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BRICs PredICTion
2009年6月掲載

プーチン・ロシア首相が来日、日本経済界にラブコール

 先月発売された「プーチンと柔道の心」を読んだ。この本は、ロシアの首相であるウラジーミル・プーチン氏が柔道仲間と共同で執筆した柔道の指導書の日本語訳で、少年時代から柔道に親しみ、五段の腕前を誇る氏の柔道に対する思いや練習方法、柔道の歴史や心構えなど、かなり本格的な内容が記されている。また、「通りでよたっていた不良」のプーチン少年が、柔道と出会って成長していく過程を首相自身が吐露するなど、なかなか興味深いものとなっている。

 私事で恐縮だが、こう見えても(?)実は体育会系で、中学時代に始めた剣道では三段を取得している。そんな経緯があって、この本もつい、手にとってしまった。

 そのプーチン氏が先月、ロシア政財界人約100名を伴って来日した。短い滞在の間に麻生首相との会談や日ロ経済フォーラム、さきに紹介した自身の著書「プーチンと柔道の心」の日本出版記念イベントなど、いくつものスケジュールをこなし慌しく日本を後にしたが、プーチン首相は今回の来日で「日ロの経済関係のさらなる緊密化」を要望、日本に熱烈なラブコールを送ったのであった。

資源価格と一体だったロシア経済

プーチン首相来日について見る前に、ロシアが現在どういう状況にあるのかを見ておこうと思う。表1は、BRICsと日本のGDP成長率を比較したものである。

表1 BRICsおよび日本のGDP成長率
表1 BRICsおよび日本のGDP成長率
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ロシアはここ数年、7%台前後の経済成長を続けてきたものの、2009年には再び大きく落ち込むことが予想されている。ロシア経済減速の原因を把握するために、ロシアの主な輸出品を見てみよう。

 表2を見ると、ロシアの外貨取得手段は、石油・天然ガスなどのエネルギー資源に大きく依存していることが伺える。中でもロシアはこれまで特に、石油の採掘と輸出に力を入れていた。2007年前後、ベラルーシとロシアの間で、石油の関税をめぐってひと騒動があったことを記憶されている方も多いだろう。また、EU諸国が消費する石油の3分の1はロシア供給によるものとの報告もあり、石油がロシアにとって重要な外交カードであることがわかる。

表2 ロシアの主な輸出品

 そんな石油だが、昨年1年の間に価格が乱高下した。一時期、ガソリンが1リットルあたり200円近い値をつけた頃、私もわ ざわざ他県まで給油に行った記憶があるが、それはさておき、ここで石油価格の推移と、さきのGDPの推移とを重ねてみることにしよう。

表3 GDP推移と石油価格推移
表3 GDP推移と石油価格推移
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 輸出をエネルギー資源に頼っていたロシアは、石油価格の高騰で目覚しい経済発展を謳歌したものの、逆に昨年後半の価格 下落で大きな打撃を受けた。GDP成長率失速の理由はこれだけではないが、大きな影響を与えた要因のひとつであることは間違いないだろう。

プーチン首相、ロシア経済の多角化に注力

 プーチン首相来日に話を戻そう。プーチン首相率いるミッションの来日にあわせ、総務省主催による「日露ICTフォーラム」が開催された。この中で、両国のICT政策の現状等に関する報告がされたほか、携帯電話やブロードバンドなどを含むICTサービスの展開状況などについて、報告や意見交換が行われた。今後も、日本・ロシア間でのICT分野における協力体制を強化することで合意がなされている。

 またプーチン首相は日本滞在中、ICT事業のほか、自動車・エネルギー(石油の代替手段としての原子力発電など)・宇宙開発・製鉄など約200の事業分野に対し、日本からの投資を積極的に誘致する姿勢を見せ、「ロシアへの日本からの投資は増加している」と歓迎の意をアピールした。

