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BRICs PredICTion
2009年10月20日掲載

ウメ子の部屋(第1回)
携帯電話研究家・山根康宏さん

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 アジアをはじめとする新興市場について考える「BRICs PredICTion」。ふだんはコラムコーナーとしてご紹介しているが、今回はゲストをお招きして対談形式でお送りしようと思う。

◆◇◆

「ウメ子の部屋」へようこそ! 記念すべき第一回は、香港を拠点にケータイ文化を研究、多数の執筆や講演をこなす携帯電話研究家・山根康宏さんをお招きして、香港はじめ中国やアジアのケータイ事情について伺った。

山根康宏さん山根康宏さん
http://www.yamane.hk/

香港在住。携帯電話研究家及びライターとして、各種メディアにコラムやレポートを執筆するほか、コンサルティング等の活動を行う。海外携帯電話をこよなく愛し、特にNokiaの大ファン。所有する海外携帯電話の台数は約700台(2009年8月時点)

(写真)筆者のNokia携帯端末と山根康宏さん

「スピード命」の香港人

埋田(以下「ウメ子」) こんにちは、ご無沙汰しております。香港を訪れたのは数年ぶりです。人がイキイキして、どんどん進化している感じがしますね。

山根康宏さん(以下「山根」) 急成長している中国に隣接している、というのが香港のスピード感につながっていると思います。「Time is Money」ですから、香港人は即効性、確実性のある「音声通話」を好むんです。

ウメ子 SMSサービスはあまり利用されていないのでしょうか?

山根 中国はSMSが流行していますが、香港はSMSでもキーボードを打つのが面倒、ということで、結果的に音声通話の方が好まれるんですね。広東語は北京語と違って、携帯端末上での文字入力が複雑なんです。

ウメ子 香港は日本と違い、地下鉄でも携帯の電波が入りますよね。確かに地下鉄でもおしゃべりに夢中になっている人を多く見かけます。

山根 通話することで人と人とがつながれば、webサービスは必要ありません。また香港はPCが普及していますから、あらゆるサービスやサイトはPCからアクセスできることが前提になっています。ですから、iモードのようにケータイ端末でしか使えないwebサービスはなかなか普及しにくい面があります。“マルチプラットフォーム”が時代の流れですね。

固定/携帯/ブロードバンド/IPTVのサービス融合

ウメ子 “マルチプラットフォーム”で思い浮かべるのはPCCWです。フォトシェアサイト「snaap!」やIPTVサービス「now」など、固定/携帯/ブロードバンド(ポータル)/IPTVをシームレスにつないだサービスを出していますね。

繁華街の道路わきに出ていたPCCWの新規加入・登録ブース繁華街の道路わきに出ていたPCCWの新規加入・登録ブース。「四網互通」(4つのプラットフォームがシームレスにつながるの意味)の文字の下に、IPTV・携帯・ブロードバンド・固定のそれぞれのサービスロゴが見える。

山根 PCCWは、「四網合一」をうたい文句に、4つのサービスをまとめて契約させようとするのですが、やり方が上手なんです。固定電話に加入したユーザに対して、電子レンジをプレゼントしたり、そのユーザがPCCWの携帯サービスに加入していたとすると、月200分の無料ミニッツをつけてくれたりもするんです。また、電話やIPTVの契約期間が少しずつずらして設定されているんです。つまり、解約したくてもしにくい構造になっているんですね。トラブルの原因になりやすい、という側面もありますが。

ウメ子 PCCWは大胆なキャンペーンを次々と展開しているイメージがあります。

山根 PCCWは「ネットバブル」みたいなものですね。PCCWオーナーのRichard Liは、香港一の大富豪・李嘉誠の息子ですが、Richard Liの大胆なやり方に反対している人も少なくないです。父親の李嘉誠に対しては、仮に彼が何か悪いことをしたとしても、香港人は何も言わないのでしょうが。

