2022年4月27日掲載 InfoCom T&S World Trend Report

ICT雑感:一枚の写真


昭和記念公園の桜(2022年4月3日筆者撮影)

暖かくなってきて、週末の近所の散歩の時間が長くなった。この時期になると、木々や花壇の花が色鮮やかで、道端の雑草の花にも目が行くから不思議だ。子供のころは、図鑑を手に持って花や木の名前を調べたが、今は重い図鑑を持ち歩かなくてもスマホがあれば大体のことがわかる。花にカメラを向けて撮った画像で検索すれば、一瞬で花の名前がわかるとは、本当に便利になったものだ。ただ、図鑑のページをあれこれとめくって探しあてていた時と比べると、簡単にわかる分、忘れるのも早いような気もする(歳のせいもあるのだろうが……)。

ちょうど桜が満開になったので、立川にある昭和記念公園に出かけたら、ラッシュ時の駅かというくらいの人混みで、あちらこちらからパシャパシャとスマホで写真を撮る音が聞こえてくる。なんと写真が身近になったことか。昔話をすると年寄りくさくなるのであまり好きではないのだが、初めて父親に借りたカメラを手にして写真を撮りに行った小学生のころのことを思い出した。当時は銀塩フィルムで、小遣いの限られた子供にとっては、一枚のシャッターを切るのにも勇気がいった。それも、20枚(その後24枚がスタンダードになったが)撮ったらフィルムがなくなるので、慎重にシャッターチャンスをうかがっていた。撮った写真も現像に出して戻ってくるまで数日かかり、ようやく手にした写真を見るのにワクワクしていた。それが今や、シャッターを切るのに躊躇する必要はなく、撮った写真も瞬時に見られるのが当たり前の世界になってしまった。

そして、初めてデジタルカメラを手にしたのは二十数年前、今からすればおもちゃレベルの200万画素でかなり大きな代物だったが、当時としては画期的なカメラだった。値段もそれなりに高かったように記憶している。それからたった二十年で、インスタ映え、と言いながら、子供でも手軽に写真を撮ることができるようになったわけだ。

撮った写真もデジタルだから容易に加工ができる。光の加減を変えて、というようなレベルではない。ツイッターで、ある女性ライダーがいろいろな場所で自分の写真を撮って載せているのだが、一年ほど前、実はその正体が普通のおじさんだと知って絶句した。どう見ても女性(しかもかなり美人)にしか見えないのだが、アプリで加工しただけだとのこと。今や、写真が真実を表していると簡単に信じてはいけないと思い知らされる。

フェイクといえば、画像だけでなく、動画でさえ、Deepfakeと呼ばれるAIを使った技術で本物そっくりに加工することが、普通のパソコンでもできるようになっている。つい先日も、ウクライナのゼレンスキー大統領が自国軍に降伏を呼びかける偽動画がネットに上げられ、すぐに削除されたことがニュースになっていたので、見た人も多いと思う。こうなってくると、情報を受け取る側が真実を見分けるリテラシーを持たないと、正しい判断ができない時代になったと言えるだろう。

偽物の話はさておき、撮った写真を一枚一枚丁寧にアルバムに貼り付けるということもしなくなってしまった。撮る枚数が多いこともあるが、プリントしないでスマホで見て終わりというのも何か味気ない気もする。ということで、久しぶりに自宅のプリンターで、撮った桜の写真を一枚印刷して眺めてみた。が、結局飾ることもなく、かといって、捨てるに捨てられず、邪魔になってしまった。そのうち、紙に印刷、という文化もなくなってしまうのだろうか。二十年後には、またいろいろなことがすっかり変わった世界になっているのだろう。せめてその時までは長生きして、世の中の流れについていけていられればいいのだが。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。InfoComニューズレターを他サイト等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。また、引用される場合は必ず出所の明示をお願いいたします。

出口 健のレポート一覧

会員限定レポートの閲覧や、InfoComニューズレターの最新のレポート等を受け取れます。

ICR|株式会社情報通信総合研究所 情報通信総合研究所は情報通信のシンクタンクです。
ページの先頭へ戻る
FOLLOW US
FacebookTwitterRSS