2016年11月4日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

モバイルデータ通信が3倍速に?~MITがMIMOの新技術を開発~


【図1】4×4 MIMOを4車線道路に例えた絵 (出典:タイAIS 4G解説サイト)

携帯電話の無線方式は、よく「3G(第3世代)」「4G(第4世代)」「5G(第5世代)」などと呼ばれる。現在、つまり2016年9月の日本では、4G (LTE-Advanced) や3.9G (LTE) が主流で、既に1世代前の3G/3.5Gを契約数で追い抜いている。

ここ数年、携帯電話の通信速度が軒並み速くなってきているのも、3.9G/4Gの普及が進んでいるためだ。近年携帯電話・スマートフォン・タブレット等で扱うコンテンツが大容量化していることから、3.9G/4Gでは通信速度を上げるための様々な技術が導入されている。その一つがMIMO(Multi-In/Multi-Out:マイモ)だ。

携帯電話は基地局と電波をやりとりして通信を行っている。これを1本の道路に例えると、MIMOは人や荷物を一度に大量に送れるように道路を増やしたと考えることができる。図1は道路を4本に増やしたイメージで、実際の無線ネットワークでは送信アンテナと受信アンテナを4つずつ配置することになる(図2で とした場合:4×4 MIMOと呼ばれる)。

【図2】図1を実際の無線システムに置き換えた図 (出典:Silvus Technologies)

【図2】図1を実際の無線システムに置き換えた図(出典:Silvus Technologies)

図2を見ると、MIMOのアンテナの1つから送信された信号は受信側のすべてのアンテナで信される。受信アンテナにとっては、所望の送信アンテナ以外からの信号は干渉になってしまう。図1で例えると、ある道路を走っている車から飛んでくる小石や排ガスが他の道路の交通を妨げるようなものだ。このような干渉(アンテナ間干渉)は通信品質低下の原因となり、通信速度の低下を招くことになる。

そこで、アンテナ間干渉を低減するための技術開発が行われている。マサチューセッツ工科大学 計算機科学・人工知能研究所 (MIT CSAIL) のDina Katabi教授のグループは2016年8月、MIMOにおけるアンテナ間干渉を低減し、通信速度を従来の3倍、信号の到達距離を2倍に拡大するという技術「MegaMIMO 2.0」を発表した。この技術が実現すれば、無線ネットワークの大きな変更なしに通信速度を上げることが可能になるだろう。そこで、筆者はMegaMIMO 2.0の詳細を確認したいと考えた。

本稿ではMegaMIMO 2.0を、無線技術者でない一般の方々にもできるだけわかりやすく解説し、「通信速度×3、信号到達距離×2」が実現できるのかを検証したい。

MIMOとMegaMIMO 1.0/2.0

MIMOシステムの例として、アクセスポイント (AP) 3台、ユーザー端末ないしクライアント (Cli) 3台から成るシステムを図3に示す。これはマルチユーザーMIMOで、AP1からはCli1へ向けた信号が送信される(AP2、3についても同様)。

【図3】MIMOシステムの構成例 (出典:後述の参考文献[1])

【図3】MIMOシステムの構成例 (出典:後述の参考文献[1])

Cli1が受信したいのはAP1からの信号のみだが、実際にはAP2, 3からの不要な信号も受信してしまい、これらはCli1にとっては干渉となり、通信品質の低下をもたらす。

そこで、APからの送信信号に手を加えて干渉を抑えようというのがMIMOの基本的な考えだ。この送信信号に手を加える操作を「プリコーディング」、その結果として送信信号の電波指向性が変化することを「ビームフォーミング」と呼ぶ。

つまり、MIMOは「複数の送信側・受信側を持つ無線システムで、送信信号にプリコーディングを行うことで送信電波にビームフォーミングを施し、干渉を抑えて通信品質を上げる」と定義することができる。 

MegaMIMO (1.0)

前述のMIT CSAILのグループがMIMOを発展させたのが「MegaMIMO」だ。

従来のMIMOで用いられるAPはそれぞれ独立で、内蔵されている別々の発振器を元に送信を行っており、送信電波の周波数や位相にわずかなバラツキがある。このバラツキがプリコーディングの精度を落とし、干渉の原因となっていた。

MegaMIMOの根幹技術は、AP間の周波数・位相のバラツキを数学的手法によって補償し、あたかも複数のAPが一つの送信器であるかのようにプリコーディングを行い、干渉をより高精度に抑制することにある。

なお、次に述べるMegaMIMO 2.0と区別しやすいよう、ここではこの方式を「MegaMIMO 1.0」と呼ぶことにする(MegaMIMOを提唱したMIT CSAILでは、MegaMIMO 1.0という呼び方はしていない)。

MegaMIMO 2.0

MegaMIMO 1.0では下り(AP → Cli)の伝送路の状態をクライアントで測定し、その結果をAPに無線で返送している。これは、返送された伝送路の状態を次の送信信号にフィードバックする、つまりAP側でプリコーディングを行うためだ。

しかし、このようなフィードバックはAPとCliの数が増えると無線やAP・CliのCPU等のリソースを大量消費してしまう。また、伝送路の状態をフィードバックする時間間隔が短いほどリアルタイム性が上がるが、これも無線リソースの消費増大を招く。

【図4】従来のMIMOとMegaMIMO 1.0/2.0との 技術的関係(出典:筆者作成)

【図4】従来のMIMOとMegaMIMO 1.0/2.0との 技術的関係(出典:筆者作成)

そこで、信号の伝送経路が同じなら下りも上り(Cli → AP)も伝送路の状態は同じという考え(相反性:reciprocity)に基づき、上りの伝送路状態から下りの伝送路状態を推定し、上記のオーバーヘッドを解消しようというのがMegaMIMO 2.0の基本的な考え方である。

