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ICR View
2013年7月8日掲載

クラウド/ビッグデータ時代の「通信の秘密」、再構築の必要性

(株)情報通信総合研究所
相談役 平田正之

情報通信サービスを取り巻く法制に新しい動きがみられるようになっています。本欄ICR Viewにおいても、これまで(1)個人情報保護法制の整備、(2)共通番号制度導入と個人情報保護機関の創設、(3)民法(債権法)改正における契約約款の義務化、(4)クラウドサービスの利用規約のあり方、などを取り上げてきました。

電話サービスが中心でかつ電電公社及び国際電電という特殊法人(会社)による独占事業体制下で行われてきたサービスにまつわる各種の法制が、インターネットの普及・拡大でメールやWebへのアクセス、さらにはSNSなどがサービスの主流となることで、再構築が求められています。同時に情報通信事業が多数の民間企業によって営まれるようになって四半世紀以上が経過し、事業関係法制以外にも法制上の再構築が求められるようになっています。主に個人情報の取り扱いや契約約款など情報通信サービスの提供者と利用者の間の関係を律する法制に関心が集まっています。

例えば通信サービスが独占から競争に移行するのに伴って、サービス約款(利用規約と呼ばれることが多い)の整備が不十分な事業者が見られるようになり契約者保護の必要性が生ずると同時に、契約約款の義務化の議論が法務省法制審議会民法(債権法)部会で進んでいます。また、日本の個人情報保護の法体系は統一的な法基盤は十分でなく、主務官庁主義の下にあります。今回の成長戦略においても個人情報の利活用が取り上げられていますが、その一方で個人情報の保護と利活用はいわば車の両輪なので、米国やEUでそれぞれの基本原則に従って取り組みが進められているのに対し、日本では基本原則において十分な議論が進められていない実情にあります。TPPやEPA交渉等において、個人情報の取り扱いとそのデータ流通に対し課題が突き付けられるのではないかと懸念されます。

電話時代からインターネットの時代に移行することで、利用者と提供者の間を律する個人情報の取り扱いや契約約款のレベルを越えて、そもそも論である「通信の秘密」についても改めて考えておく必要が生じています。電話という1対1が基本の通信方式を基本に、コスト面でも制約が伴う電話サービスにおいて、長い間、具体的な取り扱いが追求されてきた「通信の秘密」に関し、ここで少し法制を概観しておきます。

日本国憲法第21条第2項
 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密はこれを侵してはならない。
電気通信事業法第4条
 電気通信事業者の取り扱いに係る通信の秘密は、侵してはならない。
 2 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても同様とする。

また、通信サービスの一般法となる有線電気通信法第9条と電波法第59条にも、同趣旨の規定があります。以上のように憲法の定めの下に個別の法律で通信の秘密の保護が規定され、違反者に対し厳しい刑事罰が科されています。
 このように通信の秘密は厳格に保護され、電電公社/国際電電という独占企業体以来、今日に至るまで当該事業者によって企業倫理においても厳格に守られてきました。しかし、インターネット時代の今日、クラウドやビッグデータの扱いが技術面、サービス面で一般化しており、個人情報をベースに便利で満足度の高いサービスがいわゆるネット企業によって提供されるようになっています。通信事業者は通信の秘密保護の刑罰規定で通信の取り扱い中の秘密を守ることが規定されているのに対し、通信事業者ではない、いわゆるネット企業にはこの種の規定はなく、バランスを欠いた状況です。もちろん、個人情報等の機密保持は事業者の契約上の責務であり、民事上の責任を負っています。しかしながら、これまでの経験から通信の秘密は事業者によって守られているとの認識があるので、民事上の責任を規定しているサービス約款(利用規約)を現実に契約者・利用者が読むことはほとんどないと思われます。契約約款上の義務(責任)なので、この面では通信事業者もネット企業も法的な扱いに違いはありません。業法で通信事業者には約款の届出(認可)の義務が定められていますが、利用者との関係は民法上の契約関係なので、民事的には約款の届出の義務の有無によって違いはありません。

