世界には選挙の投票をインターネット投票で行う国々がある。この代表格が、エストニアである。
しかし、エストニアのインターネット投票に関する情報については、現地語の情報がほとんどで、これが具体像を知るうえでの障壁の一つとなっている。今回、弊社ではエストニア語で書かれた選挙法や技術要件などにアプローチし詳細を得た。本稿では、そのエッセンスについて紹介する。
国内では、2018年に総務省の「投票環境の向上方策に関する研究会」において、在外邦人を対象としたインターネット投票の実現が提言された。加えて、2021年秋の衆院選では、解散から選挙までの期間が短かったこともあり、在外選挙人からインターネット投票を求める署名が外務大臣に提出されるなどの動きがあった。総務省は、これらの動きを受け、日本におけるインターネット投票の実現に向けた検討を継続的に進めているところである。
今後我が国でも、インターネット投票への注目はますます高まるのではないだろうか。その時にエストニアのような、世界の先行事例から学ぶことは少なくないと考える。
インターネット投票のメリット
投票手段にインターネット投票が加わるとどのようなメリットがあるのだろうか。
投票者にとっては、何より投票所へ出向く必要がなくなる。これは、高齢者や足が不自由な人にとっての大きな支援となる。また、投票日が異常気象と重なるようなケースでも、投票行為自体が負担にならなくて済む。
さらに、主催者側(日本の選挙管理委員会など)にとっては、投票所など運営の効率化や負担軽減につながる可能性がある。選挙の実施には多くの立会人を必要とし、投票権の確認なども人手により行うのが通常だ。また、オンラインで行うことで開票や集計作業の人的コストも著しく削減できることが期待される。
エストニアのメディアであるEstonian Newsは、インターネット投票が議席の変化に影響を及ぼしているという見方をしている。このことから考えると、時に被選挙人となる当該国の政策立案者にとって、インターネット投票の是非は慎重に判断されるものであろう。
エストニアにおけるインターネット投票
本稿理解のために、エストニアにおけるインターネット投票の特徴となるポイントを挙げておく。これらの詳しい内容については、本誌2021年1月号の拙稿「世界のインターネット投票(前編)」を参照されたい。
- 世界で唯一、国政選挙における全有権者が対象となるインターネット投票
- 投票するためには国民IDが必要
- インターネット投票は「期日前投票」として実施
- PCから投票し、モバイル端末から自身の投票内容を確認可能
- 同一IDで「何度でも」投票可能であり、再投票した内容で上書きされる
- システムはスクラッチで構築され、ソースコードはGitHubで公開
最も特徴的なのは5.の何度でも投票できる点だろう。これは後述するが、脅迫され不本意な投票が為されたケースにおいて、有権者の意思で投票内容を書き換えできるという対策手段となっている。
エストニアの選挙制度
エストニア国内の選挙のうち、エストニア議会(国会)、欧州議会、地方(自治体)議会の各選挙で、インターネット投票が可能である。大統領選挙にも存在するが、これは間接選挙で実施されており、市民によるインターネット投票の対象外である。また、憲法改正などの国家的事項を付託する国民投票もインターネット投票を手段とすることが可能であるが、これまで実施されたことはないようだ。
インターネット投票は、在外エストニア国民を含むすべてのエストニア国民および各選挙の選挙権を有する在住外国人に認められている。
選挙法におけるインターネット投票
前述の各選挙にかかる根拠法(エストニア議会選挙法、欧州議会選挙法、地方議会選挙法、国民投票法)において、インターネット投票は「エストニア議会選挙法」の手続きに従うとされている。各選挙ごとに、議席数や当選の仕組みなどの選挙形式は異なるが、体制や集計、票の保管に関しては、エストニア議会選挙法がベースの考え方となる。
そこで本稿では、エストニア議会選挙法(以下、「国会選挙法」)について解説する。
選挙管理体制
エストニア議会(Riigikogu)は一院制である。定員101名の議員はすべて国民による直接投票で決まり、任期は4年、選挙形式は修正ドント方式という比例代表制である。
投票方法はインターネット投票だけでなく、投票所での投票もできる。
国会選挙の管理体制を図1に示す。インターネット投票の実施や中止を決定する「全国選挙委員会」と、システムなどの投票環境整備や有権者名簿の電子的管理を行う「国家選挙事務所」があり、主要な役割を担う。全国選挙委員会は7名の委員からなる組織であり、この中に「インターネット投票委員会」を組織することも定められている。

【図1】エストニア議会選挙法における選挙体制
(出典:国会選挙法をもとに情総研作成)
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