによる新事業創出がポイントになります。また、固定通信のNGNにおいても、アプリケーション/コンテンツと端末の垂直統合が進んでいますが、ネットワークとの機能分担が新たな課題となることから、技術・サービスの革新やネットワークの世代交替促進の役割が、より一層、新しいネットワークに求められて来ると思われます。現実に、最近の動きとして、ASPやCPの中には、セキュリティや権利保護の懸念から、端末としてのPCへの接続を避ける動きが見られます。ネットワーク事業の垂直統合機能の復権の兆しと見るべきでしょう。

 規制論や学説とは別に、実際の事業面では、既に垂直統合が当たり前となっており、世界に通用し得る日本発の新たな付加価値は、コンテンツとプラットフォームと端末との融合によって創出されることでしょう。反語的な言い方になりますが、徹底した“ガラパゴス化”の途を忘れてはいけません。モジュール化だけではなく、優れたインテグラル化も国際競争力の源泉となり得るものです。その際に、「コスト負担と利用の公平性」が担保されていなければなりません。ネットワーク・インフラの役割が希薄化することのないよう、NGNとモバイルの今後の機能発揮が注目されます。

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