 さきに見たとおり、ロシア経済はエネルギー価格の高騰を追い風として成長してきたものの、価格が下落に転ずるのにともなって失速した。プーチン首相は、資源依存型経済から脱却すべく、経済の多角化に力を入れており、「次なるビジネス」の成長促進にあたって日本の資金や技術を取り込もうと考えている。そのひとつがICT事業であり、今後は両国間での技術面・サービス面での協力が少しずつ活発になっていくことが期待されている。

 実際、2008年7月にNTTコミュニケーションズは、ロシアのキャリア・トランステレコムと共同で光海底ケーブル「北海道-サハリン・ケーブル・システム(HSCS)」を敷設、日欧間の新ルート「HSCSルート」の運用を開始した。またKDDIは2008年9月、同じくロシアのロステレコムと、日ロ間光海底ケーブル「RJCN(Russia-Japan Cable Network)」の運用を開始している。日ロキャリア間での事業提携も、このように少しずつ進んできている。

表4 日本企業の主なロシアビジネス
表4 日本企業の主なロシアビジネス
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 2008年5月、プーチン大統領(当時)は地下資源の探査・採掘(石油・天然ガスなど)、軍事、航空、原子力、通信を含むメディアなど42の事業分野を「戦略的」とみなし、これら分野への外資参入を規制する趣旨の新法に署名し、国の基幹産業に対する外資の介入を取り締まる姿勢を打ち出している。それを考えると、今回ロシア側から送られた秋波には若干の驚きを禁じえないが、ロシア経済にとってそれだけドラスティックな変化が求められる時期だと考えることもできるだろう。もしくは、地理的にも近く、金融危機の痛手も比較的小さい(とされる)日本へのセールストークと取ることもできる。

ロシア側の本音とは

 プーチン首相はさきの新著の中で、「ロシアにおける柔道の力を示す一例として、ヨーロッパ柔道協会でロシア語が公用語になっている」と、柔道という日本生まれのスポーツが、いかにロシアで浸透しているかを強調したうえで、自身も柔道を始めたことで「日本に対する興味が自然に生まれてきた」と回顧してみせている。

 このようにロシアでは、柔道や空手といった日本生まれの格闘技を愛好する人が増えているとのことである。また、モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市では昨今、レクサスやパジェロといった日本の高級車・大型車が好まれ、スシ屋やヤキトリ屋が人気を呼んでいるそうだ。さらに、もともと日本とのつながりが深い極東地域では、日本の輸入中古車が喜ばれる傾向があって、日本語の文字が書かれたままのトラックが走っていたりする。ロシア人は、日本の文化や「日本」に対して、潜在的な親しみを感じているのだろうか。

 プーチン首相が今回日本の経済協力に期待する姿勢を見せたことについては、「リップサービス」「ロシアの従来の外交手法が巧妙化しただけ」だと警戒する見方も一部にある。また、ロシア人が抱く日本への親近感が、そのままビジネスのしやすさや成功につながるものではないだろう。ロシアビジネスではしばしば、法律や金融制度の未整備と不透明さ、官僚主義、情報の少なさなどがリスクとして指摘されている。そうした要因がすぐに解決されるわけではないからだ。

 ロシアには、日本と手を組むことによって、世界的経済危機の影響が特に深刻な極東地域における経済復興や、隣接する中国に対するけん制を狙う意図がある。ロシア・中国・米国や日本をめぐる状況は、昨年の金融危機後に様変わりした。特にロシアと中国の関係は、これまで(主に資源をめぐり)シーソーゲームのように微妙な状態を行き来していたのが、GDPや外貨準備高等々の点で明らかに中国に軍配が上がるような状況に変化しつつある。そうした中での今回のプーチン首相訪問は、ロシア経済を比較的余力のある日本のリソースをてこに復興させたいという意図の表れであり、「プーチンと柔道の心」日本語版発売と時期が重なったのも、単なる偶然ではないように思われる。

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