2015年7月28日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

なぜ携帯電話帳は存在しないのか?~アダム・スミスと「個人の通信行動の原理」:「感情の交換」と「専門知の交換」


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アダム・スミスの「人間の行動原理」(共感による交換)と社会

経済学の祖アダム・スミス(1723年~1790年)はその著著「『道徳感情論』においては道徳感情の交換される様を、『国富論』においては財やサービスが交換される様を、人間を説得したいという思いの諸相として描いている」(「アダム・スミスとその時代」N. フィリップソン)。
人間は精神的にも物的にも一人では、他者との関わりがなくては生きてはいけず、本性として人間は他人の心を想像し共感できる、また共感されたいという能力や性向(「共感性」)をもつ。そして「社交(社会上の交際)」を通じ、相手から共感(賞賛や愛情)を得るためには自制すべきこと行うべきこと(正義や慈恵)のルール、すなわち善悪の一般的な判断基準(倫理)を自覚するようになる。行うべき慈恵はこの「倫理」というより同情など思いやりの感情から推進されるが、行ってはならないこと(正義の感覚)に対しては、侵害への恐怖や憤慨の感情から、更に厳格な社会ルールとして「法」が作られる。こうして「諸感情の交換」の中から形成された倫理と法により社会の秩序が形成されるのである。

この一般的ルールの形成は人間の本性としての共感性によるのであるが、しかし人間はすべての人に普遍的な愛情をもてるわけではない。一方、物的な相互互恵のためには相互の愛情や愛着がない他者(赤の他人)の間でも、相手の利己心に訴える(相手の利益になると「説得」し、双方共感する)ことにより、「物やサービスの交換」取引が成立する(取引の場としての市場を研究する経済学において、伝統的に人間の感情の働き(従って感情が交換される私的交流関係も)を捨象して、利己的に合理的に行動する、独立した「合理的経済人」の前提を置いてきた理由はここにある)。
そして参加者がフェアにプレイ(倫理と法の相互遵守)する結果、取引が信頼できる「市場」が成立する。この「市場」の成立を前提に「分業」(職業職種分化=専門化)が発展し、労働生産性が上昇して国は富むのである。

「私的交流関係」と「社会的分業関係」:「感情の交換」と「専門知の交換」

以上がアダム・スミスの人間の本性たる「共感」からの「感情の交換」により生み出された「倫理」による「社会秩序の形成」と、その倫理に支えられたフェアな「市場」の形成を背景とする「分業」による「経済発展」の原理の概要である。
このスミスの原理に従い、形成された社会における個人と社会の関係=社会構造を検討してみれば、社会は人間の行動の原理―自己愛(利己性:理)から他者への愛情(利他性:情)へ至る「情理」―により、「情(利他性)」を行動原理とする「私的交流(人間)関係」(広義のコミュニティ)と、言わば情なき「合理性(利己性)」を行動原理とする業種・職種の「社会的分業(相互専門家)関係」の2つの関係が重なり合う構造にあると理解されよう。
この2つの関係内部において交換されるものは、前者では「感情」でありそしてその交換は「社交(社会的交換」」と呼ばれる。後者では様々な異なる知識・技能(専門知)を所有する専門家により生産された「物・サービス」―各専門家により生産された物やサービスは専門知識や技能(知識を活用できる能力)の体現物と考えれば―「専門知」であり、貨幣を媒体としたそれら交換は「商取引(経済的交換)」と呼ばれる。

個人の行動の原理と社会時構造

個人の通信(テレコミュニケーション)行動の原理(目的と範囲):C2C「社交」とC2B「購買」

電気通信(テレコミュニケーション)は、19世紀末の電話の発明以来長らく続いた―回線を複数の人間で交互に利用する家屋間通信時代を経て、20世紀末からの個人専用の携帯電話の普及に始まり、ブロードバンドと家庭内LAN(2000年代)による固定インターネット利用、スマートフォン(2008年)によるモバイルインターネットの利用の普及によって、現在、電気通信は有線・無線の方法の区別なく全面的な個人通信時代を迎えている。