ウメ子 李嘉誠はハチソングループのオーナーですが、ハチソングループのビジネス展開状況はいかがでしょうか。

香港空港内の「3」ショップ
香港空港内の「3」ショップ。3ではiモードを展開している。

山根 ハチソングループでも、携帯(「3」)や固定(「HGC」)、ブロードバンド、IPTVなど、ひととおりのサービスを提供しています。ハチソングループに対して、香港人は信頼感、安心感を抱いていますが、それぞれのサービスブランドが明確に分立しているというか、ブランドが違いすぎて、それぞれのサービスがあまり有機的に結合しているとは言い難いですね。その点はPCCWと大きく違うところです。

「中国に隣接」を強みにしたサービス

ウメ子 その他のキャリア、例えばPeoples(中国移動香港)などはいかがでしょうか?最近中国移動の100%子会社になりましたが、「中国に隣接した香港」、という意味で、何か強みを活かせていますか?

中国移動香港(Peoples)のショップ店頭
中国移動香港(Peoples)のショップ店頭には、
「中国・香港両方で使える」などと書いたポスターが目立った。

山根 Peoplesは完全に「中国に強いキャリア」になっています。広東移動(中国移動の広東省分公司)と提携して、広東省とのデュアルナンバー・サービスを出したりしています。中国と香港で、携帯番号の下4ケタが同じ番号、とかですね。1枚のSIMで、香港の番号と大陸の番号、常にふたつ同時に回線をつかんでいて、発着信の際には自動的に片方に転送されるしくみになっています。

ウメ子 中国、特に広東省エリアと香港を行き来することの多い人を対象にしたサービスを打ち出していますね。

山根 Peoplesは「中国に強い」ことをビジネスマンにアピールしていて、実際ビジネスマンの中で持っている人も多いんですよ。もうひとつPeoplesの特徴は、プリペイド・カードのチャージをオクトパス(注1)でできるようにしていることです。利便性はかなり向上していますね。もちろんPeoples側には、人件費を削減したいという意図があるわけですが。

ウメ子 Peoplesは香港で最もユーザ数の少ないキャリアでしたよね。

山根 そうです。ただ、香港キャリアの中で唯一、3G免許を持たないこともあり、これまではどっちつかずの印象がありましたが、中国移動の傘下に入ってから個性が確立されたというか、明らかに変わりましたね。

ウメ子 その中国移動は、先日の3G免許発給で、TD-SCDMA方式を推進する立場になりました。TDは中国独自技術として今後の展開が世界中から注目されていますが、今後どうなっていくんでしょうね。

山根 TDの実験はイスラエルなどでも実施されていますが、仮にTDは使えない、とか、やはりWCDMA技術の方が便利だ、とかいうことになれば、いずれは“携帯”としてではなく、固定サービスとして活用されていくことになるかもしれませんね。たとえば、ルーラル地域でのWLLみたいな…。ところで、TD-SCDMAのモデムを搭載した山寨ネットブックは、すでにかなりの台数が出回っていますよ。

注1:オクトパス…英語名:Octopus/中国語名:八達通。香港で流通しているICチップを搭載した非接触型プリペイドカード。「FeliCa」を採用しており、現在香港の交通機関や飲食店・コンビニエンスストアなどでの決済手段として広く利用されている

日本でウケるもの、香港でウケるもの

ウメ子 お話を伺っていると、香港は中国の影響を色濃く受けながら、かなり速いペースで進歩している感じが伝わってきます。一方で日本のマーケットは、最近「ガラパゴス」などと言われたりもしますが、かなり性格が違いますね。

山根 人々の生活パターンや生活のペースが、香港と日本とではまったく違いますね。ですから、日本で優れているとされるサービスでも、それが「技術的に」優れている、もしくは「社会的に」優れているとは必ずしも言えません。日本で優れているとされるものが、外国でも必ずしもウケるわけではないということです。絵文字ひとつ取ってもそうですね。

ウメ子 日本では、ケータイメールに絵文字は欠かせないものになっています。以前の私は、メールにあまり絵文字を入れないヒトだったのですが、ある時「あなたのメールはビジネスライクで冷たい感じがする」と言われたことがあって、それ以来使うようになりました。

