2022年4月27日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

「メタバース」は息の長いコンセプト



昨年来、特にFacebookが社名をMetaに変更すると発表したことを契機として、「メタバース」が新しいバズワードとして世の中を席巻しています。今「メタバース」と呼ばれているものは、立場により範囲や含まれる要素も様々だと思いますが、簡単に言うと、ネットワークが生み出す「場」を仮想の3D空間として表現し、参加者がアバターにより活動することのできるサービス、ということかと考えます。

メタバースという言葉を聞いて個人的に思い出したのは、「富士通Habitat」[1]です。富士通Habitatは、今から30年以上前の1990年に正式にサービスが開始された仮想空間上のアバターを通じたチャットサービスです。パソコン通信サービスのNifty-Serve会員向けに提供されていました。写真は、年末の掃除の際に見つけた、かつて購入したソフトウェアのパッケージです。ソフトウェアは、3枚の1.2MBフロッピーディスクから構成され、うち1枚がシステムディスク、2枚が架空の街「Populo-Polis」のデータの入ったデータディスクとなっています。操作マニュアルに加えPopulo-Polisの地図がついています。マニュアル中の利用料金の説明には「Habitat国住民税・・300円/月」等と説明されています。当時の最高通信速度はアナログ回線を使い2,400b/s、パソコンは16bitCPUが主流、OSもまだMS-DOSの時代でした。当然、3D描画は無理で、2D画面上に3D画面を模したものでした。

【写真】富士通Habitatのソフトウェアパッケージ

【写真】富士通Habitatのソフトウェアパッケージ
(出典:筆者撮影)

ICT環境に天地の差があり、今話題になっているメタバースとはまったく違う話ではないか、また年寄りの昔話か、と思う方も多いかと思います。年寄りの昔話というのはそのとおりなのですが、仮想空間を活用するという観点では、筆者は向かっている方向は同じだと捉えています。学生時代、建築を学んでいた筆者も、ネットワーク(当時はパソコン通信でしたが。)の世界を体感して、テキスト情報だけの世界にあっても、「場」という意味では都市・建築にきわめて近い感覚を覚え、可能性を感じました。おそらく多くの人が同じように思ったはずです。その後、実際にネットワーク上の「場」が仮想的に空間として可視化されているHabitatを見たときに、「そう、これこれ」と思ったのをよく覚えています。パソコンにおけるGUIが「デスクトップメタファー」を採用したことで大きく利活用が進んだのと同じように、ネットワーク利用環境は「空間メタファー」が向くのではないか、先々ネットワーク上の建築家が成り立つのではないか、と妄想しました。

その後、インターネットが普及しECサイトがブレイクしたときにも、3Dを模したバーチャルモールが多数出現しました。その後、アバターを使ったSNS、VRMLを用いたモール等、数々のサービスが提供されました。しかし、小さな成功は収めても多くの利用者を巻き込むような潮流とはなりませんでした。その理由として、これまでは技術環境の要因が大きかったと考えます。

長期的には「メタバース」のコンセプトは可能性があると考えています。技術の進展に伴い、既にゲーム、イベント、空間シミュレーション等の特定の分野では、3Dの利活用は大きく進んでおり、その延長で、「メタバース的」活用の深化、ビジネスの拡大が進むものと考えます。

一方で、メタバースが一般利用者にすぐに広く普及するかという点では、技術やICT利活用が進展し、環境が整ってきた現在においても、正直なところ懐疑的です。メタバース普及に向けては様々な課題が指摘されていますが、サービスそのものに課題があり、普及には時間が必要と考えるからです。例えば交流の場、ビジネスの場として見た場合に以下のような課題があります。

交流の場として:UGM型のメタバースのモデルが未確立

交流の場として、SNSが大きく飛躍しているのは、消費者生成メディア(UGM:User Generated Media)であることです。利用者を集め、利用者自身がコンテンツを生み出していくことが、SNSサービスの価値の源泉となっています。交流サービスの普及において、UGMの視点は重要と考えます。SNSは利用者が投稿するテキスト情報や写真、動画で成り立っています。一方、メタバースを構成する3Dコンテンツを一般利用者が制作するのは、スキルが必要なことや費やす時間的負担が大きく、ハードルがあります。しかし、ディープユーザーだけではなく、一般に広く普及するには、利用者が現在のSNSと同様に低い敷居でコンテンツ創出に参加できる仕組みが必要と考えます[2]

さらに、メタバースで本領を発揮する使い方は、リアルタイムに同じ仮想空間に居るという環境を生かせるものです。イベントやゲームに向くと考えるのはこの特質によるものです。言い方を変えると、時間拘束力が強いとも言えます。あらゆるビジネスが、利用者の「お金」とともに「時間」の奪い合いをしている中で、費やす時間に対してどれだけ価値を提供できるかを考える必要があります。一方で、「中毒」をもたらすような利用者の取り込み方は、社会問題化しかねず長続きしません。

