2017年5月1日掲載 InfoCom T&S World Trend Report

ICT雑感:忖度(そんたく)に思う



世の中の移り変わりが早いので、この雑文が読者の目に留まる頃には過去の話になっているかもしれないが、先ごろ「忖度」(そんたく)という普段はあまり耳にしない言葉が人口に膾炙した。役人が政治家の気持ちを忖度して、その意を迎えようと不正なことを行ったのではないか、という文脈で使われたため、何か忖度すること自体が悪いことのような印象を与えてしまっている。

しかし、天邪鬼な筆者としては、このような忖度の使われ方に少し、いや少なからぬ違和感を覚えている。仮に、ごきげんをとる、保身を図るためによからぬことをしているとすれば、そのことが問題なのであって、他者の心をおしはかり、思いやりをもって接することは何ら問題のない、むしろ人が生きていく上でとても大切なことではないだろうか。広辞苑によれば、忖度は、「他人の心中をおしはかること、推察」という意味であり、忖度自体は中立的な言葉なのである。

筆者が学生時代の頃は、電車に乗って周囲を見ると新聞や雑誌、文庫本などを読んでいる人が半分ほど、残りは居眠りをしているか、所在なげにただぼーっとしているといった割合だったように思う。ところが最近は、老いも若きも、ほとんどの乗客がスマホの画面に見入っている。何だか異様な光景に見えないこともないが、まあ、それだけスマホが我々に様々な情報を伝えてくれ、便利さ、楽しさを与えてくれているということなのであろう。

しかし、しかしである。混雑する通路でも交通量の多い道路でもスマホを見つめたままの、いわゆる歩きスマホはいただけない。案外周りも見えているんだという説もあるようだが、本人が危ないのは本人の責任としても、ほかの人には大いなる迷惑である。スマホを見ながら、しかも早足で歩いてくるので、ぶつかってはいけないと立ち止まってよけていると、何事もなかったようにそのままの足取りでまっすぐ通り過ぎていく。それでむっとするのは修行の足りない筆者だけだろうか。通行人の心中まで忖度してもらわなくてもいいけれど、せめてもう少し周囲の状況に気を配ってほしいものである。

話は変わるが、コンピューターは日進月歩、最近は人工知能とかディープラーニングという言葉に象徴されるように、かぎりなく「かしこい」ものになってきており、チェスや将棋で人間のチャンピオンと互角以上にわたりあったり、東大の入試に挑戦したりといった話題にことかかない。そして、自ら外界の情報を収集し、自ら判断して、自ら行動する人型ロボットまで誕生している。動いている人を避けながら歩行することができるわけで、歩きスマホの人間よりもよほど上等である。さらに進んで、コンピューターも使う人の心の中まで忖度して反応してくれるようになれば、鉄腕アトムもびっくりの世界が生まれるかもしれない。

愚妻が、「きょうは口数が少ないし、何だか疲れた顔をしているわね。会社でいやなことでもあったのかしら。晩酌を一本余分につけてあげようかな」と夫の気持ちを忖度してくれる時は永遠に来ないかもしれないが、ロボットが人の顔色を読んで、かゆいところに手が届くようにてきぱきとなんでもこなしてくれる時代は、そう遠くない将来に確実にやってくるのではなかろうか。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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