そしてこの新たな個人(消費者)通信市場の構造の理解には、18世紀アダム・スミスの時代から200年余りがたった21世紀の今日でも、スミスの社会論は有益である。
なぜならば、人間の本性に基づく個人間の「感情の交換」から社会の秩序の形成や経済発展を説明するスミスの原理は、まさに個人のコミュニケーション行動を起点としているからである。

「個人の通信(テレコミュニケーション)行動」の原理をスミスの論になぞらえれば、個人の通信がC2C(個人間)の場合はその通信の目的(動機)は「社交」であり、ゆえにその通信の範囲は、個人の家族、友人、知人といった「私的交流関係」―愛情⇒友情⇒義理人情と、結び付きの情の濃度が外縁にゆくにつれ薄くなる構造をもつ―の内輪に閉じたものとなる。
そしてその外側の情関係なき赤の他人の世界との通信、C2B(個人と事業者間)の場合は、その目的は自分にはない専門知(の体現物としての物・サービス)取得のための「購買(商取引)」―電話による注文や問い合わせ、コンテンツ配信等を含む「eコマース」等―であり、その通信範囲は社会全般の様々な業種の多くの事業者がその時々の通信相手となる。

なぜ携帯電話帳は存在しないのか? ~固定電話は場間通信、携帯電話は個人間通信

消費者通信市場において、この「C2C通信は社交通信であり、C2B通信は商取引通信である」ことの証左が個人名別電話帳の動向である(グラフ参照)。

個人名電話世帯掲載率の推移(1990年〜2013年)

そもそも携帯電話には一般の電話帳というものが存在しない。また固定電話の個人名電話番号世帯掲載率(個人名別電話帳掲載電話番号件数の一般世帯総数に対する割合:注1)は、1990年度末85%程度(推定)から、携帯電話が住宅用加入電話のピーク数(1996年)を超えた2000年度末には70%と10年で15ポイント減少したが、次の10年間は携帯電話普及(2003年以降世帯保有率95%前後)の進展により減少スピードが大幅に加速し2010年には40%弱と、倍の30ポイント減少した。そして2013年には約30%までに低下している。(注2)

その理由は固定電話は場間通信であるのに対し、携帯電話は個人間通信であることによる。固定電話はもともと手紙や電報同様の「場宛通信」(住宅用固定電話の名義は個人でも通信は家屋間)であり、電話の利用は家族ら複数者の共用であった。ゆえにその利用目的も手紙や電報に似て「日常の社交」というより火急の用やたまに消息・近況を伝えあうもの、何か用事のある時の「非日常時の通信」という性格が強かった(かつて友人と長電話して「用もないのに」と親に叱られた記憶のある人も多いだろう)。

一方、携帯電話は一人一回線専用端末(ゆえに個人宛通信)であり、その主たる通信目的も個人の「日常の社交」という性格が強い。その場合私的交流関係にある(大抵は面識のある)人間と電話番号なりメールアドレスなりを事前に取り交わしておけばことは足り、赤の他人の電話番号等をそもそも知る必要もない。これが個人名別携帯電話帳が存在しない理由である。もともと必要とされないから存在しないのである。

そして携帯電話の増加により電話番号世帯掲載率減少が加速していることが示唆するように、固定電話利用者が電話番号の電話帳への掲載をやめる理由は、固定電話が主流の時代は主として迷惑電話を避けるためであったが、携帯電話の普及(個人市場化)が進んだ後は、個人の主たる通信目的が仲間内の「社交」に移行したゆえにますます固定電話個人名別電話帳の必要性が減ったためと考えられる(2000年代回線のブロードバンド化、家庭内LANの普及により回線は一回線でも、個人用パソコンによる常時複数のインターネット利用が可能になったことににより、固定データ通信市場でも個人市場化が進んだ―Facebookもパソコン通信から始まったことを想起―しかし電話帳のようなメールアドレス帳を作るという動きはなかった理由も同様である)。