健全で長続きするUGM型のメタバースとはどのようなモデルになるのか、この解がまだぼんやりとしているように思えます。その確立には、まだ提供者と利用者のインタラクションの積み重ねが必要に思います。

ビジネスの場として:3Dである必然性が未分化

3Dバーチャルモールを体験すると、面白いなと思うものの、実際に買い物をするかというと、通常の2Dの通販サイトで検索して購入する方が便利です。売る側にとっても、開発や運用コストも低廉な2Dのサイトの方が有利です。メタバースを利用してもらうには、ゲーム性や体験性、体感性を重視した売り方の掘り起こしが必要と考えます。

また話題になっているアバターを使ったリモートの共同作業環境というのも試みとしては興味深いですが、実際にどうかと問われると、現時点では、洗練された操作性と安定性を備えたWeb会議環境や、よりシンプルで手軽なコミュニケーション手段を用意する方が先決に思えます。個人的には、F1レースのオンボードカメラ映像を観るだけで酔ってしまうので、3D画面を動かして会議をしたり、ましてVRゴーグルをつけて仕事をしたいとはまったく思いません。もしかすると、ある種の協働作業には、メタバースは非常に向いているのかもしれません。しかし、まだその掘り起こしや経験が足りないと考えています。

一方、デジタルツイン的な「実物」「実空間」を仮想空間上でシミュレーションするような使い方は、3D化することに必然性があります。実際の街と連携させた取り組みはその一例です。建築・土木分野ではBIM/CIMの利用が進んでいます。これらの技術や作られるデータとメタバースの取り組みは、融合は容易です。この他、工場の遠隔管理あるいは遠隔医療等も同じカテゴリーと考えます。このような3D化の必然性が見えているものを入り口に、メタバースへの道筋をつける必要があります。

メタバースの取り組み上の課題には、処理能力・通信速度等のICT環境の一層の向上や、xR、NFTのような技術活用・製品開発により解決されるものもあるかと思いますが、一般への普及という観点では、提供者、利用者の双方の経験と、ビジネスモデル確立に向けた積み重ねが必要で、これにはもうしばらく時間が必要と考えます。裏を返せば、まだ誰にでも先行者利益を得られるチャンスがあるのではないか、と考えます。

Meta社では、同社のメタバースに関するビジョンについて"Facebook Connect 2021"という1時間強の見ごたえのある動画を提供しています[3]。マーク・ザッカーバーグCEOらがプレゼンしながら、メタバースを活用した日常を描いています。個人的には、メタバースの実現を長期的な視点で捉え、覚悟を決めて取り組んでいる点に共感を覚えました。事業展開は10年間のスパンで考えられています。動画では、エンターテインメント、ゲーム、フィットネス、仕事、教育等の分野を入り口に、提供段階にあるサービスの紹介とともに近未来の活用イメージが描かれています。さらにその経験を積みながら、開発者の参加やコンテンツの資産価値の保証の仕組み、ガバナンスを含めた環境等を整備していき、現在提供しているアプリを含めた広い領域を包括できる仮想空間のプラットフォームを提供する、これはその始まりの宣言である、そのように聞こえました。

どのように有力な入り口を見出して確立し、それを足場にどのようにプラットフォーム化していくか、同社の今後の取り組みが注目されるところです。

メタバースをバズワードとして振りかざし、すぐにも大きなビジネスになるという論調には抵抗があります。一方で、荒唐無稽と切り捨てるのも違うと考えます。

今「メタバース」と呼ばれているものは、過去何十年も構想されてきた取り組みの延長にあるとても息の長いコンセプトです。今後もビジョンを持ち続けながら、革新的な技術やビジネスモデルの導入、これに加えて地に足の着いたアプローチや小さな工夫を、諦めず積み重ねた結果、成功を収めるものだと考えています。

[1] 富士通Habitatは、アメリカでルーカスフィルムが運営していたLucasfilm's Habitatのライセンスを富士通が購入し、日本での提供を開始したものです。パッケージにも"Based on Lucasfilm Technology"と記載があります。同サービスは姿を変えながら1999年まで提供されていました。

[2] この点について、Second LifeやVRChatでは、スキルのある利用者が仮想空間上の3Dアバターやアイテム等のコンテンツを販売する経済圏が出来上がってきています。これは、洋服、日用品の製造等が分業化されているリアル空間と同じといえば同じかもしれません。そう考えると、一般の利用者が継続的に参加できる「仮想空間上での多様な役割」の仕掛けを作ることが必要、という言い方の方が正しいかもしれません。

[3] https://www.facebook.com/facebook/videos/577658430179350/

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