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1997年1月掲載

進展する世界経済と足踏みする日本経済

 1996年の世界経済は、アメリカ経済の好景気に支えられて、概ね順調であったと言える。特に、ドル高の下で年後半には、ヨーロッパ経済は景気回復の兆しを見せ始めた。東南アジアや中国経済も減速はしたものの高い成長率を維持した。しかし、日本経済はバブル崩壊後6年近く経過しても景気回復に力強さがみられない状態である。
表1:OECD経済見通しの概要

 1997年も世界経済は順調に推移するものと予測される。特に、ロシア経済が旧ソ連崩壊後初めてプラスの成長率を達成するものと予想され、世界経済の安定に大きく寄与するものと思われる。7月には香港が中国に返還され、アジア経済の新しい時代が始まることになる。こうした中で、日本経済は当面の景気回復を図ると共に、21世紀に向けてグローバル競争と高齢化社会に対応するための経済の構造改革と行財政改革等を進める必要に迫られている。1997年は日本経済にとって正念場の年と言える。

1.順調なアメリカ経済

 二期目を迎えるクリントン政権にとっての経済的課題は、順調な景気を維持し続けることと財政赤字削減を図ることである。ドル高によって、国内のインフレは抑制され、消費拡大が継続する一方、民間投資の堅調と生産性向上による輸出堅調もあって経常収支の大幅な悪化は避けられよう。財政赤字の削減は、一期目に国防費および福祉関連支出の削減に道筋をつけてあることもあって、好景気による歳入増から進展するものと思われる。

 金利については、好景気とインフレ懸念の後退、経常収支赤字の小幅増等のもと大きな変動は見られないであろう。ただし、欧州諸国が景気対策として金利引き下げに向かう過程で、一層のドル高が進行し経常収支赤字の大幅増をもたらすようなことがあれば金利引き下げということも予想される。他方、ニューヨーク株式市場の株価急騰の懸念から、金利の調整は微妙なものとなろう。

2.通貨統合へ歩み始めた欧州経済

 1999年の欧州通貨統合へ向けて、1997年は重要な年である。各国は通貨同盟参加のための条件をクリアすべく歩み始めた。ドイツは1996年春から、ドル高の下での好調な輸出の伸びに支えられて、順調な景気回復を遂げてきた。1997年は欧州通貨統合への条件達成から、財政赤字の削減が図られることは確実である。しかし、好調な輸出、消費の堅調な伸び、それに投資の拡大からドイツ経済は持続的成長へと回復していくものと予想される。

 フランスも、ドイツ同様に財政削減への取り組みを本格化することになる。しかし、大幅な福祉削減や国営企業の民営化に対する国民(特に、公務員)の不安・抵抗が強いことから紆余曲折が予想される。しかし、通貨同盟参加が最重要目標であることから、基本路線は変わらないであろう。緊縮財政が景気の足を引っ張ることは避けられないものの好調な輸出や海外からの投資流入に支えられて、1996年より高い成長率が見込まれている。

 これら独仏に対して、イギリスは通貨同盟参加への最終結論を先送りしてきた。今年5月に総選挙が予定されており、メージャー首相率いる保守党が勝つのか、ブレア党首率いる労働党が勝つのか分からない状況である。どちらが勝つにせよ、1999年の通貨統一に向けて緊縮財政の実施と世論の形成が大きな課題である。景気の方は、1996年成長率2%前半で当初予想より低かったものの他の欧州諸国よりは順調な景気を維持してきた。1997年は消費の拡大や投資の伸びが期待され、成長率3%前半の達成が予想される。

3.成長続くアジア経済

 1997年はアジアにとって新しい政治を迎える年となる。その最大の出来事は7月の香港の中国返還である。更に、4月までにシンガポールの総選挙が行われ、5月にはインドネシアの総選挙、12月には韓国の大統領選挙が実施される。1998年5月に行われるフィリピン大統領選挙の駆け引きも1997年から始まる。こうした政治動向は政治の安定が経済成長の基盤であるという認識から政治の混乱を招くような結果にはならないであろう。