民法(債権法)でサービスの契約定款を義務化して、その中に個人情報の取り扱いや通信に関する機密保持を定めて責任関係を明確化することによって通信の秘密は契約で保護され、民事責任を明らかにすることが可能となります。実際、ネット企業において、個人情報を得て(引き換えに)検索や情報提供などのサービスを提供することが、クラウド技術やビッグデータ解析によって一層便利に、素早く、快適に行われるようになっています。ところが、通信事業者に対しては、通信の秘密について厳しい刑事罰をもって臨み、ネット企業に対しては約款内容を含めて十分な吟味がなされていないといった不均衡状態が生じています。当然のことですが、現行憲法の下で長い間、通信事業者によって厳格に守られてきた通信の秘密を、個人情報の利活用を優先するあまり、無視してよいと言っている訳ではありません。ネット企業との極端な不均衡、国内外企業による適用の有無の差、さらには一部にある厳格であるが故の当事者個人の契約約款への無関心、サービス提供者の約款整備の遅れなどの現実を踏まえて、これを是正するために通信事業者に対する刑事罰適用領域の運用面の明確化を求めたいと思います。問題は、刑事罰の適用は通信事業者の個々の従業員に対して極めて強い畏縮効果をもたらしますので、刑事罰の対象となる行為の構成要件を明確化して不確実性をできるだけ排除する方向で再構築されることを望みます。この点に関しては、法制及び解釈上は正当業務行為による違法性阻却範囲を拡大する法定化を行って現実的な解決を図ってきています(プロバイダ責任制限法の制定)が、そもそも違法性阻却の取り組みでは予見可能性に限界があると言わざるを得ません。さらなるネット上の被害者救済や有害情報排除のためには、違法となる構成要件が限定的に判断できるような法制上の配慮が求められます。

また、今年3月に北海道湧別町の地吹雪の中、携帯電話で助けを求めた遭難者の位置情報について消防からの問合せに対し携帯事業会社が迅速に応ぜず、父娘が凍死するという痛ましい事故が発生しましたが、そもそも携帯電話機の位置情報が通信の秘密と同等の取り扱いとなっていることが不思議でなりません。携帯電話機保有者の居場所まで広く通信の秘密とするのは通信事業者が独占で国家的機関であった時代の名残りとも言うべきで、これこそまさに民間通信事業者の契約約款で定めるべきプライバシー保持レベルの問題ではないかと考えます。この事故を受ける形で、本年5月29日、総務省に「緊急時等における位置情報の取扱いに関する検討会」が設置されて、現行ガイドラインの見直しなどを取りまとめることになっています。

インターネットやモバイルサービスが主流となった情報通信の世界でグローバルなデータ流通がますます盛んになっていきますので、国際水準を見極めたメディア規制の大きな枠内で通信の秘密もまた再構築していくことが必要なのではないでしょうか。あくまで個人情報の保護と利活用は車の車輪、クラウド技術やビッグデータ解析の進展だけではなく、利用者の契約約款(利用規約)への関与も併せて高めていかなければなりません。通信の秘密を厳格に解釈・運用するだけではむしろ逆効果です。憲法の定める「通信の秘密」は国家からの自由のひとつである言論の自由を保障するものであるか、個人の権利としてプライバシーを保障するものか、いずれにせよ国家対個人の文脈で捉えられます。しかし、今日問題となっているのは、個人のさまざまな活動から生ずる個人の権利の衝突であったり、広く社会や公の安心・安全(公共の福祉)の領域のものです。自由で健全な社会の発展のために、新しい情報通信技術の成果を個人と社会双方で享受するための法制面での取り組みに期待しています。

最後に本欄「ICR View」に2009年4月以来、毎月投稿して参りましたが、私は先月の6月24日をもちまして当社情総研の社長を退任いたしました。従いまして、今回のこのICR Viewをもちまして私の投稿は最終回となりますので、ここに御報告申し上げます。このICR Viewには、当社情総研幹部が引き続き投稿して参りますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。長い間、ありがとうございました。

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