 従来のMIMO、MegaMIMO 1.0、およびMega‌MIMO 2.0の違いを、図4に簡易な形で図示する。

MegaMIMO 1.0/2.0の効果

ここでは、MIT CSAILのグループがMega‌MIMO 1.0/2.0を発表した論文(参考文献[2], [3])をもとに、その効果を確認していく。

MIT CSAILではIEEE 802.11系の無線、つまりWi-Fiを用いて彼らの研究を検証しており、MegaMIMO 1.0/2.0を実装してもIEEE 802.11の無線プロトコルが互換性を保つようにシステムを作り込んでいる。

MegaMIMO 1.0の効果

参考文献[2]では、AP間の位相補償の動作検証などの理論的データも掲載されているが、我々の興味は通信速度や伝送距離がMegaMIMO 1.0によってどれだけ伸びるかということだ。

同文献によると、APとCliが2台ずつ、つまり2×2 MIMOの場合は、SNR(信号対雑音比)が高い場合も低い場合も、MegaMIMO 1.0によってスループット(伝送速度)が約2倍に増大するという結果を得ている(図5、「JMB」はMegaMIMO 1.0のこと)。また、APとCliの数を増やしていくと(つまりN×N MIMOのNを増やす)、それに合わせてスループットが直線的に増大していくことも確認された(図6)。

 

【図5】通常のWi-Fi (IEEE 802.11n) と2×2 MegaMIMO 1.0とのスループット比較 (図5、6の出典:参考文献[2])

【図5】通常のWi-Fi (IEEE 802.11n) と2×2 MegaMIMO 1.0とのスループット比較 (図5、6の出典:参考文献[2])

【図6】通常のWi-Fiと、AP数・Cli数を増やした 場合の MegaMIMO 1.0とのスループット比較

【図6】通常のWi-Fiと、AP数・Cli数を増やした場合の MegaMIMO 1.0とのスループット比較

参考文献[2]では触れていないが、MegaMIMO 1.0はCliからAPへ伝送路状態をフィードバックするため、フィードバック間隔が長いとプリコーディングの精度が劣化し、逆にフィードバック間隔が短い場合はオーバーヘッドが増大するという問題が残っている。この問題はMegaMIMO 2.0で解決すべき事項である。

MegaMIMO 2.0の効果

MegaMIMO 2.0の効果は、参考文献[3]で述べられている。まずスループットを見ると、4×4のMegaMIMO 2.0は通常のWi-Fiと比べ、SNRが高い場合も低い場合もスループットが3倍以上に増大している(図7、「Reciprocity」はMega‌MIMO 2.0のこと)。

【図7】通常のWi-Fi (IEEE 802.11n) と4×4 MegaMIMO 2.0とのスループット比較 (図7、8の出典:参考文献[3]

【図7】通常のWi-Fi (IEEE 802.11n) と4×4 MegaMIMO 2.0とのスループット比較(図7、8の出典:参考文献[3]

次ページ図8は、Cliが動き回っている場合におけるMegaMIMO 1.0と2.0のスループット測定値の累積分布を示す。

図8では、グラフが左上に寄っているときは測定値に低スループットが多く、右下に寄っているときは高スループットが多いことを示している。すなわち、グラフが右下寄りの方が下り伝送路状態の推定精度が高いといえる。

なお、図8のMegaMIMO 1.0のグラフは、CliからAPへの伝送路状態フィードバック周期を30ms/100ms/300msの3つの場合で測定している。MegaMIMO 2.0はこのフィードバックがないので、グラフは1本のみである。

【図8】MegaMIMO 1.0/2.0のスループット累積分布

【図8】MegaMIMO 1.0/2.0のスループット累積分布

MegaMIMO 1.0では、フィードバック間隔が300msの場合、スループット測定値の約80%が20Mbps未満で、100Mbps超えは数%にすぎない。これは下り伝送路状態の推定精度が悪いためである。フィードバック間隔を1/10の30msに設定しても、100Mbps超えは50%程度だ。

一方、MegaMIMO 2.0はグラフが最も右下に位置し、測定値の約70%が100Mbpsを超えている。

信号到達距離×2は本当か?

参考文献[3]は、MegaMIMO 2.0によって従来の3倍を超えるスループットが得られることを示した(前ページ図7)。しかしながら、参考文献[3]をいくら読んでも、信号到達距離が従来の2倍になることを示唆する記述は見つけられなかった。

よって、参考文献[1]~[3]を検証したところ、

  • 通信速度×3:確からしい
  • 信号到達距離×2:記載ないので確認不能

という結果になった。

商用化は近い?

MITのニュースリリース(2016年8月23日、参考文献[4])は、MegaMIMO 2.0が近いうちに商用化される (soon-to-be-commercialized) と述べている。これが事実なら、MITが実際に実験しているWi-Fiでの製品化になるだろう。

Wi-Fi製品は基本的にWi-Fi Allianceの認証が必要だが、前述のように、彼らの実験システムは無線プロトコル上IEEE 802.11と互換とのことなので、特段の認証を経ずに商用化される可能性はあるだろう。

まとめ:モバイルでもブレイクスルーになるか

MITの研究と実験はWi-Fiベースだが、MIMOはWiMAXや5Gにおいても基盤技術の一つであり、無線プロトコル、特に物理レイヤー(レイヤー1)への実装が可能であれば、MegaMIMO 2.0によってWiMAXや5Gの伝送速度が飛躍的に増大する可能性を秘めている。

今後、MITの研究はWi-Fi以外の無線システムへの応用へ進むのか、さらに進化したMegaMIMO 3.0へ進むのか、現時点では不明だが、今後注目すべき無線技術の一つにはなりそうだ。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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