 1996年のアジア経済は1995年と比べて経済成長がやや鈍化したが、アジアが世界経済における成長地域であることには1997年も変わりはない。旧ソ連崩壊以後の市場経済化・グローバル化の加速的進展の中で、アジア経済は積極的に先進資本主義国から資本と技術の導入を図り、高成長を達成してきた。その基本的構図は今後も変わらないであろう。しかし、その内容は非常にダイナミックに変化している。韓国、台湾、シンガポール、香港はNIEsとして、いち早く工業化を達成した。特に、韓国は1996年にOECDに仲間入りするまでになった。これら諸国に続いて、マレーシア、タイ、インドネシア、少し遅れて、フィリピンが工業化を急速に進め、アジア経済成長の推進役を果たしている。旧ソ連崩壊以後は、中国が積極的に加わり、さらには、インド、そして、ベトナムが加わることによって、全アジア的規模で高成長が見られるようになってきた。遅かれ早かれ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、スリランカ、バングラデシュ等も成長の輪に組み込まれていくと予想される。

 このようにアジア経済は多様であり、今後の各国の経済成長への課題は異なる。先発国の韓国、台湾、シンガポールにとっては、技術開発力・競争力の向上による輸出拡大が重要な課題となっている。後発国のマレーシア、タイ等にとっては、立ち遅れたインフラの整備、さらには、近代的金融制度等の先進国型制度整備が課題である。後発国の中国等においては、一層の外国資本の導入と技術移転による工業化・市場化の推進が図られよう。

 このようにアジア経済全体は、工業化による経済成長、所得向上、消費の拡大、域内・域外貿易の拡大、そして、更なる経済成長へという持続的成長へ向けての好循環過程にあり、1997年もアジア経済は高成長を達成するものと予測される。
表2:アジアの国・地域のGDP成長率予測

4.取り残される日本

 1997年の世界経済が、欧米・アジア等で順調な推移を見ることが予想されるのに対して、日本経済はバブル崩壊後の不況を脱し、景気回復局面にあるとは言うものの、その足どりは重く、一進一退の実感無き景気回復の様相を呈している。
1995年度は14兆円の緊急景気対策、1996年度は住宅の駆け込み需要と円安による輸出好調、さらには、公定歩合0.5%の超低金利が1年以上続いていることなどがあって、不況打開と景気回復の維持がどうにか達成されている。その結果、1996年度は政府の当初経済見通しの実質GDP成長率2.5%近くの成長率は達成できそうである。しかし、1997年度の経済見通しは、下記の理由から更に厳しいものとなることが予想される。
  1. 1997年度政府予算原案は、所得税・個人住民税の特別減税の廃止、4月からの消費税の税率アップ(3%から5%へ)、社会保障負担の増加(医療費本人負担10%から20%へ等)などが盛り込まれ、国民負担の増大が重くのしかかった予算となっている。その結果、1997年度の経済見通しは、1996年度よりも厳しいものと予想される。
  2. 消費支出は、消費税率アップ等の負担増、不良債権問題に絡む雇用不安の増大、および、賃金の抑制から名目では若干増えても実質ゼロか減に転じるものと思われる。特に、年度前半は自動車・耐久消費財の駆け込み需要の反動から消費支出の伸びは大きく後退するとみられる。
  3. 民間設備投資については、設備更改、合理化および情報化への投資が1996年度に引き続き堅調に推移するものと予想され、景気の下支えになろう。
  4. 1996年度の景気牽引の役割を果たした住宅投資は、駆け込み需要の反動から減少するものと思われる。特に、年度前半の落ち込みは顕著であろう。
  5. 政府の公共投資は財政再建優先から抑制気味にならざるをえないことから景気回復への寄与は期待できない。
  6. 対外取引については、円安水準の維持と世界経済の順調な推移から輸出は好調に伸びるものと思われる。輸入についても製品輸入の堅調等から大きな変動はないであろう。ただし、1997年度は欧州経済の回復やアジア経済の高成長の持続等から原油価格への上昇圧力の増大が予想される。したがって、経常黒字は一時的に拡大することがあるものの年度後半は減少していくものと思われる。
 以上のように見てくると1997年度の日本経済の実質GDP成長率は、政府見通しの1.9%を達成することは困難であろう。多くの民間調査機関は成長率1.5%程度を予測しているが、その多くが特別減税の継続等を前提としていたことを考慮に入れると予想される成長率は更に低いものとなろう。