逆に職業別電話帳は、様々な商取引を目的とする個人の通話先は多数の事業者であることには変わりなく、また事務所の顧客受付電話回線は依然として固定電話であるから、ネット検索との競合はあるもののその掲載電話番号件数のは減少率(2013年の1999年対比)は個人名のそれの半分に止まっている(グーグルのモバイル広告でも、従来のテキスト表示に加え、最近は固定電話番号や住所を表示するようになって来ている)。

なお、個人名別にしろ職業別にせよ電話帳が伝統的に地域別なのは、家族ら同居者の社交なり購買なりが、主としてその住宅から移動可能な地域で行われるとの想定に立っている。

消費者通信サービスの行方~通信する中身:「情の濃度」と「専門知の性質・レベル」

 

個人の通信(テレコミュニケーション)行動の原理と通信サービス

消費者(個人)通信市場構造は、その下部にある連鎖する無数の「私的交流関係」(広義のコミュニティ)と、「社会的分業関係)」(業種・職種別専門家同士の相互依存)という2つの社会関係が重なり合う社会構造に対応したものである。

従って、通信サービスもこれら社会構造や個人の通信行動の原理(情と理)を踏まえたもののみが成功し普及する。その典型例が「ソーシャルネットワークサービス(SNS)」である。

従来見えなかった各個人の「社交」の状況を会員のインターネットのログ記録から可視化し、それをその名もソーシャルグラフと名づけたのは、Facebook(2004年)の創設者マーク・ザッカーバーグであった。そしてこのソーシャルグラフ(インターネット上の交流関係図)こそがビジネスの核心と自覚し(2007年)、個人の「私的交流関係」の内輪―ゆえに当然、実名制―に閉じて情報をやり取りする通信サービスを発展させた。今日SNSにおけるFacebookの一人勝ち状態は、この自覚にあったといっても過言ではないだろう(注3)。

逆に社会のこの諸「私的人間関係」の連鎖構造の認識不足が、実名制のFacebookはシャイな日本人にははやらないとか、元々の人間関係の連絡手段にすぎないインターネットの発展が、元の人間関係を拡大する方向に働くといった誤った予測や期待をもたらしたとも言えよう。

次に個人の「私的交流関係」は、人間関係の結付つきの情の濃度が外縁にゆくにつれ薄くなる構造をもつゆえ、社交のためのC2C(個人間)通信サービスの開発・提供には、関係内部において交換される「感情」の濃度の程度、すなわち本人と交流の相手との関係(肉親、恋人、友人、知人)の親密度の考慮が重要である。

この考慮がないとプライバシー侵害との反発を受けることになる。情報の内容により情の濃い関係にある肉親や恋人には問題がない、むしろ伝えたいことであっても、それよりも情が薄くなる友人・知人には知られたくない情報が一律に伝えられる場合などである。Facebookもその成長の過程において、新たな情報共有のサービスを出すたびにこうした非難を受けることが多かった。SNSで情報の内容に応じ通知先を選定できる機能が不可欠なのは、この人間関係を結ぶ情の濃度差ゆえなのである。

また通信手段と感情の濃度との親和性の考慮も重要である。「浸襲性」(受け手の時間への外部からの侵入)や感情や本人の「再現性」の観点からは、情が濃い関係にある者の間の通信手段は、「再現性」の大きい電話(同期通信、音声)が好まれ、関係の情が薄くなるほど「浸襲性」の小さいメール(非同期)が好まれる。(注4)

これが、電話の次はTV電話ではなく非同期通信ゆえ「浸襲性」が弱い「メール」(データ通信)であったことや、また隆盛を極めるFacebookに対して、LINEなど私的交流関係内部でも恋愛関係など更に情の濃い者同士の一対一通信のための同期通信「通話アプリ」が躍進できたことの理由であり、更に「SNS疲れ」を受けた「私的交流関係」の外の赤の他人とやり取りする「匿名型SNS」の登場(注5)も、この「私的交流関係」内のメンバー間の通信は「濃淡のある感情の交換」であることを考えれば十分想定され得たことである。