山根 僕の香港人の知り合いが、筋肉隆々の絵文字を見て、「これはケンカを売っているのか?」と聞いてきたことがあったんです。香港人は、話すことで、また身体やしぐさで、感情を日々表現していますから、日本の絵文字のようなサービスを求めていませんし、流行らないと思います。

ウメ子 F2Fのコミュニケーションで、またケータイを使って通話をすることで、絵文字に代わる意思の伝達ができている、ということですね。

山根 その通りです。SMSは音声通話に比べ即時性がない分、かしこまった印象があります。香港人にとって、究極のアプリケーションは音声通話であり、究極のケータイプランは、無料通話ミニッツが多くパッケージされているものなんです。最近は若年層を中心に、“タッチパネルケータイからFacebookにアクセスする”といったケースも増えていて、このようなモバイル上でのSNSサービスの利用普及拡大に伴い、データ通信の利用率が上がってきているのも事実ですが、日本と比べるとまだまだ微々たるものです。

ウメ子 「究極のアプリケーションは音声通話」ですか。

山根 おいしいレストランを探したりする時にも、同じことがいえます。香港人は、日本の「ぐるなび」のようなサービスで検索するよりも、「人の頭脳」に聞いた方が速い、と考えています。おいしいお店が新しくできれば、口コミであっという間に広がります。香港は小さい国なので、市民の声がダイレクトに届く。それがケータイですぐに広がる。それが香港という国の特徴であり、日本と違うところです。

山根康宏さんと筆者
山根康宏さんと筆者

 山根さんとお話しして、「香港人にとって究極のアプリケーションは音声通話」という言葉が、日本と香港(もしくは日本以外のアジア各国)の携帯利用の違い、ひいては文化や国民性の違いを非常に端的にあらわしたもののように思えた。香港において、友人や家族とのコミュニケーション手段として一番大切なのは「F2F」で、それに準ずるのが相手の声のトーンやニュアンスは伝わる「音声通話」、SMSやメールはそれ以下の位置づけで音声通話に代わる立場にはなり得ない。怒涛のような変化の速さの中で生きる香港人にとって、テキストのみのやりとりは誤解を招く恐れがあってまどろっこしい、という面もあるのだろう。

 概して、香港人は日本人よりも、携帯でのメール・SMS利用よりもむしろ、通話の方を好むと言ってよいだろうが、このように「話をする」という人間の根源的な活動欲求が満たされている香港では、ひと対ひとのコミュニケーションに関して、日本ほど高度・複雑なアプリケーションに頼る必要性がないのかもしれない。むしろ料金プランやローミングチャージの低廉さ、デュアルナンバーといったものの方が喜ばれるのだろう。

 また、PCCWのクワドルプルプレイ・サービスの販促キャンペーンのうまさ…契約期間を少しずつずらしたり、固定サービス加入のキャッシュバック代わりに、(より喜ばれるであろう)携帯電話サービスのミニッツを還元したりなど…には、さすがとうなってしまうものがあった。

 日進月歩の中国に隣接し、中国のゲートウェイ的役割をも担う香港は、今後もその立場を活かしつつ、ユニークなアイディアやキャンペーンを展開するのだろう。思えばiPhoneが各国で次々と発売開始された頃、世界で唯一のSIMロックフリー(注2)・iPhoneを販売したことで世界中を驚かせたのは、ハチソン傘下の「3」だった。中国との往来が今後さらに活発になるにつれ、それを支える携帯電話サービスに関しても、人々の生活ペースやマインドに沿うような新たなかたちのスタイルが出てくるかもしれない。

注2:SIMロックフリー=SIMロック(SIM;Subscriber Identity Module)がかかっていない端末をさす。特定キャリアのSIMしか認識しないSIMロックのかかった端末と異なり、ネットワーク方式などの条件さえ合えば、どの国のどのキャリアのSIMでも利用することができる。

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