5.正念場の日本経済

 不良債権処理問題のうち、大手都市銀行と農協等が関係する住専に対しては、国民の税金を投入して清算処理を行う道筋がつけられた。しかし、ノンバンク、不動産業界、そして、建設業界の不良債権処理問題は、これからますます表面化してくるものと思われる。1997年度は地価の下落幅が縮小に向かうものの、足踏み状態の景気回復と住宅需要の後退から年内は下げ止まりとまでは行かないであろう。また、株価低迷が続く中では、金融機関の不良債権処理も進展しない。土地も動かず、お金も動かずという状態のまま、低金利に支えられて、地価の下げ止まりから反転するのをじっと我慢して待っている状況である。しかし、日本経済のグローバル競争への対応から環境は変わってきている。財政再建問題から公共投資の抑制や金融改革(ビッグバン等)によって、不良債権を放置して置くわけには行かなくなってきている。

 不良債権問題というバブル崩壊の後遺症の処理があるものの、日本経済はグローバル競争や高齢化社会への対応のため、様々な改革が迫られている。その一つが金融の規制緩和であるビッグバンを含めた金融改革である。大蔵省による護送船団方式から市場原理の働く金融制度・枠組みへの転換が図られようとしている。市場原理の働く経済へ向けての制度・枠組みの改革は、金融だけに止まらない。農業、建設業、運輸業、通信業等様々な分野で規制緩和ないし撤廃という形で行われようとしている。その意味するものは、既得権を排除し公正な競争による効率性と創造性の追求であり、かつ、政府の役割の縮小、つまり、「小さな政府」の確立である。

 1997年度末にはGDP に匹敵する500兆円におよぶ国・地方の長期債務残高を抱えることになる財政問題の解決も高齢化社会の到来および世代間の負担の公平性の観点から日本の将来にとって重要な課題である。確かに、今年度の政府予算作成において財政再建を優先させるか、景気対策を優先させるかは大きな政治的選択である。消費税率アップ等の増税、赤字国債発行の削減、支出の抑制と財政再建が優先した政府原案となっている。日本経済の現状・将来を考慮すれば、景気対策として建設・土木を主体とする公共投資を増やして、景気浮揚を図るという従来のやり方は効力を失っていると言える。高度経済成長期においては、公共投資が支出の乗数効果だけではなく、外部経済効果を発揮し、産業活動の生産性向上に貢献したが、現在では両者とも小さくなっている。したがって、公共投資は費用効果等を考慮し、無駄のない投資を行うことが重要である。こうした公共投資に対する見直しをせず、地域利益誘導的かつばらまき的かつ固定的投資配分を行うことは日本経済にとって非効率であると共に無駄である。その意味で、1997年度政府予算原案は、国民を失望させるものである。様々な国民負担の増加も、支出の真剣な見直し努力と将来の日本の公共資本整備のビジョンがはっきり示されるのであれば、それなりに受け入れられよう。

 さらに、日本の将来に大きく迫る高齢化社会に対する対応についても、福祉・年金・医療保険制度等の改革が重要な課題である。特に、医療保険制度に関しては、医療費が青天井の如く上昇している。高齢化に伴う面もあるが、薬づけ・検査づけによる支出増も問題である。さらには、費用の削減努力無く、かかる費用あるいはかける費用をまかなうのに十分な報酬のみを主張するのは安易である。もっと市場でみられるような競争の要素を加味した制度的枠組みや老人サロン化をさける仕組みを考える必要がある。そして、本当に必要とする人に必要な医療が安心して受けられる医療改革のビジョンが望まれる。こうした努力やビジョンなくして、新たに介護保険制度を導入することは大いに問題である。福祉先進国といわれたスウェーデン等の国々では、やりすぎた福祉を反省し、政府の関与を少なくしている。そうすることによって、政府まかせの一律サービス提供から心の通ったサービスや必要に応じたサービスの提供支援へという「小さな政府」を目指している。日本の年金・医療等の改革や介護保険の導入は、明確な将来ビジョンを国民に示した上で行われるべきである。

 今、政府に求められていることは、福祉・年金・医療・介護保険制度等による政府の直接的関与による「ゆりかごから墓場まで」ではなく、国民の自立と創意工夫と自己責任を最大限に生かすような間接的支援的システムの構築ではないであろうか。政府は、本当に必要とする人にのみ、直接に手をさしのべるべきである。

日本の改革の方向は、産業における規制緩和でも生活における福祉でも「小さな政府」であって、「大きな政府」ではない。景気回復が足踏みし、企業倒産や雇用の不安を抱える1997年度は、日本の将来に向けての改革をも手がけていかなければならない「正念場の年」である。

山岸 忠雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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