一方、C2B通信(商取引)においては、交換される「専門知の性質・レベル」を考慮することが重要になる。専門知自体であれその体現物であれ、専門知識は高度すぎれば取得しても理解できない。また知識の運用能力である技能(商品の使い方も含む)は伝送することは難しい。

従って、様々な商品(専門知の体現物)の利用では「自動化」(究極がロボット)が進み、インターネット利用はコンテンツ配信を含めたeコマースに加え、ネットワークセンシング(IoT)による言わばセンサーという眼で専門家(クラウド側)自身が利用者になり代わり、遠隔診断やエフェクターの遠隔制御により直接専門知を遠隔行使するインテリジェンスサービス(カーナビや遠隔ヘルスケアなど)が登場したのも、交換される「専門知」の性質(専門知識か技能かそれらの体現物か)やレベルに対応した動きと理解できよう(注6)。

置き去りにされたアダム・スミスの想い、グラハム・ベルの想い~「感情の交換」

アダム・スミスが生涯をかけて成し遂げようとしたのは「人間の本性と歴史を観察することで、真の人間学を創り出すこと」であったという。「道徳感情論」も「国富論」もスミスの壮大な人間学の構想の一部であり、相互補完関係にあるものであった。

しかしアダム・スミスの想いとは違い、「国富論」(1776年)の言わば前提をなす「道徳感情論」(1759年、90年最終改定)については19世紀初め以降はなおざりにされ、以後経済学は伝統的に経済活動における人間の感情の役割を無視し、独立した「合理的経済人」を前提としてあたかも自然科学のように発展してきた。

一方世界の伝統的電気通信事業者も、昔からの「通信の秘密」の順守、「あまねくかつ公平に」のサービス提供義務ゆえに、意識せずにその利用者を伝統的経済学の場合と同様の「相互に独立した同質の個人」と捉えていた

この暗黙の前提ゆえに、通信市場がブロードバンドスマートフォン(2008年iPhone3Gのグローバル販売)の登場によりモバイルインターネットが可能になって従来の固定・移動通信ごとの電話・データ通信市場が全面的に個人市場化され、ひとつの個人通信市場に統合(消費者通信市場の誕生(注7))されても、従来からの「あまねくかつ公平に」の意識ゆえに利用者の相互関係を問うことはなく、ゆえに「私的交流関係」(そのネット上での顕在化としてのソーシャルグラフ)を認識することはなかった。また「通信の秘密」ゆえに通信の内容を問うことはないから、個人間通信の中身が「感情の交換」であることにも思い至らなかった。これが伝統的通信キャリアが技術力はありながら市場の需要の変化を見極められず、SNS等インターネットサービスの開発において後塵を拝し、土管屋、インフラ屋に陥った主な理由であろう。

奇しくも「国富論」出版から100年後の1876年に電話を発明したグラハム・ベル(1847年~1922年)が電話を開発しようとしたそもそもの動機は、ベルの母と妻が共に耳が聞こえなかったことや、遠所の仕事場でいつも「家族から遠く切り離された孤独感に襲われる」とベル自身告白していたことを考えると、送話により何か用事を足すといった事務的必要や利便ということではなく、遠方にいる母と妻の肉声を受話して自らが励まされ慰められたかった(ゆえに電話の送受器は、レシーバー(受話器)と呼ばれる)いうことにあったのではないかという仮説(「夢の痕跡」1995年荒俣宏)は、道徳の形成起源を社交に求めたスミスと同様、ベルの想い描いた通話の目的が「感情の交換」(社交)にあったことを示唆して興味深い。しかし仮にそうだとしても、ベル自身はせっかく発明した電話の「浸襲性」("The telephone, of course, means intrusion by the outside world")を嫌い、考えにふけり仕事をするための場所である書斎には電話を置かなかった(もちろんビジネス上の本当に重要な件は電話を使っていたが)(注9)という有名な逸話が示すように、固定電話は開発者の意図に反し「社交」の手段ではなく、主として火急の用事や仕事といった非日常の連絡手段としての性格をもつものであった。

金融とICTにおける2つのグローバルショック(2008年)以後~「感情の交換」に還る時

前段をなす社交を扱う「道徳感情論」を置き去りにし、市場取引を扱う「国富論」を起点に感情なき合理的経済人を前提に一般均衡モデルを主軸として発展してきた伝統的経済学はリーマンショック(2008年 注9)に見られるごとくそのモデルと現実の乖離に苦慮しており、それに対し人間の意思決定の限定合理性や限定利己性を前提とする行動経済学(注6)等の新たな試みが注目を集めている。

また経済学と同様の前提を置いていた電気通信の世界でも、同じ2008年の言わばスマホショックにより全面個人化した消費者通信市場において、今まで思考停止対象であった「社交」が通信の主役となった事態(Facebookの日本語を含む多言語対応も2008年)に、対応の遅れた世界の伝統的通信事業者は土管屋になるのを避けるべく新たなビジネスモデルを模索している(一方、企業通信市場においてもやはり2008年のAWSの本商用サービスに開始に始まる通信ネットワークを通じて外部のITインフラを使うクラウドサービスの興隆は、従来のハード製品売切りモデルに破壊的変化をもたらしている(注10))。

こうして伝統的経済学や伝統的電気通信事業は数世紀の研究と技術の発展の末、時を同じくして各々の創始者、共にスコットランド生まれのスミスとベルの共通の当初の想い、忘れられていた「感情の交換」という課題に立ち還る時を迎えたのである。

「国富論は…社交性に関する理論を抽出するという課題に取り組んでいた、ある非凡な知識人によるもっとも偉大な功績のひとつ」(「アダム・スミスとその時代」N. フィリップソン)

主な参考文献:
  • 「アダム・スミスとその時代」2014年(原著2010年)ニコラス・フィリップソン 永井大輔訳
  • 「アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界」2008年 堂目卓生
  • 「アマルティア・センが読む『道徳感情論』」2015年 日経ビジネスオンライン
  • 「行動経済学-感情に揺れる経済心理」2010年 依田高典
  • 「青木昌彦の経済学入門」2014年 青木昌彦

(注1) 従来の電話番号掲載率は、住宅用加入電話数に対する比率であった。しかしCATVや2004年以降普及の進んだFTTH等、0AB-J型IP電話回線は事務住宅用の区別は公表されていない。しかし個人名電話帳(ハローページ個人名編)への掲載はNTT以外の業者も含め本人の希望があれば掲載される。従って過去の連続性を保つためここでは総世帯数を分母としている。
従来のSMS(ショートメッセ-ジサービス)に替わり、字数制限のないEメール、更には写メールを可能にしたiモード(1999年)は、携帯通信の社交化を推進し電話番号掲載率減少を加速したと考えられる。
また0AB-J型IP電話(2003年~)への移行が掲載見直しのきっかけとなり、携帯電話世帯普及成熟後2004年以降の掲載率の減少に拍車をかけたと思われる。
一方、iモードは携帯電話機の小画面向けの携帯用独自ローカルインターネットであり、グローバルな一般のインターネット利用は固定回線が主流であった。これが携帯電話の普及にも関わらず電話番号の母体たる固定電話回線の利用が減らなかった(2009年まで世帯保有率90%を横ばい維持)理由と考えられる。一方スマートフォンは言わば街に出たパソコンであり、固定回線と同じインターネットの利用を可能にした。そのためか2010年以降スマホの普及に従い固定電話世帯保有率は2013年には80%まで減少している。

(注2) 電話番号世帯掲載率の低下は電話による世論調査のあり方にも影響を及ぼした。
固定電話がほぼ全世帯に普及したという事実を背景に、日本経済新聞社は1987年9月、日本で最初に本格的な「電話調査」による世論調査を開始した。
しかし「自宅の電話番号を電話帳 に掲載しない傾向が強まったこと」から、2002年8月の世論調査から標本抽出方法を電話帳に掲載されていない番号を含め、すべての固定電話番号の中から無作為に抽出するRDD(乱数番号)法に変更した。
http://www.nikkei-r.co.jp/phone/
なお2001年には、掲載を希望しない加入者の増加を理由の一つとしてハローページ個人名編の希望配達制が導入された。

(注3)「電気通信市場構造変化の需要的側面(個人とコミュニティ)-伝統的通信事業者はなぜスマホやSNSに遅れをとったか?」(ICR View 2012年9月12日)
http://www.icr.co.jp/newsletter/view/2012/view201216.html

(注4) 「電話の凶器な愛情またはVoLTEのHD音声の情感のこと」(T&S 2014年7月号)
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_tands/2014/s2014TS304_4.html

(注5) 「疲れずにつながりたい ひそかな人気「匿名」SNS」(日経新聞2015年5月14日)
「SNS疲れ」と「ブログ炎上」はかつての村落「共同体内論理と外論理」のような表裏一体の関係にある。言わば「『村八分』の怖れに疲れて、気晴らしの『旅の恥は掻き捨て』」

(注6)一方、人間の判断(意思決定)は、伝統的経済学の合理的経済人前提とは異なり、各種の心理的バイアスにより常に合理的であるというわけにはいかないのが現実である。それゆえ人間の限定合理性、限定利己性を前提とする行動経済学が登場した。D.カーネマンの意思決定の「ニ重過程論(速い思考と遅い思考)」及びP・W・シンガーの「ロボットの定義」をベースとした二重SPE(Sensor-Processor-Effector)ループモデルによる「人間の意思決定の合理化」を支援するICTの役割としての、直感の思考に対する「自動化」と熟慮の思考に対する「専門知(インテリジェンス)共有」については以下を参照。
「もう一つのソーシャルグラフ「分業関係」と「コンシューマーインテリジェンスサービス」~ポストSNSにおける通信キャリア復権への期待(ICR View 2014年3月6日)
http://www.icr.co.jp/newsletter/view/2014/view201402.html
主に「感情の交換」について扱った本稿は、主に「専門知の交換」を扱った上記論考の補論あたり、今後の通信サービスのあり方の検討を目的とする筆者の「『情と理』の軸による個人の通信行動原理把握を通じたICT市場分析」の試みの一環をなすものである。
前論考のSNSによる「コモンインタレスツ共有」の目的は、情報共有自体にあるのではなく、それにより相手の共感を得ること-「感情の交換」-にある。

(注7)消費者通信市場誕生の論理については以下を参照
「消費者インターネット市場の誕生とガラパゴス進化の終わり~スマートフォンによる移動固定両個人市場統合の論理」(T&S 2012年7月号)
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_tands/2012/s2012TS280_4.html

(注8) マーベル・ベル夫人のAT&T副社長ジョン・J・カーティへの手紙(1922)
Wikipedia「Alexander Graham Bell」

(注9)  発生時期を予測できないという意味で(計算可能なリスクとは区別された)「不確実性」な危機(金融危機や大津波等)に対しては「観測による早期予兆把握体制と効率的避難体制(シェルター(完全防御区域)&バンパー(緩衝防御区域)の組み合わせ」(規制と放任の間のバランス策)が最も効率的な対策と筆者は考えるが、この場合のICTの役割への期待は、早期予兆把握に向けたセンサーネットワーク(IoT)による「トレーサビリティ」と「ビックデータ」(2011年)にある。以下等を参照
「金融危機のICT的側面~ その帰結と対応への覚書」(T&S 2009年9月号)
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_tands/2009/s2009TS246_4.html
「「はやぶさの帰還」あるいは「ダメージコントロール」」 (T&S 2011年1月号)
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_tands/2011/s2011TS262_4.html

(注10)「GLOBAL EYE 法人向けIT、クラウドで激変」(日経新聞2015年5月26日)

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